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ルシ伝 作者:キルナ

第2章 

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 ルシは夕闇に陰り始めたキャメロン王都を南の街門に向かっていた。民衆で賑わう王都の大通りを、頭からフードをすっぽり被り顔を隠すように俯き加減で歩いている。
 ふと気が付くと少女達のことを考えていた。眉間に皺を寄せ、俺はいつからこんなに女々しくなったんだ、と心の中で呟き、頭を軽く左右に振ると、別の思考を働かせようとする。……そして旅の向かう先を決めていなかった事を思い出し、どこに行こうかと思案することにした。色々考えたあげく、まだ行った事が無い大陸最大のネーベル湖に向かってみようと考えた。向かう先が決まると次に考える事が無くなり、また小女達の顔が脳裏に浮かんだ。クーの照れ顔、シェラの怒った顔、キャミ、キャノの笑顔、リンの憂い顔、次々と浮かんでくる。ルシは彼女達のことを頭の中から追い払うように大きく頭を左右に振る。そして、はたとアオローラの事を思い出した。すっかりアオローラの存在を忘れていたのだ。「しまった」とは思うものの今更引き返す事も出来ず、まぁヴァルザードなら責任、いや喜んで海まで送ってくれるだろうと、納得する事にした。

 街門に到着したルシは番兵にネーベル湖へ向かう道を尋ねていた。それも街道ではなく、古道や廃道と言った人の行き来が少ない道を。
 ルシは、もう人と関わり合うのはごめんだと思っていた。出会いがあれば必ず別れがやって来る。別れる辛さを身に染みて思い知ったのだ。

 ルシが番兵に説明されているとき、馬蹄の音と共に白銀の美麗な鎧を身に纏った騎士が数人やって来た。それはシェラが隊長を務める戦乙女騎士隊の女性達だった。
 シェラ本人は居ないようだが、皆知った顔だった。咄嗟に背を向け顔を見られないようにするが、彼女達はすぐにルシだと気が付いたようだ。

 1人の騎士が馬を降り、ルシに歩み寄る。
「探しましたよ、ルシ殿……」
 言い終わると他の騎士に目配せで合図を送っている。送られた騎士はすぐさま踵を返し城の方へと走り去った。
 ルシは、ばれているなら仕方がないと、その騎士に向き直った。
「隊長より、ルシ殿を見つけたら『その場で待ってもらえ』と言われております。どうかこの場でお待ち願えないでしょうか?」
 女性騎士の言い様は丁寧であるが、『力尽くでも待ってもらう』という意思がはっきり見て取れる。ルシがその気になれば彼女達など物の数秒で地に平伏すだろう……たとえ魔王の力を殆ど失った今でさえ。しかしルシにそんな事が出来るはずもない。
「…………わかった」
 結局了承するしかなかった。
 ルシの言葉を聞き騎士の表情が安堵に変わる。声音も随分優しくなっていた。
「ありがとうございます……では此処は人目に付きますので少し外に行きましょうか?」
 そう述べると、街門を出て番兵から数十メートル離れた位置でシェラを待つことにした。

 程なくして大通りを馬で駆るには早すぎる速度でシェラがやってきた。その背にはクーも乗っている。
 栗色の髪を振り乱し、その目は吊り上り、頬を真っ赤に染め唇を固く噛み締めている。
 その表情はまさに悪鬼の如く。である
 ルシとしては黙って出て来たのだから怒っているだろうと想像はしていた。しかしその怒り方が尋常ではなかった。
 シェラは馬を飛び降りるなりルシの眼前に走り寄ると、前触れもなくいきなりその細腕を大きく振り切った。
 バチィンッ!と言う、冷たく乾いた音が辺りに響き渡る。
 その手はルシの顔面を捉えていた。強烈な平手がルシの顔面を襲ったのだ。
 もちろんルシの目には、その手の動きは完全に見えていた。
 自分の頬に当たるその瞬間でさえはっきりと。
 避ける事など造作も無い事だった。
 しかしあえて避けなかったのだ。
 何故? と問われてもたぶんルシには答えられないだろう。
 ルシは叩かれても無表情で立ち尽くすだけだった。
 なんの反応も見せない。

 叩いたシェラの目に涙が溢れている。そして止め処なく涙が流れ出した。
「ルシ。あんたクーになんて言ったの?」
「……」
「男なら自分の言動に責任持ちなさいよっ! …………なんでクーを置いて出て行こうとするの? なんでクーがあんたを追いかけないの? あんたがクーに余計な事言ったんでしょ!?」
「…………クーは此処に残るのが幸せなんだ」
「はぁ? 誰がそんなこと決めたの? どうしてそういう可笑しな発想がでてくるわけ?」
「……クーを見てそう思った。……いや、確信した……」
「なにを見てそう思ったの? まさかクーが嬉しそうに笑ってたからとか、楽しそうだったとか言うんじゃないでしょうね?」
「……」
「あんたって…… どこまで鈍いよっ! ……私はね、ここ数ヶ月クーが心から笑ってる所を一度だって見たことがないわよ。いつもしょぼくれて、話しかけても愛想笑いを浮かべるだけ。喧嘩を吹っかけても一度も乗ってこない。…………まだあるわよ。これはメイドの娘に聞いたんだけどね、毎朝枕がビッショリ濡れてるんだって。どういう事か分かるわよね? ……あんたが帰ってこないから毎晩泣いてるのよ。……それがどう? 昨日からのクーはまるで別人見たいに笑うじゃない? なんで? あんたが此処に居るからでしょっ! なんでそれが分からないのよ。なんで分かってあげないのよ……」
「シェラ…… もう、いい…… あり、が、とう……」
「……」

 そこにヴァルザードと戦乙女騎士達に連れられて、2人の王女がやって来た。
 憂いの表情を見せるルシ。
 涙で顔をぐちゃぐちゃにしているシェラ。
 俯きただひたすら耐えている様なクー。
 王女達には、なにがあったのか、大体の予想が付いたのだろう。
 キャミがルシの前に立ち、改めて確認するように問いかけた。
「ルシさんがご自分で決めたのなら、もう止めても無駄なのでしょうね……」
 その声は儚く切ないものだった。
 ルシは返事をしない。しかしそれが肯定であることは誰の眼にも明らかだった。
「分かりました。……でも、クーちゃんは連れて行って下さいね。私が約束したのは、ルシさんが戻るまででしたよね? これ以上理由もなくクーちゃんを預かる事は出来ませんので……」
 キャミは気持ちを噛み殺すように淡々と述べて「では」と頭を下げる。
 そしてクーに向き直る。
「クーちゃん。餞別として馬を一頭あげるわね。悪いけど貴女の荷物は勝手に持ってきたわ。それも持って行ってね」
 キャミは無表情にそれだけ言うと皆の後ろに隠れるように引き下がる。
 それを待っていたかのようにヴァルザードが公言した。
「さ、王女様引き上げましょう。皆も速やかに城に戻りたまえ」
 皆がばらばらと引き上げる中、シェラが小さな声でクーに話しかけた。
「あんたのことをこれほど羨ましく思ったことはないわよ。多分キャミもキャノ王女も私と同じ気持ちよ……」

 辺りに静寂が訪れた。
 一陣の風が草原の草葉を波打たせている。
 それに同調するように、クーの灰銀の髪がなびく。
 リンの純白の体毛が煌く。
 そしてルシの漆黒の髪が揺れる。
 草原に残ったのは3人だけだった。

 クーはどうして良いのか分からないのだろう。城を追い出され、ルシには迷惑だと言われ、いく宛もなく立ち尽くすしかなかった。
 もちろんキャミが本気じゃない事は分かっている。追い出せばルシが連れて行くと考えてそうしてくれたのだと。しかしルシに迷惑だと言われた事実は消えないのだ。

「悲しい嘘だったな……」 
 呟いたのはルシだった。
 クーは小さく頷く。
 ルシはクーを抱き上げ馬の背に乗せると、自分も馬に跨った。
 驚くクーに、笑顔を向け囁いた。
「迷惑なんて思っていないさ……」
「る、ルシ様も、悲しい嘘だったのですか?」
「……さぁな…… 早く宿を見つけないと野宿になる。いこう!」

 こうして3人の新たな旅がはじまった。

 ルシ達はまだ知らないが、馬の鞍に吊るされた革の袋にはクーの所持品以外に、一通の手紙と大量の金貨、キャノのペンダントが入れられていた。
 その内容は
『時間がないので手短に書きます。このお金はお貸しするだけです。必ず返しに来て下さいね』 そして幾つもの丸いシミが手紙を濡らしていたのだった。 

 いっぽう、城内ではアオローラが1人喚き散らしていた……

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