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ルシ伝 作者:キルナ

第2章 

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旅立ち

 ヴァルザードの部屋を出て右に行くと上りの階段があり上の階へと続く。上の階は王家専用区域となり両王女達の私室がある。逆に左に行けばシェラやクーに与えられた私室があり、その先に下りの階段がある。もちろん他にも幾つかの部屋はある。そして下の階にルシとアオローラが与えられている賓客用の部屋があった。

 一同は無言のままヴァルザードの部屋をあとにすると、それぞれが各自、自分の部屋に向かった。しかしクーとリンだけは自室に入らずルシの後を付いて来ている。
 ルシはクーとリンの部屋の場所を知っている。昨夜、寝る前に無理やり部屋に連れて行かれ、「今日はここで一緒に寝てください」と散々駄々をこねられたからだ。
 ルシが自分の部屋の前で立ち止まると、クーとリンもその後ろで立ち止まっている。
「どうした、なにか用か?」
 出来る限り平穏を装った声で聞いてみた。
「……」
 しかしクーは俯いたまま、ただジッとたたずんでいる。
 やはりそうか。と一瞬だけ苦笑を浮かべ、仕方がないか、と声をかけた。
「俺は部屋に戻るんだが、……入るか……?」
「……」
 無言で小さく頷くだけだった。
 扉を開けるとクーとリンを先に部屋に入れ、後から自分が入り扉を閉めた。
 立ち尽くす2人をソファーに座らせると自分もその前に座り、静かな声音で話しかけた。
「さっきも言ったが、俺は旅に出る。お前たちは此処で「嫌ですっ!」」
 ルシが言い終わる前にクーの悲鳴のような叫び声が、それを打ち消した。
 見るとクーは俯いたままその小さな肩を小刻みに震わせている。
 ルシは少し落ち着いてからの方が良いかと、メイドを呼び紅茶を頼む。
 メイドにも先ほどのクーの叫びが聞こえたのだろう。気取られない様にはしているが表情の所々に訝しむ様子が見受けられた。
 ルシは何も無かったように平然としているが、クーはずっと俯いたままだ。
(あらぬ噂が広がる前に早く出た方が良いな)と改めて思うのだった。

「それを飲んで少し落ち着け」
 クーが紅茶に口を付けるのを確認しながら、さてどうやって話を切り出すかなと思案しているとクーの方から言葉を投げられた。
「ルシ様が何を言っても無駄です。……もし、ルシ様が私を置いて逃げても、どこまでもルシ様を捜して旅をします」
「……迷惑だ。……と言ってもか?」
 その一言はクーにとって衝撃が大きすぎた。
「…………………………………………………………わ、わかりました」
 震える声で呟くクーは、そのまま立ち上がるとルシの顔を見る事無く部屋を出て行った。
 リンは困惑の表情でクーの後を追うか悩んでいるようで、その視線が扉とルシに交互に向けられる。
 ルシはそんなリンに「お前はどうする?」と声に出して問いかけた。
 リンは悩んだ。ルシに付いて行きたいのだ。この数ヶ月の間リンもクーに負けないくらい辛かったのだ。もし自分がルシと行けばクーが1人になる。この娘は元来自分の事より人の事ばかり心配する。クーの辛さを知るリンはクーを置いて自分だけルシと一緒に行くなど許せなかった。「ク~ン」
 リンはその目を潤ませ、哀愁を帯びた声で呟くように鳴くと、部屋を出て行った。
(これでいいんだ。ここに居ればあの娘達は幸せに暮らせるはずなんだ……)

 ルシは早速出立の準備を始めた。といっても着替えが入った袋と外套だけで1分と掛らなかった。荷物を持ち部屋を出ると、一つ忘れていた事を思い出しヴァルザードの部屋を訪ねることにした。
 ヴァルザードは少し驚いた表情を見せたが、すぐ部屋に入るよう進めてくれた。
「いやー、ちょうど君の部屋に行こうと思ってたところなのだよ。よくきてくれたねぇ。いやしかし奇遇だねぇ……はっ、ははっ、ははっ。……」
 無理に笑おうとしているのが見え見えだった。そんなヴァルザードにルシは首を傾いでいる。「顔が引き攣っているぞ……?」
「な、何を言ってるんだね…… そ、そんな事は無いよ。うん。……で、なにか用かね?」
 ルシはなにをどもっているんだ? と思いながらも本題を切り出した。
「あぁ、俺の魔剣のことだ」
「なっ!? ま、魔剣?」
 更に驚くヴァルザード。声が完全に裏返っている。
「あぁ、レーヴァテインのことだ。俺はあの時どこかで落とした様なんだが、知らないかと思ってな」
「はぁぁぁぁぁ」
 肩の力の抜き、思い切り項垂れるヴァルザード。
「なんなんだね、君はぁ、まさかそんな事で俺の部屋に来たのかい……?」

 どうやらヴァルザードはルシが怒って殴りにでも来たと思っていたようだ。『早く出て行け』的な発言をしたのだから当然かも知れないが、とんだ勘違いなのである。むしろルシはヴァルザードに言わせてしまった事を悔いていた。ヴァルザードに謝らなければとさえ思っていた。
 互いに赤面し、謝り合うという奇妙なやり取りを済ませたあと、2人は宝物庫に向かった。
 しかしルシはレーヴァテインを手にすることが出来なかった。
 他の者と同じ様に触れただけで力を吸い取られ数センチ持ち上げる事さえ適わなかった。
「なるほど、魔王の力があったから『持てた』という事か……」
「……のようだな……」
「持てないとなると、どうする? ……馬車で運ぶか?」
「まさか。ここに置いて行くさ」
「そ、そうか」
「じゃぁ、俺はそろそろ行くことにする」
「うむ、本当に済まないね……」
「いや、記憶を失ってなければ戻って来なかった。戻ってしまった事が間違いだったんだ」
「しかし、本当に彼女達に黙って行くつもりかい?」
「あぁ、あんたに迷惑をかける事になるだろうがな……」
「そんなことは気にしなくていいよ。だが……」
「ふっ。切が無い。ここらで話は終わろう」
「……わかった。では、せめて城門まで送らせてくれたまえ」
「すきにすればいいさ」
 2人は宝物庫を出ると、そのまま城門に向かった。
 その数分間を2人は一言の言葉も交わさなかった。
 城門に着くと門番が敬礼をしている。それに「ご苦労」と礼を返すヴァルザード。
 上将軍であり騎士団長のヴァルザードが平服の男と並んで歩いてる事に少し訝しむ表情の門番を軽くあしらい門の外まで出ると、思い出したように声をかけた。
「そうだ、馬は要らないのかい?」
「あぁ、急ぐ旅でもないし、行く宛もない旅だしな」
「そうか……」
「じゃぁ、あいつらのこと頼む……」
「うむ、安心して任せてくれたまえ」

 最後にルシはヴァイスレーヴェ城に視線を移した。
 儚げな表情を見せたが、それもほんの刹那の事で、すぐに表情を引き締めると背を向けてしまった。そしてその足は南の街門へと向かうのだった。

 その背を見つめヴァルザードは心の中で誓っていた。
(彼女達の事は命に代えてもこのヴァルザードが守って見せる)と。
 そしてヴァルザードはその背中が夕闇に消えるまで城門に立ち尽くしていた。

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