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ルシ伝 作者:キルナ

第2章 

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出国


 王都ディアークから延々と南北に伸びる街道を南下する馬車がある。最近は毎日の様に多くの馬車が南下しているのだ。そしてその殆どがカノン王国を目指していた。

 もともとカノン王国が豊かで暮らし易い街だということは誰でも知っていることだった。国王の悪い噂も聞いたことが無い。王女に至っては悪い噂どころか褒め称える噂しか耳に入ってこない。そのうえつい最近カノンの捕虜になった者達が皆声をそろえてカノンに亡命すると言うのだ。「それなら俺達も」となるのが心情だろう。
 そんな事情で今カノンを目指す民衆が毎日の様に街道を南下しているのである。

 ビズルトラ王国としては、いきなりこれほどの国民が国を捨てるとなれば、国の存続に関わる問題である。ましてや騎士や兵士までもが含まれている。一時は王都の街門を閉ざし出国を拒否したものの、無理やりにでも出国しようとする国民を抑える力はすでに残っていなかった。

『山猫亭』の荷馬車もそんな出国組の1輌だった。御者台に座るのは店主と女将。後ろの荷台には家具や日用品その他もろもろ。そして荷台最後尾の開いたスペースにアオローラとルシ、猫獣人のサラが座っている。

 女将の話しによれば、ルシの冒険者仲間はカノン王国出身の少女が2人、ビズルトラ王国出身の少女が1人居たと言う。しかし3人とも既にビズルトラには居ないらしい。そこで「もしカノン王国に行くなら一緒にどうだい?」と声を掛けてくれたのである。

 ルシの横に座るサラは山猫亭の給仕をしていた娘で、もちろんこの夫婦の子供ではない。亭主が昔冒険者だった頃、まだ小さかったサラをどこかで拾ってきたらしい。それ以来実の娘の様に可愛がっているのだと言う。もちろんサラ自身もこの夫婦を実の親のように慕っている。夫婦はサラに酒場の手伝いなどさせたくなかった様だが、サラは根っからの明るい性格ゆえ、喜んで手伝っているのだそうだ。

 「ねぇ、ルシさん。ブライ君はどうしたの?」
 聞いてきたのはサラである。赤いショートヘアに金色の瞳、アオローラ程ではないが幼い顔に似合わない女性らしい身体つきをしている。
「ブライ?」
 ルシは顔をしかめ、サラに視線を送る。
「あぁ、やっぱりブライ君のことも覚えてないんだね…… ルシさんが連れてた大きな黒い馬だよ? ほら、神様の馬だって言ってたでしょ?」
「わるいが、わからない」
 ルシはそう言うと思考に入ってしまう。ルシの代わりに答えたのはアオローラだ。ルシとともにブライを助けたのもアオローラなのだ。
「その子なら天界に行ったわよ。ちょっと傷が酷すぎたからね。でも一応神族だから死ぬ事はないの。たとえその身が朽ちても、時と共に復活するわ」
 なぜそんな事を知っているのか? 天界にはどうやって行くのか? サラはそんなことは考えもしなかった。
「うわぁ、神族ってすごいんだねぇ。それに引き換え獣人族なんて見世物か奴隷だもんね……」 感動しながらも最後には落ち込んだ様子のサラ。両耳をペタンと倒しているところが実に哀愁を誘う。
「獣人族に限った事じゃないわよ。エルフもそうだし、私の種族も似たようなものよ」
 そう言って自分の肩に掛った髪をフワリと掻き揚げるアオローラ。その瑠璃色の髪が揺れると微かなハイビスカスの香りが漂った。
「貴女も人族じゃないの? もしかしてこの香り……」
「そうよ。私は海人族。人間達には人魚って呼ばれているわ」

 2人の会話が進むと間に挟まれたルシは思考どころではなくなった。そのうえ道が悪くなったのか、馬車が揺れるからと2人が腕にしがみ付いている。美女2人に豊かな胸を押し付けられ困り果てるルシは我慢できなくなったようだ。
「おい、暑苦しいからしがみ付くな」
 赤面しながらも苦情を口にする。しかし2人には言い訳にしか聞こえなかったようだ。
「この冬の季節に暑苦しいですって…… 確かに顔が赤いわね。うふふっ」
「あ、ルシさん照れてるー。結構可愛いとこあるんだ」
 2人は面白がって、さらに胸を押し付けてくる。ルシは墓穴を掘ったことに今更気がつくが後の祭りである。
「勝手に言ってろ。オレは寝る」
 ルシは捨て台詞の様に呟くと目を瞑り寝たふりをした。

 馬車の旅はさらに続く。
 この季節は山脈越えの街道は封鎖されているので山脈南の海沿いの街道を通る事になる。
 数ヶ月前、ビズルトラ軍に対しカノン軍が防衛戦を行った場所である。さらにルシが死闘を繰り広げた場所でもあった。
 戦で亡くなった兵の遺体などは片づけられているものの、炭化した馬車の残骸など、戦の痕跡はまだ少し残っている。街道の黒く焼け焦げた跡もあちこちに残り、激しい戦があったことを容易に想像させた。
 サラはもちろん、女将や店主までそんな光景に顔をしかめていた。しかしアオローラだけはやけに嬉しそうだった。
 街道を東に進む彼らにとって右手には広大な海が広がっている。とはいっても高さ数メートルという岸壁なので直接海水を手にすることは出来ない。しかし吹き寄せる潮風は身体全体に海を感じさせてくれた。もともと海の中で暮らしていたアオローラはこの数ヶ月、海とは無縁の生活を送っていた。どうやら久しぶりの海に興奮しているようだった。
 しかしこの惨状の張本人であるルシは、やはり何も覚えていない様で、はしゃぐアオローラに迷惑そうな視線を送っていた。

 そんな一行もカノン王国の王都キャメロンには後数日で到着することになる。

 * * *

 漆黒の闇の底にある洞窟の様な場所を、少女は開いた両手を前に伸ばし、手探りの要領で一歩また一歩とゆっくりと歩いている。ごつごつとした岩肌は少女の歩みの邪魔をする。そんな闇を手探りで進むうちに一筋の小さな光があることに気付く。すがる様な想いでその光の源に近づこうとする少女。しかしその光は動いているのか一向に近づけない。「待って……」と叫べどその光源は少女から逃げるかの様に遠ざかっていく。何度も転び、手や膝は擦り切れ血が滲んでいる。両の目は涙を湛え、艶のあった銀灰色の髪は今は見る影もないほどボサボサで色褪せている。いつしか光源は闇に飲み込まれ洞窟は真の闇と化していた。それでも少女はひたすら同じ言葉を繰り返し、ふらふらと彷徨い続けているのだ。
「……さま。……さま。」と呟きながら。

 カノン王国の王城ヴァイスレーヴェ。白い獅子と呼ばれる白亜の城である。
 ビズルトラとの戦いが終わり、ルシと言う保護者を失ったクーはキャノ、キャミ両王女の計らいにより、その王城の一室で暮らしている。

 ヴァルザードは正式に上将軍の要請を受け今や全ての騎士を纏める騎士団長である。シェラは新たに編成された両王女専属の戦乙女騎士隊、その隊長の任に就き将軍扱いである。
 しかしクーは年齢が若すぎる為、騎士隊に入ることは適わなかった。王女専属のメイドにと言う声もあったのだが、さすがにこれは両王女が認めなかった。メイドは騎士などより遥かに身分が低いからである。結局は王女達の遊び相手という立場に修まっているものの、実際には何もすることがなく、実にあやふやな立場なのだ。

 両王女の親友であり、国を守った英雄の一人に数えられていても、そんなあやふやな立場で何ヶ月も王城内に住まわすのは些か問題がある。しかしそれを苦言する者は誰一人として居なかった。
 今や反国王勢力など存在せず、王国は完全にひとつに纏まっていると言っても過言ではない。野心を持つ者は居るかも知れないが、それを実行しようとする者は居ない。それほど今の王家、とくに両王女の存在は王国にとって無くては成らない存在になっている。
 クーの存在は、そんな王女達が重臣達に申し出た唯一の小さな我侭なのだ。誰も苦言するはずもなかった。

 両王女やシェラにとっては、クーは妹の様な存在である。ルシに頼まれたと言う事もあるだろうが、もし頼まれていなくても3人はクーを見放すつもりなどない。ルシが帰るまで何年でも面倒を見るつもりだった。たとえ戻らなくとも……
 しかし問題があった。若すぎるゆえ仕事に就けず、というよりは誰もクーに仕事をさせようなどと考えない。王女達の親友であり妹の様な存在なのだから。
 それゆえにクーは毎日なにもする事がない。
 王国は纏まったとは言え、毎日の様にやって来る難民で小さな問題は山済みである。王女達は国政や引見で毎日忙しくクーの相手ばかりしていられない。それはヴァルザードやシェラにも言える事だった。
 そんなクーも王女達の邪魔にならない様にと、出来るだけ一人で過ごしている。だが、一人になると考える事はいつもルシの事だった。

 そして毎夜見る夢も同じである。真の闇の中でただ一つの光。ルシを探し彷徨う夢……

 しかし今日は少し違っていた。いつもはクーから逃げる様に遠ざかっていた光が今日の夢では逆に近づいて来たのだ。そしてあと一歩で光に手が届くというその時に目が覚めてしまった。
 いや、目覚めたというよりは目覚めさせられたと言った方が良いかもしれない。
 リンにベッドから引き摺り落とされていたのだ。
 一瞬リンに対し怒鳴りそうになったクーだが、リンの顔を見て思い留まった。その表情はふざけているのではなく、真剣な面持ちで訴え掛けている事が解ったからだ。

 一人と一匹は部屋を飛び出していた。クーは着替えることも忘れ夜着のままである。
 メイドや女官の制止の声も聞こえていない。馬屋で馬に飛び乗ると一気に城外へと向かう。
 城門では制止する番兵に怯み、捕まりそうになるが、手綱さばきで何とかこれを躱す。
 次の街門では馬の速度を最大まで引き上げ、番兵を飛び越えてしまった。
 番兵の見つめる先で、疾駆する馬と風になびく灰銀色の髪、純白の小さな体躯が、街道の地平線に消えていった。

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