挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

40/54

戦 その7

今回も少し長くなりましたが、第1章完結です。
 今は第1砦と呼んでいるが、もともとこの街道にカノン側の砦は1つしかない。よって第1砦などと言う名称もない。この戦いで新たな砦を建設した為に第1、第2と区別しているに過ぎない。

 そしてもともとあった砦がカノン側の放った火により炎上しているのだ。
 砦の外壁は焼煉瓦と石を組み上げたもので外敵からの火責めで燃える事はないのだが、砦の内部はそれだけではない。各部屋や通路は木の柱や梁で補強されているし、机やベッド、家具その他燃えるものはふんだんに置いてある。それらに油を撒いて火を点けたのだ。

 ビズルトラ軍は黒煙が上がる砦の前で、指を咥えただ自然鎮火を待っていた。
 早々に火を消しカノン軍を追いたいところだが水の調達が出来ないのだ。岸壁の下は海なのだが、そこから水を汲み上げることも出来ず近くに川も無い。雨を期待するくらいしかなかった。
 ようやく火の勢いも治まりかけた時には、空に月が登り星もチラホラ輝き出していた。
 第2砦の防壁上でただ1人ビズルトラ軍の動向を窺っていたヴァルザードの口からは安堵の溜め息とともに独り言が零れていた。
「今日は此処までだな」
 それが聞こえたのか背後から答える者がいた。
「これで3日守りきったことになりますね」
 振り返るとそこにはキャノ王女が1人立っていた。美しく背筋を伸ばした立姿、月の光りに照らされた豪奢な金髪の煌き、透き通るような肌は薄っすらオーラを発してるかの様にさえ感じさせる。だが闘気や魔力の波動は感じない。おそらく王者のみが放つ威光、王威と言うものだろうか……しかしそれが目に見えるなど聞いたことが無い。この王女は『王の中の王』たる存在なのかも知れないな。などと考えていた。
「どうかなさいましたか?」
 呆けた様な表情のヴァルザードに訝しく思ったのか首を傾げてる。
 ヴァルザードはその言葉で我に返り、微かな笑みを浮かべる。
「い、いや、そうですね……。あと2日でルシ君の言っていた5日です。どうにか持ち堪えれそうです」
「はい、これも全てヴァルザード様のおかげです」
 そう言って小さく頭をさげ、笑顔を向ける。
「いえ、これほどの士気を保たれた王女のお力と、それに答えようとする国民全ての団結力によるものです。私はただ背中を少し押したに過ぎませんよ」
「わたくしなど、なにもお役に立てなくて……」
 ほんとうに申し訳なさそうに、その表情は暗い影を落としてしまった。
 そんな表情の王女をみて、なんとか話題を変えようとする。
「そんなことはありませんが、それよりこんな場所にお一人で来られるなんて、護衛の者はどうしたのですか?」
 少し困ったような素振りを見せる王女。
「四六時中護衛の方が居るわけではないので……」
(なるほど、こっそり抜け出してきたわけか)
「そうですか、しかし夜風はお体に障ります。お部屋に戻られた方がよろしいかと?」
「はい、ですが1つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ。どういったことでしょう?」
 王女の顔から笑みは消えている。その瞳は真っ直ぐ射抜くようにヴァルザードを見ていた。
「……ルシ様のことです」
 それだけ言うと王女は俯いてしまった。その肩は微かに震えている。
 ヴァルザードは王女を安心させる言葉を探してみた。しかしこの王女に誤魔化しなど通用しないだろうと、その考えを打ち消し本当の事を言う事にした。
「わたしにも何とも言えません。しかしあの男が5日と言ったからには、きっと何かあるはずです。それを信じているから、今こうして此処を死守している訳です」
「そ、そうですよね」
「上将軍達が噂をしているのは私も知っています。しかし王女まで不安な表情を見せれば彼等の噂を助長することになります。王女の姉君であるキャミ殿も、その仲間達も信じて待っているはずです。王女も信じてあげて下さい」
「いえ、もちろん信じています。ただ……心配で……」
「ルシ君は幸せ者ですよ。王女や姉君達のような美しい女性に心配されて。大丈夫です。必ず無事に戻ってきます。安心して後2日待ちましょう」
 ヴァルザードとしては、そう言うしかなかった。
「はい……」
「さ、ここは冷えます。お部屋にお戻りください」
「はい、ではそうさせて頂きます。ヴァルザード様も絶対に……無理は為さらないで下さいね」「ありがとうございます」
 王女は憂いを帯びながらも笑みを浮かべ「では」と言ってその場を立ち去った。

(しかしルシ君、君はなにをしている? ほんとうに1人で1万の軍勢を相手にしてるんじゃないだろうね? 守りならともかく攻めでそれは無謀すぎる行為だよ。それに万が一、北を撃退出来たとして、こっちはどうする気なんだ? 1人で背後から攻め上がる気なのか?)


 4日目の朝を迎えた。
 カノン軍は更に強固に造られた第2砦に陣を敷いている。
 しかし、扉を開けて少数を引き込むという手は通用しないだろう。開いた扉が閉まらないように工夫することも考えられる。もしくは完全に扉の破壊だけを目的とするかもしれない。
 さらに言えばこの砦を突破されたら、後は王都まで隔てる物は何も無い。

 なんとしても此処で食い止めなくては行けない。しかしヴァルザードとしては、ビズルトラ軍の背後から来ると思われるルシの為にも、守りだけではなく少しでもビズルトラ兵を減らしたかった。

 ヴァルザードは防壁の上に立ちビズルトラ軍を見ていた。
 横にはシェラをはじめキャミ、クー、リンも同じものを見ているのだろう。
 その左右には、昨日までと同じように射弓部隊、投石部隊がずらりと並ぶ。

 いっぽうのビズルトラ軍は、全身を覆う白銀のプレートアーマーを着込んだ騎士達を中心に
左右に型の違うプレートアーマーを着込んだ一団も見える。

「どうやら親政軍のおでましかな?」
「じゃぁ、あそこにビズルトラ国王もいるの?」
「多分いるだろうねぇ」
「じゃ、あそこまで行って王を倒したら、この戦も終わるんじゃ?」
 目をキラキラさせてそう言ったのはクーだった。
 それを聞いていた全ての者が絶句している。
「君は無茶を言うねぇ……。仮にだよ、王が一歩も動かず、その場から逃げないと言うなら、ルシ君なら可能かもしれない。でもそこまでだよ、生きて帰ってくることは出来ないだろうね」
「そ、そうか……」
 皆の表情が一気に沈んでいく。
 ルシの名を出した事がまずかったとヴァルザードは思った。が、それどころではなくなった。 いよいよビズルトラ軍が動き出したのだ。
「来た……」
「あぁ、じゃぁくれぐれも気をつけてくれたまえよ」
 そう言うとヴァルザードは前方に飛び降りた。
 すかさず2人の騎士がシェラ達の前に立った。その手には大型の盾が握られている。
 ヴァルザードがシェラ達の為に新たに手配した者達だった。

 ビズルトラ軍の騎士達は、その強固なプレートアーマーと鋼鉄の盾で安心しているのか、昨日のヴァルザードを見ていないのか、悠然と闊歩してくる。
 ガシャガシャ! と鎧の結合部がぶつかり合う音が辺り一体に響き渡る。
 ヴァルザードが口元を歪め苦笑する。
(そんな鎧や盾、この魔槍グングニルの前では紙くず同然なのだよ……)
 そう思ったのも束の間、すぐ表情に陰りが生まれる。
(しかし……)
 何を思ったのか、それ以上は考えるのをやめたようだ。

 騎士隊が迫ったところで、ヴァルザードが一応の口上を述べる。
「あー、無理だとは思うが、投降しないかね?」
「問答無用に願う。負け戦でもあるまいに、投降などありえんっ!」
「なるほどね。じゃ死んでも恨むなよ」
「ええぃ、かかれぇー」
「「うおぉぉぉ!」」
 一斉に騎士団が槍を突き出し、一心不乱に突っ込んで来る。
 敵が間合いに入った瞬間、ヴァルザードの目が一瞬確かに光った。と同時に蒼白い閃光が横一直線に走る。ヴァルザードが見えない速度で魔槍を横薙にしたのだ。

 ヴァルザードに迫っていた前方の騎士5人の鎧が同時に縦割れを起こし、そこから噴水の如く血が噴出している。もちろん手に持つ盾も真っ二つに割れていた。

 その一瞬で辺りは凍り付いてしまった。
 金属のぶつかり合う音も消え、声を上げるものさえ居ない。ほんの数秒のことだが、完全の静寂に包まれた。

 今はまだ射弓部隊も、投石部隊も攻撃を始めていない。これも作戦の内だった。
 プレートアーマーや盾など、ヴァルザードには紙くず同然なのだが、射弓部隊には大きな障害になる。ヴァルザードの槍には、そんな装備は「重く動きにくいだけで無駄だ」と悟り、取り払ってくれる事を願っていた。だからあえて攻撃させなかったのだ。
 しかし、やはりそれは甘かった。

「臆するなぁ!、敵は1人、騎士団の名誉に掛けて突き崩せぇ!」
 後方で1人馬上の騎士が叫んでいる。
「「おぉぉぉ!」」
 騎士達は死を恐れぬ軍団の如き、死んだ仲間を踏み越えて次から次へとヴァルザードに襲い掛かる。
 ヴァルザードはその殆どの攻撃を受けることなく、一薙ぎするごとに数人単位で倒していく。
 カノン軍からは防壁上の投石器から無数の石を飛ばしている。さすがに石が直撃した鎧は、大きくひしゃげ、中の騎士は無事では済まないようだった。
 射弓部隊は、敵が鎧と盾が取り払われないと解った時点で後方へ下がり、代わりに出てきたのが革袋の様なものを持った部隊だった。彼らはその革袋を敵の騎士隊めがけて投げつけている。その袋の中身はどうやら油のようで、一通り投げ終わると、火矢を装備した射弓部隊と入れ替わり、次々と火矢が射られていく。
 たちまち騎士達は燃え上がり、その熱さで踊り狂っているように見えた。
 止む終えず鎧を脱ぎ捨てる騎士達。もちろん盾にも火が付いて捨てる者も居る。
 そうなれば、火矢は必要なく、普通の矢が雨の如く降り注ぐ。

 ヴァルザードは数時間そうやって敵を退け、疲れると一端、砦内に消える。閉められた扉は敵兵によって攻撃を受ける訳だが、ヴァルザードが休憩しているときは、矢の狙いは扉に群がる騎士に集中される。
 砦は扉外側を狙い易いように「V」型を更に横に広げた形で造らせていたのだ。
 そんな攻防を続ける中、ヴァルザードは休憩するたびに傷の回復をしてもらうのだが、最初は「美女の治癒魔法は気持ちがいいねぇ」などと軽口を叩いていたものの、回数を増すにつれ傷を負う量も増え、軽口も叩けないようになって来た。
 さすがに心配になるのだが、ヴァルザード以外にこんな真似を出来る者が居るはずも無く、当の本人がまだ大丈夫だと言い張りやめようとしない。


―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―


 いっぽう、ルシは北の街道でビズルトラ軍を退けると、そのまま国境を越えビズルトラ領に入り、南北に走る街道を南下した。そのままディーエス山脈南側の街道を目指したのだ。
 10数時間走ると30分程睡眠を取り、また10数時間走る。その繰り返しで、約3日後にビズルトラ軍の殿軍に追いついた。

 殿軍まで後数百メートルという位置に来ると、黒馬ブライから飛び降りそのたてがみを擦る。
「ご苦労だったな。さすがに疲れたろう」
 ブライは何も答えないが嬉しそうだった。
「お前ならオレの気配は判るな? もし消えたら国に帰れ」
 ブライは何も答えない、しかしあきらかにその瞳は憂いを帯びていた。
「じゃ、とりあえず何処かに隠れててくれ」

 ルシはブライに背を向けると、そのままビズルトラ軍の方に歩いて行く。


 風が後方から吹いている。
 ルシはいい風だと思ったのか冷笑を浮かべている。

 数歩進んだところで、おもむろに魔剣を鞘から抜いた。
 いつものことだが、禍々しい真紅のオーラが揺らめいている。
 その禍々しいオーラを見つめルシは呟く。
「今日は何人殺すのかな…… なるほど魔王の剣だ」
 そして身体を少し捻るように魔剣を大きく右に構えた。
 ルシの瞳が暗い闇の底に沈んでいく。
 すると魔剣が普段の禍々しさより、さらに激しく、まるで燃え上がる地獄の業火のようなオーラに包まれた。
 そこから魔剣を大きく振りぬいた。
 ビュンッ!
 風を切る音とともに、炎の波が殿軍めざして空を切る。
 その炎の波は遠ざかるほど幅が拡がり、殿軍の最後部に居た兵士を薙ぎ倒す様に斬り裂き炎に包んでいった。
 まるで「世界をまるごと焼き尽くした」という異世界の神話の様に。

 ルシは先の戦いで、この魔剣のこういう使い道を理解していた。肌で感じていたと言った方が良いかも知れないが。
 しかし魔力を使い果たす寸前だった身体でそれを使うのを躊躇ったのだ。
 戦いが終わり休憩した後、一度試して見たが魔力消費はあるものの、上位魔法を使うより遥かに少ない消費だった。

 ルシは『炎の斬撃』を繰り出したあと、一直線に殿軍めがけて走り出した。
『炎の斬撃』に襲われた殿軍は、突如燃え上がったとしか思えなかったのか、ルシの接近に全く気が付く様子が無い。
 慌てふためき、統制を乱しきった部隊は脆かった。
 ルシは一気にそのその中核に入り込み、手当たり次第に斬撃を繰り出していく。
 もちろん『炎の斬撃』ではなく普通の斬撃を。

 しかしルシは一撃で殺すつもりは無かった。
『炎の魔剣』と称されるこの剣に斬られた者は、死のうが死ぬまいが炎に撒かれるのだ。
 殺してしまえばその場で倒れるだけだが、致命傷を与えなければ炎に撒かれた兵士が群がる他の兵士に抱きつくなどして被害が拡がる可能性があるからだ。

 残酷な話だが、これは戦なのだ。
 それに敵は数においで数倍を誇っている。敵に情けを掛けている余裕などなかった。

 時には一振りで数人を斬り炎に撒いていく。
 魔剣を一振りする毎に、前へ前へと跳ぶように進んでいく。

 ルシの目的は殿軍などではない。その前に居るであろう兵糧部隊だった。
 北の街道での戦いもそうだったが、兵糧を失った時の兵の動揺は計り知れないものがある。
 もちろん、今回の目的も兵糧部隊と最高指揮官。つまりビズルトラ王であった。

 まだ体力の衰えを見せないルシは、ほとんど敵の目に触れることなく進撃している。
 赤くたゆたう魔剣の軌跡がまるで象形文字を刻むように、群がる兵士の中を進んでいく。
 ルシが走り去った後には炎に撒かれた人の群れが出来上がる。
 ルシの姿を見たものは1割も居なかっただろう。

 ルシの進撃は止まらなかった。いや、止まる事が出来無いのかも知れない。
 ここは北の街道の様に森に隠れるという事が出来ない。崖と岸壁に挟まれた街道は身を隠す場所がないのだ。
 一端止まってしまえば、敵に攻撃の猶予を与える事になる。さらに陣形を敷かれるかもしれない。

 止む事の無い進撃で、とうとう殿軍の先頭を越えた。前方の一団までは100メートル近くあるだろうか?
 ルシは殿軍とその前の一団の中間地点に止まると、後方に向き直り大きく一振り『炎の斬撃』を浴びせた。
 街道を横切るように燃え上がるそれは、炎の壁となってルシへの追撃を困難にさせる。
 混乱しきった殿軍にルシを追撃する余裕があったかは定かでは無いのだが。

 追撃がこない事を確認したルシは、すかさず前に向いた。
 前方の一団は殿軍の狂乱状態に気が付いた様で、数人の兵が駆け寄ってきていた。
 しかし、今の光景を見て立ち止まっている。その両目は見開かれ、わなわなと恐怖に彩られていった。

 ルシは魔剣を大きく横に構えた。それを見た兵士達は一斉に背を見せ逃げ帰っていく。
「悪いな……」
 そう一言呟いて、魔剣を大きく振り切った。
『炎の斬撃』は容赦なくその数人を斬り裂いて、更に前方の一団までその威力は衰えることなく襲い掛かった。
 そこに炎の壁が出来上がる。数十人はその場で倒れたが、それ以外でも炎に撒かれ逃げ惑う兵士が多数確認できた。

 ここに来てルシの顔色が少しずつ失われていった。
 一瞬だが立ち眩みも起こしていた。
 3日間殆ど休みなしで走ってきた所為か、先の戦いでの後遺症か、あるいは魔剣のためか。
 とにかく普段より体力の消耗が激しいようだ。

 しかしのんびり休むわけにはいかなかった。意識を集中し走り出す。
 ルシは炎の壁を躊躇うことなく突っ切ると、前進しながら斬撃を繰り出していく。
 その速度は衰えたものの、的確に急所を外し殺さずにである。
 そして大きな荷馬車が目に映った。それが相当数、前方遥か先まで並んでいる。まさに目的の兵糧部隊だった。

 ルシは荷馬車に繋がれた馬を見ると、ほんの一瞬躊躇ってしまった。
 一瞬と言うには長すぎた時間だったかもしれない。しかし戦いの最中に躊躇うなどまったくルシらしくない行動だった。

 その躊躇った一瞬に、ズブッ!っという音が背後から聞こえた。
 たたらを踏むように数歩前進するルシの身体に激痛が走る。
 その痛みの元は背中に在り、ルシの背中に一本の槍が突き刺さっていたのだ。
 しかしルシはすぐさま、その場を跳び退いた。
 その後に次々と槍が、その地に突き刺さっていく。

 ルシは痛みをこらえて槍の柄をへし折ると、振り向きざまに『炎の斬撃』を繰り出す。
 新たに槍を投げようとしていた兵達はたちまち斬り裂かれ炎の塊と化した。

 次に荷馬車を見たときには躊躇いはなかった。
 斬撃を浴びた荷馬車は一瞬で燃え上がり炎を塊と化す。そこに繋がれた馬は声高く嘶き、突然走り出した。 
 ルシは兵士を無視し、荷馬車ばかりに斬撃を浴びせていく。
 街道は炎と化した荷馬車が狂ったように走り、戦々兢々とする兵士を薙ぎ倒し、いたる所に炎を撒き散らしていく。
 街道は辺り一面が地獄絵図と化していった。

 一見致命傷とも思える傷を負いながらも、攻撃の手を緩めることなく突き進んでいく。しかしその足取りは遅く神速は見る影も無い。
 1人斬る毎にその動きは落ちているように見えた。
 敵の攻撃を躱す動きも鈍く、躱せているのが奇跡の様にも思えるほどだ。
 兵糧部隊の先頭を抜けた時には、とうとう片膝をついてしまった。
 しかし、跪いた状態で背後に『炎の斬撃』を繰り出し、炎を避けながら追撃してきた兵を一気に蹴散らした。
 背後では炎を壁で追撃は来ないものの、生存兵はまだまだ沢山居るだろう。混迷を極めた様な状態では追撃の心配は無いかもしれないが、たった一人の槍が致命傷にもなりかねない。
 ぐずぐずしていたら、何時槍が飛んでこないとも限らないのだ。
 更に前からは敵兵が次々と走ってくる。背後から敵兵に襲われたと思ってるのだろう。

 しかしルシは今や意識も朦朧とし立ってるのもやっとの状態だった。
 顔には脂汗が滲み、見る影も無いほど精彩を欠いている。さらに肩で息をし膝は笑っている。 身体を見れば至る所に傷があり、さらに血が噴出している。

「此処までか……」
 そう呟きながらも、前方に向けて『炎の斬撃』を繰り出す。
 威力はだいぶ小さくはなってるものの、駆け寄る兵を斬り倒すには十分過ぎる威力だった。
 さらに炎の壁により、当分は敵の襲撃は来ないかもしれない。

 だがそんな時間で回復するものではない、逆に失血により気を失う危険性もある。
 どうやら傷を治癒する力もないようなのだ。

 一瞬諦めかけたその時、背後から馬の嘶きが聞こえた。それも聞き覚えのある声だった。
「ブライ?」
 まさかと思い振り返ると、炎の壁を飛び越える黒毛の馬が目に飛び込んできた。
 太陽を背に黒光りするその体躯は、しなやかだが力強く神獣の風格がにじみ出ていた。

 黒馬ブライはルシの傍らまで来ると「背に乗れ」と言わんばかりに四肢を曲げ跪いている。
「おまえ、助けに来てくれたのか……」
 しかしブライは何も答えず「早く乗れ」と急かすように首を振っている。
 そんなブライにルシは笑みを浮かべながらも背を向けた。
「すまん、オレは逃げるわけにはいかない。お前は国に帰れ」
 そう言って魔剣を杖代わりに歩き出した。
 するとブライは立ち上がり、ルシのベルトを咥えると自分の背に放り投げてしまった。
 ルシは落ちそうになりながらも、なんとかブライの首にしがみ付く。
 ブライはルシが掴まってる事を確認するとそのまま歩き出した。
 その時、ルシの頭の中に声のようなものが聞こえてきた。
(死ぬ時は一緒だ)はっきり聞き取れなかったが、そう聞こえた様な気がしたのだ。
「ブライ、今のはお前の声か?」
 しかしブライは何も答えなかった。
「そうか…… 相棒、目指すはビズルトラ国王だけだ。たのむぞ」
 ルシがそう呟くと、ヒヒィィン! と一声上げブライが走り出す。その速度はすぐさまりトップスピードとなり眼前の炎の壁を軽々飛び越えていた。

 群がるビズルトラ兵はブライとルシに驚きながらも、一斉に群がってこようとした。
 しかしブライはそんな兵を見向きもしないですり抜ける様に走り去る。
 人垣ですり抜ける隙間もないときは敵の頭を踏み台にし更なる人垣を飛び越える。
 横隊列などで槍を突きつけられれば、垂直と思しき崖を重力を無視するように走り抜ける。
 ルシは空でも飛べるんじゃないかと思ったほどだった。

 そして眼前に統一された鎧に身を包んだ騎士達が眼に映る。
 その鎧は見事な白銀のプレートアーマーであった。
 見るからに他とは違うその一団こそ親政軍だと判断しビズルトラ王の姿を探すが、それはすぐに見つかった。
 豪奢な屋根のない馬車に乗る、戦場に似合わしくない格好の男が見に映ったのだ。
 ルシはあれがビズルトラ王だと確信し、咄嗟に『炎の斬撃』を放とうかとしたが、確実に殺す為には直に斬った方が良いと判断し、ブライに「あいつだ、頼む」そう呟いた。
 ブライは「わかった」と言う感じで首を縦に動かすと、一直線に王が乗る馬車をめざした。
 ビズルトラ兵達は口々に「その馬を止めろぉっ!」「陛下に近づけるなっ!」「陛下をお守りしろぉ!」などと叫び、群がる蟻の如く入り乱れている。

 そんな群がる兵を踏みつけて、ブライはどんどんビズルトラ王の馬車に接近していく。
 白銀の鎧を纏った騎士の槍が雨の如くブライとルシを襲う。
 ルシはもともとだが、ブライも今は傷だらけであった。槍や剣で傷つけられた箇所は数え切れず、幾筋も血が流れている。矢も何本かは刺さったままになっている。
 それでも脚と止めることなく速度さえ緩めずひたすら王を目指す。

 ルシの視線はビズルトラ国王の顔をはっきりと捉えた。その顔は恐怖に歪み今にも泣きそうな表情を浮かべている。これが一国の王かと唾を吐きたくなる思いである。
 そしてブライが王が乗る馬車のすぐ真横を飛び越える。
 ほんの一瞬だが、ルシの間合いにビズルトラ国王が入ったその時。
「ビズルトラ王、冥界に落ちろぉ!」
 真紅の炎がビズルトラ国王の首を薙いだ。
 血飛沫とともにビズルトラ国王の恐怖に歪んだ顔が宙を舞う。
 ビズルトラ兵達の動きがスローモーションの様に宙に舞う王の首を眺めている。

 ルシは気を失ったのかブライの首にもたれ掛る様な体勢で動かない。
 ブライも着地と同時にふらつき、今にも倒れそうになりながら走るとも歩くとも言えない速度で進んでいる。しかし目が見えていないのか意識が無いのか、向かう先にあるのは岸壁だった。
 ブライはよろける様に岸壁から海へと真っ逆さまに消えていった。


―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―


 ヴァルザードは限界と思いつつ最後の力を振り絞り敵の猛攻に耐えていた。
 しかし前方から「敵襲だぁ!」と言った声が聞こえると、ビズルトラ軍が慌てたように引き返していく。
 ほっとした思いと裏腹に嫌な予感が脳裏に走る。
 何事かと前方を見るが、ヴァルザードの位置からでは何も見えない。

「シェラ君、ビズルトラ陣営になにかあったのか? そこからなにか見えないか?」
 防壁上のシェラに大声で聞いてみた。
「わからない。此処からじゃ何も見えない。ただ火が上がってると思う。かすかに黒煙が見えるわ」
 火と聞いてヴァルザードが直ぐに思い浮かべたのは『炎の魔剣』だった。
「一日早いが、これがルシ君の言っていた「敵の瓦解」に間違いない」
 ヴァルザードはそう叫ぶと、直ぐに馬を用意させ、一目散に敵陣営を目指した。
 シェラ達もすぐさま馬を頼み、ヴァルザードの後を追う。
 しかしリンとクーだけは先に走っていた。
 リンは既に敵陣の中に消えているが、クーは前方をよろよろと走っている。
 ヴァルザードにリンに追いつくと馬上に引き上げた。
「ありがとう」
 珍しく素直に頭を下げるクーに、ヴァルザードは苦笑を浮かべるだけだった。
 しかし、その顔もすぐさま真剣な面持ちに変わり前方を凝視する。
 クーは真剣と言うよりは悲痛な面持ちだった。

 警戒しながらも敵陣に近寄ると、ビズルトラ軍は戦闘どころではなく大混乱だった。
「陛下が討たれたぁ!」
「兵糧が全て燃やされてるぞぉ!」
「撤退命令はまだかぁー」
「陛下が討たれて撤退命令も糞もあるかぁーオレは逃げるぞー」
「そうだぁー、撤退だぁ」
 全軍が逃げるように、街道を西に走り出していく。

 ヴァルザード達もルシを探しながら、ビズルトラ軍の逃げる方へ向かおうとした時、
「ワゥン!」
 リンの泣き声が聞こえた。
 気が付いた時にはクーが馬から飛び降りて走っている。
 皆がリンのいる場所まで行くと、そこにはルシの魔剣レーヴァテインがその輝きを失い、力尽きたように落ちていた。
 それを拾おうとするクーをヴァルザードが止める。
「よせっ! その魔剣に触れるな」
 普段のヴァルザードからは想像も付かないきつい口調にクーも驚き、その手を止めた。
「それは人が触れるものではないのだよ。とりあえずロープで縛り引っ張っていくしかないね」
 その後カノン軍も加わりルシの捜索が行われたが、何一つ手がかりは掴めなかった。

 救いは『遺体が見つからない』という事になるのだが、万が一死んでいるなら遺体が見つからないのは逆に不幸なことでもある。


―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―◇―


 ビズルトラ軍の侵略を退き、落ち着きを取り戻したカノン王国。
 その主城ヴァイスレーヴェ。

 今此処にキャミ、シェラはもちろん、クーとヴァルザードの部屋も用意されていた。
 キャミは王族専用区域内の一室を私室として与えられ、自由に外に出ることも許されている。 シェラとクーは上将軍達と同等の部屋を与えられ貴賓扱いになっている。
 もちろんリンはクーと同じ部屋である。その純白の輝く体毛は貴族女性に大いに人気を呼び、追い回される日々が続いていた。
 ヴァルザードもシェラ達と同等の部屋だが、その扱いは上将軍である。正式に着任した訳ではないが、すでに国王からの着任要請は済んでいる。あとはヴァルザードの返答次第だった。


 数日前、国主催の宴が催されることが決まり、それに伴い国王から重大な発表があると告知されていた。

 今日はその宴の日である。城門は広く一般に開かれ、多くの国民が城の前庭に集まっていた。もちろん前庭だけでは入りきれないので、王都の大通りから中央広場まで多くの国民で溢れかえっている。
 そして前庭から大通り、広場に至るまで、酒樽やテーブルが彼方此方に置かれ城から振舞われる豪華な料理が並べられている。
 これは国民に対する国王からの感謝の一環としてなのだが、それ以外にも減税などが告知されていた。

 そして国王からの国民に発表された内容はキャミのことであった。
 キャミがハーフエルフで第一王女であると告げられたのだ。
 国民の驚きは大変なものであったが、キャミがその姿を現すと、その驚きは更なる歓喜へと変わって行った。
 それもそのはず、キャミがビズルトラ軍の侵略に対する防衛線では最前線で戦っていたことを誰もが知っていたし、キャミに命を救われた数多くの兵士は彼女を女神と呼んだ程だった。その上キャノに引けを取らない美しさも兼ね備えている。喜ばない者がいるはずもなかった。

 頭を下げ謝る国王に対し、国民の反応は狂喜乱舞の喝采だった。
「キャミ王女万歳!」
「可憐な王女姉妹に乾杯だぁ!」
「麗しき王女姉妹に栄光あれー!」
 嵐のような喝采と万雷の拍手が2人の王女に贈られたのだった。

 城に入れなかった大通りや広場の人々にも、すぐさま伝えられると王都中にその歓喜が拡がって行った。

 宴も進み酔いが回ると防衛戦での話しで持ちきりになっていた。そして酒によった国民達によってヴァルザードは『カノン国の英雄』と祭り上げられ、さらには誰が名付けたのか『防衛戦の戦四美神』としてキャノ、キャミ、シェラ、クーが演台に上げられ大いに酒の肴にされたのである。
 この時ばかりは、さすがにクー達にも僅かながら笑顔が見られたのだが。ヴァルザードだけは、それが作り笑いであることを見抜いていた。


 そして宴の席でルシの名前が挙がることは一度もなかった。

今までお読み下さった方、感想を下さった方、お気に入りして下さったい方、評価くださった方、本当にありがとうございました。

第1章はこれで終了です。

ここで一端、完結とさせて頂きますが、もちろん第2章は書くつもりです。
その時はまたよろしくお願いします。

小説家になろう 勝手にランキング
cont_access.php?citi_cont_id=276016321&s
よろしければポチッとお願いいたします


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ