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ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

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戦 その4

 カノン軍がディーエス山脈南の国境に位置する砦に到着した時、ビズルトラ軍は砦まで1日程度の距離にいた。強行軍のおかげで予定より早い到着と言えた。
 強行軍を心配する王女だったが、その心配が無用だったかのように、兵達はまだ余裕の表情を浮かべている。
 それもひとえに士気の高さと、その士気を維持する王女の同行だっただろう。

 それは出陣直前のことだった。
 国王ならまだしも、王女が戦に同行すると言い出した時には、誰もが驚愕した。
 反対する声はもちろんだが「王女様お止め下さい」と泣き叫ぶ民衆まで居たほどだ。
 しかしキャノ王女は断固として反対意見を受け入れなかった。

「お願いしたわたくしが、どうして安全な城で待っていられるのですか?
 戦場は一箇所ではないのです。ですから陛下は城を動く訳にはまいりません。
 いざと言うとき、戦を止める者が必要なのです。
 陛下が動けない以上、それはわたくしの勤めです」

 それはつまり、自分の首をもって戦を終わらせると言う事だった。
 そうすることで兵や民を守るという事なのだ。

 この王女の言葉を聞いた者達は、はじめて知る事になった。
 広場の演説で、王女が「わたくしが命を懸けます」と言ったその意味を……
 もちろんその言葉を疑った者など誰一人として居なかった。
 しかし、それをこんな形で示されるとは思わなかったのだ。
 普段、優しく控えめな口調の王女とは思えないほど、しっかりした物言いだった。
 結局、王女の決意の固さを知って、それ以上反対出来る者は居なかった。


 ビズルトラ軍との衝突まで1日の猶予があるので、先に第2の砦を造ることになった。
 多くの女性も志願兵として集まったので、その者達を中心に野戦食の準備も行われる。
 その中にはキャノ王女も入っていた。


 いっぽう、ヴァルザード達は山脈に沿って南北に伸びる、もはや廃道と化しつつある古道を南下していた。
 山脈と森に挟まれたその古道は、馬車も通れない細い道である。昔はこの道沿いに村があったのだが、それも今は廃村と化し住む者は居ない。よってこの道も廃道と化しているのである。

 そんな古道を選んだのは、南の街道に向かったであろうカノン軍と合流するためである。
 ルシと王女が予定通り事を運んでいれば、今頃カノン軍は進軍を開始している。ならばキャメロン王都に寄る理由は無い。

 ほぼ昼夜走りづめで、馬はもちろんヴァルザード以外の女性陣は悲鳴をあげていた。馬には可哀想だが王国の一大事とあっては致し方ないのだろう。
 廃村と化した村で短い一夜を過ごした一行は次の日の夜にようやくカノン軍に追いついた。

 それはちょうどカノン軍が野営の準備が終わろうと言う時、王女が給仕をしている、まさにそんな時だった。

「どうやら間に合ったみたいね」
 キャミが安堵の表情を浮かべ王女の手を握る。
 少し驚いた表情の王女だが、すぐ笑顔に変わった。
「お姉様、ありがとう、皆さんもほんとうにご苦労様です」
 ヴァルザード一行に王女自ら深々と頭を下げた。
 もちろんヴァルザード達は恐縮しそれ以上に深々と頭を下げるのだった。
 皆が数日振りの再会を喜び合う中、クーだけが辺りをキョロキョロと見回している。
「どうしたの? クー」
 いち早くクーの素振りに気がついたシェラがクーに問う。
「ルシ様が居ない……」
「そう言えば、居ないわね?」
 クーの言葉で初めて思い出したようにルシを探す。
「ルシ様は北の街道に向かわれました……でも、皆さんと合流してるのだと思ってましたが?」 すこし困惑の表情に変わり、遠慮がちに述べる王女。
「そうなのですか? 私達は山脈沿いの古道を通りましたゆえ、行き違ったのかも知れません」 さらに困惑する王女。それを心配するようにキャミが口を開いた。
「キャノ? どうしたの? なにかあったの?」
「いえ、あの、ルシ様が北の街道はヴァルザード様がと……」
 意を得ない言い様にヴァルザードが顔をしかめ遠慮がちに王女に問う。
「私が北の街道とは、どういう意味なのでしょうか?」
「はい、北の街道はヴァルザード様に名案があるので兵を回さなくても良いと、ルシ様が申されまして……」
「なっ!」
「まさか……」
 皆が驚愕した。
(ルシ君、死ぬ気なのか)
 この時ヴァルザードは気がついた、ルシが1人で北に向かった事を。しかしそれを此処で言えば、この娘達の動揺は計り知れないものになる。
 特にこの娘は一人ででもルシを追うだろう。とクーにさりげなく視線を向けた。
 その小さな身体は小刻みに震え、目の焦点が合っていない。さらに蒼白な顔色をしていた。
 しかし、それはクーだけではなかった。シェラやキャミも同様だった。此方の驚愕ぶりで王女にまでそれが解ってしまったようだ。
「あ、あぁ、そこのとならルシ君と2人で手は打ってありますよ。今頃ルシ君も此方に向かってるはずですのでご心配なく」
 ヴァルザードは咄嗟に嘘をついた。そして王女に「北の街道は防いだ」と皆に伝えてくださいと付け加える。さらに目で「大丈夫、ルシ君を信じましょう」と訴えた。
 王女は小さくしかし力強く頷き、指揮官達にそのことを伝えに言った。
 指揮官達からそれを聞かされた兵士達は大いに喜び、さらに闘士を膨らませることになった。
 キャミやシェラも、ヴァルザードと王女のやり取りを見て、今にもルシの元に向かおうとした自分を抑えることができた。
しかしクーだけはちがった。咄嗟にヴァルザードが腕を掴まなければ、馬に飛び乗って駆け出していただろう。
「離せっ!」
 クーの涙を湛えた瞳がヴァルザードを睨みつける。
「落ち着け。今君が行ってどうなる? どっちにしろ間に合わない」
 しっかりクーの両肩を掴み、さらに視線をクーと同じ位置まで落として訴える。
「そんなこと、関係ない、私はいくっ!」
「俺も君と同じ気持ちだ。シェラ君もキャミ君もだ。だが俺達はここを死守しなくちゃいけないんだよ。それがルシ君の指示だ。君はルシ君の言う事が聞けないのかい?」
 クーにとってルシの命令は絶対だった。いや、ルシの役に立てることが生きがいだった。
「でも、ルシ様が……」
「俺はルシ君を信じるてるよ。キャミ君やシェラ君も信じてるから此処を動かないんだ。なのに君はルシ君を信じられないのかい?」
 クーがキャミとシェラに視線を向けると2人は「私は信じてるわ」と頷いた。
 数十秒の間がクーの身体から徐々に力を抜いていった。
「解った」
 項垂れるクーの頭を撫でようと、ヴァルザードがそっと手を持っていく。
 パシィッ!
 渾身の力でもって、それは打ち払われた。
「いたっ! い、痛いじゃないか君ぃ」
 叩かれた手を摩りながら涙声のヴァルザードをクーが睨みつける。
「私に触れて、良いのは、ルシ様だけだ」
 そう言ってさらに、掴まれていた肩を、埃りを払うように叩いている。
(ルシ君、もし君が無事に生きて戻ったら、俺が殺してあげるよ)
 半泣き状態で、そう誓うヴァルザードだった。
 そんなヴァルザードを6つの冷たい視線が見つめていた。

 カノン軍の兵士達は暖かい食事とキャノ王女の笑顔で、ここが戦場だということを忘れる程楽しい一時を過ごしている。

 キャノ王女もこの3人と同じようにルシを心配しているのである。しかしそれを一切面に出さずに兵士達をねぎらう様にヴァルザードは驚嘆の声をあげそうになった。
(これがまだ14歳の少女なのか……)と。

 そして食事を取ることにしたヴァルザード達。
 疲れ果てた身体を癒すように暖かなスープを味わっている。
 ヴァルザードとしては、あとはぐっすり眠れさえすれば大丈夫だと思うものの、この娘達がルシのことを気にし寝付けないのではと心配したが、疲れきった身体が脳に思考を許さなかったのか、横になるとすぐに眠りについてしまったようだ。
 そんな3人に安心したヴァルザードも寝る事にした。

 いっぽう、南の街道を進むビズルトラ親征軍は、間諜の報告でカノン軍が2万強で迎え撃つ体勢をとったとを知った時は、驚愕や困惑といった表情で軍全体に大きな衝撃が走ったものだが、途中で地方の兵と合流し5万の大軍と化したときには「カノン軍など、しょせんは寄せ集めの雑兵にすぎぬ!」と一気に士気を持ち直して行軍を進めていた。

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