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ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

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戦 その3

 ディーエス山脈の最北に近い場所に弧を描きながら伸びる細い街道。山脈の中でも最も標高が低い2000メートル級の山間に位置するため最も高い位置で標高1500程度である。それでも冬ともなれば辺り一面銀世界となり街道としての役割を果たさなくなる。

 戦場と化した川原から山中に入ると針葉樹が群生する深い森と化す。その森の奥深くにルシはひっそり身を潜めていた。傍らには愛馬のブライが見守るように控えている。
 身体を横たえたルシは、矢が刺さった箇所に手をそっと添えた。その手が薄赤いオーラに包まれると矢が自然と抜け傷口が塞がっていく。魔法により細胞の動きを活性化させ自己治癒能力を飛躍的に向上させるのだ。
 普段なら常に身体全身をオーラで包み自己治癒能力を向上させて戦う事も可能なのだが、上位雷撃魔法での魔力消費が事の他大きすぎた為、出来る限り魔力を消費する行動は控えていたのだ。
 しかし出血が酷い今は止血が最優先だった。傷を塞ぎ止血を完全に終えると夜明けまで眠る事にした。
(夜明けまではまだだいぶある、それだけ寝れば魔力もだいぶ回復するか)と考えていた。

 その頃ビズルトラ軍はルシが消えてからも、半時ほどは誰も物音一つ立てず、その場に固まっていた。その恐怖からか中々動き出せなかったのだ
 しかしルシの存在が消えた事をようやく悟ったのか、一人が動き出すと、目が覚めたように一人、また一人と動き出す者が増えていった。

「あいつはどこにいった?」
「死んだんじゃないのか?」
「いや、たしかに森に向かって行った」
「ゆっくり近づいてみよう……」
「あ、あぁそうだな」

 怯えながらも、恐る恐る殺戮のあった場所に近づいていく。
 無数の焼け爛れた味方の死体があるだけで、ルシらしい死体は見当たらない。

 お互いに声を掛け合い仲間の生存を確認していく。そして現状の把握に努めた。
 総指揮を執る上将軍の生存は確認出来ず、遺体も見つからなかった。更に各小隊の部隊長も半数が消息不明である。生存を確認出来たのは最前線に近かった部隊の部隊長達だった。
 そしてまだ燻っている火の消火を行い。灰と化したテントや荷馬車の確認である。ここで初めて兵糧部隊が全滅している事に気がついたのだった。
 騎士がそれに気付き部隊長に報告すれば箝口令も敷けたのだろうが、運悪くそれに気付いたのは傭兵達だった。半時を待たずしてそれは全軍に知れ渡る事となった。

 治まりかけていた混乱がまた再び部隊を襲う。

「飯が無くてどうやって戦うんだっ!」
「指揮官はどこだぁ!」
「補給物資は何時届くんだっ!?」

 彼方此方でこう言った声を張り上げる者が出てくる。もちろんそれは傭兵である。
 しかし国に忠誠を誓う騎士達はまだなんとか自制心を保っていた。

「まだ暗くて全部確認出来ていない。騒ぐのは全て確認してからにしろっ!」
「この暗さではどうせ身動きが取れん。とりあえず夜が明けるまで待てっ!」

 落ち着いた声だが、辺りに響く大きな声で傭兵達を抑えようとする。
 渋々傭兵達も口を閉ざしていく。考えるまでも無くこの闇の中では逃げ出すことも容易ではない。少しだが灯りのある野営地を離れる事など出来ないのだ。

 一方、一つの大きなテントに部隊長達が集まり今後の相談をしているようだ。
 指揮官が居ない今、誰が指揮を取るのか。それが最初の議題だった。
 ここに残った部隊長は皆同じ将軍職にある。本来なら皆がこぞって指揮官の代理を務めたかったであろう。勝ち戦ならそれが当然である。
 しかし兵糧部隊壊滅という現状では戦どころではない。そんな軍の指揮官代理などになれば下手すれば全責任を負わされる事になる。誰もなりたがるはずは無かった。
 結局押し付けあうだけで指揮官代理は決まらなかったが、部隊長が消息不明の部隊に関しては、その部隊の騎士を適当に選出して部隊長代理として無理やり押し付けた形となった。

「どうしても決まらないのであれば、各部隊毎に部隊長の判断で行動するというのはどうだ?」「そんなことをすれば、各個撃破されかねんぞっ!」
「しかしこの街道は狭すぎる。
 固まっていたところで味方が邪魔になって動けないではないか? それなら部隊毎に少し距離を置いた方が良く無いか?」
「うむ、で部隊毎に動くとして、貴公の部隊はこの後どうするつもりだ?」
「……やはりここは一端本国に戻ろうかと思う」
「しかし、それでは……」
「うむ。お叱りで済まぬのは解っておる。しかし兵糧なくして戦は出来ない。ちがうか?」
「た、たしかにそうだが……」
「しかし、本国に戻るにも兵糧なくしてどうする?」
「いや、しかしだな……」
「それに、あのルシという男が死んだとは思えん。正直2度と戦いたくは無い」
「「「……」」」

 結局各部隊、部隊長の指示で動く事になった。しかも全軍撤退が一致した。

 そして東の空が明るみを帯びてきた。
 改めて兵糧部隊が全滅していることが確認されると皆呆然としている。そこに各部隊長が撤退命令を下し、即座に撤退が開始された。

 細長く伸びた隊列を組むビズルトラ軍は足取りも重く意気消沈した面持ちだった。それも当然のこと、今更王国に戻ったところで俸給は望めない。まかり間違えば指揮官や部隊長を死なせ、おめおめ帰ってきた罪にも問われかねない。
 騎士のように忠誠心が無い傭兵はそこかしこで逃げだす者が現れた。しかし今更それを引き止める事もしなかった。

 そんな退却を決めたビズルトラ軍の最前列を進む部隊の真ん中に突如ルシは現れた。
 傷は全快しているがまだ少し貧血気味である。貧血のため魔力も殆ど回復出来ていなかった。 これは誤算と言えるが、敵が軍を返していたのは大きな収穫と言えた。もう少し粘られるだろうと予想していたのだ。指揮系統の乱れはルシの思惑以上の効果を上げたと言える。

 魔剣を片手に敵陣に突っ込むとルシ最大の持ち味である神速を大いに発揮し手当たり次第に敵を斬り倒していく。
 彼方此方でルシの残像が現れては消える。敵兵は何人ものルシが存在しているかの錯覚を覚えた。
 真夜中と違いはっきり見える視界のなかをルシは現れては残像だけ残して消える。または残像も残さず消える。もはや自分達が束になっても適う相手ではないとはっきり理解したようだ。

 もう誰もルシに向かっていく者は居なかった。ルシより前方に居た兵達は一目散に国境の砦を目指して逃げ出す。後方に居た兵達は逃げたくても、この現状を知らず退却してくる後方部隊が邪魔で思うように逃げる事も出来ない。将棋倒しの様になり大混乱を起こしていた。

 ルシは自分より前方にいた部隊が逃げ去り見えなくなると、後方部隊を追撃する。そこはルシから逃げようとする兵と退却しようとする兵が入り乱れた場所である。

 いっぽう、ルシから逃げ国境の砦へと向かったビズルトラ軍は、待ち構えていたカノン軍から雨の様な矢を浴びせられていた。砦の門を少しだけ開けてビズルトラ軍が密集するのを待ち構えていたのだ。もちろんこの時の為に昨日から全ての兵で矢を大量に作っていたのだ。

 昨日ルシが訪れた時の指示はこういうものだった。
 砦の門を全開にしビズルトラ軍を素直に通す事。これは砦や門を壊されない為だった。
 次にビズルトラ軍が去ったあと、出来るだけ大量の矢を作ること。
 ビズルトラ軍は1万という大軍だが、500前後の兵に別れて戻ってくるので、その時に門を少しだけ開き密集したところに大量の矢を浴びせる。それでも逃げ切った兵は無視して、殺した兵をすぐさま隠せ。というものだった。

 砦を守る守備隊長はカノン王の書状もあるので、仕方なくルシの指示に従って行動していたのだが、本当に数百の兵が逃げてきた。どうやったのかは全然知りえないことだが、実際にビズルトラ軍が逃げてきたのだ。渋々仕事をこなしていた守備隊達も、此処に来て真剣な表情に変わっていた。一兵たりとも逃がすまいと大量の矢を降らせていた。

 こうしてほとんど反撃も無く、逃げてきた半数強のビズルトラ軍を矢で射止めると、数刻後にまた数百の別のビズルトラ兵が逃げてくる。ルシの言ったとおり一定間隔の時を置いて次々と敵が逃げてくる。大量に作った矢が無くなるまでそれは続けられた。

 北の街道を抜けようとしたビズルトラ軍はその半分以上を失うことになった。もちろん生き残った傭兵達はビズルトラには戻らず、どこかに消えてしまっている。実際ビズルトラに戻った兵は1割ほどだったという。


 その頃王女が率いるカノン軍約2万の軍勢はようやく南の街道にある国境に到着していた。

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