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ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

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戦 その2

 川にそって細長く広がった野営地の後方でそれは起こった。
 辺り一面が昼間の様な光りに包まれると、眼前の山々が崩壊したと思わせるような凄まじい轟音が鳴り響いたのだ。その後に続く複数の爆発音で野営地は騒然とした。

 突如上空から襲った幾つもの雷光は、野営地を狙ったかのようにテントや荷馬車を次々と直撃、炎上させていった。

 この雷はルシの雷撃魔法だった。それも上級魔法に分類される超強力なものだ。
 今の時代にこんな高度な魔法を知る者は存在せず、誰もそれが魔法による攻撃だとは理解していなかった。

 寝起きで現状を理解できない者、火に包まれ水を求め逃げ惑う者、皆を落ち着かせようと必死で叫ぶ者、どうして良いか解らずただ戸惑う者、混乱した暴れ馬に蹴られる者。
 ビズルトラ軍は収拾がつかないほどの混乱振りを見せた。

 ルシが最初に狙ったのは兵糧を積んだ荷馬車群だった。
 次に狙ったのが指揮官と思しき男が眠るテントである。
 辺りの暗さと兵たちの混乱ぶりで指揮官の生死までは確認できなかったのだが……。

 さらに上級の雷撃魔法を部隊長クラスが眠るテントに落としたかったが、流石に魔力の消費が激しくこれ以上は無理のようだった。

 もし魔王クラスの魔人達なら一人でも1万の兵を殲滅出来たかもしれないが……

 しかしそれでも上級の雷撃魔法である。たった2発とはいえ数百人の兵士が死んだはずだ。
 一万の内の数百では微々たるものだが、それでもまだ彼方此方で雷の爆発による炎が猛威を奮い、死傷者を増やしている。

 ここでルシが炎の魔剣レーヴァテインを鞘から抜いた。
 魔剣の剣身を炎のようなオーラが纏わりつく。
 ヴァルザードから譲り受けた魔剣のオーラとは根本的に違う禍々しいオーラだった。

 この混乱に乗じて奇襲を掛けるのは当然のことであった。
 感情が欠片もない表情で野営地を眺めるその瞳が氷の様に研ぎ澄まされていく。

「死にたくない者は、今すぐこの場を去れっ!」
 そう叫ぶと大剣かと思しき魔剣を片手にルシが疾走した。
 もしこの混乱の中でそれを見た者が居れば、揺らめく一筋の炎に見えたかもしれない。

 混乱する敵兵の中に飛び込むと手当たり次第に斬撃を繰り出していく。
 いつ呼吸しているのかと思わせるほど、一瞬たりともその身体が止まることは無い。
 真紅の炎の揺らめきも、その速さにもはや閃光と化し、縦横無尽に闇夜を斬り裂いていく。

 驚いた事に魔剣に斬られた兵士はすべて炎に包まれていった。これが炎の魔剣と言われる由縁なのかもしれない。

 ビズルトラ軍はますます混乱の一途を辿る。
 声が聞こえたから、夜襲だということだけは判断できただろう。
 しかし敵兵の数を知ろうにも、姿さえ見えない。反撃を仕掛けることすら出来ないでいた。
 挙句の果てには、恐怖に駆られた兵士が闇雲に剣を振り回す始末である。とうとう同士討ちまで始まってしまった。

 しかし何時までも混乱が続くという訳でもなかった。
 雷による炎上と魔剣で斬られた者達の燃え上がる炎で闇と言う状態では無くなっている。
 その上目が慣れてくれば少しの灯りでもある程度見えるものである。

 無尽蔵と思われるルシの体力にも陰りが見え始め、一切止まらず斬り続けることが難しくなってきた。時折止まり呼吸を整える、そしてまた疾駆する。
 たまにテントの陰に隠れて一時の休憩を取る。と言っても数秒間程度だが。

 止まってしまえば敵の目にもはっきりそれが映った。黒っぽい衣装と白金の髪が。
「敵は白髪の男だっ!」
 白髪とは失礼な話であるが、暗がりでは仕方が無いのかもしれない。
「うろたえるなっ! 火を消せぇー」
「無闇に切り掛かるなぁ、体勢を整えろぉ!」
 各地で指示を飛ばす者達が居るようだ。その者達が指揮官なのか部隊長クラスなのかルシには判断が付かなかった。10人隊長程度の者かもしれないし、戦慣れした傭兵かもしれない。それでも指示をだす兵士を先に斬り殺して行った。

 神速は鈍くなっているが、それでも常人が捉えられるスピードではない。ルシが疾駆した後には死体が山の様に転がっている。即死でなくても、炎に包まれた身体ではすぐに息絶える事になった。
 すでに魔剣で斬り殺した数は100をゆうに越えているだろう。しかし幾ら斬り殺してもその数が減ってるようには思えなかった。

「一体なにがあったんだっ!?」
「敵襲だぁっ!」
「白髪の恐ろしく強い男だ」
「俺はしってるぞ、あいつは『神速のルシ』だっ!」
「なにっ! 魔王の剣を盗んだ奴かぁ」

(くそぉ!どんどん集まって来やがる)
 ルシが思う通り、前方からどんどん兵が押し寄せてきている。
 一万の軍勢を抱える野営地は遥か見えない前方まで続いているのだから当然のことだった。

「敵の数は?」
「おそらく1人だぁ」
「たった一人になんて様だぁ!」
「敵はたった一人だぞぉ、囲めぇっ」
「弓隊は隊列を組めぇ!」
「槍隊、布陣せよ!」

 さらに混乱も治まってきた。おそらくしっかりと指揮出来る者がいるのだろう。
 ルシもそれを感じ、指示する声が聞こえると、すかさずそこに跳び魔剣を振るう。返す刀でその周りの者も斬り倒す。
 同時にそろそろ引き時だと考えていた。
 自分の体力にも限界がある、それに魔力の回復もしたかったのだ。

「敵の動きは早いぞっ! 無闇に切りかかるなぁ」
「弓隊構えー。奴の動きが止まったら合図を待たずに撃って構わん!」
 そんな指示が聞こえた後だった。ルシが止まった瞬間に弓隊の放った矢が一斉にルシを襲う。 普段のルシなら全て叩き落すか、神速で躱していただろう。または風魔法によるシールドで矢の向きを変えることも可能だった。

「矢があたったー」
「怯んだぞー、今だー」
「逃がすなぁー 止めを刺せぇっ!」
 全て叩き落したつもりだった。まさか自分に矢が当たるなど想像もしていなかった。
 だが確実に数本の矢が分の身体に突き刺さっている。
 敵の目にもそれがはっきり見えたようだ。

 もともと敵兵の返り血で元の色が判らないほど赤々と染められた衣服が、鮮血によりさらに滲んでいくのが解る。
 完全に引き時を誤ったのだ。今逃げれば焦りが生まれた敵兵の心に余裕が生まれる。
(今引く訳にはいかないが……)

 ルシはとっさにテントの陰に身を隠した。
 そこで突き刺さった矢の身体から出ている部分だけを折って捨てる。
 抜いてしまえば痛みもマシになるのだが、出血がさらに酷くなる。ここで回復魔法を使う余裕がない今、この状態で戦うしかなかった。
 刺さった矢の数は3本、左肩、左脇腹付近、右足太股。
 足と腹部の傷はルシのスピードを極端に落とすことになる。
(どうする?)
 ほんの刹那の自問自答。

 ルシは敵兵の前に姿を現した。
「出てきたぞぉー 弓隊っ!」
 苦痛を表情に一切出さず、残像を残し消える。弓隊から見て横に跳んだのだった。
 残像に次々矢が強襲する。
 次の瞬間に弓隊の前に姿を現したルシは一人一人確実に致命傷を与えていく。

 しかし、その後ろに陣を敷いた槍隊が一瞬遅れるものの次々と槍突きを繰り出してきた。
(ぐぅっ!)
 神速を無くしたルシは、ここでも敵の攻撃を受けてしまう。
 左頬と左腕から鮮血が飛散った。

 突き出した槍に肉を突き刺す手ごたえを得た者が叫ぶ。
「殺ったぞぉー!」
「獲ったぞぉー」
 もちろん致命傷ではないが、敵兵の嬉々たる声が響き渡る。
 それでもルシは止まらない。そこに居た全ての弓隊を斬り終えると、すかさず後方の槍隊を殲滅した。
 さらにそれを指揮していた部隊長らしき男も斬り殺した。
 火達磨となった死体の山が出来上がった。

 弓で射ても、槍で突いても怯むことなく襲い掛かる男に恐怖する。
 焦る心に恐怖と任務遂行が葛藤していた。
 しかし恐怖がそれに打ち勝った瞬間だった。

 血がどんどん流れ出す体は今にも倒れそうだった。
 体中に激しい痛みが襲う。しかしその痛みで失神せずに済んでいるのかもしれない。
「化け物だぁー」
「に、逃げろー」
 とうとう逃げ出す兵が出てきた。恐怖の波はさらに拡がりを見せる。
 戸惑い逃げ出す兵を纏める指揮官が居ないのだ。
 ここまで来ると瓦解は早かった。
 ルシに襲い掛かる兵より逃げ出す兵のが多くなってきた。

 逃げる兵には目もくれず、まだ戦意を残す兵をどんどん倒していく。
 薄れる意識の中、ただ目に映る動く物を追うように。
 ビズルトラ軍にはルシが人間だと思う者は居なくなっていた。
 死神が大鎌を振り回しているように見えたかもしれない。

 辺り一体、動くものは無くなった。死体の山と、彼方此方で燃える人、馬、馬車。
 その中心に禍々しく揺らめく真紅のオーラを纏った一人の死神が立っているだけだった。

 もちろん敵全てを倒したわけではない。1割程度倒したかどうかくらいだろう。
 少し離れた位置にはまだ数多くの敵兵がいるのは解っている。しかしほんとにそろそろ限界だった。敵側も恐怖のあまり攻撃できなくなっていた。

 ルシはここで一端、その身を完全に隠すことにした。
 ビズルトラ側の回復は望むところではないが、自分自身の回復がどうしても必要になった。
 夜明けにはまだ時間がかなりある。
 休むなら夜中の方がいい。
(少しやすもう……)
いつもありがとうございます。

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