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ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

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劣国カノン

 カノン王国の主城ヴァイスレーヴェ。
 王都キャメロンの西に位置し別名、白亜の塔と呼ばれる。
 そのヴァイスレーヴェにある謁見の間に、高位の武官や文官が序列順に壁際に整列している。 中央に敷かれた青い絨毯の最奥、一段高い位置にある豪奢な玉座。その前に跪く金髪碧眼の美少女と白金髪虹彩異色の男。キャノ・フォレスト・カノン王女と冒険者ルシである。

 玉座に座するのは、もちろんカノン国王その人である。
 帰国の挨拶を済ませたキャノ王女。国王は笑みを浮かべるが、その場に集まった武官、文官はそれぞれ複雑な表情を浮かべる者が多かった。
 そしてルシの発言で皆が凍りつく事になる。

「カノン王、急ぎ軍を編成して欲しい。ビズルトラ王は既にカノン侵略の準備に入っている」
 側近達はルシの無礼な振る舞い対し言葉を発しかけたが「カノン侵略」と言う言葉を聞いて固まってしまった。

「馬鹿な、そんな報告は入っていない」
「開戦通知も無しに、そんなことがある筈はない」
 口々にそんな事を言い謁見の間は一時騒然となった。

 そんな謁見の間に凛とした声が響き渡る。
「皆さん聞いてください。ルシ様の仰る事は本当です。わたくしがビズルトラ国から逃げ出した事が原因なのです。ほんとうにごめんなさい」
 普段は大人しく大声を張り上げる事など無いキャノ王女は、深々と頭を下げた。
 一瞬は静まり返ったその場も、また彼方此方でざわめき出す。
 黙って瞑想していたカノン王の眼が大きく見開かれた。
「お前たちは黙って人の話を聞けぬのかっ!」
 そして一人一人の顔を睨みつけるように見渡す。流石に口を開く者は誰もは居なくなった。

 急遽軍義となった謁見の間で、ルシは現状を淡々と説明していった。

 2日前、ビズルトラでは出兵の準備が始まった。その数およそ3万。準備が整い次第直ちに行軍が開始される。各地方の領主にもその旨連絡が行き渡り、増軍はおよそ2万から3万。 
 合わせて5万から6万の大軍である。

 それに対してカノン側は騎士、傭兵合わせても1万、地方領地の兵を呼び集めても2万を越える事はないだろう。

 敵本国から出陣する3万の内2万が親征軍としてビズルドラ王が指揮を取りディーエス山脈南の海岸沿いの街道から進軍、残り1万が上将軍指揮の元、山脈越えの街道を通り進軍してくる。
 これだけ聞いただけで、文官の殆どは戦意を失っている。武官ですら険しい表情をするだけで、発言する者は居なかった。
 挙句の果てには王族と貴族の安全を条件に降伏しようと言う輩まで現れた。
 さらに、それに賛同する意見がチラホラ聞こえる有様である。

 その言葉に即座に反論したのは、もちろんキャノ王女だった。

「何を仰るのですかっ。 それでは民はどうなるのです? 
 いざと言う時、民を守る為に貴族や王族が存在するのではないのですかっ!」

 その美貌からは想像が付かない程の怒気をあらわにし、さらに何か言おうとしたがカノン王がそれを制した。

「降伏などせん。 それに万が一降伏するとなれば、
 民の安全が条件だ。その事を忘れるなっ!」

 降伏案を唱えていた者は皆俯いてしまった。
 しかし降伏案が収まり次に出たのは、籠城作戦だった。カノン王国は軍事にそれほど力を入れていない為、国庫は潤っていた。ビズルトラ軍の兵糧が尽きるまで城門を固く閉ざすべきだ。というものだった。
 他には、籠城して隣国であるシャプニ王国に援軍を要請、援軍到着次第打って出てはどうかというものだった。

 またキャノ王女の怒りが爆発しそうだったが、今度はルシが制した。
「あんた達の考えはあくまで民を犠牲にするのか? 籠城なんかしたら、王都は略奪され放題だぞっ。最後には焼き払われるのが落ちだ。そんなことも解らないのか?」

 もちろん皆そんなことは解っているだろう。ただ自分の身の安全しか考えていないのだ。

 ルシは、もううんざりだと言いたげにカノン王を見た。そして次のように提案した。

 城には兵を1000だけ残して、残りは全て海岸沿いの国境の砦に向かう。
 あくまで砦を守るだけで絶対に打って出ない。
 こちら側からの攻撃はあくまで防壁の上からの射手隊のみ。
 いくら大軍を誇るビズルトラ軍でも街道が狭い為、少数でしか攻め込めず一気に蹴散らすと言う強攻策が取れない。砦が壊されるまでに後退しながら第2の砦、第3の砦を築く。
 これで此方は戦力が減る事が無く相手の戦力を徐々に減らせる。
 この方法で出来るだけ時間が稼ぎ、各領地に散らばる兵の登城を待ち更に守りを固めるというものだった。それで最低5日守り抜けば相手は必ず瓦解すると断言した。

 北の山脈越えの街道から来る軍勢はどうするのか?
 5日守っただけで、なぜ敵が瓦礫するのか?

 この最大の問題に対しては、ヴァルザードが手を打ってるから心配ないと告げた。
 不平もあったが、そこは流石にランクAの冒険者である。『疾風のヴァルザード』の名前は効果があった。
「あの方が動いてくれるなら、何か作戦なり援軍が期待出来る」
 そういう声がチラホラ聞こえてきた。

 この機運が高まった今が行動する時である。
「カノン王、直ちに軍を編成し迎え撃つ準備をして欲しい。それと各領地に早馬を飛ばし兵を登城させてくれ」 
 相変わらず一国の王に対する礼儀も糞も在った物ではないが、カノン王は気にした様子も無くその案を採用とし軍義を終了した。

 文官などはまだまだ不平が有りそうだったが、武官たちが少し乗り気になった所で、上手く軍義を終了させられて、発言の機会を失った。
 軍義が終了すれば、もう行動あるのみである。今更不平など洩らせば、それこそ牢獄行きすらありえるのでもはや誰も何も言えない状態だった。

 王都では直ちに傭兵と志願兵を募ることになった。
 中央広場にて傭兵と志願兵を募る告知板が立てられたのだ。
 しかし敵国がビズルトラだと知ると傭兵ですら逃げ腰で志願兵など期待できそうも無かった。
 そこに近衛騎士に警護されるような形で一輌の純白の豪奢な馬車が現れた。
 白馬2頭が引くそれは、壁や扉といったものが無く、屋根の代わりに飾りの付いた小さなひさしが取り付けてある。人々の目に良く見えるようにと通常のシート位置より高い位置に据えられた豪華な赤いソファーにはキャノ王女が座っている。

 久しく姿を見せていなかったキャノ王女の突然の市街訪問に広場は騒然となった。
 その上、キャノ王女のお言葉があると告げられると、あっと言う間に広場は民で埋め尽くされてしまった。

 広場に人が入りきらない程集まったところで、キャノ王女は馬車上で立ち上がった。そしてまず最初に深々とお辞儀をして「皆さんごめんなさい」と謝罪した。
 決して叫んでいる訳ではない。なのにその高音で美しいソプラノは何者にも侵されない強さで広場全域に響き渡る。まさに神がその声に宿っているようだった。

 しかし一国の王女が民衆に深々と頭を下げ謝罪など前代未聞のことである。誰もが顎を落とし騒然としていた広場が静まり返ったほどだ。

「今日は皆さんに謝罪した上、厚かましくもお願いに参りました」
 そこで言葉を一端止めると、皆の反応を窺うように辺りを見渡した。
 誰もが王女の言葉を聞き逃すまいと真摯な眼差しを向けている。

「実は…… わたくしはつい先日までビズルトラ王国におりました。ビズルトラから和平の提案として、わたくしとあちらの王子様との婚礼を打診されたのです。しかしわたくしはまだ14歳です。この国の法でまだ婚礼は出来ません。ですから15になるまで養女という形であちらの国で暮らす事になったのです」

 民衆が、あちこちでざわめきだした。
「それってどういう意味だ?」「政略結婚か?」「いや、そんなもんじゃない人質だ」「つまり人質として王女を寄越さないと侵略するぞってことか?」
 そんな声が民衆の間で飛び交っているのだ。
 王女はそんな民衆一人一人の声が聞こえてるかのごとく言葉を続ける。
「皆さんが考えている通りです。断れば侵略ということです。でもわたくしは帰ってきてしまいました。逃げ出してきたのです」
 それまで凛としていた声が急に、か弱い少女のそれにもどっていた。
 今にも泣きそうに必死で唇を噛みしめて堪えている。
「じゃ、この戦は王女が逃げてきたからか?」「そういうことになるな……」「王女の所為で俺達は家を失うかもしれないってことか?」「じゃぁ王女が人質でいいのかよ?」「だれもそんなこと言ってねぇ!」「もともとはオレ達の為に王女は犠牲になってくれたんじゃねぇか」「でも、この戦勝てるのか?」「んなこと関係ねえ」「王女一人を犠牲にしてオレ達だけ助かるとかあって良いはずねぇだろう」「じゃ俺達はどうなるんだ?」
 民衆の混乱は見る見るうちに広まっていった。
 馬車を護衛する騎士に少しの怯えがみえはじめた。一触即発のこの状態でたかが10人前後の護衛である。民衆が暴れだしたら一溜りも無いだろう。
 しかし王女に怯えは無い。その声に怯えなど微塵も感じられなかった。
「皆さん聞いてください。わたくし一人が犠牲になるだけで、皆さんが助かるならそれで構いません。それが王家に生まれた者の勤めだと思っています。その気持ちは今でも変わりません」
 皆がその言葉を聞き逃さなかった。
 先程の混乱が嘘のようになくなっている。
 全ての者が、その美しい王女を見つめていた。
「でも、わたくしを助けだしに来て下さった冒険者の方にお叱りを受けました。お前の行為は侵略を遅らせるだけだと。そして本当に民衆の為を想うなら侵略されない国力を持てと」

 もう混乱するものはいない、全ての民衆が王女の言葉を待っているのだ。

「皆さん、わたくしと一緒に戦って頂けませんか? 今はまだビズルトラ国に勝つことは出来ないでしょう? でも追い返すだけなら力を合わせれば可能だと思いませんか? わたくしは可能だと信じます。わたくし一人では何も出来ません。でも皆さんのお力があれば不可能は無いと信じたいのです。幸い優れた冒険者の方も味方になって下さいました。皆さんもご存知だと思いますが。『疾風のヴァルザード』様です。他にも『神速のルシ』様と言う方もお仲間になって頂いてます。皆さんお願いします。この国をどこにも侵略されない国にするためにお力をお貸し下さい。力をお貸し下さるだけで良いのです。命を懸けてくれとは申しません。それはわたくしの仕事だと思っています。わたくしが命を懸けます。ですから皆さんはお力をお貸し下さい」

 民衆で埋め尽くされた広場、そのほぼ中央付近で馬車の上に立ち、一人頭を垂れる王女。
 絶対泣くものかと、唇を固く噛み必死で訴えかける王女。
 今まで皆に笑顔を振りまき、優しいお声を掛け続けた王女。
 カノン王国史上もっとも可憐な王女として民衆に愛された王女。

 そんな王女を皆が見守る。

 誰がこの王女を責めれるだろう?
 誰がこの王女を犠牲にしようと考えるだろう?
 民衆の為に一人命を懸けると言った王女を誰が見捨てられるだろう?

 広場に王女を讃える歓喜の声が響き渡った。

 強大なビズルトラの軍勢に対して誰もが怯えを消し去った。
 今この国は一つに成ったのかもしれない。

 その後、傭兵と志願兵が城内に溢れかえっていた。
 剣を使えるものは剣を、弓を使えるものは弓を、武器を使えないものは砦作りを、それぞれ分担を決め編成は見る見るうちに進んでいった。

 そして一路、南の街道の砦を目指し行軍は開始された。
 その頃ルシは一人北の街道目指していた。

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