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ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

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宿場町にて

 大草原を南北に貫く街道から、ふと視線を左に向ける。東方の地平線には澄み切った紺青色の空が広がり、そこからグラデーションの様に空の色が段々と赤みを帯びてゆく。視線が遥か西方の地平線に辿り着くと綺麗な夕焼け空へと変わっていた。その地平線では今にも夕陽がその姿を隠そうとしている。もうすぐ夜の帳がこの大平原を覆い尽くす。そして満天の星空がこの地を支配するのだろう。

 ビズルトラ王国から、魔王が所持していたとされる魔剣を手に入れたルシは大急ぎで街道を南下していた。この戦の勝敗を決めるのは「時」だと思っているのだ。

 相手を倒す必要の無い戦ではあるが、負けることは許されない。しかし10万の軍勢を持つビズルトラに対しカノン王国は精々2万がいい所だった。
 単純に数が物を言うのが戦である。いくら一騎当千の力を持つヴァルザードや、そのヴァルザードにも勝るルシが加わったとしても、苦しい戦になることは必然だった。

 当初の予定にない魔剣強奪の所為で少し時間を食ってしまったが、暗くなる前に街道沿いの宿場町に到着した。ようやくヴァルザード達に追いつけたのだ。

 そこでルシはビズルトラ国で知りえた現状を報告する。

 直ちに出兵の準備に入った事。
 早ければ2日後には行軍が開始されるだろうという事。
 その数およそ3万。
 地方領主の軍勢と合わせると5万から6万は下らないだろうという事。
 怒り狂ったビズルトラ王自身が親征軍を率いて来る事。
 部隊を2つに割り、山脈越えと南の海岸沿いの両街道で挟撃に来る事。
 等など。

「まさかっ! 開戦通知も無しに攻めてくると言うのか?」
「そ、そんな……」
 ヴァルザードの驚きぶりは普段の口調を忘れさせるほどだった。
 キャノ王女は卒倒しそうになったが左右に座るキャミとシェラが支えることでなんとか持ち堪えていた。
「これは完全にオレの読み違いだ。すまない……」
 普段滅多に頭を下げる事など無いルシが素直に頭を下げた。ルシとしては自分の考えが浅はかだったと後悔していた。
「いや、君の所為ではないよ。いずれこうなる事は解っていた。遅いか早いかの違いだけだよ」
「違う。オレはビズルトラ王の馬鹿ぶりを甘く見ていた」
「どういうことだい?」
「この冬が来る今、攻めて来るとは思わなかった。攻めてくるなら早くて来年の春だと思っていたんだ。それなら此方も準備が出来たし、他国への援軍要請も可能だったかもしれない。しかも北の山脈越えをするなど予想すら出来なかった」
「うむ、確かに冬の山脈越えは常軌を逸した行為だね。まさに蛮行と言えるよ。だからその行為は逆にビズルトラ側を不利にするだけだと思うが?」
「そうだ、だから『馬鹿王』でもそんな真似はしないだろうと読んだ。しかし今年は冬の訪れが遅い。先日は雪が降る気配もあったが、それも今は無い。それになぜか解らないが当分雪が降る気がしない」
「しかし、それは君の感だろ?」
「いや、降らないと断言できる」
「ん~そうは言ってもね……」
 なぜそんなことを断言出来るんだと訝しむヴァルザード。
 ルシとしても断言出来るわけでは無かった。最悪の事態を想定して話を進めたかったのだ。しかし、なぜかそんな気がしてならないのも事実だった。これは命がけの戦いを前にした戦士の感だとしかいいようがない。
「とにかくだ。この戦は国境を越えられたら100%勝ち目が無い」
 皆が一様に不安の色を濃くしていった。
「では、わたくしがまたビズルトラ王国に……」
「いや、それは無駄だ。もともとビズルトラ王はカノンを侵略する気だった。お前の行為は数ヶ月、良くて数年侵略を遅らせるだけだな」
「では、お父様を説得して民衆の安全と権利を条件に降伏するというのは?」
「なっ!、なんてことを……」
「キャノ王女……」
 キャノの余りにも自虐的な発言に一同は唖然とする。
 降伏とは王族が斬首となる可能性が極めて高い。そんな事をこの王女は平然と言ってしまうのだ。
「駄目だ。万が一その約束を受けたとしても、あの『馬鹿王』は約束を守る程お人好しじゃない」
「では、どうすれば……」
「本当に民衆のことを想うなら、侵略されない国力を持つしかない」
 ルシは一端間を置いてキャミを見た。そしてその視線を王女に戻し、
「お前を城から連れ出す時、キャミはなんと言った?」
 今までの口調と違い、ルシは優しく諭すように囁いた。
「えっ、それは……」
「何も心配いらない、オレ達に任せろって言わなかったか?」
「はい、そう言いました」
 これはキャミだった。
「なら任せとけばいい」
 ほんの少し笑みを浮かべ「それに」と続けた。
「それはオレが言わせたセリフだ。必ずオレが何とかする」
 そう言って立ち上がると王女姉妹の後ろに立った。その2人の肩を抱き、
「カノン王国も含め、お前達は絶対に守る」
(命に代えてもな)
「は、はい、ありがとうございます」
 キャノ王女の言葉は語尾が擦れてほとんど聞き取れなかった。

「そこでだ、ひとつ王女に頼みたい事がある」
「はい? なんでしょう」
「ちょっと強行になるが、オレと2人で先にカノン王国に戻って欲しい」
 その言い様に一同皆が理解出来ていない様子だった。

 ルシが言うのはこういうことだった。
 このままカノン王国を目指しても早くて7日か8日はかかる。それから軍を編成、行軍していたのでは、国境に着く前にビズルトラ軍に国境を越えられてしまう。もちろんカノン側の間諜もこの事実を報告する為本国を目指しているだろが、それでも1日2日早いだけで結果は同じである。そこでルシがキャノ王女だけを連れて先にカノンに戻りたいと言ってるのである。

「しかし、君がキャノ王女と戻ったところでその日数は縮まらないだろう?」
「オレと王女だけなら2日で戻れる」
「なんだって? どうやって此処からキャメロンまで2日で戻るというんだね?」
「ブライならそれが可能だ。速さだけなら普通の馬の倍だ。その上1日2日なら一切止まらず走り続けられる。まぁ王女の身体を考えてノンストップは無理だろうが」
「そういえば、あの馬は神獣だとか言ってたね……」
 ヴァルザードは呆れてものが言えないと言う様に両手を上げていた。

「しかし、それでも北の国境には間に合わないね」
「あぁ無理だ。だからカノン軍は南の国境を押さえる。あそこは海と山脈に挟まれた街道だ、進軍は真っ直ぐ長くなるだけ。守りに徹すれば十分戦えるはずだ」
「うむ、その理屈は解るが、北の街道はどうする気だ? 雪が降らないと言ったのは君だよ?」
「まぁそれには考えがある。敵を欺くにはまず味方からと言うだろう? オレに任せてくれ」
「そうか、君がそう言うならなにか作戦があるのだろうね」
 ヴァルザードは不承不承ながら納得したようだ。
「あのー ルシさん。話は解りました。でもキャノは迷宮を歩き詰めで、馬に乗ってからも」
 そこでキャノ王女がキャミの言葉を遮った。
「いえ、わたくしは大丈夫です。連れて行ってください」
 気丈にもキャノ王女は凛とした声でそう口にした。そしてキャミに向かって小さく囁く。
「お姉様ありがとう。でも本当に大丈夫だから」
 だが実際には、今こうして座っているだけでもキャノ王女には大変な苦痛だった。その年齢と体力を考えれば当然のことだろう。ましてや王族なのである。
 ルシもその顔をみれば限界を超えているなと想像がついた。
「解った。出発は明日朝にしよう」
「でも、それでは……」
「いや、倒れられても困るしな。その代わり今日はゆっくり休め、明日は一切休みなしで走るからな」
「はい、わかりました」

 こうしてシェラ、キャミ、キャノ王女がそれぞれベッドに入っていった。
 クーだけはルシから離れようとしなかったが、ルシの命令で渋々ベッドに入ってくれた。

 ルシとヴァルザードは今日程度の行動では疲れなど見せない。普段から冒険に明け暮れているからだろう。無理に寝る必要もなく、もう少し2人で飲む事にした。
 女性陣が寝てしまったことはヴァルザードとしては不本意だろうが、それ以外にも興味はあったようだ。

「ところでルシ君、魔王の剣と言うのを見せてもらえないかい?」
 ルシは「あぁ」と言って鞘ごとヴァルザードに魔剣を差し出した。
 しかし鞘の部分を持っただけでヴァルザードは痺れた様に魔剣を落としてしまった。
「おい、人の剣を落とすな」
「いや、すまない」と言って拾おうとしたが、やはり落としてしまった。
「……」
「す、すまない。 しかしなんだねこれは、触る事も容易じゃないよ? 確かに誰も持つ事が適わないという噂は知っていたが」

 500年前の聖戦で魔王が所持していたとされる魔剣。
 しかし触れるだけで魔力を吸い取られ、死ぬものまで居たと言われている
 それ故、今まで王宮に保管され誰にも所有される事が無かった。

 盗んだルシ自身まだはっきり見ていなかった。
 ルシは魔剣を拾い、そっと鞘から抜いて見た。
 真紅のオーラが揺らめく炎の様に剣身に纏っている。

 剣自体の長さはおよそ120、刃幅は10センチ弱、柄は25センチ程。剣身は厚く血抜きと思われる小さな溝が片面に2本づつ入っている。その溝の間には古代語が長々と刻まれていた。刃と柄の間の部分は十字鍔になっており魔法石と思しき真紅の石が埋め込まれていた。その直ぐ先、リカッソの部分に銘が打ってっあった。

 Lævateinnレーヴァテイン

 エプソニア大陸がこの地に誕生する以前。つまり神話の時代。
 火神ロキの手で鍛えられ、世界を焼き尽くしたとされる炎の魔剣である。

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