挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

27/54

不死の王

「むぅ、君の口からそんな言葉を聞くとはね」
「ルシ様……」

「仕方が無い、ヴァルザードもリンの結界内に入っててくれ」
 そう言ってルシが前に出ようとするが、ヴァルザードの左手がそれを制した。
「ここは俺がやると言ったはずだよ?」
 ヴァルザードの表情はいつになく厳しいものだった。
「しかし、相手がなんなのか解かっているのか?」
「相手? そんなものは関係ないよ。相手を見て戦意を失うなど……」
 ヴァルザードの口上は一瞬止まる、そして声音を大にして叫ぶ。
「この『疾風のヴァルザード』見くびってもらっては困る!」
 ルシは一瞬目を見開いた。そしてその決意に身を引く事にした。
「そうか、だが気をつけろ」
 ルシは敵を教えようと思ったが、あえて言うのをやめたのだ。ヴァルザードならそう簡単に殺されはしないだろうと……

 ブシュゥゥゥゥゥ!
 突如闇の中から不浄の臭気が溢れ出す。結界内に居なければ3人は危なかったかもしれない。それ程の膨大な臭気だった。然しものヴァルザードも一瞬たじろいだほどだ。
「我の居城に入り込んで何をゴチャゴチャ言うておる?」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
 強烈な臭気とともに、人のものとは思えない、禍々しい声が聞こえてきた。
「なっ? 人語を話せるのか? こいつはなんなんだ? まさか魔人か?」
 ヴァルザードは驚愕している。
「魔人とは失礼にも程がある。我はれっきとした人間ぞ」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「なに? ま、まさか……」
 ヴァルザードが一歩後退した。どうやら相手の正体に気が付いたようだ。
「人間が聞いて呆れるぞ。『不死の王』アン・リッチ」
 そう言ったのはルシだった。その直後にそれは姿を現した。

 暗緑色に濁ったオーラに包まれたその姿は、漆黒のローブを纏いフードを頭から被っている。フードの中の顔は窺い知れないが、その奥にある2つの深紅が鈍い光彩を発していた。


『不死の王』アンデッドの頂点に位置し、ヴァンパイアマスターと比肩する存在である。その正体は無限の叡智と永遠の命を求めた高位聖職者や高位魔道士のなれの果てで、その力はヴァンパイアマスターに限りなく近く、その不死性はヴァンパイアマスターを凌駕する。またその容姿はヴァンパイアマスターの美貌とは対極の位置にあり醜怪極まりないとされ、そしてその身体から発する不浄の臭気は、吸い込むだけで人間を死に至らしめると言われる。


「ほう。我名を知っているのか? だが、無断で我居城に入り込み、我兵を浄化した罪、おのれ等の命で償ってもらうぞ」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
 さらに臭気を噴出す音が響いた。

「むぅ、『不死の王』だと…… 下手すると魔王や竜王より質が悪いぞ!」
「えええっ! ど、どういうこと?」
 ヴァルザードの言葉に反応したのはシェラだった。
「うむ、魔王や竜王は不死と言われるが、永遠の命があるだけで殺されれば死ぬ。
 しかし『不死の王』はその力は劣るものの真の不死。つまりどうやっても殺す事が出来ない存在だと言われているんだよ」
「えええええぇぇぇ!」
 もう殆ど涙声であった。

「ふん。言われているのではない。真の不死、まさに究極の存在なのだ」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「ほう。その究極の存在が何故こんなとこにいる? ここはビズルトラ王国所有の迷宮だろ?」
「貴様ごときの知るところではないわ」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「否定はしないんだな。つまり飼い慣らされたわけか……」
「むぐぅぅ。 貴様我を愚弄する気かぁ!」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「別に愚弄する気は無い。ただ『不死の王』ともあろう者が一国の王に加担するのが腑に落ちないだけだ」
「ただ加担するのでは無い。砂漠の塔にある古代魔道書と交換だ。あの忌々しい奴が居ない今が好機だからな」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「忌々しい奴? 『古の大魔道士』か?」
「よく知っておるの。その通りじゃ。奴が戻る前になんとしても手に入れたい。だからわざわざこんなとこまで出張ってやったのだ」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「そんなに欲しけりゃ自分で行けばいいだろ? ……あぁそうか不死身でも太陽の光は苦手だったか」
「むぅ、貴様ぁ! お喋りは終わりじゃ! そろそろ死なせてくれるわ」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「お前の不死性、どこまで本物か試してやるさ」
 言下にルシが神速でアン・リッチの懐に飛び込むと横薙ぎの斬撃を繰り出した。しかしローブが裂けただけで、ほとんど手ごたえが無い。そのまま返す刀で袈裟斬りを放つも薄桃色の閃光が波打つだけで、やはり手応えをほとんど感じない。
 通常の攻撃ではダメージを与えるのは難しいと判断したルシはすばやくバックステップで距離をとった。
「ルシ君! こいつは俺の獲物だと言ったはずだぁ!」
 ルシが後退するのと同時にヴァルザードが前進。怒涛の槍突きがアン・リッチを襲う。
 アン・リッチの周りの臭気を斬り裂くように蒼白き閃光が漆黒のローブに無数の穴を穿つ。さらにそこから十字に斬り裂いていく。
 しかしアン・リッチを傷つけるどころか、その漆黒のローブが見る見る再生されていく。
 と、アン・リッチのフードの奥にある深紅が一瞬鋭い光を放つ。
「ヴァルザード!」
 ルシの鋭い声が通路に響く。
 その一瞬後にアン・リッチのローブが左右に大きく膨らみ背後に波を打つ。まるで前方から突風で煽られるているかのように。
 そして開かれたローブの中から極端に痩せ細った腕が現れた。その手は胸の前で合わされ何かを拝むかのように、アン・リッチが「魔紅刃」と呟く。
 すると、その合わさった手から三日月型をした紅き閃光の刃がヴァルザードを強襲した。
 ルシの声で槍突きを止めたヴァルザードは間一髪でその閃光の刃を魔槍の柄で弾いた。しかし弾かれたその閃光は小さな無数の閃光に分かれヴァルザードの身体を襲う。
 シュババババー!
 皮膚を切り裂く音が無数の通路に響いた。
 アン・リッチの顔が微かに笑っている様に見える。実際には皮膚はもちろん皮下組織まで爛れ落ちたその顔は、笑顔など判らないのだが、その厚みのない口が微かに横に開かれたからそう見えただけだ。
 ヴァルザードはガクッと膝を付きそうになるが、よろける程度でなんとか堪えた。その全身には小さな傷が無数に血栓を噴出している。
「ヴァルザード下がれ!」
 ルシがヴァルザードの前に出ようとするが、またもその左手で遮られた。しかしその左手は力なく小さく痙攣しているようだ。
「余計な手出しは無用だルシ君。たかが干物野郎、俺1人で十分だよ」
 囁く様なその声には力が無い。その顔にも苦痛の色が浮かび額には冷や汗が滲んでいる。
「ヴァルザードさん、せめて怪我を治して……」
「無茶よ、ヴァルザードさん死ぬ気?」
「ヴァルザードさん、死んだら駄目……」
「ふふっ、黄色い声援は嬉しいねぇ。干物はすぐ片づけるから待っててくれたまえ」
 ヴァルザードの声に少し力が戻った。この男の原動力は女なのかもしれないとルシは思う。
「なら骨は拾ってやる、好きに逝ってこい!」
「ルシさん!」
「ルシ! 無茶だ」
「ルシ様……」
「いいねぇ今や彼女達は俺の味方だよ。フフフッ」
 心配顔の彼女達も(やっぱ馬鹿ね)と半分呆れ顔になってきた。そんなことは露知らず意気揚々とアン・リッチに向き直るヴァルザード。
「さぁ、干物野郎。再戦と行こうじゃないかね」
「小僧が、血を噴出しながら言っても様になってないわ」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
 アン・リッチがそう言うや否や、その深紅の瞳が光りを増し、またもローブが大きく後ろに靡く。
「同じ手が何度も通じると思わないことだね!」
 言下にヴァルザードが槍を風車の如く廻しだした。その穂先は壁で止まるかと思いきや、壁を軽々と切り裂き、どんどん回転速度を上げていく。もはやヴァルザードの眼前には蒼白き円盤の盾が出来上がっている。
 アン・リッチの手より放たれた紅き閃光の刃は蒼白き円盤によって弾かれる。弾かれ小さくなった刃も円盤をすり抜けることが出来ずに壁や床を切り裂き消えていく。
 それを見たアン・リッチの瞳は炎が宿ったように揺らめきだし、『魔紅刃』を連続して繰り出す。紅き閃光の刃は幾重にもヴァルザードを襲うが、ただの一刃もヴァルザードには届かなかった。
「ぬぅぅ。小僧めぇ!!」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「頑張ってくれたまえ。その魔力が尽きた時が『不死の王』お前の最後なのだよ」
「なにをぬかすか小僧。我は究極の存在。死などとっくに超越しとるわ。その我をどうやって殺すというのだ?」
 ブシュゥゥゥゥゥ!
「我魔槍グングニルは神の武器だ。その神器に具わる浄化作用に耐えたことがあるとでも言うのかな?」
「ぬぐぅぅぅ」
 そして終にその時が来た。アン・リッチの紅き閃光の刃が止まった。
 魔力を使い切ったアン・リッチは肩で息をする様に身体を揺らしている。
「我魔槍の力思い知れぇぇ!」
 グングニルの蒼白き穂先が更に強く輝き、一瞬通路が昼間の如く照らされた。顔をしかめるアン・リッチに魔槍の閃光が吸い込まれる。
「うぉぉぉぉぉぉぉ。ぐわぁぁぁぁぁ。ぬぅぅぅぅぅぅ。」
 ブシュゥゥゥゥゥ!

 時が止まったようにヴァルザードとアン・リッチが微動だにせず固まっている。
 前後に足を大きく開き、魔槍を持つ右手を大きく前方に突き出すヴァルザード。
 両腕を広げ、大きく口を開けたその顔は上を向き、胸に魔槍が突き刺さるアン・リッチ。

 先に動いたのはヴァルザードだった。
 動いたと言うより、崩れ落ちたと言うべきか。魔力を持たないヴァルザードが神器の浄化作用を使うにはその生命力を魔槍に送り込む必要がある。
 そして生命力を使い果たしたヴァルザードは崩れ落ちたのだ。
「ヴァルザード!」

 皆がヴァルザードに駆け寄る。キャミとクーが必死で回復魔法を施すも傷が塞がったのみで、ヴァルザードの意識がどんどん薄れていくようだ。
 薄れ行く意識の中でヴァルザードがゆっくり片手を上げた。その手を握る3人の少女。
「「「ヴァルザードさん」」」
「クゥゥン」
 皆が呼びかける中、ヴァルザードは安らかな笑みを浮かべゆっくり目を閉じた。
 その笑みはこれ以上の幸福は無いと言わんばかりであった。

 しかしヴァルザードを見下ろすルシの視線は冷ややかなものだった。
「ヴァルザード。もうその辺でいいだろう」
「「「へっ」」」
 呆気に取られたのは3人の少女だった。
「いやぁ、もう少しこの状況を満喫させてくれたまえよ、君ぃ」
 目を開けたその顔は、ヘラヘラ嫌らしい笑みに変わっていた。

 3人の鉄槌で三途の川を渡りかけたのは言うまでも無かった。




 ブシュゥゥゥゥゥ!
 突如としてアン・リッチが動いた。その両眼に宿る炎は烈火の如く、震える体は足元から不浄の臭気を爆炎の如く撒き散らしている。
感想、評価よろしくおねがいします

小説家になろう 勝手にランキング
cont_access.php?citi_cont_id=276016321&s
よろしければポチッとお願いいたします


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ