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ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

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ビズルトラの迷宮

 祠は石で組まれ切妻造になっている。その全体を隙間が無いほど蔦が覆い、所々欠けたり亀裂が入ったりしている事から相当の年代物だと思われた。
 前面の扉は鉄製の観音開きで上半分は鉄格子が組み込まれていた。その扉の大きさは大人なら屈まないと入れない程度で、今はルシにより鍵は外されているが、クーが訪れた時には施錠されて扉自体が錆び付いて中々開かなかったと言っている。つまり長い間人が侵入していないだろうと想像できる。もっともエルフの森の結界内であるこの場所に侵入できる者は滅多にいない。居るとすれば森の奥に住むと言われるエルフ族に許可を得た者か、相当魔力の強い者となる。
 しかし扉を開けると下り階段があるだけで、祠に在るはずの神像などは見当たらない。盗まれたと考えるのもちょっと無理がある。盗んだ者がわざわざ扉に鍵を掛けるとも思えないし、まして此処は人が近づける場所ではないのだから。つまり最初から無かったと言う事だ。
 一見祠に見えるこれは、実際は地下迷宮もしくは地下通路の入り口または出口と考えて間違いないだろう。

 扉を潜ると石の床には枯葉が積もっており壁面にまで蔦が蔓延っていた。数歩先は階段になり他にはなにもない。つまり祠自体は階段を覆い隠す為だけの建物なのだろう。

 階段を下りようとした時にヴァルザードが注意を促した。
「罠があるかも知れないからくれぐれも慎重に、それとむやみに壁とか触らないようにね」
 皆が一様に頷く。ゴクっと唾を飲み込む音が誰かから聞こえた。
 階段は狭く人一人が通れる程度で頭が天井に擦れそうだった。
 下へと進むにつれ、空気が変わっていくのが判る。じめっとした肌に纏わり付くような嫌な空気である。
「すっごく気持ち悪いんだけど……」
 シェラだった。その声は普段の明るさは微塵も感じられない。半分泣き声の様にも聞こえる。
「じきに慣れる」
 思いやりの欠片も無いルシの言葉だが、普段通りなのでシェラも気を悪くした様子はない。いや、それどころでは無いのかもしれないが。

 しばらく下りていくと階下にたどり着いた。
 澱んだ空気はさらに気味悪く、温度も2,3度下がったように感じられる。灯りなども一切無く、まさに常闇である。

 カンテラの灯りを照らし周りをよく確認すると、上下左右すべて石で組まれている。強固な石なのだろうが所々欠けており、さらに亀裂も目立ち水が染み出ているところもあった。
 通路の広さは2人が並んで歩ける程度、高さもせいぜい2メートルくらい、前方に通路が続いてるようだが先は暗くて見えない。

 全員が降り立ったことを確認し先に進む事にしたが、またクーがルシの袖を掴む。
 そんなクーの様子を見てルシが尋ねた。
「怖いのか?」
 クーは申し訳無さそうに頭を下げ、そのまま俯いてしまう。
「はい、すみません……」
 クーにとってはこの迷宮は2度目だ。しかも1度目はリンと2人きり。森の中でも怖がっていたが、それは深夜だから仕方が無いのかと思っていた。だが迷宮内は深夜でも昼間でも同じである。なにが怖いのかまったく判らない。
「リンと2人で来たなら今更怖くないだろう?」
「えと…… だ、駄目でしょうか?」
 遠慮がちに上目遣いでルシを見あげるクー。もっとも暗くてはっきり見えるのかは疑問だが。
「いや、駄目とかじゃないが、歩きにくい」
「はぅ……」
 完全な涙声で呻き、その手を離してしまった。
 すると今まで抱き合って怖がっていた2人が突如喚きだした。
「ルシさんは女の子の気持ちが解ってないんです!」
「そうよ、男ならケチケチするんじゃないわよ! ほら、あんたも遠慮する必要ない!」
 シェラはそう言ってクーの腕を掴み、ルシの袖を掴ませた。
「えっと、あの、いいのでしょうか……?」
 無理やり掴まされたクーが困惑して、その手を離そうかどうしようかといった感じである。
 ルシにとっても無理やり感が無きにしも非ずだが、早く先に進む為にも素直に掴ませた方が良いと判断した。
「まぁよく解らんが、かまわない」
 ルシの言葉を聞いて安心したのか、しっかり手に力が込められた。

「では、君たちは俺の腕を掴めばいいよ」
 などとヴァルザードがシェラとキャミに腕を突き出した」
「え、遠慮します……」
「遠慮するわ!」
「……」
 ヴァルザードは後ろを向き座り込んでなにやらイジイジ呟いている。
 やれやれといった表情で「いこう」と言って歩き出すルシ。
「「はい」」
「……」
 ヴァルザードも渋々付いて来る。

 リンを先頭にカンテラの灯りのみで漆黒の闇の中を進んでいく。聞こえてくるのは足音と遠くで水滴が落ちる音くらい。
 その静寂を嫌ってか、唐突にシェラが聞いてきた。
「あ、あのさぁ。魔獣とかモンスターとか、い、いるのかな?」
 その声はどもり、いつもの覇気がまったく感じられない。
「多少は居るんじゃないか?」
「ええええぇぇぇ? まさかドラゴンとか居ないよね?」
 完全に声が震えている。本当に冒険者なのかと疑いたくなる。
「あのなぁ、こんな狭い通路にそんな大型の魔獣が居ると思うか?」
 呆れ半分でルシが答えてやる。
「そ、そうよね。よかったぁー」
 安心したのか安堵の声を漏らす。
「じゃぁ、どんな魔獣がいるのでしょうか?」
 今度はキャミである。ルシに聞いたのだが、返事は後ろからだった。
「それは、俺が答えてあげようじゃないか」
 ヴァルザードである、自分の博識を示すかの如く尊大な声音だった。
「まず、それは条件によって異なる。たとえば魔法で制約を掛ければあらゆる魔獣が居る可能性があるね。つまり侵入者対策の罠みたいな物だね。そういう物が無ければ、自然に住み着く魔獣なのだが、入ってきた場所以外に入り口が在るのか無いのか、在っても開いてるのか閉まっているのか、全て閉まっているなら魔獣は入れないだろうし、開いて居たら魔獣の巣窟かもだね」
「じゃぁ居るか居ないか全く分からないってことですか?」
「いや、今述べた条件だけならそうなるが、他にも考えられるよ。たとえば死者などが放置されていれば、アンデッド化してる場合もあるし、クモやネズミなどの小動物が、魔獣が発する臭気でモンスター化する場合もある」
「えと、それじゃ一体何が居てるのか分からないってことですよね?」
「うむ、まぁそういうことになるね」
 皆の視線が冷ややかにヴァルザードに向けられた。見えないがその冷気はしっかりとヴァルザードに突き刺さっている。
「えっと……」
 キャミが苦笑している。
「答えに、なってない」「クゥン」
 クーとリンの冷ややかな声だった。
「っとに役に立たないわね!」
 さらに追い討ちを掛けるシェラ。ヴァルザードは瀕死状態に陥った。
「まぁ魔力も感じないし、ほかに入り口があるとも思えない。居るとすればアンデッドくらいだろう。クモのモンスターはリンが倒したらしいし、ほかに居たとしても餌の問題で淘汰されてるだろう」
「そ、そうですかぁ それを聞いて少し安心しました」
「さすがはルシ様ですぅ♪」
「っとに、説明が長いだけで役に立たない誰かとは大違いよね」
 シェラの言葉がヴァルザードに止めを刺した。

 ヴァルザード以外気を良くした一行は少し安心した様子で歩みを進める。しばらく進むと通路は突き当たり、左右に分岐していた。リンは警戒も迷いも無くに右に曲がったが、少し行ってその足が止まる。そして威嚇の体勢をとった。
 リンは頭を少し下げ上目遣いで前方を睨んでいる。その顔は眉間から鼻筋に皺を寄せ、寄せた分口上部の皮膚が上に引っ張られ鋭い牙が見え隠れする。
「ウゥゥゥゥ!」
「でたか。リン下がってろ」
 ルシの指示でリンは威嚇を止め素直にさがった。
 リンを下げるとルシが一歩前にでる。その手にはいつの間にか魔剣が握られていた。
「ルシ君待ちたまえよ。たまには俺にも活躍させてくれ」
 そう言ってヴァルザードが魔槍を手に前に出てくる。
 ルシは横目でヴァルザードを見ると訝しげな表情をした。
「この狭い通路で槍は使えないだろう?」
 ヴァルザードの魔槍の長さは2メートル近い。槍としてはそう長いほうではないのだが、この狭い通路ではまともに振り回せるとは思えない長さだ。
「関係ないよ。どうせ奴らは俺の懐に入る事は出来ないのだからね」
 自信たっぷりのヴァルザードの言葉に、ルシは頷いて前を譲る。
「なら任せる」
 ルシが下がるとヴァルザードは魔槍を構えジリジリ前に進んでいく。じきにヴァルザードの姿は見えなくなった。蒼白く光るその魔槍の穂先のみが薄っすらと闇に浮かんでいる。
「ゾンビにレイス、ん? おぉデュラハンまでいるぞ」
 なにが嬉しいのかヴァルザードの嬉々とした声が響く。
「レ、レイスって幽霊だよね。ヒィィィィ!」
「キャ、キャァァァ!」
「ヒィ!」
 シェラとキャミは抱き合って座り込んでしまう。クーも2人の悲鳴を聞いてルシの腰にしがみついて来た」
 3人とも涙など浮かべているのである。流石にルシは呆れ果てている。
「ヴァルザード、解説はいいから早く済ませてくれ。こいつら五月蝿くて適わん」
「オーケー。任せてくれたまえ。 ハッァ!」
 シュン!
 そのヴァルザードの掛け声と同時に蒼白き穂先が閃光となって闇を突き抜ける。そこからヴァルザード得意の連付きが唸りを上げる。闇の中をその閃光が無数に浮かび上がっていく。その数はどんどん増える一方だった。
 キィィィィィィィィィン!
 突如金属がぶつかり合う音が、迷宮の壁にこだました。
「むぅ! まさか俺の突きを弾くとは!」
 ヴァルザードの苦々しい声が聞こえた。
「大丈夫か?」
 まるで棒読みのような声がルシの口からこぼれた。
「君ねぇ、まったく心配しているようには聞こえないよ?」
 不平を洩らすヴァルザードがさらに続けた。
「まぁ デュラハン程度で心配されるのは心外だがねぇ。しかし生前は余程名のある騎士だったのかな? まぁそれでも俺の敵ではないよ!」
 語尾を凄まじく爆ぜると、さらに鋭い槍突きが闇を突き刺す。そしてその閃光が十字を描くように闇に蒼白い糸を引く。
 ガラガランガラン!
 鉄の鎧が床に崩れ落ちる音が前方の闇で響き渡った。
「フッ! 終わったぐぅおおぉぉ」
 突如ヴァルザードの身体が前方の闇の中から飛んできた。すかさず受け止めたルシだが、その表情は珍しく厳しいものだった。
「な、なんなんだねこれは!」
 吹き飛ばされてきたヴァルザードは困惑の表情を浮かべている。
「うむ、突然膨大な魔力が溢れだした」
 後ろではリンが素早く結界を張って3人を守っている。
「こ、これほどの魔力は、かつて味わった事が無いよ」
 然しものヴァルザードの声も僅かに震えている。
「ちょっとまずいかもな」
 淡々とした口調ではあるが、ルシの口からこんな言葉が出ることにヴァルザードも後ろの4人も吃驚の表情を示した。


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