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ルシ伝 作者:キルナ

第1章 カノン王国の王女

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秘密の一夜

 王都ディアークの南門を出て真っ直ぐ南下する街道を、疾風の如く駆ける2頭の馬があった。 大きな黒毛の馬と栗毛の馬である。黒毛の背にはルシとクー、栗毛の背にはシェラが跨っている。
 ルシはいつも通りの無表情であるが、クーとシェラは困惑に満ちた険しい表情をしている。キャミを心配する気持ちと、尻の痛さでそういう顔なのだ。

「キャミ大丈夫かなぁ!」
 シェラは心配で堪らないのだろう。先ほどから何度も繰り返す言葉だった。
「さっきから、同じ事を何度も、おまえ、うるさい!」
 いい加減聞き飽きたのか、クーがシェラに食ってかかった。
「むぅ! だったら耳塞いでなさいよ!」
「しかし、さっきから10回以上言ってるぞ?」
 そう言ったのはルシだった。
「だって何か喋ってないと、キャミのことが心配だし、それにお尻の皮も心配だし……」
「……」
 ルシは絶句してしまった。
「キャミさん、と、お尻の皮、一緒にするな!」
「むぅ! そういう意味じゃないわよ! でも痛いものは痛いのよ!!」
「わたしだって、痛い、我慢しろ」
 そう言ってクーは横目でシェラを一瞥し、それに、と言葉を繋いだ。
「お前、尻でかいのに、痛いのか?」
 しれっとそんなセリフを吐いてしまった。
「な! なんですってぇ! 私のお尻のどこがでかいって言うのよ!!」
 ほおを紅潮させて、激昂するシェラである。
「ふん! 尻も、胸も、態度も、でかすぎだ……」
「ははーん、あんた悔しいんだぁ?」
 シェラは得意げな表情に一変させ、そのクーを見る眼は冷笑しているようだった。
「そ、そんなこと、あるわけ、ない……」
 クーの声にいつもの覇気がなくなった。目も泳いでいる。そんなクーを見て、チャンス!と思ったシェラは一気に畳み掛けようとする。
「可哀想にねぇ? そんな貧弱な身体じゃ、ルシも相手にしないわよねぇ」
「「なっ!」」
 クーとルシ2人が同時に反応した。ルシは(なぜそこでオレの名がでるんだ)と言う迷惑がましい表情だった。
 クーは顔を真っ赤に染め「わたしは、べつに、ちがうし、そんな……」などと、しどろもどろになり、語尾が擦れている。珍しくクーが口で負けたようだった。
「いいかげんにしろ!」
 そこでルシが2人をとめた。これ以上放置すると、自分に火の粉が飛んでくると思ったのだ。「おーっほっほっほっ!」とシェラの嘲笑が街道に響き渡っていた。

 街道の空に夜の帳が下りてくる。ディーエス山脈を越える街道は左右を森に囲まれていた。
 冬が近いこの季節ゆえ、昼の時間は短い。あっと言う間に辺りは闇に覆われるだろう。ルシとブライならたとえ暗闇の中でも平気で走れるのだが、シェラには無理だった。
 馬の速度を落とし、ゆっくり森の中の街道を進んでいく。適当な野営場所を探しているのだ。
「よし、この辺りで野営しよう」
「ええっ? ここで寝るの?」
 辺りを見渡し、ありえない!という表情で苦情をもらすシェラ。
「これ以上暗くなると走れないだろ?」
「そりゃそうだけどぉ、だからさっきの宿場町で宿を取ったらよかったんじゃん!」
「すこしでも早く着きたいんじゃないのか?」
「だからって、こんな……」
 シェラは自分が「急いで!」と頼んだのを思い出し、口を閉ざした。

 野営の場所としたのは、街道沿いの少し整地された場所だった。
 ルシの指示でクーが獣化したリンと共に薪を集めに行く。ルシは自分達のテントを張る。
「私はなにをすればいい?」
 シェラはなにをすれば良いのか判らず、ボーっと立ち尽くしていた。
「テントは?」
「そんなの持ってないわよ……。野宿なんてしないし」
「そうか……」

 クーとリンが薪拾いから戻り、火を熾すとスープを温め、食事になった。
 3人とも無言だった。ルシはいつものことだが、いつも五月蝿いシェラが口を開かないのだ。キャミのことが心配なのだろう。クーも黙っている。
 しかしそんな状態もルシの一言で終わりを告げた。
「じゃ、そろそろ寝るか?」
「はい」と立ち上がったクーが、テントが一つしか無いことに今更気がついた。
「あれ? おまえ、テント、ないのか?」
 そう言ってシェラを見た。
「ないわよ!」
 シェラは、いかにも不機嫌そうに言ってのけた。
「あぁ、シェラもそのテントで寝たらいい」
 ルシのその一言はクーを奈落の底に落としたのだった。
「えっ? あの……」
 そう呟いてクーはその場に座り込んだ。膝を抱えて顔を膝に埋めた。
(私1人だけ外……)
「クーなにしてる? 早くテントに入って寝ろ?」
「えっ?」
 ルシがなにを言ってるのかクーにはわからなかった。
「あの…… ではルシ様は、どうされるのですか?」
「オレは、外で寝るからいい」
「なら、私が外で寝ます! ルシ様はテントで…… あ、あぅ……」
 ルシにテントを勧めると、ルシとシェラが一緒に寝る事になる……クーは困惑した。
 そしてクーは目を吊り上げ下唇をかみ締め(お前が外で寝ろ!)と言わんばかりにシェラを睨みつける。
「な、なによ……」
 クーの気迫にシェラは後退る。
「まぁ、もともとオレはテントで寝る気はなかった。だから気にするな」
「では、私も一緒に外で寝ます!」
「だめだ! 夜中にはもっと気温が下がる。中で毛布を被ってちゃんと寝るんだ」
 ルシにしては少々厳しい口調だった。さすがにクーも逆らえない。
「は、はい……」
「シェラもだ、いいな?」
「う、うん、わかった……」
「じゃ明日も早くに出発するから、2人ともテントにはいれ」
「では、お先に失礼します。おやすみなさい……」
「じゃおやすみ……」
 2人は渋々テントに入っていった。

「ごめんね……」
 そう呟いたのはシェラだった。
「……」
 クーは聞こえないのか返事をしない。
 シェラは苦笑いを浮かべ目を閉じた。

 ルシは、ほんとうにテントで寝る気は無かった。ずっと1人で旅をしていたが、雨や雪が降らない限りテントを張ったことはない。テントは雨風を防ぐのには効果があるのだが、視界も奪われる為、逆に危険なのだ。まぁルシの場合、魔法で強力な結界を張ることが可能なので、古龍クラスの魔獣でも襲ってこない限り安全なのだが……
 ほんとうは狭い密閉空間があまり好きではなかった。閉所恐怖症と言う訳ではない。たぶんルシには恐怖という感情は無くなっている。昔はあったが、今はもう…… それでも好き嫌いはある。長い間洞窟に閉じ込められていた為、それを思い出す。それが嫌だったのだ。

 辺りはすっかり暗くなった。星明りと焚き火の所為で完全な闇とまではいかないが、それでも、視界は数メートルだろう。2人がテントに入った後もずっと火の番をしている。別に寒い訳でもない。火が好きなのだ。この暖かさが好きなのだ。火を見ているとなぜか落ち着く。1人で旅しているときも、いつも眠くなるまで焚き火の前で火が消えないようにしていた。

 ルシはクーのことを考えた。
 なぜかオレが保護者的な存在になってしまったが、クーの将来を考えるなら、オレと一緒にいるべきじゃないはずだ。この先もオレは旅を続けるだろう。あの子を連れて行くべきじゃない。だが、あの子を置いていけばどうなる? 知れたことだ。信頼できる人間に預けることが出来れば一番良いのだが……。

「ルシ、まだおきてるの?」
 そう言ってシェラがテントから顔を覗かせた。
「ん? あぁ、そろそろ寝るさ」
 ルシはそう答えたのだが、シェラはテントから出てきてルシの横に座った。
「ねぇ、クーをどうする気?」
 シェラは儚げな表情で、おもむろに尋ねた。
「……」
 ルシは答えはしなかった。
「もしかして、誰かに預けたいとか思ってる?」
 ルシは一瞬、視線だけを動かしシェラの横顔を見た。
「なぜだ?」
「なんとなくね、そう思っただけ」
 シェラは全くルシを見ようとしなかった。ただ眼前に広がる闇を見ていた。
「……そう、だな」
 ルシは少し考えてから、呟くように答えた。
「だめよ! ルシならその位解かるはずよね?」
「……」
 もちろんルシにも解かっている。それがどれ程困難なことか、どれほど危険なことか。

「クーはある意味、キャミと同じなの。私はキャミを城から連れ出したわ。だから命に代えてもキャミを守る。だからあなたもクーを守る義務がある。クーを裏の世界から連れ出したのはあなた。もうクーは1人なのよ? あなた以外クーを守る人間はいないの」
 ルシはその言葉の意味を噛み締めていた。
 シェラは夜空を見あげ物思いに耽っているようだ。
「まぁ安心して♪ キャミを助け出したら、2人でクーのお姉さんになってあげる。ルシだけにクーを任せたら心配だからね」
 そう言ってシェラは、自分の腕をルシの腕に絡ませた。そして横目でルシにウィンクなどしている。(クーごめんね。あんたのルシ、今だけ貸してね)と心のなかで舌をだすシェラだった。
「なっ! おぃ……」
 ルシが腕を引き、離れようとする。しかしシェラは離さない。
「ちょっとだけ。お願い……」
 シェラの憂いを含んだ眼差しに見つめられて、ルシは抵抗出来なくなった。
 そのままどれ位の時が流れたのだろう。10分? いや1分位かもしれない。
 いきなりシェラは手を離し立ち上がった。
「ありがと、じゃ寝るね。おやすみ♪」
 そう言ってテントに入って行く。その時にはいつもの明るいシェラに戻っていた。

 その時クーは夢の中だった。
 ルシに抱きついて寝る夢を見ていた。もちろん抱きつかれているのはリンである。

 翌朝、食事を済ませてすぐ出発した。ブライは心配ないが、シェラの乗る馬が壊れない程度に休憩を入れて、ひたすらカノン王国を目指す。
 たまにシェラとクーの喧嘩はあるものの、それ以外は何の問題もなく旅は続く。あの晩以降はシェラとルシの間にも何もない。まぁあの晩も腕を組んだだけで何も無かったのだが。
 クーもルシと同じテントで寝るという儚い夢は諦めたようだった。
 そして7日目の夕刻にカノン王国の王都キャメロンに到着した。
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