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ルシ伝 作者:キルナ

外伝

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フェンリル

短編として投稿していた「外伝」ですが、この度此方に移動する事にしました。ややこしくてすみません。


 神獣フェンリル。口から炎を吐く巨大な狼で、その爪牙は鋼鉄をも斬り裂き、輝く純白の体毛は如何なる武器をも弾くといわれる。

 ルシはカイロ村の北西にある、コーディス山を訪れていた。ここは標高4000メートル級の山々が連なる大陸最高峰のアルファード連峰の一角にあった。

 その山は硬い氷壁と深い谷に覆われ、年中雷雲が立ち込め、吹雪が山肌を襲う。前人未踏の地として古くから神々の住む山とされていた。

 その山の麓に小さな村があった。その村の名は『フェンリルの村』

 その村ではフェンリルを神と崇め、その使徒たる狼によって、他者の侵略を一切許さず、豊かな森の恵みで、自治村として成り立っていた。

 そんな村にルシは立ち寄っていた。

 村では滅多に余所者を目にすることは無く、稀に訪れる旅人や冒険者などは、歓迎されるのである。悪意を持って訪れる者は、村に入る前に必ず狼により排除される。村に入ることが出来たということは、悪意の無い証でもあった。

 そしてルシは訪れたその晩、ある家に泊めて貰うことになった。その家には娘が一人いて名前はリン。9歳だという。綺麗な髪は首筋辺りで結わえられ、肩から前に垂らしていた。白い小袖に白袴という、村人の衣服とは思えない格好だった。

 村はフェンリルに守られる代償として、年に一度、10歳未満の少女を生贄として捧げるのだと言う。そして今年生贄に決まったのがこの家の娘リンだった。

 ルシはこの村に着くと、なぜかリンに懐かれた。
(こんなオレのどこがいいのだ?)などと思うが、懐かれるのに慣れていないルシは戸惑いながらも、旅の話を聞かせたり、馬に乗せてやったりと色々相手をしていた。自分がそれを楽しく感じてることにさらに戸惑いながらも。

 この時点では、まさかこの娘が生贄になるなど知る由もなかった。

「あんた達は自分の娘が生贄にされるのを黙って見ているのか?」
 ルシはその生贄にされる少女の親に、静かに聞いてみた。
 娘は母親に抱かれ、体を震わせて、声を出さずに泣いている。

「仕方がないのです……うぅ」
 母親は一言だけ発すると嗚咽を漏らしてしまった。
「そう決まったのだ。決まりに逆らえば、わしら一家は村を出なければならん」
 父親は呪詛を紡ぐように囁いた。
「オレには判らない」
 ルシのそう言って首を振る。
「うむ、その村にはその村の掟があるもんじゃ。もし生贄を拒否すれば、村はフェンリル様の加護を失い、瞬く間に余所者に侵略されるのじゃ」
 娘の祖父らしき老人が、ルシに諭すように淡々と述べる。
「だから、幼い娘を生贄か……」
 ルシの口から呟くような言葉が漏れていた。

 ルシは感情に乏しい。幼いころの数年間を洞窟に幽閉され、一切の人との関わりを絶たれていた所為で、怒りや悲しみを表すことが出来なかった。だがそんなルシでも、村の意思で娘が生贄にされることを漠然と許せなかった。

「お前は、それでいいのか?」
 ルシは優しく、そしてゆっくりと少女に聞いて見た。
「み、んな、の、ため、だから……」
 少女の声は震えていた。ルシにはそれが、自分に言い聞かせている言葉のように思えた。
「そうか……」
 それ以降誰も口を開くことは無かった。

 翌朝早くに、生贄を捧げる為の輿にその娘は乗った。そしてその輿は、コーディス山の山頂付近にあると言われる、氷冠に向かった。

 一年中天候が回復することが無いと言われるコーディス山であるが、その日の生贄が登る時間帯だけは、雷雲が消え吹雪も止むと言う。

 ルシはその輿について行くと言ったが、反対する村人は居なかった。
「儀式の邪魔はせんでくだされ。輿には狼も着いて行きますじゃ。邪魔をなされば、狼が黙っていませんのでな」
 村長がそう言っただけだった。

「オレは、この娘の意思を見たいだけだ。娘が助けてと言えば助けるが、言わなければ一切手出しするつもりは無い」

 村の者すべてが見守る中、輿は数十匹の狼に囲まれて、真っ直ぐ山頂へ向かった。辺りは刻一刻と雪化粧に変わり数刻後には、あたり一面雪が銀世界と化していた。その先は道が無いはずだが、綺麗に整地され一切の障害物の無い道が続いていく。前方を見れば自然と積もった雪が左右に分かれ、今この場で道が形成されているのだ。

 その雪の壁に挟まれた道を、一度も休憩することなく登り、氷冠に着いた時には、あたりは薄暗く、空には巨大な月が朧げに見え始めていた。

「生贄を置いて、すぐこの地を離れよ」
 どこからともなく、尊厳な声が響く。

 輿を担いできた一行は、少女を降ろすとすぐさま去って行った。残ったのは小刻みに体を震わす少女とルシだけだった。その少女の震えが、極寒の所為なのか恐怖の所為なのか、ルシにはわからなかった。

 そこは、あたり一面巨大な氷河で、地吹雪のため視界は狭い、その前方から巨大な純白の影が姿を現した。月の光に反射されたのか神々しく輝いて見える。
 その輝きが、だんだん此方に近づいてくる。かつて味わったことの無い程の、凄まじい精神的圧迫がルシを襲う。

「去れと言ったのが、聞こえなかったのか?」
 先ほどと同じ尊厳な声だった。その声は巨大な純白が発しているものだった。

「お前に指図される覚えは無い」
 ルシは圧倒的な圧力に耐えながら、そう答える。

「ほぅ まぁよかろう。だが、我に用があるなら、はようせい。我は今からその娘を食さねばならん」
 一瞬少女の体が、ビクッっと震えた。

「別に、お前に用は無い。……今のところはな」
「ほう、では食した後で、また聞こうかの」

 フェンリルの目が少し細められ、その大きな口の端が少し持ち上がった。まるで笑っているかのように。
 そしてゆっくりとフェンリルの前足が持ち上がり、その爪がリンの体めがけて、振り下ろされようとしていた。

「リン! いいのか!? 『助けて』と言えっ!」
 ルシは慌てて少女に向かって叫ぶ。しかし少女は答えない。
「リーーン!」

 ヒュン!
 ズブッ!
 風を切る音の後に、何かが身体を突破る様な音が響く。
(わ、たしは、みん、なの、た、めに……)
 微かにリンの声が聞こえた様な気がした。
 ヒュゥーーっと一陣の風が吹く。

 リンの髪が風にそよぎ純白の衣装が真っ赤に染まっていく。

 リンは、フェンリルの爪に身体を貫かれ絶命していた。
 そしてその小さな体が、フェンリルの巨大な口の中に消えていった。

「オ、オレは、なにしに、ここにきたんだ……」
 ルシの体が震えている。

「さぁ、食は済んだ、用があるなら言ってみろ」

「な、ぜ、だ?」
「なぜ、殺した?」

「契約だ」

「契約だと?」

「そうだ、100年前あの地に村が出来た。あの地は我の物。我は出て行けと言った。だが村の者どもは『他に行くとこがないから、ここに住まわて欲しい』などと言いおった。だから住まわす代わりに条件を出した。年に1人、生贄を我に貢げとな」

「だが、もうそれも終わりじゃ」

「終わりだと?」

「うむ、100年の間あの村を守ってやった。だが、奴らは守られるだけだった。誰一人として、自らの命を懸けて戦おうとしない。村の中で一番弱い者を生贄として、弱いものの犠牲の上で、生きておるだけじゃ」

「そんな、くだらん生き物を守るのは、もう飽きたと言う事じゃ」

「くだらん、だと……」
「あの娘が、リンが、なぜ『助けて』と言わなかったのか、お前には判らないのかぁっ?」
 ルシの静かな声音は語尾で叫びに変わっていた。

 そんなルシに対しフェンリルは嘲笑うように答えるだけだった。
「恐怖で声が出なかっただけであろう?」

「リンは、命を掛けて戦った」

「?」

「リンは生贄にされたんじゃない! 自らを生贄に選んだんだ 村のみんなの為に、自分の命を懸けてな!」

「ま、さか……」

「フェンリル、話は終わりだ。オレはオレの用事を遂行させてもらうぞ!」

「うおぉぉ!」
 突如ルシの殺気が膨れ上がった。大気を震わすほどの殺気である。神獣のフェンリルでさえ、後退しそうになるほどの圧力であった。

 そして腰の剣を抜き、猛然と突っ込む、瞬時にフェンリルを間合いに捉えると、上段に構え、そこから一気に剣を振り下ろした。

 バキィィン!
 剣が岩でも弾いたかのような音が響いた。

 フェンリルの純白に輝く体毛に弾かれ、剣が折れてしまったのだ。
 ルシはフェンリルを蹴り、そのまま体を回転させて着地。

「お前に剣が通じるはずは無かったか」
 忌々しくそう呟くとルシはその折れた剣を捨てた。

 フェンリルは、その一瞬の攻撃に対応出来なかった。人間ごときと、完全に油断していた所為もあっただろうが、それでも、驚くほどのスピードに対応が遅れたのだ。

「お前には、一切の遠慮はしない。 オレの全力で倒す!」
 ルシはそう言うと、呪文をの詠唱を始めた。
 その呪文を聞いてフェンリルが驚愕の表情をしめした。
「なっ! その呪文は…… ま、まてっ またぬかぁぁ!!!」

 呪文は完成し、魔法陣が出来上がっている。あとはそこに魔力を注入すれば、魔法はその効力を発動する。

 フェンリルの叫びに、ルシは魔力を注入する寸前で止まっている。
「なんだ? 今更命乞いか!」

「仮にもこのフェンリル、神の独りぞ、命乞いなどはせぬ。 だがお前のその魔法はこの山を破壊する。いいのか? ここを破壊すれば、あの村も雪崩で壊滅するのだぞ?」
「あんな村、どうなろうとオレのしったことじゃない!」

「リンと言う娘が命を賭けて守った村でもか?」

「……」
 ルシは言葉を失った。魔法は解除され魔方陣も消えていた。そしてだた呆然と立ち尽くすだけだった。完全に成すすべを失っていた。

「小僧、名はなんと言う?」

「ルシだ……」
(ルシか、敬意を込めて名前で呼んでやろう)

「ルシよ、あの娘、リンはもう元には戻らん。我の力では、死んだものは生き返らせることは出来ん…… だが、まだリンの魂は我の内にある」
 ルシは(なにがいいたいんだ?)と、その視線をフェンリルに向けた。

 その時、フェンリルの陰から一匹の小さい狼が出てきた。その純白の子狼の頭に、フェンリルが前足を掲げると、前足からその子狼に淡い光のようなものが、入っていった。

「これは、我が娘だ。名はまだ無い。この子に今、娘の魂を送った。この子をお前に預ける」

「どういう意味だ?」

「別に意味は無い。ただリンと言う娘の魂までも、死なせたくなかっただけだ」

「なぜ、オレに預ける?」

「リンの魂が、そう言ってるからだ。お前と行きたいと」

「あの村に返せと言う事か?」

「さぁな、それはリンが、我が子が決めるであろう」

「そうか、わかった……」

「では、もう行け。我が娘をよろしくな」

 フェンリルがそう言うと、子狼はポンッという音とともに姿を変え、その尻尾だけの姿とになった。そしてその尻尾が、スゥーっとルシの懐に入っていった。

 ルシはその尻尾が入った胸あたりに、そっと手を持って行った。その感触を確かめるように

 ルシは、フェンリルに黙って背を向け歩き出す。その背に向かってフェンリルが声を掛けてきた。

「言っとくが、お前のあの魔法でも、我を倒すことは出来んかったぞ」
 ルシは、首だけを回し、そのフェンリルの顔を見る。その顔は少し笑っている様に見えた。

「それと、帰ったらあの村に伝えてくれぬか?」

「なにをだ?」

「毎年の生贄は、家畜にする、とな」

「わかった」
 ルシとフェンリルはお互い視線を交わし別れの挨拶をした。


 ルシが村に帰りついたのは、翌朝のことだった。コーディス山は、また雷鳴が轟き吹雪が舞う、人を寄せ付けぬ神の山と化していた。

 ルシが戻ると、村人が集まってきた。来年以降の生贄は家畜になったことを教え、ルシは『フェンリルの村』をあとにした。


(あの村に残らないで良かったのか?)
(……)
(やはり、お前の名前はリンでいいか?)
(……)

 返事は無いが、ルシにはなんとなくわかった。




 今フェンリルの村は『リンの村』と改名されている。
 そして村人の間でリンは『村を救いし巫女』として語り継がれていく。

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