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セカイの外で 作者:篠原 藍樹
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第一話【オークション】

ブログにも投稿予定です。
よろしくお願いします
挿絵(By みてみん)


 衆生が住む時間・空間。宇宙の中の一区域。一仏の教化する領域。「世」は過去・現在・未来の三世、「界」は東西南北上下を指す。
             (広辞苑より【世界】抜粋)






 紫煙が行き交うその大劇場には、大勢のヒトがいた。

 金銀宝石を豪勢に散りばめた服を着用し、両隣に美女を引き連れてVIPルームで寛ぐ初老男性。どこぞのマフィアの親分のような、黒服の男を大勢連れて椅子に座る大きな火傷を顔に持つ中年女性。中毒による禁断症状で目がイッているヤクザの兄ちゃん………。
 そんな一見して闇の世界の住人だとわかるような人間もいれば、まるで正体不明の不審な輩も闊歩している。

 例えば、そう。
 劇場の隅。深く被ったレインウェアのフードの奥から、一つの赤い眼光をギラつかせる長駆の男――キトと、その隣に立つ、しなやかな身体と不釣り合いな仮面をしている少女――レイリ。

 約三百もの曰くつきの立場を持つ者達が収まった空間で、その二人は一際異種的な雰囲気を放っていた。
 それは周囲の人間からすれば、何か自分たちとは違うと思わせる程度の極々小さなものだが、もし少しでも意識すれば、彼らの得体の知れなさに気付いていたかもしれない。
 もっとも。
 その違和感から、彼らが自分達の住む世界とは別の場所から来たなどとは、考えもしないだろうが――



『三番出品! <モノポール>! はい、こちらは一見ただの鉄パイプに見えますが、中身は単一の磁化だけを残すという特徴を備えた――』

 壇上の隅で背広姿の若い男性がマイクを通して熱弁を始めると、劇場内からはざわめきが漏れた。
 本物だろうか。偽物だろうか。
 自分達にとってそれは利益のある買い物にだろうか。
 おそらくそういった類の内容の会話を仲間内で話しながら、椅子に備えられたモニターや壇上のショーケースに入っている出品商品の鉄棒を魅入る。

『では、入札時間です――』

 備えられたスピーカから別の男性の声が流れ、モニターには現在価格を示すグラフや締め切りまでの制限時間を表す数字などが表示された。グラフは右上がり傾向。開始価格が大金にも関わらず、入札開始直後からぐんぐん値段が伸び、司会の手によってハンマープライスが決まるのもそう遠くはないことが伺えた。
 少しモニターを弄れば、その商品がどこで入手され、誰の手によって出品されたのか事細かに公開情報として掲示出来るが、価格競争に参加している人間たちがそれを一瞥する様子はない。
 移り変わる数字に、レイリは小声で尋ねた。

「ねぇねぇ、これホンモノ?」

「……喋るなと言っただろう」

 しかし、その隣で椅子に座るキトと呼ばれる男はまともに取り合わない。深く腰掛けながら、フードの翳りの中で赤い眼光を鋭くさせる。
 声は二重代前半の若いもの。周囲に与える怒気の塊のようなイメージとは裏腹に、その口調はどこか鬱屈だ。

「ホンモノ? ニセモノ?」

「………、」

 レイリが構わず質問を投げかけると、キトはモニターから視線を外し、興味なさげに答えた。

「贋作、だ」

「どうして?」

「……だいたいあれが本物なら、何の加工もないショーケースに入れて持ち運びするなんて無理だ。周りの商品に影響が及ぶ」

 ふぅん、とレイリは相槌を打ち、再びモニターに釘付けになった。すでに時間制限終了の赤文字が映し出されていたが、興味津々といった感じで勝手に弄り続ける。

「あ、ホントだ。頭の良さそうなトップの人が、全然入れてない」

「だから、喋るなと……」

 ちなみに、ちゃんとした席はキトの分しか用意されていないので、これはレイリに充てられた物ではない。あくまで入札競争に参加するのはキトの役割で、本来ならば、レイリはどこぞの黒服同様、警護に務めないといけないのだ。
 二人の関係は金で結ばれた主人としもべ。
 命令は絶対に順守されるものである。
 あるはずなのだが、

「ほら、目的は四番でしょ? これの次だよ? しっかり見てなきゃ」

「……俺はちゃんと見てる」

 それっきり、不服そうに口を閉じるキトに、レイリは仮面の下でけらけらと笑った。

「キトおじさまは、相変わらず手綱握るの下手ですねぇ。そんなんじゃ、わたしみたいな人と交渉一つできないですよー?」

「お前みたいなのと話してたら交渉にならん」

「仕事の時に人の好き嫌いを言うつもりー?」

 呆れて返事をするやる気すら失せたのか、それ以降キトは目線一つ動かさなかった。流石にこれ以上のからかいは止そうと、レイリも元の仁王立ちに戻る。
 しばらくして、壇上に立つ司会の若い男性が再び声を張り上げた。

『お待たせいたしました! 本日のメインディッシュはここからになります――』

 先程とは打って変わり、会場全体が騒然とする。
 やっと来たか、といった表情で笑みを浮かべるものが多数。レイリの隣で、フードの男も口端を釣り上げていた。 

『四番出品! こちらです!』 

 オークション開始から四番目に振り分けられた商品、キトのお目当てだという物品が一斉に劇場全てのモニターに表示される。
 映し出されたのは、太い鎖が幾重にも巻きつけられた、等身大くらいの巨大な岩の柱。黒雲母のような透明感のある表面に、機械のセンサーのように明滅する赤いラインが特徴的で、素人目に見ただけでは用途はわからない。
 レイリは首を傾げ、先程よりどよめきが多くなった会場内の会話にそば耳を立てた。

「………んん?」

 聞こえてくるのは、不明瞭で純粋な疑問の会話。
 どうやら三番の時とは様子が全く違うようだ。
 真偽の考察で話し合っているわけではなく、そもそもどういう物品なのか興味を示しているといった感じだろうか。キトのように目玉商品として扱っている輩がいるようには見受けられない。

「レイリ」

 突然、声が掛かる。

「なんでしょう、ご主人サマ」

「初めからこいつの購入を決めてたらしい奴を脅してこい。お前のデコイを立たせておくから、防犯カメラに写らないように行って、戻って来るんだ。あとで一人ごとの成功報酬出してやる」

「脅す? どうすればいいの? その人の背後に回って銃でも突き付ける?」

「番号と場所は指示する。あとは勝手にやれ」

 ぞんざいな命令に、レイリは不服そうに頬を膨らませたが、それにキトが気づく様子はない。仕方なく、次々と口頭で伝えられる数字を全て頭の中に叩き込み、その場を後にした。


  □


 たった二十分の犯行を終えて、再びキトの元へと戻って来たレイリは、開口一番、にこやかに文句を言った。

「おじさまー? VIPルームのどこに死角があるのかなー?」

「誰も死角を縫えとは言ってない。見つからなければいいんだ」

 素っ気なく返事をするキトの手には、しっかりと入札情報が映し出されたモニターがあった。
 レイリが横から何気なく覗いてみると、確かにここ数分で劇的に入札件数が減っているのが見て取れた。言われた番号の人間が突然不参加状態に陥ったからだろうか。未だに競争は続いていたが、そろそろ終わりそうな気配があった。

「ところで、どういう類の脅迫をしたのか、報告してもらおうか」

「事実確認? 番号の人、消えてるんだからそれで何件成功かわかるでしょ?」

「……消えているから、聞いているんだ<#消えているに傍点>」

 赤い眼光を向けられ、レイリは秘密をこっそり打ち明けるように囁いた。

「耳の側で子守唄。小さな赤子はおやすみの時間」
「……アホか」

 一蹴されたが、どうやら意味は伝わったらしい。やれやれと言いたげに溜息を吐くと、キトは最後の追い上げに入っていった。
 そんな様子を見ながら、レイリはつい数分前の出来事を思い出す。
 たった二十分の間に行ったという脅迫の全容、ただの昏倒作業を。

 要は、口封じと一緒で片っ端から自然な形で眠らせていったのだ。暗殺のような首元に強いショックを与える方法ではなく、子守唄――つまりは、弱めの睡眠ガスで、対象となる人間とその側で首尾よく警護する出来のいいボディガードの意識を奪った。

 もっと言えば、別の方法もあったが、気には留めまい。
 失敗するようなヘマはしていないのだから。
 うんうんとレイリは自分を褒め、モニターを睨み続けるキトに尋ねた。

「買えたの?」

「……思ったより値段が高い。どこのどいつかが興味本位で値段を上げてくれたせいで、予想より五分増だ」

 購入金額が大金ともなれば、五分は大きいのかもしれない。キトは口惜しそうに舌打ちをし、席を立った。

「帰るぞ」

「あれ? もう終わり?」

「予算は尽きた。あとは荷物を受け取るだけだ」

 あの大きな岩の柱を手動で持って帰るのだろうか、とやや真剣にレイリは考えてしまったが、他にいい方法も思いつかない。
 劇場を出ていくキトを追い、通路に出たところで並んで歩き始める。
 オークション会場に使われているとはいえ、作り自体は普通の劇場と何ら変わりない。特徴的なカーペットが敷かれた長い廊下をまっすぐに歩き、突き当りの古めかしい大きな木製扉の前まで足を進めた。

 一度止まり、そこは従者らしくレイリが先行して、身体を使って扉を押す。
 ギィと軋む音と同時に、廊下には明るい陽光が差した。
 フードの翳りは消え、まともに陽光を受けたキトの顔が顕わになる。
 闇の中でも見えていた鋭い紅色の左目と、熊に引っかかれたような傷がデザインされた右目の眼帯。年齢は若く見えるが、大器を感じさせる威厳のある顔は、見れば見るほどに若年を感じさせない引き締まったものだ。
 一見しただけでは死神と間違われかねない、というのはレイリの感想だが、実際そんな風に慄く人も少なくない。

「どうぞ、お先に」

 演技じみたお辞儀をし、キトは表情を変えずに出て行く。
 続けて、敵影の有無だけを確認したレイリ自身も陽光の差す方へと足を踏み入れ、静かに扉を閉じた。

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