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第十六話 「悪鬼の正体、もう何かぐだぐだだね」

「ティ――ムぅ!」


 愛する妹の名を叫びながら走る。


 悪鬼がくる!


 ティムを肉奴隷にさせないためにひたすら走っているのだ。絶対にティムを悪鬼の魔の手から守らないと! 


 学園まで一路、無我夢中で走った。周囲の風景が光速に移動していく。


 うぉおお、今日の俺は音速を超える!


 そんな勢いで走ってたら、学園に到着した。


 はぁ、はぁ、我ながら全力疾走だった。あっというまに着いちゃったよ。まるで瞬間移動したぐらいの速さだ。我ながらベストタイムだと思う。陸上の県大会があれば優勝したかもしれない。


 学園に着くと、学生達が帰宅途中の様子だった。どうやら下校ムード真っ只中に来たらしい。


 ティム、いるかな?


 学園内をあちこち探す。だが、ティムは見当たらない。もしかしてもう帰ったのかな? すれ違いしちゃったかも……。


 しょうがない。誰かに聞いてみるか。


「あ、あの、すいません」


 正門に向かおうとしていたポニーテールの可愛らしい少女に声をかける。


「なんでしょう?」

「えっと妹を探しているんですけど、ティムって言ってもわからないですよね?」

「そうですね。名前だけだと何とも……学園の生徒は千人単位でいますので……」

「あ、じゃあ特徴を言いますね。銀髪で紅眼の可愛らしい容姿をして――」

「ひぃ、ぎ、銀髪!? も、もしやカ、カミーラ様……?」


 ほ、ほわぃ? なぜ、銀髪と言うたらカミーラの名が出てくる。


 はっ!? も、もしや!


「あ、あのさ、その銀髪紅眼の少女って自分をカミーラって呼ばせているの?」

「は、はい、もう学園で有名です。最初は皆、伝説の魔族の名を呼ばせる変わり者って笑っていました。ですが、徐々に周りの生徒や先生までもカミーラ様をお認めになって……」

「な、なんてこと……」

「あっ!? す、すいません! べ、別にカミーラ様の悪口を言ったわけではないんです。ゆ、許してぇ!」


 ポニーテールの少女はそう言うと、脱兎のごとく逃げ出していった。


「あ、ちょ、ちょっと待っ――まぁ、いいか」


 およその事態はわかった。


 ティム、あなた……。


 やっちゃったね。


 自身を魔族カミーラと呼ばせる。中二病なら必ずやってしまう行動だ。普通はそういう非常識は、まかり通らない。常識ある大人が許可するはずがないのだ。


 だが、今のティムの担任は眷属(ジェジェ)だ。多分、ティム⇒エディム⇒ジェジェルートで強引に名前を変えさせたのだろう。


 あぁ、もうおバカなんだから! これじゃあ卒業証書にティムじゃなくてカミーラって記載されちゃうよ、いいの?


 今はいいけど、絶対に後で悔やむ。悶えちゃうに決まっているんだから。


 はぁ、また悩みが一つ増えた。

 だが、この問題は後回し。まずは悪鬼の問題が先だ。


 しばらく学園内を探したが、ティムは見当たらなかった。教室にカバンが無かったところを見るともう下校はしている。


 どこかですれ違ったかな?


 学園からの通学路をくまなく捜索してみよう。


 今度は脇道も考慮して念入りに探す……。


 すると二人の少女が細道を歩いていた。一人は輝くような銀髪、ティムだ!


 よ、良かった。間に合った。悪鬼との鉢合わせを防ぐことができたよ。


 俺は笑みを浮かべながら二人に近づく。


 銀髪の少女ティムと隣にいる茶髪の少女が仲良く歩いている。隣でティムのカバンを持っている茶髪の少女はエディムだね――ってティム、あなた友達にカバン持ちをさせているの?


 そういえば事あるごとにティムはエディムに荷物持ちをさせていた気がする。あぁ、もうエディムは優しいから気にしていないと思う。だけど、あんまり傲慢だと友達をなくしちゃうよ。ティムには色々話さなきゃね。


 だが、まずは……。


「ティム」

「これはお姉様!」


 ティムが俺に気づき、挨拶してくる。にこやかな笑顔だ。やっぱり俺の妹は可愛い。この笑顔を悪鬼の魔の手から守らないといけない。


「ティム、突然だけど家に帰っちゃだめ。悪鬼があなたを襲う可能性があるわ」

「お姉様、その悪鬼とは……?」

「オルのことよ。純情なふりしてかげで私達を陥れようとしてたの!」

「なっ!? オルティッシオめが!」


 ティムの驚愕の表情。うん、わかる、俺もそうだった。大貴族の息子オルティッシオ。悪鬼と同じブルジョワ。俺達姉妹を肉奴隷にするため虎視眈々とその機会を狙っていたのだ。


「信じられないのはわかるわ」

「許せぬ! オルティッシオめ、温情をかけておれば付け上がりおって!」

「ま、まさかオルティッシオ様が謀反するなんて……」


 エディムの信じられないといった表情。そうだね。俺も母さんに言われなければ全然気付かなかった――っていけない! 母さんを悪鬼のもとに置いてきた。やばい。母さんには「一人で悪鬼に会うな」って言ってはきた。だが、娘の危機に一人で悪鬼に立ち向かう恐れがあったよ。すぐに引き返さないと!


「そういう次第だからティムは避難しといてね。後は私が戻って――」

「いえ、眷属の不始末は我の責任です。オルティッシオめの首は我がとります」

「だめよ。ティム、あなたが悪鬼に襲われたらどうするの!」

「お、お姉様、それはあんまりなお言葉です。オルティッシオ如きに我が遅れをとるとでも?」

「いやいやだって――」


 あの悪鬼だよ。国中を震撼させたあの悪鬼と同じ身分だぞ!


 いくら腕立て伏せが一回もできなくても……。


 皆に苛められて「ぐすん、ティレア様~」って縋ってきても……。


 カルシウム不足を補うため大量の牛乳を毎日涙目で飲んでいたとしてもだ。


 ……

 …………

 ………………


 あれ? 俺はなんでオル如きをこんなに恐れていたんだ? オルが悪鬼? いやいやありえないしょ!


 母さんが言っていた悪鬼は確かに恐ろしい奴だ。だが、どう考えても悪鬼とオルが結びつかない。悪鬼は身分もさることながら自身も一流の魔法使いとして君臨していたそうだ。オルと一緒なのは大貴族ってところだけ。冷静に考えたらなんて間抜けな行動をしていたのだ。


 オルのために避難?


 オルに怯える?


 ありえない、ありえない。オルなんてマジ、ワンパンで事が足りる。それに、いざとなったらエディムにミューという凄腕がついているのだ。特にエディムと愉快でない笑えない仲間達(ケンゾク)なんて一個師団をぶつけられても五分に渡り合えると思う。


 はぁ、母さんがあまりに怖がらせるからついパニクっちゃった。


「お姉様、にっくき裏切り者に早速鉄槌を与えてやりましょう!」


 いかん、ティムがオルを殺る気だ。ただでさえ俺に弓引いた前科のあるオルだ。ティムも本気で魔法弾を打ちかねないぞ。魔法学園で力をつけた今のティムが本気を出そうものならオルが死にかねん。


「あ~ティム、冷静になって。ティムが本気を出したらオルが死にかねないよ」

「お姉様、オルティッシオごとき、我は三割の力で殺してみせます」

「そ、そうね。確かに今のティムなら三割どころか一割の力でオルを殺しそうね」

「一割ですか……ふむ、さすがにそれは厳しいです。オルティッシオは腐っても我の眷属、一割の力で殺すとなると作戦が必要ですね」

「あ、あのねティムそうじゃ――」

「ふふ、お任せください。お姉様たっての希望です。我は一割の力でオルティッシオを殺してみせます」


 まずい。中二病患者に冗談は通じない。ティムはまじでオルに魔法弾をぶっぱなすつもりだ。あぁ、ティムの命の心配は無くなったが、ティムが人殺しになる可能性が出てきた。


「ティム、聞きなさい!」

「はっ」

「あのね、お姉ちゃん、勘違いしていたみたい。オルがそんなだいそれた悪事を考えているわけないじゃない」

「オルティッシオの謀反は事実ではない、ということですか?」

「そうそう、その通り。だからね、物騒なことは考えないようにね」

「お姉様、それは違います」

「えっ!? なんでさ?」

「謀反は事実でなくともお姉様にそのような疑念をもたらした時点でオルティッシオの忠義の底が知れました。成敗するに十分かと」

「いや、それはあまりにオルに厳しいでしょ」

「ふふ、お姉様、奴は既に謀反歴があるのです。いくらお姉様がお許しになっても、我は敬愛するお姉様に楯突いた奴を許せません」


 おぉ、ティムの怒りの表情。これはまずいことを言っちまった。そうだよ。逆になって考えてみろ。ティムを襲おうとした奴がいる。ティムが許すからなんとか奴への怒りを抑えていた。そこにティムから奴がまたよからぬことを考えていると聞いてみろ。俺だったら確かに殺している。いや、むしろティムを襲おうとした時点で殺しているか。


 あぁ、十分すぎるくらいにティムの心情が理解できる。だけど、あなたを犯罪者にするわけにはいかない。あと、オルが可哀想すぎる。あんなにカミーラ様、カミーラ様って言って慕っているのに……。


 最近はティレア様、ティレア様も多いけど……。


 そんなティムからボコられるなんてオルがあまりに哀れだよ。これって、もしや母性本能が働いている!? とにかく、ここは友達のエディムにもティムの暴走を止めてもらおう。


「謀反してもいないオルへの討伐なんてエディムもやりすぎだと思うよね?」

「私はカミーラ様の言に従います」

「ティムが好きなのはわかるけど、ここは私の言に従ってよ」

「え!? で、でも、しかし、私はどうしたら……」

「エディム、ここは『カミーラ様の言うとおりにします』じゃなくて自分の意見を言ってくれるかな?」

「エディム、お姉様からの命令だ。許す、自分の意見を述べてみよ」

「は、はい。そうですね、今までの言動から察するにオルティッシオ様の謀反は考えられません。ただ、ティレア様に謀反の疑念を与えたのも事実です。何かしらの罰は必要だと思いますが、死罪は厳しすぎかと思います」

「エディム、貴様はオルティッシオを許すと言うのか!」

「ひ、ひぃ、も、申し訳ございません。わ、私はただ……」

「ただ、なんだ! お姉様への忠義があればそんな意見があろうはずがない」

「もう、よしなさい。エディムはただ自分の意見を言っただけなんだから」

「し、しかし、お姉様……」

「とにかく、オルティッシオの件は私に任せて。これは勅命です」

「勅命!? わ、わかりました。お姉様の勅命であれば何も言うことはありません。ただ、処刑の際はぜひ我をご指名ください」


 はは、勅命って便利だね。中二病患者はこの言葉に弱い。あまり連発できないが、ティムや変態(ニールゼン)が頑固一徹な時に何度か使っていた。とりあえず、ティムは無理やり納得させた。後は母さんの誤解を解こう。


 途中、エディムが寮に帰宅し、俺とティムがお店に到着する。


「母さん、実は折り入って話が――」

「ティレア!?」

「うん、ティレアだよ。母さん、どうしたの? そんな驚いた声を出して」

「中に入って来ちゃダメ!」


 へっ!? なんで?


 俺が店内に入ると、オルと母さんの修羅場でした。


 な、なにこの状況!? 母さんがオルにナイフを突き出しているよ。

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