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第十四話 「悪鬼オルティッシオ!? 早く避難しないと」

「オルやーい、どこいった?」


 オルを探して地下帝国をうろつく。


 どこにいるんだ? またトレーニング室かな?


 トレーニング室をA~Dと順々に探していく。だが、中にいるのは変態(ニールゼン)にムラムだった。二人共、汗ダクの汁だくでトレーニングに勤しんている。


 ふむ、努力は買うんだけどね。奴らは、いまだ五キロの鉄アレイも持てないし、たかが十数回の腕立て伏せもひぃひぃ言いながらやっている。成人男性の平均以下の体力だ。


 まぁ、頑張って。


 とにかく、オルはいない。他に考えられるのは……。


 休憩室、あるいは会議室、それとも……。


 ひととおり部屋の中を覗いていく。だが、オルの姿は見当たらない。


 ふぅ、ここって無駄に広いんだよね。俺も全ての部屋を把握しているわけではない。どこか俺の知らない部屋にオルがいるんなら探しようがないぞ。


 しょうがない。誰かに聞いたほうが早いか。俺はたまたま通路を歩いていた軍団員に声をかける。


「あ~ちょっとそこのきみきみ」

「こ、これはティレア様!」


 緊張を溢れさせながら答える軍団員。


 はぁ、またかよ!


 地下帝国の住人達はこんな調子なんだよね。幹部はまだマシなんだが、ただの軍団員、平の人達はみんなこんな調子で受け答えするんだよ。


 まじ、疲れる!


 だから、あまり声をかけたくなかったのだ。ここは軍隊かよ。俺は大佐か将軍か、はたまた魔王かっての! 小娘如きにいちいち神妙にならないでくれ!


 だが、俺の思いとは裏腹にビシッと直立不動で待ち構える軍団員。このまま声をかけなかったら一生、その場にいそうな気配である。


 これだからコミュ障の奴は……。


「あのね、何度も言っているでしょ。そんなに緊張しないでいいから」

「はっ、承知しました。ティレア様」


 うん、こう言っても皆、同じ反応だ。緊張を一切解かずに答えるんだよ。


 まぁ、こいつらの気持ちもわからないでもないんだよね。こいつらは中二病かつ非リア充の奴らばかりである。可愛い女の子と話すときは緊張するんだろう。特に、みんなのアイドルであるティムや俺と話をしようものなら緊張で心臓バクバク、そのまま失神寸前ってところかな。こいつらにとっちゃアイドルと直に話ができるなんて天にも舞い上がる気持ちなんだろうね。


 何しろ俺が気分転換に開催する中二的イベント「邪神様の華麗なる技の数々」は順番待ちでプレミアがついているんだとか。地下帝国の一室で色々演舞しているんだけど、毎回部屋の中はもちろん外も立ち見の客で埋め尽くされている。


 ドリュアス君曰く、これでも人数を予約制にして絞っているとの事。さらにはその予約チケット欲しさに軍団員同士で刃傷沙汰が起きているとかなんとか……。


 ソースはドリュアス君なんだけどね。


 そういう次第で俺は今、トップアイドル並に皆から慕われているのだ。ぶっちゃけ俺が美少女なのは認める。だが、ただの町娘に大の大人共が騒いでいる姿はちょっとひくぞ。


 テレビやネットがないこの世界、娯楽に飢えているのはわかるんだけど、もうちょっと大人になろうよ。

 まぁ、いいや。こいつらの将来は後ほど考えるとして、本題に移るとしよう。


「え~っと、あなたは確か……ゴッホンだったっけ?」

「いえ。私は邪神軍第一師団所属、オウホンでございます」

「オウホン……あ、そうそう、そうだったね、オウホンだ。ところでオウホン?」

「はっ」

「オルってどこにいるか知っている?」

「はっ。オルティッシオ師団長は現在、宝物庫の点検中と認識しております」

「宝物庫? あれ、おかしいなぁ。さっきそこも確認したはずだけど……」

「ティレア様、オルティッシオ師団長は宝物庫Cにおられるはずです」

「あ、そうなんだ――ってC!? 宝物庫Cなんてあるの?」

「はっ、ございます」


 そ、それじゃあ、宝物庫ってAとかBとかはたまたZとかあるわけ?


「あ、あのさ、もしかして宝物庫ってこの通路奥の右の部屋だけじゃないの?」

「はい、宝物庫は私が認識しているだけで十数部屋あったかと……」


 おいおいおい、オル家ってどこまで大金持ちなのかよ。俺が確認したひと部屋だけでも王宮並にあったと思うぞ。


 なんだよ、それ。オル、あなた究極の金持ちじゃないか!


 そりゃそうか。それだけ持ってるからこそ、あんなにホイホイお金を渡していたんだね。まったく、オル家ってどこまで貯め込んでるのか。相当あくどいこともやってきたんじゃないかな?


 偏見だが、大金持ちはそういうイメージがある。こりゃあ、オルを母さんに会わせるにしてもひと波乱ありそうだ。オル自身はただのボンボンである。だが、その金銭感覚のなさと中二病がミックスされて絶対に母さんを刺激する。


 とにかく、まずはオルに会って一言釘を刺しておかないとね。


「オウホンってさ、今忙しい?」

「いえ、部隊長に呼ばれておりましたが、問題ありません。ティレア様のご命令が何よりも優先であります」

「そう。じゃあ、ひとっぱしり宝物庫まで行ってオルを呼んできてもらえる?」

「御意」


 オウホンが脱兎の如く通路を走りだす。うん、急いでくれるのは嬉しいが、テンション高すぎだ、転ぶなよ。そんなに俺と会話できたのが嬉しいのか?


 まったく中二病め! こんな奴らの集まりだから心配なのだ。


 オルには一言、いやみっちり言い含めておかないと。母さんとの話では俺がオルの横にいて通訳するか……。


「ティレア様、オルティッシオ、参上仕りました」


 俺が色々、この後の展開を脳内シミュレーションしているとオルがやってきた。


「オル、早いね。もしかして近くにいた?」

「いえ、最北端の宝物庫にいました。参上、遅れたことをお詫び申し上げます」

「はは……」


 何が最北端だ! この地下帝国は軽く街を覆うぐらい広いんだぞ。最北端にいてこんなに早く来れるかっての! オルめ、実際は近くにいたにも関わらず、さも遠くから瞬間移動を使って来ましたって態度をしている。これだから中二病は始末に悪いのだ。


「私もそろそろ転移魔法を覚えたいところです。身体強化魔法で走るのでは多少のタイムロスが発生しますから」

「オル、もうそういうのはいいから」

「はっ」

「オル、実は母さんが『あなたに会いたい』って言っているのよ」

「ティレア様の母上様といいますと……」

「もともとベルガに住んでいるんだけど、今日王都に来ているんだ」

「ベルガですか……?」

「そうだよ。ベルガは私とティムの故郷で今日来た人は私達姉妹の母親。けっしてマミラ(・・・)じゃないからね」


 なにか要領を得ないオルに念入りに説明する。おい、しっかりしろよ。オル、あなた遊びすぎて俺達姉妹が本当に魔都ベンズに住んでいるとか思っているんじゃないでしょうね?


「はっ。要するにその輩はティレア様のかりそめの親――へぶらぁ!」


 オルの額にすかさず裏拳を入れる。


 ふぅ、案の定か……。


 こいつも変態(ニールゼン)と同じで母さんに無礼を働きそうだ。あぁ、もう予想通りとはいえオルの中二病ぷりには頭を悩ませるよ。もうこうなったら俺だけでなく変態(ニールゼン)にもオルの教育をしてもらうか。変態(ニールゼン)は一度同じ過ちをして反省している。だから、オルへの説教にも熱を入れてくれるだろうしね。


「あ~オウホン、もうひとつ頼みがあるんだけど」


 通路の端でひたすら直立不動で待機している軍団員オウホンに声をかける。


「ははっ。なんなりとお申しつけくださりませ」

「それじゃあ、トレーニング室からニールを呼んできてもらえる?」

「ニールゼン総司令ですね。承知しました」


 オウホンがまた脱兎の如く通路を走り出す。頼んだよ。俺は通路にうずくまりうんうんうなっているオルを見ながら変態(ニールゼン)の到着を待つ。


 それから数分後、変態(ニールゼン)も到着した。オルもやっと回復したのか額を押さえながらよろよろと立ち上がる。


「ティレア様、お呼びにより参上仕りました」

「ニール、よく来てくれたね。実は今、店に母さんが来ているのよ」

「セーラ様が……それは早速ご挨拶せねばなりません」

「ニール、成長したね。あなたの態度はすごく好ましいわ」

「恐れ入ります。偉大なるティレア様、カミーラ様がおられた依代でございます。さすれば敬意を持って接しなければなりません」


 うんうん、相変わらずの中二的セリフは置いといたとしても、ちゃんと挨拶をしたいって態度は好感が持てる。


「オル、ニールの態度でわかったでしょ。あなたが今、欠けているものよ。しっかりと学びなさい」

「はっ。ですが、ニールゼン総司令は何故あのような態度をとられるのですか? こたびの客人はただの人間――ひぃ!」


 オルの首筋に手を当てる。そして、上下に手を振ってみせた。さも刀で首を掻っ切るようなジェスチャーをオルに見せつけてやったのだ。


「オル、イエローカード。次、不愉快な言動をしたらまじで首をちょん切るから」

「も、申し訳ございません。ティレア様、お願いです。何卒、何卒お許し下さい」


 オルが涙目で訴えてくる。大粒の涙を流して大の大人がみっともないぞ。


「はぁ、もう泣くくらいならきちんと考えて行動しなさいよ」

「も、申し訳ございません。で、ですが私は何がいけなかったのか……ニールゼン総司令、私はいったい何が悪かったのでしょうか?」

「オルティッシオ、貴様は忠臣としての心得をまったくわかっておらん!」


 変態(ニールゼン)がオルに対して激高する。うん、そうだ。きちんと常識を教えてやれ。


「そうだよ。ニールも昔、今のオルと同じ過ちを犯していたもんね」

「はっ。一生の不覚、恥じ入る思いであります」

「あの時は私もつい切れてたからニールを殺しかけたのよ」

「ニールゼン総司令がティレア様に処刑されそうになっておられたとは……」

「そういうこともあったの。でも、ニールは最後は自分で過ちに気づいてくれた。だから許したのよ」

「ティレア様の温情に感謝を申し上げまする」

 

 変態(ニールゼン)が深々と頭を下げる。そう変態(ニールゼン)は中二病者だが、こういう礼儀正しいところが変態(ニールゼン)の良いところなのだ。


「オル、あなたはボンボンなだけあってまるで道理を弁えてない。その辺、きっちりニールに教えてもらいなさい」

「ははっ、身にしみるお言葉でございます。それではニールゼン総司令、愚かなる私にご教授願えますか?」

「本来であればお主のような不忠者は即刻処刑すべきところだ。だが、ほかならぬティレア様からのお言葉だ。きっちりと忠臣としてのあるべき行動を説いてやる」

「御意」


 それから変態(ニールゼン)はオルにこんこんと道理を説いていった。俺はオルに「変態(ニールゼン)の説教が終わったら店に来い」とだけ言って先に母さんのもとへと向かった。あまり母さんを待たせてもいけないしね。階段を上がり店の中に戻ると、母さんは店に置いてある調度品に目を奪われていた。


「母さん、しばらくしたらオルが来るから」

「そ、そう。ティレア、あなたはわかっているのかしら、この店の調度品……」

「あはっ、母さんも驚いた。もうびっくりだよね。地味だけど、見る人が見ればわかる超高級な品揃えだよ」

「ティレア、あなたって子は本当にお気楽ね! この調度品だけでも普通の店が四、五件は建つわよ。こんな調度品まで揃えてくれるなんて普通じゃない」

「だからそう言っているじゃない。オルは大貴族の息子だって」

「あなたはもう……そんな大貴族様が善意だけでお金を貸すと思っているの!」

「だ、だから、それは……オルと私の仲というか、私の料理の腕というか……」


 俺がしどろもどろに答えていると、母さんはやれやれといった表情で見つめてくる。ちょっと母さん、そんなバカ娘を見るような表情はやめて。


「ふぅ、ティレア、私も覚悟を決めた。オルティッシオさんとは本腰を入れて話をしないといけないみたいね」

「そ、そんな大げさな。母さんもオルと会えばわかる。そんな大した奴じゃない」

「ティレア、もういいから。それより帳簿は見せてもらったけど、借用書はまだだったわね。見せてくれる?」

「借用書? そんなのないよ」

「はぁっ!? あなた帳簿を見る限り『億』の借金があるのよ。それなのに借用書が無いですって! し、信じられない。オルティッシオさんは何を考えてるの?」

「うん、まぁ口約束でも契約は契約でしょ」

「それはそうだけど……」


 母さんがまた頭を押さえて悩んでいる。そ、そんなに気にする必要はないのに。帳簿に書いてあるんだから、借金の額は忘れない。


「母さん大丈夫。帳簿に書いてあるんだから借用書なんていらないよ」

「はぁ~ティレア、書面にしていないのならこのまま借金を踏み倒すこともできるのよ。その逆も然り。あらぬ契約をしたと難癖をつけられたらどうするの!」

「母さんは心配しすぎだって。オルとは『俺、お前』の仲だよ。そんな悪意のあるような奴じゃない。本当だって信じてよ」


 正確に言うと「邪神様、家来」の仲だ。だけど、中二病の説明まですると母さんの脳がオーバーヒートするだろうしやめておこう。ニューアンスは合っているからいいのだ。それだけ気心を知れているってやつだよ。


「あ、あなたの話を聞いていると、頭が痛くなってくるわ」


 母さんが頭を押さえてよろよろとふらつく。


「母さん、そんなに思いつめないで」

「ティレア、あなたは貴族の恐ろしさをわかっていない」

「いやいや、わかっているって。貴族でしょ。オルは別として金持ちでいけすかない奴らのことさ。ブルジョワ打つべし、打つべし」


 俺はフットワークしながら拳をシュッシュと打ち出す。


「ティレア、真面目に考えなさい!」

「あ、いてて。ひゃあさん、ひ、ひょっと」


 母さんが俺のほっぺをつねってくる。びよんと伸びる俺のほっぺ。


 そんな深刻になるようなことじゃないのに。あのオルだよ。俺のお気楽さに反し、ますます母さんはオルに対し警戒心を上げているようだ。母さんは俺のほっぺから手を離すと、緊張した面持ちで話を始めた。


「ティレア、聞きなさい。私はずっとベルガの街に住んでいたわけじゃないの。若い頃は王都に住んだこともあるし冒険者まがいのこともしたことがある」

「へぇ~そうなんだ。知らなかった。その頃、父さんと知り合ったの?」

「そうよ。父さんとはその時、知り合った。それが私にとって王都での最高の思い出。でも、思い出には良いものもあれば悪いものもある。それは……」


 それから母さんはその悪い思い出を語った。貴族の浅ましさ。表面上はにこやかにしていて平気で人を陥れる。母さんの友達や知人が犠牲になった事件の数々。


 最初は気楽に聞いていた。だが、母さんの実体験に基づいた話は生々しくオルに対する考えが一変するのには十分過ぎるほどであった。今はその事件の中でも特に胸糞悪い話を聞いている。人間でありながら悪鬼と恐れられた貴族の話だ。


 ……

 …………

 ……………………


「そ、それでその子はどうなったの?」

「死んだわ。身も心もぼろぼろにされて。悪鬼は初めからその子の家屋敷が目的だったのよ。言葉巧みに騙して優しいフリをして……私にもっと力があればってすごく後悔したわ」


 母さんの悲痛な表情。それが、どれだけ痛ましい事件だったかが窺い知れる。


 その子の境遇と今の俺はけっこう似ていた。オルの過剰なまでの投資。さらには大貴族でありながら邪神様、邪神様と言葉巧みに持ち上げてくる。


 でも、その真意は……。


「あ、あわわわ、そ、それじゃあ、オルも私を騙してたってこと? 私、それともティムが目当て?」

「わからない。だから、真意を確かめるつもりよ。話によってはベルガのお店を手放すことになるかもね」

「そ、そんな……わ、私が愚かだったために、ベルガのお店を……父さんや母さんの誇りであるお店を……うぅ……ぐっ……えぐっ」

「ティレア、泣かないで。母さんはね、あなた達を守れればそれでいい。お店なんていらないわ」

「うぅ、ふぇん、か、母さん、ごめん、ごめんなさい。わ、私がもっとしっかりしていれば……」

「いいのよ。そんなことはもういいの」


 母さんは俺を抱きしめ頭をなでてくる。


 俺が後悔に身をやつしていると……。


「ティレア様、お待たせしました。オルティッシオめを再教育して参りました」


 変態(ニールゼン)がドヤ顔で悪鬼(オル)を連れてきたのであった。

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