第十話 「このままじゃ倒産の危機だよ」
ぎゃぼん! こ、今月も赤字だ……。
愕然と机に突っ伏す。
料理屋「ベルム王都支店」をオープンして以来数ヶ月、利益が出た試しがない。
なぜ? なぜなの? 料理は他に負けていない。ううん、むしろ他の店よりツーランクは上のものを出している自負はある。だが、何故利益が出ないのだ?
不思議だ? お客だってそこそこ来ているのに……。
それとも、そこそこだからだめなのか?
だめだ。俺はこういう経営に関してまったくの素人である。原因がさっぱりわからない。今までお店経営なんて考えた事無かったし。前世でニートなんてやらず大学で経営学でも習っておけば良かったんだよ!
実家にいたときも、俺と父さんは料理担当で母さんが経理関係を仕切っていた。だから、その辺のノウハウはまったくわかんないんだよね。
でも、だからといってこれほどの赤字を出してしまうか?
俺は店の帳簿と睨めっこする。そこには積もりに積もった額、赤インクで三千万ゴールドの赤字と記載されていた。
奥さん、三千万ゴールドですよ! 三千万ゴールド!
はは、軽く小さな店なら二、三店舗潰している額だ。普通なら不渡り出してとっくに倒産している。だが、オルが絶えずお金を出資してくれていたので実情なんとかもっていただけの話だ。オルがお金の出資を止めれば、お店は即終了。借金だけが残ってしまう。
はぁ~今月も赤字だって言ったらさすがのオルも切れるかな?
ただでさえ最初に店の運転資金や材料費なんやらでオルには一財産使わせているのだ。俺が襲われた時の慰謝料と言っても、さすがにこれ以上はもらいすぎな気がする。ふんだくりすぎだ。
よし、これ以上オルに負担をかけないように起死回生の案を考えてみよう。
ポク、ポク、ポク……チーン!
うん、閃いた。というより開き直った。無理です。とてもじゃないが、三千万ゴールドもの大金を返すようなアイデアは出てこない。
はぁ~俺はなんてダメ経営者なんだ。こんな俺がもしマネーの獅子に出演していたら、きっとフルボッコされていただろうな。「君、社会を舐めているだろう!」とか「今まで真剣に生きてこなかったよね?」とか言われたりして……。
とにかく今月だけ、今月だけはオルの情けに縋ろう。
方針が決まり、邪神軍の秘密基地である地下室へと階段を降りていく。
オル、どこにいるかな?
てくてくと地下帝国をうろつく。
そして……見つけた。
オルは、重力室Cでひたすらトレーニングをしていた。ちなみにこの地下帝国にはトレーニング室が四つあるのだ。それぞれ重力室Aから重力室Dとなっている。ティム曰く、重力室Aは百倍の重力でティム専用。重力室Bは五十倍の重力で変態、ドリュアス君専用。重力室Cが三十倍の重力でその他幹部専用だとか。
まったく、お前らこういうの本当に好きだよな。実際、俺もその重力室に入ってみたんだけど、ちゃんと負荷がかかっているんだよ。微妙にだけどね。
俺が以前使った初期魔法である重圧呪文をティムが解析し、それぞれの部屋に重圧呪文をかけたんだとか。本当に中二病者はこういうのにこだわる。だが、それが中二病の琴線に触れているのか、トレーニング室は絶えずいつも誰かが使っているみたいだ。
まぁ、奴らは貧弱だから向上心に繋がるのは良い傾向だ。少しでも体力をつけて欲しい。
オルがいる重力室Cに入る。気持ちちょっとだけ体重に負荷がかかったように思う。うん、ほとんど何も感じない。だが、少しだろうと負荷を感じる、この状況がいいのだ。
高重力下のトレーニング……。
中二病患者のヨダレの出るようなシチュエーションだ。オルも重力三十倍(笑)の中、漫画のキャラクターにでもなった気分で頑張っているのだろうよ。
腹筋をしているオルに近づく。オルは俺の来訪に気づくと、すぐさま立ち上がり、かけ寄ってきた。
「これはティレア様」
「トレーニング中のところ悪いわね」
「いえ、今しがた終わったところです」
さて、どう切り出すか。とりあえず借金するんだから下手には出ないとね。
「あ~オルティッシオさんに折り入って頼みがあるんですよ」
「何なりとお申し付け下さい」
タオルで汗を拭きながら満面の笑顔で答えるオル。すまないオル。これから言うことで、あなたの笑顔を崩しちゃうよ。
「実はですね。まことになんと言いますか、困った事態になっちゃいまして」
「ティレア様、何故私如きにそのような口調をなされるのです。おやめください。どのような事態が起きようとも、不肖オルティッシオ命を懸けてティレア様のために尽くす所存にございます」
オルからの反論、確かにいきなり口調が変わったら変に思うか。もともと友達同士でタメ語だった奴がいきなり敬語で話してきたらそりゃ不審がる。まずい、切り出し方を失敗したか? こういう時は正直にド直球が一番なのかもしれない。
よし、オブラードに包まず、正直に話す。
「あ~オル、実は上でやっているお店なんだけどね……」
「はい」
「てへっ♪ 今月も赤字だしちゃった。んでもって、追加で資金を宜しく!」
これはいくらなんでも軽過ぎたか? いつもの口調でフレンドリーに頼んでみたが、効果はあったかな? オルは何か面食らったようで目が点になっている。
「ティレア様、困った事態とおっしゃられたので何事かと思いましたよ。承知しました。それではまたいつものように資金を置いときますので」
え!? なにその態度? いいの? 甘えちゃうよ。いくら親の金だからって使いすぎるとあなたも立場が困るでしょうに……。
「ティレア様、どうされました? いつもの額では足りませんか? それではさらに追加で……」
「あ~待って待って! 本当にいいの? 今までオルからもらったお金、ぶっちゃけ数千万ゴールドはいっているのよ」
「ティレア様、申し訳ございません。数千万ゴールドしかお渡ししていなかったとは……それでしたら増額を――」
「ちがぁ――う! あ、あなたね、数千万ゴールドの赤字って普通の店なら倒産しているんだから。自分で言うのもなんだけど、こんな放漫経営者にあなたはまだ出資するのかって聞いているの!」
俺の噛み付くような咆哮にオルはやっと事の重大性が分かったのか、神妙な顔つきになる。そう、真面目にしなさい。あなたの実家の身代をつぶしちゃうかもしれないんだから。
「ティレア様は邪神軍の軍資金を減らしたことを嘆かれておられるのですね?」
「ま、まぁ、あなた的に言うとそうね。私がお店を運用したせいで三千万ゴールドの穴を出してしまったんだから」
「ご安心下さい。数千万ゴールドなど微々たるものです。体制に影響ありません」
そうにこやかに答える大貴族の息子オル。おいおい、数千万ゴールドが微々たるって――あなたの家はどこまで資産家なんだよ。
「そ、それじゃあ、今月の出資も問題ナッシング?」
「もちろんでございます。なんなら倍額でもけっこうですよ。それにティレア様、この世の財は全てティレア様のものです。どうぞ、そのような些事にとらわれず、存分にお使いください」
おいおい、それって無制限にオル家の財産を使っていいってことか? なんだそのプリチーウーメンぶりわ。冗談抜きにお店で「ここからここまで欲しい♪」なんて言いながら商品をタッチしまくるぞ。
「あ~じゃあ、もし私が一億ゴールド欲しいなんて言ったらどうする?」
「すぐにご用意致します」
おい、こやつ一ミリも躊躇なく即答しやがったよ。
何でそこまで俺のために……?
はっ!? まさか!
「オルってさ、もしかして私に惚れている?」
俺に惚れているなら、これほど申し訳ないことはない。なぜなら俺の心はすでにレミリアさんで予約済みだからだ。実らぬ恋にお金を使わせ続けるなんて非道な真似はしないからね。
さぁ、オル、その辺のとこどうなの?
「当然でございます。ティレア様の深淵なるお力、崇高にして偉大なるお方にお仕えできて身が震える毎日でございます」
ふむ、これは変態とティムの関係に似ているな。恋人というより好きなアイドルに貢いでいるといった感じだ。前世、好きなアイドルのCDを一人で数百枚買った人に通じるものがあるぞ。ただ、オルは大貴族の資産家、その規模は半端ないけど。
結論として、どうやら俺がここまで悩んだ赤字はオル家にとって些細な額でしかないらしい。ならばこのまま援助してもらっていいかな――っていいわけあるか!
このままずるずるとオルに援助してもらってたら、いくらなんでもどこかで破綻するに決まっている。だって、資産は無限じゃないんだから。俺は別に悪女というわけではない。資金提供は嬉しいけど、このままじゃオルが破滅の道にまっしぐらだ。息子を溺愛し親バカ代表格のオル父でもそうなったらオルを勘当するだろう。
「オル、お金は無尽蔵じゃないのよ。そんないくらでも使っていいなんて考え方はやめなさい。身の破滅よ」
「こ、これは申し訳ありません。それでは邪神軍の経費削減のため、上の料理屋はつぶしてしまいますか?」
がぼっ! し、しまった……。
それでは本末転倒である。俺は王都で料理屋がしたいのだ。ティレアよ、趣旨を忘れるんじゃない。あまりにオルの金に対する無頓着ぶりについつい話がそれてしまった。今月分だけオルに資金提供してもらう、その話だったはずだ。何もオルの金の使い方にどうこう言う必要はないのだ。
「オル、料理屋をつぶすのは困るよ」
「そうでした。料理はティレア様のご趣味ですから、その場所をつぶすようなことは致しません」
「はっ!? 今、何て言った?」
「いえ、ですから、お店をつぶすような真似は致しませんと」
「いや、その前に」
「料理はティレア様のご趣味――はぐっ、ぐわああ!」
思わずオルの顔面をアイアンクローばりに鷲掴みする。怒りのあまり手に力が入ってしまう。ミシミシとオルの顔面が悲鳴を上げる。
苦悶の声をあげるオル……。
だが、許さん! こいつは俺の料理を趣味と言いやがった! プロである俺の料理をだぞ!
「オル! 私の料理は趣味で素人同然だと言いたいわけ?」
「がぁ、はぁ、い、いえ、決してそのような……わ、私が申したいのは、はぁ、はぁ、覇業を打ち立てる傍らで、はぁ、あれだけの料理――ほっぎゃあ!」
「オル! 私が傍らで、暇つぶしで料理をしているって言いたいわけ?」
オルの火に油を注ぐ発言にアイアンクローの力をさらに強める。オルはぴくぴく痙攣して気絶してしまった。
ふむ、やり過ぎたか? つい俺の料理を馬鹿にされたと思って頭に血が上ってしまった。
だが、これは由々しき事態である。多分、オルは赤字ばかりのお店をみて俺を料理の素人だと思ったのだ。素人で趣味の料理だから赤字で当然だと。
これはオルだけでなく周囲の幹部達もそう思っているのかな? そうであれば、ゆ、許せん! プライドが傷ついたぞ。
こうなれば是が非でも今月は黒字に転換してやる。
さっそく作戦を……。
そうだ! 俺には軍師がいたじゃないか。頼りになる知将がいた。なんでこうなる前にアドバイスをもらっていなかったのだ。すぐにでも助言をもらいにいこう!
俺はオルを地べたに寝かせると、すぐさまドリュアス君を探しに向かう。
ええと、ドリュアス君は……?
無駄に広い地下帝国を探す。道行く人に尋ねると、ドリュアス君は会議室にいるとのことだ。
「ドリュアスく~ん、ヘェ――ルプ、ミ――」
駆け足で会議室へと向かう。
そして到着するや、会議室のドアをおもむろに開く。会議室ではドリュアス君、ティム、変態が何やら話し合いをしていた。
おっ!? ドリュアス君だけでなくティム達もいる。ちょうどいい。二人にも意見を聞いてみるか。いや、リサーチするには幅広く意見を聞いたほうがいい。この際幹部全員に話を聞いてみるのもいいかも……。
こいつらの話を中断させて皆を呼んできてもらおう。どうせこいつらくだらない遊びの話で盛り上がっているだけなんだから。
あ!? いや待てよ、そうとは限らないか。もしかしたらエディムのことを話しているのかもしれない。それならばお店よりそっちが優先だ。
「あなた達、話し合いの途中で悪いわね」
「「これはティレア様」」
話を中断して俺に向き直る三人。
「え~っとエディム関連の話をしてたのかな?」
「いえ、マナフィント連邦国への出兵の調整をしておりました」
はい、遊びの内容だ。平和だねぇ~まったく羨ましい限りだよ。こちとらただでさえレミリアさん達の会合で鬼気迫る会議をしているというのに……。
それにしても出兵?
なんか知らない間にサバゲーみたいな話をしているね。面白そうな話で普段なら食いつくんだけど、今はそれどころじゃない。俺の料理人としてのプライドがかかっているのだ。
「あなた達、そのマナなんちゃらは中断。緊急で話し合いたい案件があるの。主だったものを集めて」
「はっ、すぐに招集致します」
変態がそう言って部屋の外へと出て行く。
「ティレア様からの案件とは珍しいですね」
「うん、ちょっとみんなの知恵を拝借したいことがあって……」
「お姉様たっての案件、我は力を惜しみません」
ティムの心強い言葉。うんうん、三人よれば何とやら。一人で思い悩むより幹部全員集めれば良いアイデアが浮かぶだろう。
まぁ、期待の星はドリュアス君だけどね。俺ももちろん意見は言うよ。お昼のサービス券を配るなんてどうだろうか。