第八話 「エディムの秘密をマジに守んなきゃ」★
友人で未来の恋人であるレミリアさんから呼び出しをくらった。なんでも大事な話があるんだって。
ふふ、大事な話か~なんだろう? 愛の告白かな~。
なんて浮かれてた時期がありました。
レミリアさんが指定した場所に来てみればなんとびっくり! レミリアさん以外にもたくさん人が集まっていた。冒険者っぽい人から警備隊っぽい人、いずれも腕に覚えアリって人達だ。これは絶対に愛の告白なんて甘いものじゃない。
俺が部屋に入ると、そいつらからギロリと睨まれた。皆の突き刺さる視線の痛いこと痛いこと。
レミリアさん、なんて場違いなところに呼んでくれたんだよ~。
あぁ、なんか居た堪れない。とにかくどこか空いている席に座ろう。レミリアさんに軽く会釈すると、空いている席にちょこんと座った。
うぅ、なんか緊張する。これから何が始まるんだ?
周囲を観察する。部屋には四人がけのテーブルが四つ置いてあり、各テーブルに二人から三人座っている。集まったメンバーは十人、いずれも一癖も二癖もあるような連中だ。
もちろん、俺を除いてだけどね。そんな輩達が全員ピリピリと緊張感を持ってレミリアさんの話を待っていた。
そして、俺が席について幾ばくかレミリアさんはコホンと咳払いをする。話が始まるようだ。
「皆、よく来てくれた。今宵は絶対に信頼できる者に集まってもらった」
レミリアさんの威厳のある一声……。
あぁ、レミリアさん、俺に全幅の信頼を寄せていたとは嬉しいよ。まぁ俺以外にも信頼しているメンバーがいるのは置いといてだけど……。
「その前にちょいといいですかい? その絶対の信頼って奴にこんなおふざけがいるのはどういうわけですか?」
髭筋肉ダルマが俺を指指し、非難する。
くそ! その言い方は何なんだよ! 事実だけど、言い方ってもんがあるだろうが! この髭筋肉ダルマ――ってこいつ、どこかで見たことあるような……。
「そんな言い方はやめろ! ティレアは私の親友だ」
「親友だからって只のど素人をこの場に呼ぶなんてどうかしてますぜ」
「ティレアは戦闘こそできないが、諜報面で役に立っている。それに比べて貴様は何だ? 報告は来ているんだぞ。先の魔犬騒動での貴様の醜態ぶりを説明してやろうか!」
「うぅ、そ、それは……もういいです」
「そうか。なら文句を言わず黙っていろ!」
キャー素敵、抱いて!
レミリアさんの鋭い言葉に髭筋肉ダルマはそれ以上何も言えず、しぶしぶ引き下がった。
「本題に移る前に、皆、お互いを知らないと思う。まずは自己紹介してくれ」
レミリアさんの言葉に筋肉隆々の男が威勢良く立ち上がる。
「俺はライデン・ジャフト。国軍第二連隊の副長をしている。先の魔族襲撃の折には周辺傘下国の慰撫にまわっていた」
おぉ、なんかすごい経歴の人が出てきたぞ。今度、店に寄ってくれないかな。ミューと二枚看板で凄腕冒険者と凄腕軍人ご用達のお店として宣伝したい。
そうしてライデンさんが一通り経歴を話すと、今度は魔法使いタイプの華奢な青年が立ち上がる。
「僕はモス・デンバー。国軍魔法士隊隊員だ。一応、宮廷魔導師を目指している」
これまた、すごいエリートさんだ。魔法士隊か。きっと魔法学園の卒業生でティムの先輩にあたる人なんだろうな。今度、ティムに魔法使いとしての心構えとかレクチャーしてもらいたい。
そして、モスさんの自己紹介が終わり、時計回りに自己紹介をしていく。皆、警備隊、ギルドといった名だたる機関に所属していた。
なんてすごい面子だよ。だってあの小物臭漂う筋肉髭ダルマですらBランクの冒険者で凄腕みたいなんだから。
聞けば聞くほど俺ってなんでここにいるんだろう? もろ不釣り合いじゃないか? 戦闘集団の中にただの料理人が紛れてるって……。
疑念渦巻く中、順々に自己紹介されていく。
そして――おっ、次は女の子だ。
俺とレミリアさんを除く紅一点。金髪ロールしていてお嬢様みたいな娘だ。プロポーションも良いし、これは可愛いぞ。
「ロゼッタ・プラトリーヌと申します。美食冒険者をしております。ランクはDですが、いずれはSランクに到達してみせますわ」
「おい。まさか、あんた、あの大貴族のロゼッタ家の人なのか?」
「えぇ、ロゼッタ・ストルは私の父です」
「おいおい嘘だろ! なんでそんなお嬢様が冒険者なんてやっているんだ?」
プラトリーヌ嬢の自己紹介を聞き、外野が騒ぎ出す。
へぇ、お金持ちのお嬢さんか~。
うん、たしかに上品で佇まいが優雅だ。なんか某アニメのライバル金持ちお嬢様を彷彿とさせる。
「ふふ、わたくし育った環境のせいか美食には人一倍厳しく、凡才ばかりな他人の料理に満足できなくなりましたの。よって、わたくし自ら美食冒険者として活動するしかありませんでした。不可抗力というものですわ」
何という不遜な態度。でも、うらやましい。俺も力さえあれば色々な食材を求めて冒険とかしてみたかった。
「へっ、たかが料理如きにご大層なこった。こちとら命懸けで冒険家業をやっているってのに金持ちの道楽はうらやましいぜ」
筋肉髭ダルマがまた茶々を入れる。まったく、ムカつく野郎だ。特に、料理を馬鹿にしているところが許せん。
「ふぅ、そのような誹謗中傷はもう耳にタコですわ。冒険家業を笠に着るあなたのような連中はどうして食に関してこうも興味が薄いのか。あきれてものもいえませんわ」
「当たり前だ。食事なんて飯が食えれば上等! それをうまいだのまずいだの言うのは金持ちの奢りというものだ。美食冒険者? はん、そんなお遊びが冒険者とは笑わせやがるぜ!」
「あなた、それでは寒冷地で冒険をした経験はおありですか?」
「当たり前だ。寒冷地どころかマグマの滾る河口近くから翼竜がはびこる巣、危険なところはだいたいまわった。これが本当の冒険者の姿というものだ」
「それではもちろん、冒険に『ギャチャーレ』は常備していたのですよね?」
「あぁ、あれが無いと寒冷地では他の食材がすぐに凍っちまう。冒険者やってるなら常識だろうが」
「ふふ、冒険できて良かったですわね。『ギャチャーレ』はこのわたくしが発見して改良したものですのよ」
「なっ!?」
「食を蔑ろにするものは食に蔑ろにされる。あなたはそれでも食を疎かにして冒険ができると言えますか?」
「くっ!」
またもや筋肉髭ダルマが押し黙る。口を開けば開くほど、小物っぷりをさらけ出す。もう止めとけばいいのに……。
それにしても、あの子が『ギャチャーレ』を発見したのか。あれすごいんだよね。保冷剤にも使えるし、料理の味つけにも使える。それもバラエティに富んだ味がして用途が幅広いんだ。あの食材の発見は、料理人にとって革命だ。あの発見によってどれだけ味の領域が広がったことか。
俺がプラトリーヌ嬢の言葉にしきりに感心していると、いつの間にか俺が紹介する番になった。
なんか緊張するなぁ~。
絶対に変な目で見られる。でも、もう賽は振られたのだ。やるしかない。
「え~と、ティレアです。西通りで料理屋を営んでます。皆さん、良かったら足を運んでみてください」
なんか普通に店の宣伝みたいな紹介になったぞ。
皆の反応は……。
あぁ、やっぱりなんでこいつがここにいるの? みたいな不審げな目つきだ。
「あら西通りに料理屋なんてあったかしら」
おっ、プラトリーヌ嬢が反応を示したぞ。さすが美食冒険者。
「先月オープンしたばかりです。味は保証しますよ」
「ふぅん、それでお店の得意料理はなんですの?」
「すべてです。和洋中なんでもござれ」
「……まぁ気が向いたら行ってもよろしくてよ」
なんだ、その全然期待していない反応は! うっきー! 見てろ、俺の料理でアジオー並みに感動させてやるからな。
そして、皆の自己紹介が終わり、レミリアさんが今回集まった本題を切り出す。
「今回皆を集めたのは他でもない。一つは私を襲い治安部隊を全滅させたオルティッシオなる魔族の捜索だ」
ぐほっ! きたぁ、きました。やっぱり、この件か。さっきから嫌な予感がしていたが、的中しちゃったよ。まぁ、こんないかつい奴らを集めたから何かぶっそうな話とは予想していたけどさ……。
はぁ~はっきり言ってオルの件は誤解も誤解。ほっといても無害なのに……。
でも、言えない。言ったらオルが公務執行妨害で投獄される。そして、オルを庇った罪で俺も逮捕されてしまう。
「オルティッシオなる魔族の捜索に関しては俺がレミリア様から事前に調査を依頼されておりました」
ライデンさんが立ち上がり説明する。
「それではライデン報告してくれ」
「はっ。王都、そしてその周辺の国に至るまで調査したところオルティッシオなる名を持つ者は六名、いずれも唯の人間でした。唯一顔を知っているレミリア様にもご確認をとりましたので、同名の別人かと思われます」
「そうか。私も確認したとき人相が違っていた。あれから新情報はないんだな?」
「はい、誠に申し訳ございません」
「いや、いい。お前はよくやってくれた」
あぁ、そうなるよね。だって、オルティッシオっていう魔族はどこにもいないんだもの。いるのは金持ちの道楽息子だけだ。
あ! 違うか。王都には同姓同名の人もいたんだよね。とにかく、このままオルも別人という話で終わってしまえばいいけど。レミリアさんが顔を覚えているみたいだからな。
「ティレア、お前は何か情報を持っていないか?」
「えっ!? そ、そうですねぇ……」
「なんでもいい。些細なことでもいいから教えて欲しい」
どうしよう? なんて言うべきか……し、仕方がない。少々強引であるが、偽情報をゴリ押ししてみるか。
「あ、あ、あ~そうだ。そういえば~思い出したぞぉ。そのレミリアさんを襲った魔族ですが、オルティッシオって名じゃないと思いますよ」
「いや、確かにこの耳でそう聞いたぞ」
「でも、その時レミリアさんって大怪我してましたよね? きっと聞き間違いをしたんですよ」
「そ、そんなことはない……はずだ、多分」
「ね、なんか記憶があやふやでしょ。じ、実はですね、お店にピスタッチオという見るからに怪しい人が来たことがあるんですよ」
「ピスタッチオだと!」
レミリアさんが驚いている。これは勢いでそのまま行けそうか?
「レミリア様、確かに響きは似ております。オルティッシオという名の捜索が難航している以上、そちらの線を攻めるのが妥当ではないでしょうか?」
ライデンさんが援護射撃してくれる。いいぞ、もっとやれ。
「むむ、確かにあの時は意識朦朧としていたのは事実。わかった。皆、ピスタッチオという名の者がいないか捜索に協力してくれ」
「「はっ」」
ほっ、良かった。何とかごまかせた。
それにしても、オルって同名がけっこういたんだね。まぁ、オル家は大貴族だし、分家がたくさんいるのかもしれない。
まずは一安心ってところかな。後は、オルに外出を控えさせればそのうち沈静化するだろう。
これで、レミリアさんの話も終わりかな? いや、レミリアさんの様子を見るにまだ何か話があるみたいだ。ふむ、そういえば長時間の議論で喉がかわいた。この部屋、台所があるみたいだし、皆にお茶でも入れてあげよう。
「あの、レミリアさん、議論も一段落しましたし一度休憩しませんか? 私、皆さんにお茶を入れますよ」
「そうだな。ティレア、助かる」
「いえいえ」
さりげなくレミリアさんに「家事できるぞ。気が利くぞ」アピールをして台所に向かう。
え~と、お茶、お茶と、台所の戸棚を物色する。
そして……。
ほぉ~メイブルの実があるじゃないか! それにローレルの雫もある。
くっくっ、いいこと思いついたぞ。プラトリーヌ嬢、腕試しだ。ほんのり隠し味を入れちゃる。気づくかな~。
俺は人数分のお茶を入れていく。
ふっ、プロの技を見せてやるぜ。お茶を入れるのにもコツがいる。摂氏温度、そして茶葉を入れるタイミングで美味しさが格段に跳ね上がるのだ。
まずは新鮮な水を沸騰させる。泡がボコボコ出てきたら、適量の茶葉をいれ沸騰したお湯を注ぐ。すぐに蓋をし、茶葉の大きさに合わせて蒸らす。時間が来たら、葉を起こすようにそっとかき回す。
この時、メイブルの実が最も風味を出すので、このタイミングでローレルの雫を入れるのがポイントである。
後は、濃さを均一に最後の一滴まで注ぎ分ければ完成だ。
う~ん、芳しい香りが鼻腔をくすぐる。メイブルの実とローレルの雫が絶妙のハーモニーを醸し出しているのだ。我ながら中々の出来栄えだ。
準備を終え、香り豊かに仕上がったメイブルティーを皆に渡していく。
「どうぞ、レミリアさん」
「うむ、いい匂いだ」
いえいえ、あなたのほうがいい匂いですよ。
「どうぞ」
「ふん、俺は酒が良かったがな」
この筋肉髭ダルマ、殺す!
そして一通り皆に配ると、次は本命であるプラトリーヌ嬢だ。
「どうぞ」
「ありがと」
さぁ、プラトリーヌ嬢勝負だ。プラトリーヌ嬢は普通に飲んでいる。時折、香りを楽しみながら飲むその仕草は貴族そのものである。
「ふぅん、あなた、なかなかわかっているじゃない」
「といいますと?」
「ローレルの雫、気づかないと思いまして」
ちっ、気づいたか。でも、さすが大口をたたくだけあるな。ほんのひと雫しか入れていないのに……。
「でも、どうせならバルバレの実を入れたほうが渋みが出てより美味ですわよ」
む! 確かに俺も最初はそう思ったけど……。
あれは料理人泣かせなんだよな。調理にはバランスが悪すぎる。
「バルバレの実は下手したら香りが飛ぶし……」
「それは料理人の腕次第、私ならできましたわ」
「い、言ってくれますね。わ、私だって本気だせばやれました」
「それなら最初からやればよろし」
「むかぁ! い、言っとくけどね、あれが私の実力と思っていたら大間違いよ」
「ふっ、口だけではなんとでも言えますわ」
「よ、よし、いいわ。勝負よ、料理で私と勝負しなさい」
「あらあら、わたくしに勝てると思ってますの。わたくし王家のお抱えシェフよりも腕はありましてよ」
「私だって――」
「お前達、喧嘩はよせ!」
「だ、だってレミリアさん、この金髪ぐるぐるお蝶さんが難癖を……」
「な、だれが金髪グルグルですって! わたくしの髪は由緒ある――」
「いい加減にしろ! 休憩は終わりだ。本題に移る」
いかん、いかん、レミリアさんを怒らしちゃった。反省だ。
さてさて次の議題は何かな?
でも、オルの件も終わったし後は気楽なものだ。とりあえず、俺はお茶でもすすりながら控えておこう。
「今現在、我が国に対し魔族の侵略が密かに進行している」
おぉ、そうなの?
いきなりのレミリアさんの先制ジャブ。皆、気を引き締めて聞いている。というかまた魔族の襲撃? くわばら、くわばらだよ。
「王家、ギルド、近衛隊、あらゆる機関が魔族の手に落ちていると思っていい」
「や、やはりそうなのですか。僕が王都に戻って味わった違和感は本当に……」
「あぁ、そのとおりだ。ここにいるメンバーは魔族の王都襲撃の折に王都にいなかった者や最近になって王都に集まった者で構成されている。それ以外はもはや信用できない」
ん!? 俺はもろ王都襲撃の際に王都にいたんだけど……。
「あ、あのレミリアさん、話の腰を折って申し訳ないのですが、私は魔族襲撃からずっと王都にいたんですけど……」
「庶民であるティレアはいいんだ。これはギルドや治安部隊など戦闘部隊に関して言っているのだ。それに何より親友であるティレアは一番信用している」
「レミリアさん!」
――って惚気けている場合じゃない。なんか周囲の人達がざわつき始めた。「やっぱり隊長は……」とか「ギルド長はやはり……」とか言っている。
な、なんか嫌な予感がするぞ。
「皆しずまれ! そうだ。お前たちの予想通り全ての公的機関の幹部が魔族に取って変わられている。わが治安部隊にも吸血鬼が忍んでいた。私も吸血鬼共を操る黒幕を探ろうとしたが、あと一息のところで自害されてしまった」
「それでは手がかりは……」
「ある! 吸血鬼が自害するとき主の名を叫んでいた」
「おぉ、それで名はなんと?」
「無我夢中で聞き取れたのは断片だけだが『エディ何とか万歳』と叫んで死んだ」
ち、ちょっと一番の秘密がばれちゃっているよ。それにギルド? 国軍? エディムどんだけ追い詰められてたのよ!
あばばばばば! これは言い訳もしようがない犯罪。バレればエディムともどもしばり首確定だよ。
今回、挿絵第六弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です。