第六話 「保護者面談だって」
王都では魔法学園が再開され、将来ある若者達が勉学に励んでいる。勿論、俺の自慢の妹であるティムも学園に入学し、他の生徒に負けじと頑張っているのだ。
最初は慣れない生活にティムも不安だろうと思ったが、本人はどこ吹く風といったところである。きっとエディムやジェシカちゃんといった親友が学園にいるので心強く思っているんだろうね。
そして今日、俺はなぜか学園の先生にお呼ばれすることになった。保護者との二者面談みたいなものだろうか? 学園側は「保護者を呼んでくれ」とのことだが、両親はあいにくベルガの街にいる。おいそれと王都まで来られない。
よって、ここは姉である俺の出番という訳だ。
ふむ、保護者面談……。
きっと、ティムの将来の進路とか成績とかについての話だろう。姉として立派に話し合わないとね。
俺は、意気揚々と学園に出向く。学園に入ると、生徒が教室で勉強したり校庭でスポーツっぽいことをしていた。
あぁ異世界とはいえ学校なんだよなぁ~。
俺はキョロキョロと物珍しげに周囲を観察する。
うん、青春だ。前世を思い出すよ。イジメられたとはいえ、数少ない友人もいたんだ。趣味の合う友人と放課後部室でだべったり、彼女はいなかったけど「異世界でエルフを恋人にするための百の方法」とか考えたりしていたんだ。今となってはいい思い出だよ。ティムにもそんな風に友人達といい青春を過ごしてもらいたい。
そうだ! ティムのために先生との面談では良い部活がないか聞いてみるか。他にも気の合う友人同士でつるめるような何かイベントがあれば、なおいいね。
俺は面談での質問をシミュレートしながら学園の受付に向かう。
受付に到着すると、案内係の人が出てきてついてくるように言われた。俺は案内係の人に言われるがまま、その後をついていく。
そうしてしばらく歩いていると淡麗な装飾を施されたドアの前まで案内された。
ここか……。
無駄に立派なドアである。相当金をかけてるね。ドアなのにちょっとした美術品みたいだ。し、指紋をつけても大丈夫かな。って、気をまわし過ぎだね。
よし、行くか。こんこんとドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
中から返事があったので、俺は挨拶をして部屋に入った。中に入ると、神経質そうな、見るからに風紀に厳しそうな人物が机に座っていた。恐らく彼がティムの担任なのだろう。すぐに挨拶しないとね。
「はじめまして。ティムの姉のティレアと申します。両親の代理で参りました」
「ティム君の担任のジェジェ・ジェ・アマチャールです。まぁ、おかけになって」
担任のジェジェ先生に促され、先生の対面にある椅子に座る。
「それでですね、今日お呼びたてしたのはティム君の将来についてです」
「あ、やっぱりそうなんですね。ティムはちゃんとやれてますか?」
「成績だけなら申し分もないです。我が校始まって以来の秀才です」
「おぉ、そうなんですか!」
「入学試験もばつぐん。普通は途中からの転入なんてよっぽどじゃないと認められないのですが、ティム君は別格でした。授業も教師が舌をまくほどの回答をしますし、将来は王都一の魔導師になることも夢ではありません」
おぉ、すごいじゃないか! たしかにティムは独学で魔法を覚えたし、なんだかんだで大人達に混じって魔法で遊んでいたから優秀だとは思っていたよ。
でも、先生からここまで評価してもらえてたなんて……。
ふふ、自慢の妹だね。
「先生、ティムをこれからも宜しくご指導してやってください」
「私もそのつもりです。しかし、お姉さんからも一言注意してもらいたい!」
「え!? それはどういう……」
「ティム君の成績は確かに素晴らしい。で・す・が・それに反して教師に対する態度が著しく悪い。反抗的で教師を教師とも思っていない! いくら成績がいいからといって若いうちから増長するのは考えものですぞぉお――っ!」
ジェジェ先生が興奮して顔を真っ赤にしている。これはティムの態度がよっぽど腹に据え兼ねているのだろう。
はは、予想はしていた。ティムは中二病、きっとトラブルを起こすだろうと。
だが、いきなり担任と揉めているとは……。
はぁ、ジェジェ先生に中二病を説明しても理解してくれないだろう。これはまずい。このまま手をこまねいていてはティムの内申につながる。中二病のトラブルについては、姉として妹のフォローをすると誓ったのだ。すぐに弁明をしなければならない。
「先生、申し訳ありません。妹にはきつく叱っておきます。ですからどうかどうかお怒りを鎮めてください」
「ふ~ふ~ふ~まったくあの小娘の小癪さ、生意気さ……あ~腹が立つ! 私は腐っても王都が誇る学園の教師なんだぞ! それなのに、はぁ、はぁ」
あぁ、ティムの生意気な態度を思い出しているのか、ジェジェ先生は怒りが収まりそうにない。これはよっぽどティムにやりこまれているのだろうね。
しょうがない。ここは冷静になるのを静かに待とう。怒っている人に何を言っても無駄なのだ。そして、しばらくジェジェ先生の咆哮をやり過ごすことにした。
数十分後……。
「はぁ、はぁ……こ、これはとんだお見苦しいところをお見せしました」
ジェジェ先生の口調が元に戻った。どうやら冷静になってくれたようだね。
「本当にすいません。妹は小さな子供のような態度を取る時があって」
「いえ、そういう子供を育てるのが教師の務めです」
「態度はこちらでも注意しておきます。先生もどうか妹を宜しくお願いします」
ティムの教育のためだ。俺は直角九十度の最敬礼、ふかぶかと頭を下げる。
「わかってます。ティム君はすばらしい才能を持っている。正直、その才能に嫉妬すら覚えます。ですが、私は学園の教師であり、アルクダス王国に忠誠を誓っている身です。国家の宝となれる人材には全力で後押しするつもりなのです」
「そうですか。ティムもきっと頑張ってくれるでしょう」
「そう思いますか?」
「ん!? 違うんですか?」
「私も発奮してくれると思いティム君に『このまま研鑽を積めば立派な宮廷魔導師になれる』と伝えました」
「ティムは何と?」
「それが! これほどの稀有な才能を持っておきながら、宮廷魔導師にまるっきり興味を示さないのです!」
「はは、ティムらしい」
「笑いごとですか! 宮廷魔導師ですぞ。魔導師が研鑽に研鑽をかけてもほんのひとにぎりしか到達できない職業。王都が誇る魔法隊のエリート。それを、それをティム君は……まるで腐った犬の餌程度にしか思っていないのです。これが許せますか! 国に忠誠を尽くす者としてありえない態度でしょうが!」
「ま、まぁ、先生のおっしゃりたいことはわかりますが、結局は本人のやる気次第です。それに国家に尽くすとかなんか重いといいますか……」
「あなたは何を言っているのか! この学園に入った時点で国に身命を捧げるのは当たり前、というか王都に住む民なら当然の考えではないか!」
なんて国粋主義者……これじゃあ、ティムと衝突するわけだ。
「あ、あの先生の今の考えはティムに伝えたのですか?」
「当然です。国に対する忠誠のあり方。特に、宮廷魔導師としての規範をこんこんと伝えました」
「ちなみにそれはどんな内容だったんですか?」
それからジェジェ先生はくどくどと宮廷魔導師がどれだけすばらしい役職なのか述べ始めた。
宮廷魔導師の歴史、国家への奉仕の方法、究極の自己研鑽などなど……。
あぁ、なんかティムの気持ちがわかるぞ。これは反発したい。宮廷魔導師うぜーって感じだ。その在り方も生活も窮屈でしかたがない。
結論、なんてワタミンな職業だ。だって宮廷魔導師って休日がないんだって! 毎日朝早くから夜遅くまで働き働き、空いた時間ができたとしても研究に特訓と息継ぐ暇がない。
それに宮廷魔導師になるまでの道のりもまた凄い。候補生になるまでひたすら勉強、特訓、勉強を繰り返す。
遊ぶ暇? 何言っているんだこいつ? みたいな周囲の中で頑張るのである。
なるほど。ティムがなんでやりたくないのか理解した。いくら尊敬できる職業といってもこれは無理、ティムが壊れてしまうよ。
「聞いてみてわかりました。こんなの無理に決まっているじゃないですか! 妹がなりたくないって気持ちも理解できます」
「何を弱気な! 無理だと思うから無理なのだ。国家を思えば、無理も無理でなくなる。身命を賭して頑張れば道は開けるのです!」
な、なんという精神論……。
ティムに社畜への道を歩ませるなんて論外である。話をしていて理解した。こんな奴にティムを任せられない。
誰がこんなブラック企業にかわいい妹をやるもんですか!
「先生、遊ぶ暇も寝る暇もないなんてティムがかわいそうです!」
「さっきから聞いていたらなんと脆弱な……いいですか! 宮廷魔導師になりたくてもなれない人はやまほどいるのですぞ。ティム君には才能がある。それを無理だのきついだの遊ぶ暇がないなど言うのはそういう人達への冒涜にほかならない」
はい、出ましたぁ! 世の中には働きたくとも働けない人がいる理論! 俺は前世、これを言われて引きこもっちゃったね。
「先生その理論は古いです。人生はどこかに楽しみがないと破綻します」
俺はこの精神論者にいかにそれが無駄で滑稽な理論なのかを話す。だが、この精神論者は聞く耳を持つどころかどんどん態度を硬化させていく。
そして……。
「もういい、うんざりだ! あんたの考えは十分にわかったよ。ティム君がやる気がないのも大方そんな理由なんだろ」
「はい、そうだと思います」
「よし、ティム君は退学だ。いくら成績が良くてもそんな甘えた根性では周囲に悪影響を与える」
「ち、ちょっと待ってください。先生、そんな急に結論を出さなくても……」
「いや、退学では甘いな。君達の国に対する忠誠心のなさ。そしてティム君の傲岸不遜な態度、君達は王都に住むにふさわしくない。即刻、国外退去してもらおう」
「はぁ!? それはいくら何でも横暴すぎますよ! 頭がいかれているんですか?」
「ふむ、学園の教師たる私を口汚く罵る。王家が設立した学園の教師を平気で罵るとは……一つ聞く、お前は国家のためなら命を捨てる覚悟はあるか?」
「な、何を薮から棒に……」
「いいから答えろ! できるのか、できないのか?」
「で、できるわけないでしょうが! 私は家族、ティムのため以外に命を捨てる覚悟なんて持ち合わせていないわ」
「これでつながった。国に住む人間はそのような考え方をしない。さてはお前達魔族と通じているな? この売国奴どもが! すぐに投獄してやる!」
「ち、ちょっと本気? あ、あんたそれはいくらなんでも飛躍しすぎだろ。馬鹿じゃないの! それともティムにやりこめられた腹いせかなにかか」
「ええい、姉妹そろって憎たらしい。だれか警備を呼んでくれ!」
おい、ちょっと待てやゴラァ! この精神論者は、あろうことか俺とティムを魔族のスパイ呼ばわりしやがった。まさか本当に投獄なんてされないよね?
冤罪だぁあ。だれか助けてくれぇ!