第五話 「初心忘れるべからずだね」★
「じゅうさん……じゅうし……じゅうご、と」
掛け声を終え、逆立ちの体勢から元の姿勢に戻る。
結局、俺はティム達にのせられるがまま、逆立ち片手指立て伏せまでやってのけたのだ。まったく俺もお調子者すぎる。いくらのせられたからといって料理人が指を大事にしなくてどうするのか!
うん、もう止めよう。今回はうまくいったが、次は、突き指するかもしれないからね。将来、神の料理を作る予定なのに、こんな馬鹿げたことで怪我でもしたら愚かにもほどがある。料理人失格だよ。
まぁ、過ぎたことは悔やんでも仕方がないか。せっかくここまでパフォーマンスをしてやったんだ、観客達の反応を見てみよう。
「で、どうだった?」
「す、素晴らしいです、お姉様!」
「まさに……力強さの中に流れるような躍動感、何より毛ほども揺るがぬバランス感覚。このニールゼン、ティレア様にさらなる崇拝の念を抱きましてございます」
「このドリュアスも感動で身が震えてございます! 世界のどこを探したとしてもティレア様の美に到達するものなどありません」
蓋を開けてみれば、大絶賛の嵐。皆、眼を輝かせてスタンディングオベーションしちゃってる。
ったく、あなた達がそんな風だから、俺もついつい調子にのっちゃうんだよ。
とにかく俺のパフォーマンスは終わり。体力テストを再開しよう。
「それじゃあ、次は腹筋やるから」
「「はっ!」」
ティム達の気合の入った声が部屋に響く。先ほどの腕立て伏せで体力を消耗したのだろう。皆、足元がふらふらだ。そのくせに妙に気合だけは入っている。
お前ら本当に返事だけはいいね。肝心の体力がついていっていないけど。いきなりぶっ倒れたりしないよな?
不安は残るが、体力テストは続ける。
腹筋、反復横跳び、垂直跳び、五十メートル走、握力とそれぞれ測っていく。
途中、オルがまた骨折するハプニングがあったが、どうにかこうにかテストは終了した。
結果……。
ティムは及第点。どのテストも俺が掲げる目標どおりの成績を打ち出してくれた。ティムは中高生よりすこし上ぐらいの体力はある。小さいのにえらいぞ。
次にドリュアス君、変態は、もう少しがんばろうだ。ドリュアス君も変態もせいぜい小中学生程度の体力しかない。根本的に俺が肉体改造してやるしかないね。
最後にオル、ムラムにかんしてはてんでだめ、はっきり言って論外だ。こいつらは食生活からみっちり俺がしごいてやる。好き嫌いはさせないぞ。
ふ~予想通りとはいえ、こんなにモヤシな奴らだったとはね……。まぁ、嘆いても仕方がない。一歩ずつ改善していくしかないのだ。とにかく、皆に体力テストの結果を報告しよう。
俺は、体力テストを終えて一息ついているティムの傍へと移動する。
「ティム、疲れたでしょ」
「は、はい。我もここまで過酷なトレーニングとは思いもしませんでした」
「まぁ、そうだよね。でも、ティムは見込みあるよ。このメンバーの中では一番の成績ね。今度は私が護身術を教えてあげるから」
「お姉様、ありがとうございます。楽しみにしてます!」
ティムはタオルで汗を拭きながら、輝くばかりの笑顔でそう答えた。そんなに喜んでくれるのなら、護身術、頑張って教えなきゃね。前世、俺が習った通信柔道の成果を見せてあげよう。
次に、へばって腰を下ろしている変態達に声をかける。
「ニール達は体力作りが先だからね」
「はっ、承知しております。この過酷な空間、重力を制してみせまする」
「そ、そう。とりあえず、腹筋と腕立て伏せは無理なくやること。あと鉄アレイとかあったらいいんだけどね」
「お姉様『てつあれい』とはいかなる物なのでしょうか?」
ティムが俺と変態達の話にのっかってきた。ティムは、俺の前世の話にすごく興味を持っているからね。いつも興味深げに訊いてくるのだ。そんな時、お題が黒歴史であれば口を濁すのだが、今回はただの鉄アレイだ。問題はない。
「鉄アレイは、筋トレする時に便利な道具なのよ。それを持って腕を上下させるの。筋肉に効くんだから」
「お姉様、宜しければその『てつあれい』とやらを作りましょうか?」
「えっ!? ティムってそんなことできるの?」
「はい。我の生成魔法を使えばおそらく可能です」
おぉ、さすがは魔法学園の優秀な生徒だ。物質を生成するなんて……ティムは鍛冶屋になっても大成するかもしれない。
俺は、ドアーフティムに鉄アレイの形状を詳しく聞かせる。ティムは俺の言を聞き、何やら魔法を唱えていく。
数分後……。
「お姉様『てつあれい』を生成してみました。どうですか?」
ティムが生成した物体を見る。物体は、両側に重りの金属のかたまりがついていて真ん中に持ち手になる部分が作られていた。
うん、俺のイメージどおり見事な鉄アレイだ。さすがティムだね。
ただ、やるとは思ったよ。
ティムが作った鉄アレイには、その重さが記載してあった。だが、五キロと記載するところを五トンと記載してあるのだ。
そう中二病ならやるよね。「キロ」を「トン」って書いてしまう。俺は苦笑しながらティムが作った鉄アレイを持ってみる。
「ん!? これ軽くない?」
「さすがはお姉様。五トンの鉄アレイを軽々と」
「五トンって――まぁ、いいんだけどね。ティム、どうせなら重いやつから軽いやつまでひととおり作ってみてよ」
「分かりました」
ティムは続けざまに生成魔法を唱えていく。
そして……。
二十トン、十トン、五トン、三トン、一トンの鉄アレイが生成された。まぁ、キロなんですけどね。
俺は、二十トンの鉄アレイを持ってみる。
ふむ、これは重いかな。ある程度の負荷が腕にかかったのを実感した。まぁ、普通に二十キロの鉄アレイだからね。でも、俺なら普通に動かせる。いつも鍋を振っている料理人の腕力を舐めるなよ。邪神軍幹部は無理だろう。ってか無理して持ったら大怪我するかもしれない。
「皆、怪我をするからこの二十キロ――じゃなかった二十トンの鉄アレイは触っちゃダメよ!」
「「はっ。もちろんでございます。我々では持ち上げられません!」」
大の男どもが清々しいくらいにヘタレっぷりを宣言する。わかっているからいいんだけど……。
「君達はまず一トンの鉄アレイから始めること」
「「はっ」」
「ティムは五トンぐらいでいってみようか?」
「そうですね、我もそれぐらいが妥当だと考えておりました」
「うん、じゃあ今日は終わり。ティム、けっこう汗をかいているね。どこかで水浴びしようか?」
俺がティムに水浴びを提案していると、
「あ、ティレア様、お待ちください」
オルがそう言って横から話に加わってきたのだ。
「オル、どうしたの?」
「はっ。この通路奥の部屋に大浴場を設置しております。水浴びされるより、そこをご利用ください」
「ま、マジですか! ここってお風呂も常備してあるの!」
「はい、手狭で恐縮ですが、汗をお流しください」
おいおいおい、さすがオル家、別荘にお風呂まであるのか! この時代、個人でお風呂を持つなんて貴族様でないと無理なのだ。庶民は、川で水浴びするしかなかったんだよ。
「ティム、せっかくだからオルの好意に甘えちゃおうか?」
「はい、オルティッシオめが用意した浴場で不安ですが、参りましょう」
「はは……そうね」
俺とティムはオルが教えてくれた浴室へと向かう。
「ティム、一緒に入ろうね♪」
「お姉様!」
うんうん、久しぶりに姉妹でスキンシップを楽しもう――って変態が何故、脱衣所までついてくる!
「ニール、何してんの?」
「はっ。ティレア様、カミーラ様のお世話を――」
「あ、アホか、てめぇ――っ!」
思わず変態にツッコミをいれる。油断も隙もあったもんじゃない。まったく、バスタオルも持参しているところがあざとすぎるぞ。
「お姉様、以前申し上げましたが、ニールゼンは我の執事もしておりました。湯浴みの世話を任せて問題ないかと」
「はっ!? はっ!? はっ!? ティム、頭がどうかしちゃった? 問題大アリよ。ニールに乙女の柔肌を見せる気? ニールがティムに欲情して良からぬことを考えたらどうするの!」
「テ、ティレア様、私は下心などありませぬ。真摯にカミ――へぶらっ!」
変態に正拳突き、とどめの一撃を入れる。
そうだった。忘れていたが、もともとこいつは変態なのだ。どさくさにまぎれて一緒に風呂に入ろうとするど変態なのだ。初心忘れるべからずだったね。
「お、お姉様……」
「さぁ、馬鹿はほっといて入りましょ」
■ ◇ ■ ◇
邪神軍幹部トレーニング風景
今回、挿絵第五弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です。