第三十一話 「リリスの決断(後編)」
ルクセンブルクの強烈な一撃は、リリスの生命力を根こそぎ奪っていった。
あぁ、ち、力が抜けていく。どうやらここまでらしい。
リリスとして生まれ数十年、過酷なまでの修行の日々だった。辛いなんていう言葉はとうに言い尽くした。人間の限界を超える修行の果て、私は万を超える魔力を得られたのである。
外法である「十身の拳」によってリリス、正確に言うとリリスのオリジナルは、十人に分身して憑依に成功した。その分、それぞれの記憶や力が、十分の一まで減少することになったが。
その中の一人であるリリスは、万を超える魔力を得られたのである。他の九人も恐らく同じくらいの成長をしているだろう。このまま分身達が死んでオリジナルに戻れば、どれだけの戦闘力になっているか。オリジナルも満足してくれるにちがいない。
心残りはある。
魔族の脅威、邪神の正体を本部に伝えられなかった。
後輩を育成できなかった。
民を最後まで救えなかった。
まぁ、それらはオリジナルに任せよう。
そして、一番の心残りはジェシカを救えなかったことだ。
あぁ、もう一度ジェシカに会いたい。「十身の拳」によって、魂を数十に引き裂かれ記憶の大部分を欠損しても……。
ジェシカ、お前と過ごした幾年の記憶は色あせなかった。拷問と呼べるほどの永遠の中で、お前と過ごした記憶は心の支えだったよ。
あぁ、もう眠い。疲れたよ。ジェシカ……。
走馬灯の中で眠りにつこうとすると、誰かの足音が近づいてきた。
「そ、そんなリリスちゃん!」
ジェシカなのか!?
何故だか知らんが、助かったのか?
良かった。一番の心残りであったジェシカの無事な姿にリリスは安堵の表情を浮かべる。
「待ってて。今すぐに救援を呼ぶから」
「い……い。はぁ、はぁ、も、もうて、手遅れだ」
「で、でも!」
「い、いんだ……ジェシカ、お前が無事でよ……良かっ……た」
「どうして? どうしてそんなに気にかけてくれるの? いつもいつも私を助けてくれた。ひっく、私、何もしてあげられなかったのに……」
ジェシカがむせび泣きながら訴える。
違う、違うんだ。ジェシカ。
あぁ、もう声が……せめて最期に……。
「はぁ、はぁ、はぁ。い、今までありがと……う。困っ……た、時は……アリアを……た、頼れ」
「リリスちゃん、アリアって?」
「……」
「う、嘘でしょ! リリスちゃん! 死んじゃ嫌だ!」
■ ◇ ■ ◇
五、四、三、二、一……零――ピッピッ、Riris is Dead.
「リリス、死んだか」
魔滅五芒星本部にて、一人の魔術師が映し出された水面を凝視している。その魔術師の名前はアリア、容姿は少女のそれと変わらぬが、その佇まいは老成の域を超えていた。
「アリア様、大変です! アルクダス王国方面を担当していたアレク隊が全滅したとの報告です」
一人の男が足早に報告してくる。
「うむ、まずは戦死した同志に黙祷を捧げよ」
「はっ。皆に伝達致します」
「それと、アレク隊の後任にはジャスマー隊を派遣するように」
「御意」
男はアリアの言を聞くや、そのまま部屋を出ていった。
リリスが死んだ……。
これで、シューヴァーン、クラニッヒ、カルファに続いて四人目の分身が死んだことになる。死んだ魂は、オリジナルとなるアリアのもとへと戻っていく。
「よくやった。よくぞここまで力をつけて死んだ」
分身となった魂は、その成長とかけ合わせて自身の血肉となる。その時、力だけでなく記憶もある程度引き継げるのだが、完全ではない。リリスの記憶では魔王の復活まで記憶していたが、その素性までは引き継げなかった。
まぁ、いい。ある程度は絞り込める。魔王がアルクダス王国に潜んでいるのは確実。先遣隊としてジャスマー隊を送っている。彼らにまずは情報を入手させよう。
ふふ、魔王復活か。ちょうど良い。ようやく奴らに復讐するだけの力と地盤を作り上げたのだ。
殺す。絶対に殺す。魔族はこの世から全て消しさってやる!