第二十九話 「銀の弾丸を味わいなさい」★
ジェシカちゃんが気絶した。いくら才能ある魔法生徒といえども、彼女は小さな女の子である。張りつめていたものが、はじけたに違いない。今までに起きたことは精神を摩耗するのに十分すぎるくらいだったから。
ジェシカちゃん、今までありがとう。後は俺に任せてゆっくり休んでて。あなたがくれた銀弾丸は無駄にしないつもりよ。
俺は、ゆっくりとバステンに向き直る。バステンの両腕からは轟々と炎が燃えたぎっている。なんかすごいね。さすが武の将を自負するだけある。
「ふっはっははは! どうだ? これぞ我が奥義、最大火炎呪文だ!」
「テラファイヤ?」
「伝説の火炎呪文だ。我が奥義は上級魔族といえどもそうそう真似できん。まして人間では到底到達できない火力なのだ」
「なんか魔族の長よりすごいんじゃない?」
「あぁ、ベベにも不可能。ふっ、ティレアよ、運が悪かったな。今宵の俺にしかできない完全無欠の奥義だ」
「なるほど、今夜は満月。あなたにとって最も力が溢れる時なのよね」
「ほぉ~よく知っているな。そう月が真円を描くとき、俺の魔力は数十倍に膨れ上がる。今宵この時間に限れば、俺は誰よりも強く巨大な存在なのだ!」
バステンが得意げに語る。うん、典型的な狼男だね。これは好都合、銀弾丸の威力とことん味あわせてやる!
俺は銀弾丸を右手で握りしめる。
後は魔法の発動だ。やり方覚えてるかな。
以前、ティムに教わった時のコツは、イメージが大事という話であった。そして、俺の中で最もイメージしやすい魔法の発動条件は、中二病である。どうも俺が魔法を出すときにやりやすいイメージは、中二的技をだすときみたいなのだ。
はは、やっぱり前世の影響が大きいみたいだね。とにかく本当は思い出したくもない黒歴史だけど、背に腹は代えられない。
封印を解く。
さてさて今回の魔法のイメージとしてピッタリなのは……。
やっぱりあれか! 俺は右手で銀弾丸を握りしめると、バステンに見せつけるかのように腕を上げる。
「右手だけで十分ね」
そう言って、右手に魔炎のイメージを込める。俺の右手に暗黒の衣が覆い尽くす。自分でイメージしてなんだけどなんて中二病。
「面白い! 魔法勝負か。受けて立――ば、バカな……あ、ありえん! な、なんだそれは!」
バステンが俺の右手を見て異様に慌てている。まるで狼によって恐怖にさらされた子羊のようだ。
ふっ、どうやら本能的に理解しているみたいだね。これが何か!
そう、これはお前のような種族を撃ち滅ぼせる唯一の存在、銀弾丸よ。バステンも思ってもいなかったでしょうね。まさか自分の弱点を知る存在がこの世にいるなんて。
銀弾丸が狼男の弱点なんて前世では常識だった。でも、それをわざわざ敵に正直に言う必要はない。バステン自身は、きっと訳がわからないだろう。なんで俺如きの初期魔法を見てここまで恐怖するのか。俺が握っている銀の石のせいだとは夢にも思うまい。せいぜい俺の初期魔法で混乱するがいい。
俺は右手をバステンに近づける。
「ちゃんと見えてる? あなたの火遊びとは違う本物の技、邪神界の炎が」
「邪神界だと! あ、ありえぬ! ただの闇魔法に決まっている!」
「本当にそう見える? ちゃんと見てみなさい」
俺は、さらに右手をバステンに近づける。
「あ、あぁ、み、見てやる、見てやるさ。さっきは何かの間違――いぎゃぁああ! や、やめろぉお! 近づけるなぁあ! なんだそれはぁあ! 闇よりもなお暗く、混沌より深い……俺達魔族が……数千年を費やしても届かないであろう領域、破壊の完成形がここにある。はぁ、はぁ、はぁ。な、なんだ、お前は? い、いったい何者なんだぁあ!」
バステンが恐慌状態に陥っている。ちょっと銀の石を近づけすぎたかな? 俺の初期魔法を見て支離滅裂な解説をしているのだ。
その場に尻餅をつき「ありえない」「悪夢だ」とぶつぶつ呟くその姿は、暗闇に怯える子供のようである。名のある冒険者達を次々と殺害した暴虐者の姿はもはや完全に消え失せていた。
よし、そろそろ年貢の納め時だ。バステンに引導を渡そう。
「バステン、さすがは武の将というだけあってなかなか勇ましかった。だけど、私と出会ったのが運のつきだったようね」
「ひぃ! お、お前は、あ、あああ、な……あうあ」
「打ち震えなさい。あなたが私の邪神炎殺黒炎波の最初の犠牲者よ」
俺の攻撃の意思表示にバステンは青ざめ、恐怖で身動き一つできない。まるで蛇に睨まれた蛙である。この銀の石よっぽど質が良いんだろうな。ここまで魔族を怯えさせるなんて……。
「あ、あああ、お、お前、い、いやあな、たはも……」
「悔やんでも遅い。くらえ! 邪神炎殺黒炎波ぁああ!」
俺は右手を振るい、銀の石を発射させる。俺の右手から暗黒の濁流が唸るようにバステンに襲い掛かった。バステンは絶叫する間もなく、地面に影だけ残しきれいさっぱり消滅したのである。じゅっと核で熱されたような焦げ跡が残っていた。
な、なんて威力……。
さすがジェシカ家の家宝ね!
バステンは、跡形も残らなかった。きっと銀の力で細胞一つ残さず消え去ったのだろう。
ジェシカちゃん、ありがとう。あなたが出し惜しみせずに家宝を渡してくれたおかげで魔族を倒せた。
俺は気絶しているジェシカちゃんの傍にいき、頭をそっと撫でる。
さて、後は帰るとしましょう。ジェシカちゃんを抱え、踵を返そうとすると、
「「ティレア様、お見事でございまする!」」
ティムをはじめ、親衛隊の主だったものが片膝をつき、頭を垂れていた。
あなた達、解散していなかったのね。しかも、何この状況?
「もしかしてさっきの見てた?」
「「御意。ティレア様のご雄姿に我ら一同感服していた次第でございます!」」
「あぁ、そうなの」
「お姉様! 我は感動しております。あれこそ、あれこそ、我が求めてやまない魔法の最終形態、破壊と混沌の始祖です」
「テ、ティム、それはちょっと言いすぎだよ」
「いいえ、言いすぎどころか足りないぐらいです。わ、我は我は感動のあまり、うぅ、涙が止まりません」
ティムがさめざめと泣いている。おい、誰か止めろよ。
「ティレア様。私もカミーラ様と同様の気持ちです。優れた芸術作品は一目で観客達を虜にします。ティレア様のさきほどの大技はまさにそんな至宝、いや価値でいえばそれどころでございません。まさに世界そのものでございます!」
「そ、そんなに?」
「はっ、それほどの衝撃を我々に与えたのです」
変態までテンションが高いぞ。何がどうなっている?
いや、そうかこの状況、魔法で魔族を倒すなんて中二病者にとっては最もおいしいシチュエーション。使った技も技だしティム達が感動するのも無理はない。
なるほど、だからさっきから親衛隊の皆がキラキラした目で俺を見つめているのか、もうなんかうざったい。
真実を話すか? 俺はたまたま魔族の弱点を知っていただけなんだって。
ん!? おいおい頭を垂れるどころか土下座までしている奴がいる。
誰だ――ってオルかよ!
オルが地面に頭を擦りつけている。お前、それはいくらなんでも引く。
「オル、何がしたいの?」
「はっ。ティレア様の邪神技、初めて拝見しました。感動のあまり、今も身が震えております! そして、そんな偉大なお方に数々の暴言を吐いたこと……くっ。私はなんて愚かな行為を……うぅ、深く深くお詫び申し上げまする」
なるほど、オルは俺が魔族を倒すのを見て、実力で倒したと勘違いしたらしい。そして、そんな強者に喧嘩を売ったのだ。今さらながらに後悔しているって寸法なのだろう。まったく強者だからって媚を売るなんて最低な行為なんだぞ。
でも、強者って勘違いされてたほうがオルを矯正させやすいかな。オルみたいな軟弱ゲス野郎にはそういった威圧が必要だし。
「オル、あなたが今日犯した罪は正直許されるものじゃないのよ。でも、さっきも言ったけど、あなたのティムへのひたむきな思いもあって、一度だけ一度だけなら許してあげようと思ったの」
「ははっ。まことにありがたき仰せにございます」
「ただし! 次はないからね。次やったらさっきの大技をあなたにぶつけるから」
「ひっ。き、肝に銘じます」
よし、これくらい脅かしておけばいいかな。
後は、そろそろ帰ろうと思うんだけど、こいつらなんで解散しないの? ティムをはじめとして皆、未だ片膝をついたままだ。
もしかして、締めのあいさつをしてほしいとか?
まったくこんな状況でも非常識な奴らだ。まぁ、今回の吸血鬼騒動ではこいつらも少しは役に立ったし、ちょっとくらいなら遊びに付き合ってやってもいいかな。邪神らしい挨拶でもして盛り上げてやりましょう。
「え~コホン、それでは邪神軍の諸君、今宵の戦いも我が軍の勝利に終わった」
「「はっ」」
「この次の戦いも期待しているわ」
「「ははっ。粉骨砕身の覚悟でお仕え致しまする!」」
親衛隊の気合の入った声が夜空に響く。うん、いい返事だ。それじゃあ帰りましょ――って帰らない。まだ、皆、帰らないよ。
締めたつもりだったのに……。
依然として全員、片膝ついたままなのである。一本締めのほうが良かったかな? それとも「解散!」って素直に言ったほうがわかりやすかったかも。
でも、せっかくテンションが上がった皆にそんなのじゃノリが悪いよね。しょうがない。もう少し中二チックに言ってやろう。
「我が名は邪神ティレア、世界を壊し世界を構築する。さぁ、行け! この次もその次も永久に勝利を捧げ続けるのだぁ!」
「「イエス! マイロード!」」
今回、挿絵第四弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です。