第二十六話 「まずは友人からだよね」
レミリアさんが剣を突きつけてくる。黒光りする切れ味の良さそうな剣だ。名剣といっていいだろう。
ん!? その名剣、よく見ると血がついているぞ。
わぁい♪ きっと魔族を血祭りにしたときの血だね。今度は、俺の血も追加されるかも……。
自分の想像に血の気が引く。
やばい、やばい。レミリアさんから無言の怒りが伝わってくるよ。
こ、怖い、どうしよう? どうすればこの事態を解決できる?
そういえば、以前もセクハラまがいの真似をしてレミリアさんに斬られそうになったんだ。レミリアさん「次は命が無いぞ!」とか言ってたっけ?
あわわわ、今度で二度目だよ。まずい、まずい!
よ、よし、とりあえず小動物の目をしてレミリアさんの同情を誘ってみるか?
俺はがくぶる涙目をしてみる。さらに鳴き声も追加だ。
「きゅーん! きゅーん!」
なんの鳴き声か自分でもわからないが、とにかく憐みを誘うように頑張ってみた。だが、レミリアさんは一向に剣の柄から手を放さない。
だ、だめだ。レミリアさん、よほどご立腹みたいだよ。
「あ、あのですね……」
「なんだ? 遺言でも残したいのか!」
だぁ~取りつく島もない。え~と、え~と俺は脳をフル回転させる。
あれでもない、これでもない……。
そ、そうだ!
よく考えたら、レミリアさんを裸にするちゃんとした理由があったじゃないか! パニックになって忘れていたよ。
そう、レミリアさんに傷跡が残っていないかチェックしていたんだ。まぁ、邪な気持ちがなかったって言えば嘘になるけど。心配だったのは確かだ、うんうん。
「あ、あのレミリアさんを裸にした理由はですね、傷がちゃんと治っているか確かめてたからなんですよ」
「傷?」
おっ! レミリアさんから怒りの表情が薄れた。それに剣の柄から手を放してくれたよ。
「レミリアさん、すごい大怪我だったんですよ。治療魔法をかけたんですけど、完全に治っているか心配になって、つい……」
「確かに治っている。あれほどの手傷を負っていたにもかかわらず……ティレアお前が治してくれたのか?」
「いえ、治療魔法をかけたのは私の妹です」
「そうか。傷も完全に塞がっている。優秀な妹だな」
「はい、自慢の妹です」
「うむ、これだけの才、治安部隊にスカウトしたいくらいだ」
「そんなにすごいんですか!」
「あぁ、完璧な治療だ。並の治療士では真似できぬ。このまま研鑚を積めば、大僧正になるのも夢ではないぞ」
やっぱりティムってすごいんだ! 王家最高峰に位置するレミリアさんが太鼓判を押したんだよ。
「レミリアさんにそう言って頂けるなんて、妹も喜ぶと思います」
「その妹はどこにいる? それにここは……」
「妹とは別行動です。私はレミリアさんを本陣に連れていく途中でした」
「なるほど、それで移動中にお前は、妹の治療が完全だったか気になり傷跡を確認していたんだな」
「は、はい……そ、そう、そうなんですよ! まさにその通りなんです!」
「ふぅ~まったくそれならそうと先に言え! あやうく命の恩人の縁者を殺すところだったぞ」
しょえ――っ! 危なかった。あやうくおバカな行為で死ぬところだった。取りあえず俺の死亡フラグは避けられたみたい。後は、オルに死亡フラグが立っていないか、さりげなく聞いてみよう。
「ところでレミリアさん、あんな大怪我していったい何があったんですか?」
「魔族にしてやられた。情けないが、とてつもない強敵で成す術がなかった」
あぁ、レミリアさんが沈んでいる。この敗戦がよほどショックだったのだろう。でも、あれだけの魔族を相手したのだから倒されるのはしょうがないと思う。
街の住人の吸血鬼化。それに数百ぐらいいたんじゃないかな魔族の奴ら。それを治安部隊が全て制圧したんだよ。相当な疲労があったにちがいない。隊長であるレミリアさんなんか誰よりも戦闘漬けだっただろうしね。
実際、吸血鬼の数も激減しているし、この推測は当たっていると思う。俺も魔族を数人、親衛隊もおそらく何人か倒しているだろうが、ほとんどレミリアさん達の助けにはならなかっただろう。レミリアさんの疲労は限界を超えていたはずだ。
「レミリアさん、あまり落ち込まないでください。しょうがないですよ。あれだけの人数の魔族と戦ったんですから」
「ティレアよ、我ら治安部隊に負けは許されない。何せ我らの負けは、国家の負けにつながるのだ。特に、その長である私はどんな言い訳があろうとも許されることではない」
「で、でも、レミリアさん達の奮闘のおかげで魔族が退いたんです。王都が守られたんですよ。それは誇ってもいいと思います」
「ティレア、感謝する。死んでいった部下達もその言葉で救われる」
レミリアさんがそう感謝の言葉を述べた。
おぉ、なんて素敵な表情だ。
なんていうか……。
そう、気高いだ。そんな表情を見せてくれる。やばい惚れ直した。
うっとりとレミリアさんを見つめる……ってぼーっとしている場合じゃない。オルだよ、オルのことを聞かないと!
「あの、それでレミリアさんを襲った魔族っていうのは……」
「恐ろしい敵だ。部下達も全員殺され、防戦一方だった」
「レミリアさんをそこまで追い詰めるなんてよほどの奴らだったんですね」
「あぁ、今まで出会ったことがない強敵だった」
こ、怖い。やっぱり魔族は怖いよ。S級の冒険者でかつ勇者の末裔であるレミリアさんにここまで言わせるなんて……。
知識チートできなかったらと思うとぞっとする。
「その魔族にやられて倒されていたんですね?」
「あぁ、不覚にも我が奥義を返され、囚われの身となったのだ……ん? そういえばティレア、私を治療した時、近くに魔族はいなかったのか?」
「いえ、いませんでした」
「そうか。では奴らは何故私を放置した? 解せぬ。私を縄で縛っておきながらいったい……」
「あ、あの~レミリアさんってもしかして倒される時に意識はあったんですか?」
「大ダメージを受けたせいで意識は朦朧としていたが、覚えている」
がぼっ! それじゃあレミリアさん、きっとオルの顔を覚えているよ。これは最悪の展開だ。あぁ、オルの奴、まったくなんてことしてくれたんだよ!
あと、レミリアさんは縄で縛られ何故、放置されたか疑問に思っているようだが、俺はわかる。レミリアさんの話を聞くに真相はこうだ。
まず、レミリアさん達治安部隊は最強魔族と交戦した。だが、奮闘空しくレミリアさん以外は死亡。レミリアさんも大怪我を負い倒れてしまう。倒れたレミリアさんを見た最強魔族はレミリアさんを殺したと思い、そのまま去っていった。だが、レミリアさんは重傷を負いながらも意識はかろうじてあった状態だ。
ここでオル達が登場。
『へいへい俺達、泣く子も黙る邪神軍だぜ、やっほーっ! この杭サイコぉー!』
『本当ですね、オル隊長。俺達が魔族をやっつけられるなんて……もしかして俺達ってすごい? すごい?』
『バカ野郎! すごいに決まっているだろう。俺達は、なんでもできる! 俺達は邪神軍、何しても許されるはずさぁ!』
こんな感じでハイテンションだったのだろう。多分、このパニックで恐怖を通り越してハイになっていたにちがいない。ジェシカちゃんを襲おうともしていたし、人間の生存本能がむき出しになっていたんだろうね。
そんな状況であの有名なレミリアさんを発見したもんなら……。
『おいおいおい、あそこに倒れているのってあのレミリアじゃねぇ?』
『あぁ、間違いねぇよ。あのレミリアだよ。勇者のま・つ・え・い。どうする? どうする? やっちまう? むいちまう?』
『バカ野郎! まずは縛っちまうにきまってるだろ!』
『さすがはオル隊長、いきなり緊縛プレイですか! そこに痺れる、憧れルゥ!』
こんなところかな。あいつらの行動なんて容易に想像できる。あの有名なレミリアさんを捕らえられるってバカ騒ぎしていたのだろう。レミリアさんの話を聞くに第三者が来て縄をかけたとは言っていない。きっと意識が混濁していたせいでオル達第三者の介入に気づかず、そのまま魔族に縄をかけられたと勘違いしているみたいだ。
これ、まずくね?
多分レミリアさん、オル達の顔を覚えているよ。もう一度、オル達を見たらきっと縄をかけた犯人だと気づく。さらに言えば、オル達の行為は魔族の仲間と勘違いされる可能性大だ。
あわわわ、これはオル達、レミリアさんに絶対に会わせられないぞ。
「と、とりあえず、無事で何よりです。詮索は後にしましょう」
「し、しかし、やはりどうにも解せぬ。奴らが殺さずにただ解放するとは……」
「多分、そいつらはレミリアさんを殺したと思ったから去ったんですよ」
「いや、奴らは私に縄をかけた。私が生存していることは百も承知のはず」
はは、それはですね、縄をかけたのが第三者だからですよ。オル達です。でも、言えやしない、言えやしないよ。
「ま、まぁ、いいじゃないですか! 助かったんだし。奴らにも何か理由があったんですよ」
「そうだな。その辺はおいおい調査しよう」
「はい、それが良いと思います」
ふぅ、ひとまずは助かったかな? オル達の尻拭いで寿命が縮まったよ。
「それとだ、お前達姉妹には後で礼をさせてもらう」
「そんなお礼だなんて……当然のことをしたまでですよ」
「いや、命の恩人だ。礼をさせてくれ」
「それじゃあ、後で妹のティムにお礼を言っておいてください。きっと喜びます」
「あぁ、そうする。それと会った時にどんな礼がいいか希望を聞いておこう」
「ありがとうございます」
「後、ティレア、お前にも礼がしたい」
「へっ!? 私にもですか!」
おぉ、まさかの提案にドキリとする。
「あぁ、さっき心配してくれたお前に対し、無礼な振る舞いをしたお詫びもある。それに、今までの情報協力も地味に助かっていたのだ」
「そ、そうですか。でも、いきなり言われても……」
「遠慮するな。何をしてほしい? 言ってみろ!」
ど、どうする?
やはり、結婚してくださいかな? でも、ちょいといきなりすぎるか。ただでさえ種族だけでなく性別の壁まであるのだ。そこは慎重になったほうが良い。それじゃあ、一晩共にしてくださいとか?
これもまずいな。レミリアさん、貞淑そうだから婚前交渉なんて迫ったら怒るのは間違いない。
う~ん、だめだ。頭がぐるぐる回る。何言っていいかわからない。考えれば考えるほど、迷路にはまっているようだ。
もうここは直球で勝負するか!
「レミリアさん、お礼はなんでもいいんですか?」
「あぁ、それが常識的な範囲である限り配慮しよう」
よし。俺は息をふぅっと吐き、呼吸を整える。
そして……。
「レミリアさん、好きです。付き合ってください!」
告白してみたった。
レミリアさんは目を点にしている。よっぽど意外な言葉だったのか。だが、言葉の意味を理解したのか、顔を真っ赤にする。
「な、な、な、何を言うか! そ、それは求婚しているのか? 本気か? 冗談じゃ――」
「冗談じゃありません。本気です!」
俺は真剣な目つきでレミリアさんを見つめる。レミリアさんも徐々に冷静さを取り戻したのか、落ち着いた声で諭す。
「ティレア、私はエルフでしかも女なんだぞ」
「もちろん、知ってます。何か問題でも?」
「あ、あのな十分に問題あると思うが……」
「愛さえあれば乗り切れます」
「と、とにかくそれは無理だ」
がくりと肩をおとす。
ふ、振られた。まじ告白だったのに……。
「あぁ本気なのに……レミリアさんは、たかが性別とか種族で差別するんですね」
「ティレア、性別うんぬんは置いとくとして、私は私より弱い者を連れ合いには認めぬ。私が欲しければ、私との勝負に勝つ必要があるぞ」
「そ、そんな……」
な、なんて時代がかった決まりを……。
それとレミリアさん、また剣の柄を握るのはやめてくれ!
「どうしたティレア、その気なら勝負してやっても構わんが?」
「ちょ……待って。レミリアさん、素人相手にいくらなんでも無茶苦茶です」
「ふふん、なら諦めろ!」
レミリアさんが勝ち誇ったような顔をする。まるでその程度の思いで私を口説くなと言っているようだ。
むかっ! ちょっと頭にきたぞ。
「なんか納得できません。その理屈だと力が強ければ、性格最悪でもいいってなりますよ」
「武の頂きにいる者は、そんな心を持っていない。健全なる身体には、健全なる魂がやどるのだ」
「いやいや、それはおかしいです。それならさっき負けたって言ってた魔族に求婚されたら承諾しちゃうんですか?」
「むむ! ティレアは口がまわるな。私はそういう輩をあまり好ましく思わん」
「うぅ、それじゃあ口でなく本気を見せます。ただそれは戦いではありません」
「武でなく何で示す?」
「それは料理です」
「はっ!? 料理だと! たかが料理を――」
「たかが料理じゃありません! 料理は私が本気でやっていることです。いくらレミリアさんでも料理をバカにすることは許しません!」
俺はレミリアさんに詰め寄る。料理は親から教えてもらった大事な財産だ。それを侮辱するのは、父さんや母さんへの侮辱に繋がる。こればかりは引けない。いくらまた剣で脅されようとも引くわけにはいかない。料理は俺のアイデンティティーだからだ。
「悪かった」
レミリアさんが深々と頭を下げる。
「えっ!?」
「お前の本気をバカにした。申し訳ない。心から謝罪する」
「あ、いや、そんな……」
レミリアさんの真摯な眼差しに動揺する。
「私も自分の武をバカにされたら傷つく。お前にとっての武は料理なんだな」
「はい、料理は尊敬する両親に教わりました。だから料理は私の誇りなんです」
「そうか……私は誇りある者が嫌いではない」
あ、あれ? なんか料理をバカにされて熱くなったけど、そのおかげでレミリアさんから信頼されたっぽいぞ。
「あ、あのそれってどういう……?」
「ティレア、お前とは付き合えない」
「は、はい」
「だが、お前とは友人になってもいい」
え!? え!? え!? なんということでしょう!
レミリアさんのはにかんだ笑顔。俺だけに向けられたものと思ってもいいよね?
ふふ、来たぁあ――っ! 来たよ! これ! フラグ立っちゃいました! うんうん、まずは友人からがセオリーだもんね。
「はい、私もレミリアさんと友人になりたいです」
俺はレミリアさんに手を出し、固く握手を交わす。レミリアさんも笑顔で握りかえしてくれる。レミリアさんも新しい友人ができたことを喜んでいるようだ。俺も実に嬉しい。
うふふ、そう友情は愛情に変わることもあるんですよ。
「あ、それとだ。ティレアは王都に住む予定なのだな」
「はい、そのつもりです」
「それでは引き続き情報提供をお願いできるか?」
「いいですよ。王都で料理店を開くつもりです。何か情報を見つけたら教えます」
「助かる。では、もしオルティッシオという名を聞いたら教えてくれ」
「……は、はい?」
「オルティッシオだ。私を襲った奴らが呼んでいた。頼んだぞ」
あばばばば! あのオル、名前知られちゃってるぞ。
どうすんの?
というか、奴らが俺の仲間だって知れたらレミリアさんどうするかな?
うふふ、そう友情は憎しみに変わることもあるんだよ。