第二十四話 「暴行犯には罪を償わせないとね(後編)」
「お姉様、この騒ぎはいったい?」
俺はティムに事のあらましを伝えた。ティムは聞くに従って眉を吊り上げていく。ティムも女の子に暴行するような屑に怒りを覚えているようだ。ティムが怒りに満ちた顔でオルを睨む。
おぉ、我が妹ながらちょっと怖いぞ。まるで本物の魔族みたいだよ。
ティムの怒りの形相に、オルはすっかり青ざめて弁解を始めた。
「ち、違うのです、カミーラ様。邪神が何を言ったか知りませんが、我らは――」
「邪神だぁ!? オルティッシオ、貴様お姉様に敬称をつけぬとは何事だ!」
ティムの容赦ない一喝。オル達は、がたがたと震え始めた。
「も、申し訳ありません。そ、そのティレア様が人間の味方をしたので……そ、そうだ、ジェシカと親しく名を呼んでおりました。ティレア様は人間如きと親しくし、我ら魔族を裏切っておられたのです」
「ジェシカ……それは我がお姉様から頂いた品の名ではないか! オルティッシオ、貴様は我がお姉様から頂いた品を勝手に壊そうとしたのか!」
「ひ、ひぃ。そ、そんな、し、知りませんでした」
あぁあぁ、オルの奴、火に油を注いだね。ジェシカちゃんに暴行しようとしたなんて知れたら、親友であるティムが怒るのも無理はない。ティムの怒りの態度にオルの奴、もはや可哀そうなくらいガタガタと震えてティムに縋りついている。
「もう良い、オルティッシオ!」
「ははっ。ま、まことに申し訳なく、このようなことは二度と致しません」
「死ぬが良い」
「なっ!?」
「お姉様に刃向おうなど万死に値する。貴様が何を訴えようが聞く耳持たぬ。いいか、何があろうともお姉様が常に正しいのだ」
「カ、カミーラ様、な、何故? 何故そこまで邪神に忠誠を誓うのですか? 魔法体系の租とまで讃えられたあなたが……」
「ええい貴様が近衛隊にいるだけでお姉様に対する我の忠誠が疑われてしまうわ」
「カミーラ様、他の隊員は情けなくも邪神に膝を屈していますが、我らオルティッシオ隊は違います。邪神など恐れはしません。カミーラ様がお立ちになる御覚悟があればいつでも――」
「貴様! 言うに事欠いて我にお姉様への謀反をすすめるのか! 許せん、許してはおけぬ!」
バカだ、あまりにバカすぎる!
オルの奴、身内を一緒に襲うなんて言われてティムが怒らないと思ったのか!
案の定、ティムの怒りはますます跳ね上がったようだ。
ティムは怒りの形相でオルを蹴飛ばすと、オルに向けて魔弾を放つ。ティムの手から放たれた魔弾は見事にオルに命中。オルはふっとばされて息も絶え絶えだ。
「はぁ、はぁ、お、お許しください」
「しゃべるな!」
「がはっ!」
ティムは、オルが口を開いたとたんに魔弾をぶつけた。ぶつけられた衝撃でふらふらになるオル。
「動くな!」
「げほっ!」
魔弾による負傷でぐらつくオルにさらに魔弾をぶつけたティム。
そうして、オルがしゃべったり動いたりするたびにティムが初期魔法をオルにぶつけた。
う~ん、オルの奴、いい気味だが、さすがにそろそろ止めないとまずい。いくら初期魔法とはいえ、虚弱体質のオルが何発もくらって無事ですむはずがない。
予想通り、オルはティムの魔弾に耐えきれず、だんたん血まみれになっていく。
やばい。ティムが殺人を犯してしまう。俺はティムの肩に手をかけ、魔弾を撃つ行為を抑える。
「ティム、そろそろ止めないとそいつ死んじゃうよ」
「そうでした。我としたことが怒りのあまり力を入れすぎるところでした。お姉様のおっしゃる通り、簡単に殺すつもりはありません。それでは幾分セーブして罰を再開します」
そう言って、ティムが魔弾を再度放とうとする。
いやいや、そういう意味じゃないよ。確かに暴行犯で屑な奴だけど、殺してしまってはこっちが悪者だ。だが、ティムは頭に血が上っているようでこのリンチをやめそうにない。
まぁ、気持ちもわからないでもない。もし、オルがティムを襲っていたなら俺もティムと同様の行為をしただろう。きっとオルをぼこぼこにしてただろうね。ティムの姉を思う気持ちは嬉しいけど、このまま見過ごしてティムを犯罪者にさせるわけにはいかない。
「ティム、やめて。ここは私に任せなさい」
オルは、ティムの魔弾をくらいぼろぼろだ。ところどころ出血して痛々しい。いくら犯罪者の屑だからってちょっとやりすぎかな?
「オル、反省した? ティムもちょっとやりすぎたかもしれないけど、それだけあなたがしでかした行為が許せなかったんだからね」
「はぁ、はぁ。邪神、な、何がティムだ! はぁ、はぁ、わ、私が敬愛するカミーラ様をそのような名で呼ぶではない!」
この期におよんでまだそんな減らず口を叩くなんて……。
オル、あなたはティムの筋金入りのファンみたいね。アイドルを「実名で呼ぶな、きちんと芸名で呼べ」ってことだろう。
「ティレア様に対し、なんたる口の利き方、許せぬ!」
「お姉様、どうやらこやつはとことん反省しておらぬようです。我が考えうる最大級の苦痛を与えてやります!」
ティムや親衛隊の皆がオルに憤慨する。オルも俺に対する敬語をやめ、敵意満々の目つきだ。多分、俺のせいでティムに嫌われたと思っているのだろう。
それにしてもオルめ。ティムにあんな目にあわされたにもかかわらず、まだティムに縋りついている。オルのティムを見る目は、俺を見る目とは違う。欠片ほどの敵意もない。純粋な敬意を持った目つきをしている。オルは犯罪者の屑だけど、ティムを思う気持ちだけは本物なのかもしれない。
確かに魔族襲来なんて大事件が起きなければ、オルもあんな大それた犯罪を起こさなかったかも。パニックになって理性が、少しはじけ飛んだのかもしれない。情状酌量の余地は残されているかもね。
俺も前世オタクだった。好きなアイドルから罵られ嫌われるのは、十分に辛いとわかっている。オルもティムから暴力を振るわれ嫌われているのは何よりも辛いはずだ。今もティムから情け容赦ない言葉が、オルに降り注いでいる。暴力こそ俺が止めているものの、その口撃は止まらない。ティム達のオルへの激しい糾弾は留まる所を知らないようだ。
オルは必死に弁解している。傷口から出血し、痛みも多々あるだろうに必死にティムに許しを乞うているのだ。その様子はあまりにも哀れだ、哀れすぎる。
ふぅ、仕方がない。オルにも最後のチャンスを与えてやるか、これで反省しないなら容赦なく警備隊に突き出してやる。一応、オルに対しティムに恨みを持ってないかをきちんと確認してからだけどね。可愛さ余って憎さ百倍ともなれば目も当てられない。
「オル!」
「な、なんだ?」
「ティム――カミーラを嫌いになった?」
「はぁ、はぁ、はぁ。ば、バカなことを! カミーラ様は私の命以上に大切な存在、そのような思いなど欠片も存在せぬ!」
「これだけの目にあわせられたのに?」
「無論だ! はぁ、はぁ、どれだけの真似をされたとしても……私の忠義は、一切揺るぎはせぬ!」
オルの断固たる決意が窺えた。俺の目から見ても嘘をついているようには見えない。ティムに害がないのであれば、ファンは必要かもしれない。これから先、ティムが王都で暮らしていく中で味方は多いほうが良い。ただでさえ田舎出身の魔法学生ということで目立っているティムだ。他からのやっかみも多いだろう。オルはどうしようもない奴だが、ティムを大切に思う気持ちは本物みたいだ。
「お姉様、そろそろよろしいですか? こやつのお姉様に対する不遜な口の利き方に我はこれ以上理性が保てそうにありません」
「カ、カミーラ様……」
「あぁ、もういいよ、ティム」
「お姉様、それはどういう意味でしょうか?」
「オルにこれ以上の罰はいらない。誰か治療魔法ができる人がいたらオルを治療してやって」
俺の言にティムも親衛隊の皆も目を白黒させている。オルの厳罰は、当然と思っていたようだ。治療してと言ったにもかかわらず、誰もその場から動かない。皆、オルに怒っているようだが、ここは堪えてほしい。
……というか、早くしないとオルが死んでしまわないか? 今もどくどくと血を流し続けるオル。
やばい、やばいって!
もう救急車が必要なレベルだ。あぁ、誰でもいいから治療してよ。
ん!? というかそもそもの話、治療魔法なんて使える人がこの中にいるのか?
「お姉様、本当にオルティッシオめを治療してやるのですか?」
「えぇ、そうよ。誰かいないの? 早くしないと……あぁ、ポーションでもいいんだけど……」
「お姉様、我ら魔族にとって神聖魔法は、最も不得意な分野です。ほとんどの者が治療魔法なんてできませぬ。まぁ、すべての属性を極めた我は別ですが」
「おぉ、ティムは治療魔法ができるんだね、早速お願い!」
「ですが……」
「ティム!」
「わ、わかりました。不本意ですが、お姉様のご命令であれば……」
ティムはぶつくさ不平を言いながら、オルに治療魔法をかけている。オルの体の傷が、みるみる塞がっていく。
すごい。まるでベホマンみたいだ。あっという間だ。完全回復魔法だよ。ティムは闇属性が一番得意と強がっていたけど、本当は神聖魔法が得意なんだな。中二病だから闇が好きなんだろうけど、学園では自分の特性に合った魔法の勉強をしてほしい。
そして、治療を終えたオルが俺を見る。治療をさせたせいか、敵意が先ほどより薄らいでいるようだ。
「私を許す、のですか……?」
「えぇ、その通り」
「あれほどの無礼を働いたのに……」
「ふっ。オル、もしも私とティムが窮地に陥ってた時、どっちを助ける?」
「無論カミーラ様です。この身の全てを犠牲にしてでもカミーラ様のために尽くします」
「貴様っ……まだそのようなことを。その口引き裂いてくれるわっ!」
ティムが怒りの形相で身を乗り出す。
「ティム、よしなさい。オル、よく言った。そのティムを思う気持ちがあるからこそ私は許したのよ」
「ティレア様、いけません。オルティッシオに御咎めなしでは示しがつきませぬ」
変態も一歩前に進み出て、俺に反対をしてきた。
「これでいいんだって。もともと皆は、ティムの親衛隊よ。親衛隊はティムを大切にしてくれるならそれで十分示しがつく」
「お姉様……以前にも申し上げたとおり、近衛隊は我のものではありません。我を含め皆お姉様のものです」
「ティム、その姉を思う気持ちは嬉しい。でもね、だからって皆の気持ちを無理やり私に向けても意味がないのよ」
「そ、そんな我らは真にティレア様を崇め、信奉しておりまする」
変態達は、口をそろえて異議を唱える。
「ニール、わかっている。皆が私を信頼してくれてるのは十分に理解している。だからこそ、そんな皆には私が大切にしているティムを一番に支えて欲しい。これは命令よ」
「し、しかし……」
「命令! 私は、ティムを他の何よりも大切にしている。だから、親衛隊の皆もそうであってほしい」
「ははっ。ティレア様のカミーラ様を思う気持ちに心打たれました。カミーラ様は、お任せください」
変態が、いつも以上に気合の入った声をだす。他の隊員も真剣な眼差しで頷いている。親衛隊の皆は納得してくれたみたいだ。
「うぅ、お姉様。わ、我は嬉しゅうございます!」
ティムは涙を流している。感激しているようだ。バカね、姉妹だから当然の話をしただけよ。
後は、オルの態度次第だけど……。
「オル、あなたがやったことは許せない行為だった。だけど、状況が状況だし、あなたの気持ちを少しは汲んでおかなければいけなかったわね、ごめんなさい」
「ティレア様……私如きに頭を……か、数々のご無礼、お許しください」
オルが深々と頭を下げ、謝ってくれた。うん、どうやら反省したみたいだ。それなら俺を襲おうとした件は、チャラにしてやるか。そのティムを思う気持ちに免じ、一度だけ、一度だけなら許してあげる。
雨降って地固まるというか、なんとか収拾がついたようだ。ティムや変態は、まだオルにしこりが残っているようだが、なんとか俺が治めさせた。オルの友達も気が気じゃなかったようだが、俺とオルが和解したことでほっとしたようだ。
さて、この後はどうしようか?
ジェシカちゃんも気になるし、本陣に行ってみようか。知り合いがバカなことをしたし、そのフォローもしてやらないとね。そう考えてると、
「ティレア様、僥倖です。まだレミリアは捕縛から逃れていませんでした」
オルの友達が何やら物騒な言葉を投げつけてきた。そして、そいつらが運んできたものを見る。
そこには……。
なんと見目麗しきエルフが、縄に縛られ横たわっていたのだ。
がぼっ! レ、レミリアさん!? なじぇ、ここに?
そ、そういえば、レミリアさんを捕縛だの、なんだのオルが話してたね。多分、レミリアさんが、魔族と戦い傷つき倒れているところを偶然発見、これ幸いと縄でふん縛ってしまったのだろう。これだから中二病は手に負えない。
あばばばばば、こいつら究極のバカなの?
一難去ってまた一難。王都の至宝を攫うなんて、お前らどれだけの罪になるかわかってんのか!