第二十三話 「暴行犯には罪を償わせないとね(前編)」
「…小娘…叩きこんで……グチョグチョにして……やる」
「何がぐちょぐちょにしてやるだぁ! この変態野郎!」
「がはっ!」
オルの頭にとび蹴りをかます。オルは壁に吹っ飛び、どしんと衝撃音が響いた。そのまま崩れ落ちるオル。
ふぅ、まったく耳を疑ったよ。お前はどこぞの中年変態オヤジか!
ところどころ聞き取れないところもあったが、オルがジェシカちゃんを脅し暴行しようとしていたことは明白であった。オルの友達も急に現れ蹴りを入れた俺にびっくりしたのか、呆然としている。
ジェシカちゃんは、どこかほっとした様子だ。先ほどまでの鬼気迫る緊張感がなくなっている。
ごめんね、怖かったよね? いい年した大の大人が、数十人で取り囲み暴行しようとしたのだ。どれだけトラウマになったか……。
ジェシカちゃん、安心して。こいつらは、俺がきっちり制裁しておくからね。
それにしても偶然とはいえ、間に合って良かった。あやうく友人が傷付き、知り合いが取り返しのつかない愚行をしでかすところだった。
口をすすぎ、ティム達に先行してジェシカちゃんの後を追っていると、見過ごせぬ光景を目の当たりにした。複数の男達が、女の子を取り囲んでいたのである。
こういう未曽有の大事件が発生すれば民衆が暴動を起こすと聞くが、まさにそれだった。前世でも外国で大災害が起きると、男が女を襲う犯罪が多発するとニュースでやっていた。やはり生命の危機の前に男の本能がうずくのだろう。
どうしよう? 今、まさにそんな状況が発生していたのだ。
助けるか、助けを呼びにいくかチャンスを窺っていると、その被害者である女の子がジェシカちゃんだと気づいた。
あぁ、なんてこと……驚いたのもつかの間。よくよく見てみると、加害者である男達にも見覚えがあった。
そう、そいつらは昨日、王都の案内役をすっぽかし、俺が説教をかました奴ら。親衛隊の仲間として知り合ったオル達だった。
もう愕然としたね。約束をすっぽかすぐらいは可愛げがあったが、まさか犯罪行為をしでかすとは……。
俺はすぐさまオルの頭にとび蹴りをかましたという次第だ。もちろんオルが変態ばりの虚弱体質と看破していたから、かなり手加減した一撃にしておいたけどね。
さて、まずはオル達に謝罪させないと!
壁に激突し、ふらふらと立ち上がるオルの首根っこを捕まえると、ジェシカちゃんの前に無理やり引きずり出す。
「さぁ、ジェシカちゃんに謝りなさい。地面に頭をこすりつけて謝罪するの」
「はぁ、はぁ、はぁ。ぐっ、な、何が、起きた…の……だ?」
「いいから頭を下げなさい!」
「な、何ゆえ人間如き――」
「あぁ、もうじれったい」
オルの頭を鷲づかみにすると、無理やり頭を下げさせる。オルが、首ごとがくがくと震える。
「テ、ティレアさん」
「ああジェシカちゃん、ごめんね。怖かったでしょ」
「はい、もちろん怖かったですが、それより――」
「わかってる、わかってるから。あんな破廉恥行為をしておきながら、こんなもんじゃ済まされないよね?」
「べ、別に破廉恥は関係ないですけど……」
「お~け~い。確かにあんなことを思い出させるなんて、乙女としてデリカシーがなかったね。それじゃあジェシカちゃん、とりあえずこいつ二、三発ぶん殴っておきましょうか?」
ジェシカちゃんの前に、むんずと掴んだオルの顔を差し出す。ジェシカちゃんは何か困惑しているようだ。
「あ、あのティレアさん、埒があかないのでこの場はお任せしてもいいですか? 私はすぐに本陣に行きたいので」
「あぁ、そうだった。お友達が心配だよね。了解、こいつらはジェシカちゃんの代わりに、私がきっちりしめとくから」
「はは……お願いします」
そう言って、ジェシカちゃんは足早に去っていった。
さて、こいつらどうしようか?
俺が判断に頭を悩ませていると、オルがようやく調子を取り戻したのか、文句をつけてきた。
「ティレア様、何故このような仕打ちを?」
「何故もかかしもない。女の子を襲うなんてあなた何考えてんの?」
「おっしゃっている意味がわかりません。何故人間を襲ってはいけないんですか? ティレア様は人間のお味方なんですか?」
まったく反省していない。それどころか中二的セリフでごまかす。こいつは自分がやったことの重大性を理解しているのか? 前世であれば強姦未遂でムショ行きは確実。その世界なら下手すれば、死刑もありうるというのに……。
「オル、聞きなさい! あなたは、自分が何をやったかぜんぜん理解していない。あなたは許されざる重大な罪を犯したのよ」
「た、確かにご命令は吸血鬼の殲滅でした。ご指示に背いたことは認めますが、私は邪神軍のため、ひいてはティレア様のため、人間を滅ぼしていたにすぎません」
はぁ? 俺のためだぁ?
何、人のせいにしてんだこいつ。言うにこと欠いて、己の責任を俺に押し付けてきやがったぞ。
「まったく反省どころか責任逃れするなんて、あきれて空いた口が塞がらないわ」
「ティレア様、オルティッシオ隊長に対し、それはあまりに無慈悲な物言いです」
オルの友達もオルを擁護する。
こいつら何、他人事気取ってるんだろう?
「あのね、あなた達も女の子を襲ってたんだから同罪よ」
「「そ、そんな……」」
「そんなじゃない。もうね、あなた達のような連中は、ティムの周りをうろちょろしてほしくないわね」
「そ、それはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味、あなた達はティムの親衛隊を首ってこと」
俺は首を掻っ切るようにジェスチャーする。
「な、なんたる言いぐさ……我らは王都潜伏以来、ティレア様、御為に身を粉にして尽くしてきたのですぞぉ!」
「それはそれはご苦労様。後は、監獄の中で看守にでもほざいていろ!」
「ぶ、無礼な、許せぬ!」
オルとオルの友達数十人が、ぐるりと俺を囲んでくる。
ふむ、ちょっと煽り過ぎたか?
女の子に暴行しようなんてふざけた行為する奴らだから、ついカッとなってしまった。
「もしかして、私も襲う気?」
「……」
俺の問いかけにオル達は無言で返す。それは肯定という意味であろう。
くそ、オル一人ぐらいなら軽くぶちのめせる自信はあるが、さすがに大の大人数十人に囲まれたらちょっときついかな?
救いなのは、こいつらの戦闘力が変態並みしかないということだ。それでも数は脅威だし、ちょっとピンチかもしれない。
いやいや、魔族をも倒してきた俺が、なんと弱気な発言をしていたか。こんな女の子を襲うような屑共、まとめてぶっつぶしてやる!
俺はじりじりとオルに近づく。オル達も襲い掛かるタイミングを測っているみたいだ。けん制し合う両者。
そして、幾ばくかオル達と対峙していると……。
「ティレア様、ご報告します。王都にいる全ての吸血鬼を駆逐殲滅しました」
見知った声がかかった。
おぉ、変態達が来てくれたよ。良かった。さすがに一人で倒すには、数が多かった。だが、変態達が来てくれたおかげで人数的には拮抗した。オル達の数の有利性はなくなったのだ。これでオル達も観念するだろう。
予想通りオル達は、ひどくうろたえはじめた。せいぜい自分達がしでかした愚かな行為を悔いるんだな。俺は、来てくれた変態に向き直り、声をかける。
「あ、皆吸血鬼退治、本当にご苦労様!」
「お褒めのお言葉を頂き、恐悦至極に存じます。非才な身なれど、お役に立てたこと嬉しく思います!」
「うんうん本当によくやってくれたよ。こいつらと違って!」
きっと奴らを睨みつける。オル達はびくりと身を振るわせた。
「むむ! 何やら剣呑な雰囲気。ティレア様いったい何があったのですか?」
「こいつらね、あなた達が吸血鬼を退治している間、こともあろうに女の子を襲ってたのよ、信じられる?」
「なんと! それで成果はどうなのだ? まさかたかが小娘一人を襲っていたわけではあるまい」
「も、もちろんです。治安部隊の主だった者を討ち取っております。それに隊長のレミリアを捕捉しておりました」
「ん? 待て『捕捉しておりました』と、何故過去形なのだ?」
「そ、それは一度は捕らえたのですが、邪魔が入り、今頃は逃げられているからでございます」
「ふむ、お前達らしからぬ失態だな。それに何故捕捉した? この場合は生かさず、速やかに殺すのが鉄則のはずだ」
「そ、それは、その……」
「なんだ? はっきり申せ!」
ん? ん? ん? さっきから君達何を言っているんだ?
中二セリフが多発して論点がずれている。ここで問題視しているのは、オル達が少女に暴行を働いてたことだ。罪を犯していたんだよ。
「ニール、わかってる? オルは、犯罪行為をしでかしてたんだよ」
「ははっ。もちろんわかっております。カミーラ隊としての規律を順守したか、オルティッシオに問い詰めております。戦闘行為に油断や慢心があったとすれば、問題ですからな」
だ、だめだ。対話を変態に任せていたのが、そもそもの間違いだ。変態にかかれば、暴行事件が人類死滅計画に取って代わっても不思議ではない。
「あ~あなた達、その辺でストップ。あのね、私が言いたいのは『吸血鬼を退治しろ!』と言ったら、何故女の子を襲うのよ。明らかにおかしいでしょ!」
「ですから、それはティレア様の覇業のために……」
「違うでしょうが!」
「ティレア様。オルティッシオ達は確かにご指示を拡大解釈しましたが、それは邪神軍のために必要な行為だったと見受けられます」
「あ~ニールも全然わかってない。あのねこいつら何かにつけて自分達の行為を私のためにしたって言いたいみたいだけど、違うでしょ!」
「違いません。私達は本当に――」
「いい加減にしなさい! 私の為に少女を襲う? はっ! 聞いているだけでも胸糞が悪い。あなた達は、己の欲望のために行動したんでしょうが! 丸わかりよ」
「うっ、そ、それは……」
オル達は、図星をつかれ言葉を詰まらせる。変態達も、俺の言葉に目を見開いていた。
「なるほど。オルティッシオ、お前達は、自分達のプライドのために命令違反を犯した。おおかた昨日の叱責の腹いせに治安部隊を襲ったのだろう。まったくこれではティレア様が立腹するのも当然だぞ!」
「で、ですが、確かにその部分もなかったと言えば嘘になります。しかし、人間の殲滅は、邪神軍にとってマイナスではありません。それなのにティレア様は我らを侮辱し、人間如き下等種に頭を下げさせたのですぞ!」
オルが興奮して変態に詰め寄る。まったく見苦しすぎる。
「そうね、それで怒ってさっき私に襲い掛かろうとしていたのよね?」
「なっ!? まことか貴様らぁ! なんと恐れ多い。恥を知らんかぁあ――っ!」
変態が、オルの胸倉を掴み激昂する。ふむ、めずらしく変態がまともな発言をした。
本当、恥を知れだよ。犯罪を窘めたら、逆切れするってオルの品性を疑う。
俺は暴行の被害者であるジェシカちゃんにオルの頭を下げさせただけなんだよ。
当然の行為だ。むしろオル達が逮捕されないように示談させたつもりだ。感謝してもらってもいいぐらいなのに……。
それをムカついたってなんて自己中な奴らだ。変態も共感して憤慨してくれているようだ。
「で、ですが、ティレア様のあまりな仕打ち。オルティッシオ隊長が憤慨するのも頷けます」
オルの友達がヤンヤヤンヤと騒ぎ立てる。はぁ、まったくこいつら、全員ぶちのめしてやろうか!
「ニールゼン隊長、やはり二頭体制がそもそもの間違いです。天に二日なし、あくまで我らの主はカミーラ様ただお一人です!」
「オルティッシオ、貴様は前提を間違えておる。二頭体制ではない。ティレア様はカミーラ様の主であらされる。お前は主の主を前になんたる口を利くのだ!」
「ではお聞きします。ニールゼン隊長、あなたはカミーラ様と邪神が仮に命の危機に瀕し、天秤にかけたときどちらをお助けになりますか? 私は迷うことなくカミーラ様を選択します」
「うぬぬ、なんたる言い草。貴様はティレア様に対し謀反を起こすのか!」
変態が、今にもオルに殴りかかりそうだ。俺のために怒ってくれている、ちょっと嬉しいぞ。それにしてもオル達も卑怯な手を使う。
もともとこの親衛隊は、ティムのファンの集まりだ。俺はティムの姉だから支持を集めているにすぎない。大好きなアイドルの身内だから応援しようというファン心理だ。オル達はそこをつき、俺を追い落とそうと画策しているのだ。
つまり、ティムが一番なのにこいつなんなの? えらそうにするなって感じだ。オル達はもともと俺が気にくわなかったのだろうね。
ティムが俺を立ててくれるので「邪神」として隊のシンボルになっている。だが、オル達に言わせれば「何勘違いしているんだ、引っ込んでろ!」って心情なんだろう。ファン心理としては、気持ちもわからないでもない。
でも、だからといってこいつらの所業は許されない。
どうしようか? この自己中な奴らをどう改心させようか?
俺が頭を痛めている間、オル達は、よほど周囲を味方につけたいんだろう。ヒートアップして変態に詰め寄っている。
「隊長やカミーラ様が、邪神に敗れたのは存じております。しかし、一度や二度、敗れたからといって何ゆえ邪神の旗下に入らねばならないのです? 隊長らしくもない。我らが束になってかかれば、邪神といえども――」
なんだ? なんだ? 周囲を味方につけたいからって発言が愚かすぎる。黙って聞いてれば、言いたい放題じゃないか! 親衛隊の皆でよってたかって俺をぼころうってか! いくらおバカな変態達でもそんな不義理をするかよ。卑劣なお前達の言うことなんて誰も耳を貸さないに決まっている。
「なんと愚かな……その言だけでも万死に値する。それにオルティッシオ、お前は勘違いしておる。我らが束になってかかろうともティレア様の足元にも及ばんわ。ティレア様のお力は我らとは次元が違うのだ」
「王都潜伏組は、ティレア様のお力をまるでわかっておらん」
「そうだ、そうだ。ティレア様の神技『ババン=ストレッシュ』で切り裂かれるが良い」
「まったくオルティッシオも愚かなものだ。ティレア様の七百七十七の秘技で地獄を味わうといい」
変態側の他隊員達もオルの言葉を歯牙にもかけない。少々、というか大分中二セリフが入っているが、オル達を激しく糾弾する。
要するに皆、オルのふざけた物言いに呆れかえっているようだ。そうだよね、俺の言い分をわかってくれて嬉しいよ。ただね、ここで『ババン=ストレッシュ』の喩えをだしての糾弾はやめて。というか早く忘れてくれよ。なんでまだあの時の発言をしつこく覚えてやがるのか。
ふぅ、まぁいい。隊員皆の気持ちは、十分にわかった。この白けた雰囲気。オル達もどれだけ愚かな発言をしたのか身に染みているだろう。
「オル、皆があきれかえっているのがわかるでしょ。あなたがどれだけ荒唐無稽なことを言ってるのか反省しなさい」
周囲の隊員達がこくこくと頷く。自分達がどれほど愚かなことを言っているのかを自覚したのか、オル達の顔色は悪い。皆から反論されてようやく自分のしでかした事の重大性を理解したらしい。
後はどう決着をつけるかだけど……。
「お前達、この騒ぎは何事だ!」
おぉ、ティムとミューも駆けつけてくれた。これで親衛隊勢ぞろいだね。