第二十二話 「ジェシカとレミリア奪還」
物陰から奴らを観察する。オルティッシオとその部下らしき魔族は、気絶しているレミリア様を縛り上げている。
奴ら何をするんだろう?
嫌な予感しかしない。早く救出しなければ……でも、私なんかの力では、到底奴らにはかなわない。本陣に助けを呼びにいくべきだ。本陣はもう目と鼻の先であるのだから。何よりリリスちゃんの治療も早く始めないと!
だが、間に合うだろうか?
助けを呼ぶ前にレミリア様が、殺されかねない。私が本陣に行っていたらきっと手遅れだ。すぐにでも本陣に連絡ができれば良いんだけど……。
そうだ! 私は使えないが、リリスちゃんなら魔法で本陣の誰かと通信ができるかもしれない。私は隠れているリリスちゃんのもとへと駆け寄る。
「リリスちゃん、辛いところごめん」
「ど、どうした?」
「リリスちゃんって本陣まで通信魔法できる?」
「はぁ、はぁ、そうだな。この距離なら可能か……ちょっと辛いがやってやる」
リリスちゃん、かなり辛そうだ。あぁ、私が通信魔法を使えていたら良かったのに。悔しさで思わず唇を噛む。
リリスちゃん、危険な状態なのにごめんなさい。
重傷の身のリリスちゃんに負担をかけている事実に自己嫌悪していると、リリスちゃんが呪文を唱え終わった。
「はぁ、はぁ、本陣に……つ、伝わったぞ」
「ありがとう、リリスちゃん」
これでレミリア様の危機とリリスちゃん、小屋にいる魔滅五芒星の仲間の負傷が本陣に伝わった。
後は、レミリア様の奪還の方法だが……。
よし、ヒットアンドアウェイで行こう。魔法弾を繰り出しつつ、移動して奴らの注意を引く。その間に本陣からの援軍、もしくはティレアさんの到着を待つ。
そろそろティレアさんも魔族の長を倒しているはずだから、こちらに向かってきているはずである。
それでは作戦実行だ。私はリリスちゃんの傍から離れると、オルティッシオ達がひそむ路地まで移動する。そして、奴らの死角にいる場所に潜むと呪文を唱え、魔法陣を生成していく。
「最小火炎呪文!」
火炎がオルティッシオに激突する。もちろん、オルティッシオにダメージはない。注意を向けさせるのが目的だ。
「ちっ、誰だ!」
オルティッシオが憤怒の顔で周囲を睨みつける。
うっ、な、なんて圧力!?
今にも意識が飛びそうだ。
だめ、今、気絶するとレミリア様、リリスちゃんが危険にさらされる。私はお腹に力を集中し、気合を入れる。
ふぅ、ここからが正念場だ。魔法弾を遅延して放つ。そして、素早く移動する。私自身がいる場所を特定されないように魔法弾を撃ち続けるのだ。
ただ、遅延魔法は難しい。制御にかなり力を入れるので、魔法弾の威力は激減する。魔族どころか、獣人、鍛え上げられた人間にも効かない威力だろう。
でも、構わない。どうせ私が全力で魔法弾を撃っても、魔族には傷一つつけられないのである。アルキューネとの戦闘で、それは十分に思い知った。魔法弾で注意を向けさせ、援軍が来るまで時間を稼げれば良いのだ。
それから私は、細心の注意を払いながら遅延魔法弾を撃ち続けた。
「ちくしょう、さっきから誰だ! くそのような魔法弾を撃ちやがって。小蠅がうるさくてレミリアを蹂躙できないじゃないか! お前ら捜してぶっ殺せ!」
「「はっ」」
オルティッシオの部下達が、四方にちらばっていく。
よし、第一作戦は成功!
ここからは監視の目が厳しいので、さらなる注意が必要だ。援軍が来るまで遅延魔法を繰り出す。本陣からの援軍が先か、ティレアさんが来るのが先か、はたまた見つかって私が殺されるかだ。
そうして、しばらくは作戦が成功していたのだが……。
「どこだ? どこにいやがる? せっかくのお楽しみタイムを邪魔しやがって!」
とうとうオルティッシオの堪忍袋の緒が、切れたらしい。部下に任せるだけでなく自分で私の捜索を始めた。オルティッシオの獰猛な目つき、一瞬たりともスキを見逃さないといった感じだ。
こ、この殺気……。
だめ、これ以上は、魔法弾を放てない。オルティッシオの部下の目がある時でさえ、魔法弾を撃つのはぎりぎりの綱渡りだった。だが、オルティッシオは別格だ。本気の魔族の追跡に私が見つからないはずがない。
私は物陰に身を縮ませて隠れる。
「くそ、くそ、くそぉ! どこにいやがる! よし、どこの誰か知らんが、出てこい。さもなくばレミリアを殺すぞ!」
そう叫ぶや、オルティッシオがレミリア様のもとへ向かっていく。レミリア様の仲間の仕業だとばれたみたいだ。このままだとレミリア様が殺される。
また魔法弾を撃って注意を向けさせるか?
うぅ、確実に居場所を特定されそうだ。だが、手をこまねいていたらレミリア様が殺されるのは確かだ。
こうなれば一か八か。私は意を決し、魔法弾を撃とうと魔力を込める。
「ひゃはは! バカめ、かかったな。魔力の揺らぎを見つけたぞぉ。そこだぁ!」
ばれた!?
オルティッシオが狂気の笑みを浮かべて向かってきた。
ひぃ、怖い!
私は、身体強化の魔法をかけて全力で逃走する。
「はっ、なんだ犯人は人間のガキだったか! お前ら、このくそ生意気なガキの逃走ルートをふさげ!」
「「はっ」」
まずい。オルティッシオの部下達も私を見つけ追ってくる。全員明らかに私より身体能力が高い。みるみる距離が縮められる。
「ちょこまかと逃げんじゃねぇ!」
オルティッシオから魔弾が放たれた。
私はとっさに回避行動を取る。高速に打ち出された魔弾が、私の横をぎりぎり通過し、前方の壁に激突した。壁は見るも無残に消し飛んだ。
な、なんて威力……。
軽く出された魔弾は、私の魔法弾の何十倍もの威力がありそうだ。
こ、怖い。捕まったらどんな目にあわされるか……。
私は必死に逃げる。恐怖と極度の緊張で喉はカラカラだ。背後から迫る圧倒的な暴力、恐怖が全身を駆け巡っている。現状、精神をかろうじて保ち続けているといったところだ。
そうしてオルティッシオに恐怖を覚えながら逃走していたが、とうとう袋小路に捕まった。逃げようにも奴の部下数十人に取り囲まれ絶望的だ。
「へっ、とうとう追い詰めたぞ。たかが人間の分際でよくも我々魔族をこけにしやがったなぁあ――っ!」
オルティッシオが、怒りの鉄拳を地面に叩きつけた。地面が割れ、音を立てて崩れさっていく。
な、なんて拳撃!
あんなのがひとかすりでもしようものなら絶命するのは間違いない。ごくりと生唾を飲み、冷や汗が背中をつーっと垂れていくのを実感する。
あぁ、援軍はまだなの? どれくらい時間かせぎできただろう?
本陣からの援軍、あるいはティレアさんはまだ来ない。私は壁に縋るようにその場にぺたりと座り込む。
「小娘、ただで死ねるとは思うな! 魔族をコケにした報いは、貴様の体に思う存分叩き込んでやる。ぎたぎたのぐちょぐちょにしてやるからな」
「ひぃ!」
オルティッシオのプレッシャーに思わず悲鳴をあげる。これから来るであろう暴力の恐怖のため、小刻みに身体が震えてしまう。
あぁ、誰か誰か、助けて、助けてよぉ。
ティレアさん、ティレアさん、早く――。
「何がぐちょぐちょにしてやるだぁ! この変態野郎!」
「がはっ!」
私が絶望に打ちひしがれていると、聞きおぼえのある声がした。
ティレアさん、さすがです。さきほどまでのシリアスさが吹き飛びました。
オルティッシオが、ティレアさんのとびげりをくらい壁に激突したのだ。