第二十話 「人類の英知を舐めるんじゃない」
あ、ありのまま起こったことを話すぜ!
さぁ一緒に戦おうと思っていたら、ジェシカちゃんに「ティレアさん、後は頼みます」と言われて置いてかれた。何を言っているかうすうすわかっているけど、現実逃避しそうだ。催眠術にかかっただけとか、超スピードで逃げられたらどんなに良かったか……。
今、俺はもっともおそろしい現実を味わっている。
あぁ、まさか一人で魔族の長と戦うはめになるとは思いもしなかった。魔族と戦うのはしょうがないとしても、せめてジェシカちゃんに魔法で援護してもらいたかったよぉ。
ふぇえん、まさか置いていくなんて……。
「ふぉふぉ、無駄なあがきじゃ。あやつの魔力は覚えておる。転移すれば、すぐに追いつくわい」
「聞いたぁ? ジェシカちゃん、カムバ――ック! なんか逃げても意味ないみたいだよ、一緒に戦おう。このままじゃ各個撃破されちゃうよ」
俺は、逃げるジェシカちゃんの背中に声をかけるが、ジェシカちゃんは、振り返りもしない。
そうか! 怪我人を庇いながらの逃走だから、必死で俺の声も聞こえていないのかも……。
「ふぉふぉふぉ、人間とは醜いのぉ。お前はどうやら捨て駒になったようじゃな」
「べ、別に捨て駒じゃないし。ジェシカちゃんは私を信頼して、この場を任せてくれたのよ」
ついムカッときたので心の内をぶちまけた。魔族のあんたにそんなこと言われる筋合いはない。お前にジェシカちゃんの何がわかるんだ!
そうだよ。見捨てられたとか、ちょっと薄情なんじゃないとか考えていた自分が恥ずかしい。ジェシカちゃんは、さっきまで奴と戦闘していた友達を助けるために必死に行動を起こしたにすぎないのだ。彼女は大分やられていたから、早く治療しないと命に係わる。だから、俺の力を信頼し、急いで本陣に向かったのだろう。
それに、ジェシカちゃんはまだ十四歳、中学生みたいなものだ。子供に援護を頼るなんて情けなさすぎる。俺は前世も含めれば、もういい年した大人だ。
う、うん、これでいいのだ。俺が時間を稼いでいる間に、ジェシカちゃん達が逃げのびればいい。
「こ、この場は行かせないんだから。わ、私がお前を止めてみせる!」
「ふぉ、人間如きが魔族であるワシを足止めするじゃと? ふん、最弱種のくせに生意気な奴じゃ!」
「脆弱だからって、最弱が最強に勝てないとでも思っているの!」
「ふぉふぉ、生意気な小娘じゃわい。怪我も回復した。逃げた奴らは、転移ですぐにでも追いつける。どれ、少し遊んでやるわい」
そう宣言すると、魔族の長は、おもむろに近づいてきた。俺は、すかさずクカノミを手に取る。
どうする?
相手は、これまでの敵とは違う。魔王の直属護衛軍だ。今までと同じように考えなしにクカノミをぶつけても、勝利は難しい。避けられるかもしれないし、急所を外せばカウンターを受けるかもしれない。作戦が重要だ。
ん!? まてよ。というか前提としてクカノミ効くのか、こいつに? いや、そこは信じよう。というか、そこがだめなら手のうちようがない。なんとか隙をついて連撃すれば、倒すチャンスがあるかも。
よし、とりあえず初手は必ず当てる。
まずは……え~とどうしようか――って、ちょま――作戦がまとまらないうちに奴がどんどん近づいてくる。
「く、来るな! い、いいのか? 私には七千人の部下がいる!」
「ふぉふぉふぉ、藪から棒になんの冗談じゃ?」
くっ。とっさだったとはいえ、七千人は言いすぎだったかもしれない。あ、でも歩みは止めてくれたぞ。
「そ、そうね、七千人は冗談としても五百人はいる。いいの? 私に何かあったらそいつらが黙っていない」
「ふぉふぉ、五百人が本当じゃとしてもそれがどうした? ほれ、連れてくるが良い。全てワシのエサにしてくれるわ」
「い、いいのね? 一人ひとりが一騎当千よ。あ、あんたをぼこぼこにする。全員が魔力三万あるわ」
「ふぉふぉ、愉快愉快、部下がそれならお主はどうなるのじゃ?」
「え!? わ、私? そ、そうねぇ。じ、十万よ」
「ふぉふぉ嘘をつくにしても知識を蓄えてからにしろ。魔力相場が出鱈目すぎる」
い、いかん。作戦を考える時間稼ぎのつもりが、しどろもどろなうえ無茶苦茶だった。自分で言っといてなんだが、親衛隊の皆を一騎当千の部下だなんてでたらめもいいところだ。言っていた自分でさえあきれはててしまう。
「さぁ、余興はすんだかのぉ。それじゃ、ほれ、踊るが良い」
奴の指から炎が噴出され、足元の地面が焦げる。
「ど、どわ、わっ! ち、ちょっとやめて」
思わず、ステップを踏む。
「ほれほれ、もっと踊らんか! 足が消しとぶぞい」
「うわっ! わっ! あ、あぶな!」
奴の指から連続して、炎が噴射される。足元の地面が次々とえぐれ、石や瓦礫が消炭へと変わる。
あ、あんなのが当たったら骨すら残らない……。
でも、奴はわざと俺に当てずにぎりぎりを狙っている。一撃で終わらせずに恐怖を与えて楽しんでやがるな。
「なんて卑劣な!」
「ふぉふぉ、当たり前じゃ。最強種たる魔族にとって人間などエサであり戯れに壊すおもちゃにすぎぬ」
くそ、バカにしやがって!
見てろよ。人類の英知を見せてやる。俺は、一発逆転の秘密兵器クカノミを持っているのだ。吸血鬼の弱点、とことん味あわせてやる。
だが、現実的にどうしよう?
奴が炎を噴射し続けるのでタイミングが掴めない。一旦距離を取るか。俺は、後ろに下がろうとする。
「ふぉふぉ、逃がしはせんぞ」
そう言って、奴は俺の行く手に炎の壁を出現させる。
とっさに左に向きを変えようとするが、
「ふぉふぉ、どこに行く気じゃ。ふぉれ、それ、ふぉれ!」
どわっ、なんて恐ろしい真似をしやがる!
奴は、俺の周囲を囲むように円形に炎を出現させたのである。
こ、このままでは、焼き殺されるのは時間の問題だ。唯一、救いなのは、奴が遊んでいるため、すぐには殺されないということだ。だが、奴の気がいつ変わるかわからない。気が変われば、俺は奴の炎で一瞬にして消炭に変わるだろう。
くっ、この現状を打破するにはどうすればいいか?
選択肢は三つってところね。
①美人でキュートなティレアちゃんは、突如反撃のアイデアがひらめく。
②仲間が来て助けてくれる。
③現実は無常。さっさと焼け死んじゃいな♪
う~ん、やっぱり他人任せはダメ、ここは①だ。この炎の壁を突破する画期的なアイデアを出すのだ。
ポクポクポク……ぶっぶぅ。
だ、だめだ。見当もつかない。体当たりぐらいしか思いつかなかったよ。実際にがむしゃらに突撃しようものなら墨くずになっちゃう。
し、仕方がない。では②だ。他人任せで嫌だが、背に腹は代えられない。仲間を頼ろう。
え~と、仲間、仲間……ジェシカちゃんは、友達を連れて本陣へ逃走中。ミューはティムの警護をしている。
ならば……。
俺はすぅっと息を吸い、そして……。
「レーミーリーアさぁ――っん! たっけ――て!」
ピンチ、ピンチ、大ピンチなんです!
あなたの未来の恋人が、魔族の手にかかろうとしてます。早く白馬の王子のごとく駆けつけてください。もう処女でも童貞でもなんでも、あなたに捧げますから。そう祈りながら大声で叫んだ。
「な、なんじゃっ! いきなり大声を出しおって。鼓膜が破れるかと思ったぞ」
あれ? もしかして怒らせちゃった?
さっきまで奴は、猫がネズミを甚振るかのような顔をして余裕の笑みがあった。だが、今は少し憤怒に変わった気がする。
「まったく助けを呼んでも無駄じゃ。周囲に人がいないのは、確認しておる。それに増援が来ても、ワシが返り討ちにするだけじゃ」
「そ、そんな……」
「はぁ~まったく鼓膜が痛いわい。人の分際でちょこざいな。ああ、もう余興は終わりじゃ。さっさと焼け死ぬが良い!」
そう言うや、周囲に円のように出現していた炎の壁が徐々に狭まってくる。
あわわわ、ど、どうしよう?
や、やっぱり③なのねぇ~。
ふえっふぇんぇ、ひっく、うぁわーん、死にたくないよぉ! 誰か助けてぇ!
俺は狼狽え、右往左往する。
「ふぉふぉふぉ、せいぜい恐怖に怯え、いい声を聞かせるのじゃ!」
「貴様! お姉様に何をやっておるのだぁあ――っ!」
「へっ?」
俺が現実の無常さを嘆いていると、突如、背後からかけられる声……。
こ、この声は……ティム!?
うぉおおお②だ。②が出たよぉお――っ!
ナイスだ、ナイスタイミングよ!
ティムが来たならミューもいる。やった。歴戦の勇士が、駆けつけてくれたぞ。
それにしても、ティムの憤怒の表情……。
きっと俺が殺されそうになったから、すごい怒っているのだ。姉思いのティムらしい。今にも魔族の長に向かって襲い掛かろうとしている。
でも、だめよ。危ないから。俺を心配してくれるのは嬉しいけど、ここはミューに任せてね。
ん!? って魔族の長め!
いきなり現れたティム達に驚いて炎を消している。
これは攻撃のチャンス!
何故かぽけっと阿呆づらしている奴の顔にクカノミをぶつけてやる。俺は、クカノミを手に取る。
で、でも、効くかな? 魔族の長に対しやはり不安は尽きない……。
そうだ! ここにきて一発逆転の策、思いついたぞ。俺はクカノミを握り潰し、その汁を十字架に塗りつける。そう、これならクカノミの効果に十字架の攻撃力が加わる。弱点の相乗化だ。
ふふ、これで効果も倍増するはずだ。奴もひとたまりもないだろう。
「何やらお姉様のお声がしたと思って来てみれば……なんという有様!」
「なっ? はっ? お姉様?? どういう意味で――ワ、ワシはしんそ――」
「言い訳は聞かぬ。情けはかけんぞ。我自ら制裁してくれる。塵一つ残さぬ!」
よし、今、奴はティムと話をしていて隙だらけだ。俺は、これ幸いと奴の懐へとダッシュする。
ふぅ、魔族の長、見た目からして恐ろしい存在だった。もちろん見た目だけでなく、その強さ、残虐性、まさに最強魔族と言っても良い。
だが、あまり人類を舐めないでもらおう。人は最弱な分、知識でその穴を埋められる。そうそう人類がやられっぱなしと思わないことだ。
俺はクカノミの汁にまみれた十字架を握ると、その拳を勢いよく奴の顔面へと振りかざす。
「行くぜ、魔族の長――私の知識は、ちぃっとばかり響くわよ!」
俺の拳が、奴の顔面へとぶち当たった。
――瞬間。ぷちっと感触が手に伝わり、びちゃっと、何かが顔にかかる。
「へっ?」
何? この感触? そして、何この眼前にうごめく物体は?
そこには……ミンチとなって半壊した魔族の長の姿。肉塊が死後痙攣したらしくピクピクしているのが生々しい。
ス、スプラッタァ――!
えっ? えっ? ち、ちょっといくらなんでも響きすぎだろ! 自分で考えたアイデアだが、相乗効果ぱねぇえ――っ!
え? じゃあ、もしかして顔にかかっているのは奴の肉片? 俺は顔にべっとりかかったそれを手に取る。
うぁああ、ねばねばしてきもい。おぇえ!