第十九話 「ジェシカと決意」
うぅ、頭がいたい。
どれだけ気絶していたんだろう?
頭がぼんやりして、わからない。確か魔力探知をしていて巨大な禍々しい魔力を発見し、そのまま意識を失った。
そして……。
目が覚めると、ティレアさんが私をおぶさり街中を駆けている最中であった。ティレアさんは相変わらずの驚異的なスピードで、どこかに移動しているようだ。
この方角だと、本陣に向かっているのかな?
とにかく現状を把握しよう。
「ティレアさん、いったい何があったんですか?」
「あぁ、ジェシカちゃん気がついたのね。良かった。もう、びっくりしたよ。魔力探査していたら突然気を失うんだもの」
「そうでしたか。私が気絶したのは多分、巨大な魔力を感知したせいかと」
「巨大な魔力?」
「はい。あれほどの魔力、大物級の魔族が現れたんだと思います」
「うへぇ! 大物級とはまた厄介な。吸血鬼達の親玉なら真祖だね」
「しんそ? そういう名かはわかりません。ただ、あの禍々しさ、魔王直属の側近といわれても不思議ではないです」
「そ、そんな嘘でしょ。魔王の側近なんて……直属護衛軍みたいなこと言って驚かさないでよ」
「ティレアさん、冗談ではないです。本気でやばい敵です。いまだ未熟な私ですが、その脅威を実感しました」
「あばばば! そんな化け物、きっとクカノミも効かないよ。ど、どうしよう? 誰かハンターの会長さんでも呼んできてよ」
私の話を聞くや、ティレアさんがあたふたと慌てている。ティレアさん、やっぱり自分の力を誤解している。
ティレアさんの力も十分、雲の上の存在なのに……。
でも、実際、あの大物級の魔族とティレアさんとどっちが強いだろう?
私にはレベルが違いすぎてわからない。ただ、これだけは言える。その大物級の魔族は、ティレアさん以外では対処できない。
「ティレアさん、質問ですが、自分の魔力がどのくらいあると思ってます?」
「え、いきなり何を……」
「いいから答えてください」
「う~ん、そうだね。結構料理して鍛えているし、不良とも喧嘩したし、確かレミリアさんが二万だったんだよね? それなら五百ぐらいかな?」
やっぱりティレアさん勘違いしている。
それも五百って……。
私より魔力が小さいじゃない。どこまで自分を過小評価しているんだろう。
「何、ちょっと盛り過ぎた?」
「はぁ~ティレアさん、盛り過ぎなんて逆です。勘違いもいいところです。それに、私の見たところ桁が違います。それも二桁かそれ以上」
「ぐわぁあーん! やっぱり、いや五百はないと自分では思っていたよ。ちょっと試しに言ってみただけ。それにしても二桁以上って……そうだよね、ただの町娘が、鉄砲持ったおっさんより上なわけないよね」
「だから逆だってティレアさん!」
だめだ、聞いていない。ティレアさん、自分の世界に入ったみたいだ。
あぁ、もう説明を間違えたよ。頭がぼやっとしてて、うっかりしてた。ティレアさんには、はっきりと説明しないとわかってくれないのに。実際、ティレアさんの魔力は、五万以上は確実だと思う。
「ティレアさん、聞いてください。大事なことです」
「何ジェシカちゃん? そんな改まった顔をしちゃって」
「ティレアさんの力は――」
……
…………
………………
あれ!? 私何を話していたんだっけ……?
え~と、大物魔族の話をして……それから……き、記憶が途切れている。
疲労がかなり蓄積しているせいかな?
突然、意識を落とすなんて……いや、でも、おかしい。
「ジェシカちゃん!」
「は、はい、ティレアさん、なんでしょう?」
突然、ティレアさんに声をかけられ思考が中断された。
「もうジェシカちゃん、ぼおっとしすぎだよ。疲れているの? それならどこかで休む?」
「いえ、休んでいる暇はありません。急ぎましょう!」
そうだ。何をぼおっとしていたのだ。今は本陣への連絡が急務である。
そうよ。只の疲労からの記憶の欠如だ。話をしている最中に気絶しちゃったんだろう。うん、何か釈然としない嫌な感じだけど、それを無理やり飲み込む。
「あのジェシカちゃん、今本陣に向かっているんだけど、行く手に巨大な魔力を感じる? このまま進んでも大丈夫かな? いきなり大物君とばったりとかやだよ」
「一応、探査しますけど……」
「あ~そうだった。ごめん、探査したらまた気絶しちゃうよね」
「いえ、浅い探査であれば大丈夫です。さっきはつい好奇心でより深く探査しちゃって」
「そっか、じゃあ注意してお願いね」
ティレアさんに促され、魔力探査を開始する。
浅い探査ゆえ前後左右数百メートルくらいしかわからないが、今のところ大丈夫みたいだ。周囲に魔族はいない。あれだけいた元人間の吸血鬼達も、ほとんどいないようだ。
もしかしてレミリア様率いる治安部隊が退治してくれたのかな? それともやはり魔滅五芒星の人達のおかげなのかな?
「で、ジェシカちゃん、どう?」
「ティレアさん、どうやらこの近くに魔族はいないようです」
「そっか、良かった。それじゃあ、このまま直進するね」
「はい、ただ私の探索範囲は狭いので、あまりあてにできませんよ。それに魔族はともかく、元人間の吸血鬼は、進路上にちらほらいるようです」
「まぁ、雑魚なら十字架とクカノミ持ってるから私に任せて」
「はい、ティレアさんにお任せしておけば安心です。ところで、ティレアさんはどうして本陣に向かっているのですか? たしかティムちゃんのいる避難所に向かっていたはずじゃ……」
実際は、私が魔族のいる場所まで誘導していたんだけど。
「あ~一応、ティムとは合流したんだ。ただ、その時に王家のお役人さんが大怪我をしているのを発見しちゃって。すぐに救援を呼ぶために向かっているんだよ」
「そうだったんですか」
ティレアさんから詳しく話を聞くと、その大怪我を負った人は、魔滅五芒星のメンバーらしい。あの人達も規格外だけど、魔族はさらにその上をいくみたいだ。
「あ、それとその時にね、エディムにも会ったよ。なんかティムと仲良くなっちゃって親友になったみたい」
「え!? エディムが? 信じられない」
ティレアさんにやられて大人しくはなったけど……。
あんなに私達を憎悪していたのに……どうして?
「ジェシカちゃんが、信じられないのもわかる。エディム、自分がしたことにショックを受けてたからね。でもね、エディムは復活した。ティムが支えとなって前を向いて生きると決めたのよ」
そ、そうなの?
う~ん、いまいちティレアさんの言葉だから信用できない。とりあえず、エディムについては、もう一度会ったときにでも事情を聞いてみよう。
「とにかくその大怪我をした人が心配ですね。急ぎましょう」
私は注意深く周囲を探査し、ティレアさんが走り抜けていく。
そして、三ブロックほど移動した辺りで大きな魔力を探知した。これは明らかにアルキューネ達より格上の魔力である。だが、魔力探査した時のあの禍々しさにはほど遠い。
こいつは大物級ではない。
「ティレアさん、前方三百メートル先で大きな魔力を探知しました。きっと魔族にちがいありません」
「り、りょうかい」
ティレアさんは急速に足を止める。
そして、ティレアさんと私は傍に茂っていた草木に隠れ、様子を窺う。ティレアさんも緊張した面持ちだ。
「ティレアさん、また戦闘になると思います。準備はいいですか?」
あれ? 返事がない。ティレアさん、何か茫然自失している様子だ。茂みの先で何が起こっているのか。私は、身を乗り出して様子を窺う。
……そして、茂みの先の光景に戦慄した。
ひどい!
見渡す限り人、人、人の集団が倒れている。老若男女問わず、手当たり次第に血を吸われたようだ。
「ふぉふぉふぉ、やっと回復したわい。まったく自爆とは愚かよのう。さすがのワシも死ぬかと思うた。だが、ここは王都、獲物にはこと欠かぬから助かるわい」
この惨劇を作った張本人らしき男が、愉悦にひたっている。
な、なんて不気味なの……。
その魔族は、見た目は小柄な老人のようだが、その目が違う。狂気の闇で濁った色で映し出された闇の穴が二つ。それを見つめれば、深い闇に取り込まれ、魂ごと吸い取られるようだ。
思わずその禍々しい異形から目をそむけた。
おぞましい。
背中に伝わる冷や汗の感触が、いつも以上に不快に感じられた。そして、この異形の化け物は、今も血を吸い死体の山を作り出している。恐怖で悲鳴をあげそうになるのを必死で抑える。
「これ以上、好きにさせるかよぉお――っ!」
悲痛な叫び声とともに巨大な槌が、轟音をあげてその化け物に振り下ろされた。だが、異形の化け物は素早くそれを回避し、魔弾をその襲撃者に叩きこむ。
「ぐはっ!」
襲撃者の口から絶叫が迸った。
「なっ!? リリスちゃん」
大槌を弾かれ、苦悶の表情を見せているのは、私の大切な友達であった。
「ふぉふぉ、人間。家畜の分際でいい気になるものでない」
「て、てめぇ、殺す。ぜってぇ殺す……そのくそったれな自信ごと潰してやる!」
「ふぉふぉ、相変わらず魔滅五芒星は、殺気だけはすごいのぉ、ワシらがそこまでのことをしたかの?」
「よくもよくも、ヴェーラを殺し、こんなひでぇ惨劇を千年もまき散らした魔族の長が、何をほざいてぇやがる!」
「ふぉふぉふぉ、この惨状など、これから始まる本当の地獄の前座でしかない」
「てめぇ、ふざけるなぁ!」
「ふぉふぉ、ふざけてなどおらぬ。これからは魔族の時代だ。お前達人間がどんな絶望を抱え、どんな顔をするのか、楽しみじゃわい」
「へっ、何をえらそうに。あの生意気な上司にびくびく震えていたくせによ」
「だ、だまれぇ! そ、そうだ。もうあの方の信頼を失うわけにはいかぬ。お前を殺し、この国を滅ぼしワシはもう一度返り咲いてみせる!」
異形の化け物とリリスちゃんが壮絶な戦いを繰り広げている。
すごい。私なんかが入り込む隙がない高度な戦いだ。リリスちゃんの戦力は、学生レベルを大幅に超えている。でも、相手のほうが格上みたいだ。徐々にリリスちゃんの負傷が増えていく。特に、脇腹の出血がひどいようだ。ここからでも傷口からの出血が確認できた。
このままではリリスちゃんが死んでしまう!?
「ティレアさん、このままではリリスちゃんが危ないです。は、早く救援に……」
「ジ、ジェシカちゃん、さっきあいつ、ま、魔族の長とか言ってなかった?」
「す、すいません、そこまではっきりとは聞こえませんでした」
「い、いや、聞こえたんだよ。ど、どうしよう? 真祖だよ大物君だよ。ク、クカノミ効くかなぁ」
あぁ、もう悠長にしている時間もないのに。奴は大物級の魔族ではない。せいぜいアルキューネ達より格上程度だ。
ティレアさんの実力なら圧勝するのに……。
しょうがない。ここでティレアさんの実力を、真実を伝えるしかない。
「ティレアさ――」
いや、ちょっと待って。よく考えたら真実をティレアさんに話しても大丈夫だろうか?
ティレアさんの力は英雄か、はたまた神々の力に匹敵するものだと思う。真実を知ったティレアさんは天界に帰ってしまうとか。物語で正体を知られた神様が、聖地に帰るという逸話はよく聞く話だ。
今、そのリスクを負ってもいいのだろうか?
少なくとも今回の騒動にけりがつくまでは、ティレアさんの力が必要だ。
よし、真実はまだ隠しておこう。なんとか話を誘導して、ティレアさんに退治してもらうしかない。




