第十六話 「ティムへの贈り物だよ」
ジェシカちゃんが魔力探査をしていたら、いきなり気絶してしまった。どうやら大物級の魔族を探知したみたいだ。
それにしても気絶なんて……思わず相手の殺気にでも触れちゃったのかな?
ジェシカちゃんが避難地区までの道のりに敵がいないかチェックしてくれたおかげで、そんな大物級の敵がいることがわかった。十分に注意しなければならない。
ただ、道案内してくれるジェシカちゃんが気絶しているので、現状、どっちに進めばいいかわからない。ジェシカちゃんが起きるまで待ってたほうが賢明だ。下手に動きまわっていると、迷っちゃうからね。
と、何故数分前の自分は考えなかったんだろう? 今さらながらに後悔してる。
あれからジェシカちゃんをおぶって、右往左往していたら道に迷ってしまった。だってね、言い訳するけど、あんな魔族達の死体がある場所にいつまでもいられないよ。
はぁ、ここどこだろう? 早くジェシカちゃん、目を覚ましてくれないかなぁ。
ジェシカちゃんをおぶり、あてもなくぶらぶらしていると……。
ん? なにやら上空できらりと光るものが見えた。
なんだろう? じっとそれを見つめる。
おぉ、なんかこっちに落ちてくるって、人ぉお――っ!!
驚きである。いきなり大剣を持った男が、空から降ってきたのだ。
もしかしてまた魔族?
片手にクカノミを握りしめ、注意深く男を観察する。すると、男から素性を説明された。聞くにその男の名はレペス、王家筋の役人さんだ。
現在、レペスさんは魔族に襲われ、仲間に連絡を入れたいそうなんだが……いかんせん、俺も今どこにいるかわからない。迷子中なのだ。
むしろ、俺のほうが誰かと連絡を取りたいんだよね。それにレペスさん、血まみれで痛そう……早く治療してあげたい。俺はヒールなんてできないし、誰かの助けが必要なのである。
「ちょ、レペスさん、しっかり!」
傷が深いのか、レペスさんの意識は絶え絶えだ。
傷をしばったほうがいいのかな? それとも動かさないほうがいいのか?
俺には医療知識なんてないし、判断がつかない。
どうしたらいいか頭を抱えていると、レペスさんが急に「追手が来ている。肩を貸せ!」と怒鳴ってきた。
えぇ!? 追手が来ているの!
また戦闘か。あたふたとクカノミを準備していると、レペスさんに促され近くにあった廃屋に隠れることにした。
「レペスさん、これからどうしたら――って気絶している」
レペスさん、廃屋に入って気が緩んだのか、気絶していた。しょうがないよね、見るからに重体だもの。とりあえず、廃屋に隠れてやりすごすしかないみたいだ。
ジェシカちゃんとレペスさんを横にすると、廃屋の入口でじっと身をひそめる。
すると、何やら足音が聞こえてきた。それに話し声も聞こえる。
もしかして追手?
よ、良し。もしここに入ってくるなら、不意打ちで拳をくらわしてやる!
俺は十字架をメリケンサックのように掴み、迎え撃つように拳に力を入れた。
来るならこぃ!
……できれば来ないでぇ~。
そして、数分後……。
ぎぃとドアが開かれ、今にも誰かがここに入ろうとしてくる。
先手必勝。俺はやぶれかぶれで拳を打ち抜こうとする。
「うなれぇ! 正中線れんげ――なっ!? 変じゃなくニール?」
「おぉ、ティレア様!」
打ち抜こうとした敵が魔族でなく変態とわかり、あわてて拳を止めた。
「ふぅ、まったく危ないわね」
「申し訳ございません。このような廃屋にティレア様がいらっしゃるとは、夢にも思いませんでした」
「それは私も同じよ。あなたが急に出てくるから、あやうく殴り殺すところだったじゃない」
「これはこれは、九死に一生を得ましたな」
はぁ、変態笑いごとじゃないぞ! 何ぶん魔族だと思っていたから手加減なしのパンチだった。虚弱体質の変態なんか、骨折どころか下手したら死んでただろう。あやうく人殺しになるところだったよ。
まぁ、済んだことはいいか。とりあえず変態がここまで来れたんだから、魔族の追手は近くにいないのだろう。レペスさんの物言いだと間近に迫っているような鬼気迫る言い方だったけど、意識が朦朧としてたし勘違いしたのかな?
そう判断するや、安心して廃屋の外に出る。そこには変態だけでなく親衛隊の皆もいた。
「それで雁首そろえてあなた達は何をしているの?」
「はっ。我らは敵を追跡しておりました。この近辺に潜んでいると思われます」
敵だって!?
あぁ、そうか吸血鬼のことを言っているのか。こいつらに木の杭を持たせて魔族攻略を教えてたから、調子にのって倒しまくっていたんだな。さすがは中二病。いい度胸をしているよ。いくら弱点があって自分達でも倒せるからって相手は魔族だというのに……バカは怖いもの知らずだね。
「ふぅ、事情はわかったわ。それよりあなた達、ティムに会わなかったの?」
「はっ。カミーラ様にはお会いしました。その際、カミーラ様からのご命令により、我ら近衛隊は敵を追撃駆逐していた次第でございます」
「そう、それじゃあティムも吸血鬼退治しているの?」
「御意。カミーラ様の魔弾でかなりのエセ魔族共を撃ち滅ぼしておりまする」
「そ、そう」
「我らも進軍中にあらかた殲滅させましたので、本日中には王都から邪神軍の敵は一掃されるでしょう」
あいかわらずの中二的言語。大げさに言っているが、要するにティムと協力して吸血鬼を何人か倒したって話だろう。まぁ、ここまでくるにあたり実際に吸血鬼との遭遇は激減している。変態達というより、治安部隊が頑張って退治してくれているおかげなんだろうね。
さすがレミリアさんだ。こんな魔族襲来というとんでもない事態でも迅速に対応してくれる。
それにしても、避難せずにティムは吸血鬼退治をしているのか。
危険なのに……子供にこんな危ない真似させて誰か止めろよな!
いや、待てよ。ミューもいるのにティムを止めなかったのは解せない。変態はともかくミューらしくないのだ。変態達ならわかる。この騒ぎにかこつけ、お祭り騒ぎでもしてるのだろう。吸血鬼退治のやり方も教えたし、簡単に魔族を倒せるから調子に乗るのも頷ける。
でも、大人なミューが何故、それに乗っかってるんだ?
それもティムを巻き込むなんて……。
はっ!? そうか。きっとティムは、魔法学園の同い年くらいの子達が必死に街を守っているのを目の当たりにし、感化されたにちがいない。自分と同じ年の子だって頑張ってるんだ。自分だって何かできるって。
だから、街を守ろうとミュー達と協力して頑張っているんだ。
なんて立派な……。
お姉ちゃん、誇りに思うよ。俺なんてティムと一緒に街からどうやって逃げるかを考えてただけなんだから。
そうだよ。ティムは正式にはまだ転校してないけど、魔法学園の生徒の一員なんだ。王都を守るため皆を救うために頑張っちゃうよね。だから、ミューは止めずにティムの意志を尊重してくれたのか。
そっか、そっか。そういうことならびびってないで、ティムの姉として恥ずかしくない行動をしよう。
「皆、吸血鬼を倒してくれてご苦労様!」
「ははっ、ありがたきお言葉。すべてはティレア様、カミーラ様のため、身を粉にして働く所存にございまする!」
うん、うん、変態ならそう言うよね。主従ごっこしながら遊び感覚で退治しているんだもの。まぁ、この際そこはつっこまない。王都のためになっているのは確かだからね。
「それじゃあ、引き続き敵の殲滅をお願いね。決して無理はしないように。危なくなったら逃げること!」
「御意」
「あと、ティムは今どこにいるの?」
「追撃のため、我ら近衛隊が先行してましたので、そろそろご到着される頃かと」
「あ、そうなんだ」
それなら後はミューにティムの警護を任せて、俺は治安部隊の本陣に向かおう。早くレペスさんの現状を連絡しないといけない。なんせレペスさん重体だし、一刻を争うよ。
「私は治安部隊の本陣に用事があるから、ティムにも注意するように言っといて。ミュー、ティムの警護をお願いね」
「はっ、お任せください」
「それでは我らは引き続き敵を追跡致します」
そう言って近衛隊の皆は四方にちらばっていった。俺は廃屋に戻ると、ジェシカちゃんをおぶさり、治安部隊の本陣に向かう。
え~っと本陣は――ってわかんねぇよ!
そういえば、今迷子中だったんだ。突然の変態達との遭遇に自分の身の上を忘れていたよ。
どうしよう? ミューに聞いてみるか。
「ミ……」
「お姉様!」
俺を呼ぶティムの声が聞こえてきた。ティムの到着である。
「ティム、良かった。無事だったんだね」
「ふふ、お姉様。我はあの程度の敵に遅れをとりません」
まったく、強がっちゃって。ティムは中二病。強がりたいのはよくわかる。いくら魔法が使えるからと言っても、敵は悪名が高い魔族だ。初めてあいまみえた恐怖は計り知れなかっただろうに……。
「ティム、お姉ちゃんの前では強がらなくったっていいんだからね。怖い時は怖いって言ってもいいんだから」
「うぅ、お姉様心外です。お姉様にとって我はそこまで頼りないですか?」
あっ、ちょっとすねちゃったか。今、ティムは腕白小僧が家族に腕自慢しているような感じなのだろう。
「ごめん、ごめん。別にティムを信頼していないとかそういうわけじゃないの。私はティムが頼りになるのをちゃんとわかっているんだから。ただね、ティム、姉というものは、いくつになっても妹が心配なものなのよ」
そう言って、ティムの頭を片手で撫でて抱きしめてやる。
「あっ、お、お姉様♪」
よし、よ~し。俺は満足するまでティムをぎゅっと抱きしめる。ただ、ジェシカちゃんをおんぶしているから片手でだけどね。しばらく、ティムを抱きしめていると、ふいにティムが顔を上げる。
「あ、あのお姉様」
「な~に?」
「その、お姉様は何故、そのように人間を背負われておられるのですか? そもそもその人間は……」
あぁ、ちょうと良い機会ね。治安部隊の活躍で魔法学園も再開されそうだし、ティムに友達を紹介してあげないとね。
「ティム、実はあなたにプレゼントがあるの」
「我にですか」
「そう、ティムの学園入学を祝って……じゃじゃじゃん♪ 『ご学友』を紹介するね。ティムと同じクラスになるジェシカちゃんよ」
「ご学友ですか」
「そう、本当はジェシカちゃん自ら紹介してもらいたかったけど、今、気絶しているから無理だし。ティムが学園生活をより良く過ごすためにご学友を紹介します。どう、嬉しい?」
「はい、お姉様からの賜りもの。嬉しさはひとしおでございます。ありがとうございます! ふふ、よく見ればなかなかの容姿、いいおもちゃになりそうです」
ん!? おもちゃ?
はは~ん、友達とか親友っていうのは照れくさいのね。まったくこれだから中二病はだめなんだよ。俺はともかくジェシカちゃんにそんな態度を取ってたら嫌われるぞ。ジェシカちゃんは中二病を理解できないと思うから、このままのティムの態度だと多分、言葉通りに捉えられてきっと仲は悪くなる。
「ティム! ジェシカちゃんをおもちゃと言って……大切にする気はあるの?」
「もちろんです。せっかくのお姉様からの賜りもの。簡単に壊したりはしません」
「そうそう簡単に(友情)壊したらだめだよ。一度、壊れたら二度と元に戻らないこともあるんだから」
「はい、大切に扱います」
うん、良かった。いくら優秀でもティムは中二病、クラスで孤立する可能性が高かった。そうなると学園生活も楽しくないだろうしね。ジェシカちゃんみたいな優しい子が友達ならきっと大丈夫だろう。
「ひゃっと、見つけた。ひゃっきはよくも、このふらみぃ」
おぉ、なにか歯の抜けたような声がすると思ったら、エディムじゃない。ちょうど良かった。
「ティム、実はご学友はジェシカちゃんだけじゃないの。そこにいるエディムもその一人よ」
「お姉様、嬉しいです。二人も頂けるとは!」
「ひゃにをひゃけわからないことを、ひょの、くらひぇ!」
エディムがまた、俺にじゃれついてくる。
う~ん、何がしたいんだ、この子? 人間に戻ったとはいえ、吸血衝動がまだ残っているとか? ありえる。ついさっき人間に戻ったばかりなのだ。身体が元に戻るのにもう少し時間がかかるのかもしれない。
「あぁ、エディムじゃれつくの一旦ストップ。もしかして気分が悪いの? それならどこかで休んでて」
「そのひょうりだ。きひゅんはさいひゃくだぁあ!」
「エディム、落ち着いて。まずは私の妹を紹介するから。名前はティム、今度魔法学園に転校するのよ。よろしくね」
「はぁ、はぁ、ひゃいかわらずの硬さ。ふふ、ひょうがない。この、ひゅうらみ、ひゃなたのひもうとでひゃらしてもらうわ」
「ごめん、エディム、ちょっと聞きづらいからもう一回言ってくれる?」
「ふふ、むかひゅついた。くらひぇ!」
エディムが今度はティムにじゃれつこうとする。だが、ティムはさっと避けるとエディムの顔を鷲掴みにする。
ち、ちょっと、ティム。いくらなんでも鷲掴みはやりすぎなんじゃない?
「お姉様、見たところこやつ半端者のようですが……」
「さすが、ティムね。そうエディムは元吸血鬼なのよ。だからって差別してはだめだからね」
「お姉様、こやつは元ではありません。牙は欠けてますが一応、吸血鬼です」
「へっ、そうなの?」
「はい」
さすがはティム、魔法学園に入学するだけはあるね。そっか。牙が抜けたからといって完全に人間に戻るわけではなかったのだ。そんなに都合良くはいかないか。
それじゃあ結論を言うと、エディムは吸血鬼の力を持っているが、心だけ人間に戻ったってところかな。あぁ、これじゃあエディムもクラスで浮いちゃうよね。
「そう、それじゃあ尚更大切にしてあげないと」
「はい、こやつは薄いですが、一応我の眷属です。何よりお姉様からの賜りものです。大切にします」
「そう、お願いね」
「くそ、こいつもびゃけもんか。ひゃっひゃっとひゃなせ!」
「ふむ、お姉様、ちとこやつを教育してもよろしいですか? 先ほどから不遜な態度が目立ちます」
「ティム、話し合いは大切だけど、喧嘩はしないようにね」
「お任せください」
早速ティムはエディムと友情を確かめ合うようね。エディムも心に傷を負っているし、二人で協力してクラスに溶け込めるようになれればいいんだけどね。