第十四話 「レペスの決意(前編)」
レペスは震撼していた。
いざ、ベベ達と雌雄を決しようとしたら、一人の銀髪少女が現れたのだ。
最初は、こいつも俺の指示に従わず避難民の列からはみ出し転移に巻き込まれたのだと、苛立ちを覚えた。秩序を守らない輩は、ガキだろうと容赦はせんと。
だが、実態は……。
なんという巨大で禍々しい魔力だ。こいつは人間ではない。これほど邪悪な魔力で威圧する者を俺は知らない。見た目は年相応の少女に見えるのに、その存在感は別格である。
滲み出る汗を感じながらそう分析していると、カミーラと呼ばれた少女と目があった――その瞬間、ゾクリと背筋に寒気が走った。
こ、殺される……。
全身を襲う強烈な死のイメージに膝を屈しそうになる。長年培ってきた戦士としての本能が、逃げろと警告する。だが、その本能を無理やり抑えつけ、大剣を構えた。こいつは何がなんでも仕留めないと人類にとって最も恐ろしい敵となる。
俺は、全力中の全力で化け物に斬りかかった。
「大海水大剣!」
大剣に絶対零度の氷気を纏わせて斬りつける大技。難度Sクラスといわれた怪物達を沈めてきた必殺の奥義だ。
俺の必殺剣が、カミーラにぶつかる。
だが、ぎぃんと金属音がこだまし、カミーラの手でやすやすと止められた。
「ば、バカな。片手だけで……」
「ほぉ。人間にしては、なかなかの太刀筋ではないか! それに魔力もよく練り込められておる」
自慢の大剣はカミーラに片手で受け止められている。無論、カミーラは無傷であり、余裕綽綽の様子だ。
カミーラ、これほどの化け物とは……。
反撃を警戒し、すばやくバックステップする。カミーラは、その様子をニヤニヤと笑みを浮かべ見守るだけだ。いつでもいたぶれるという余裕の証だろう。噴き出る汗が止まらない。
現状、どう動くか?
我ら魔滅五芒星長年の宿敵である吸血鬼共より、カミーラは比べ物にならないくらいの脅威であり最優先事項となった。
カミーラ……。
魔法体系の先駆けとなった魔族。その力は伝説どおり眉唾物ではない。
くっ、いったいいつこのような化け物が復活していたのか?
そして、これほどの存在を我らが見逃していた事実に愕然とする。魔力探知において魔滅五芒星でも一日の長がある、この俺にすら毛ほどにも気づかせなかった。伝説の化け物は隠行にも長けている。
正直、俺一人では手におえない。ここは一旦引いたほうが良いだろう。後は、べべがどう動くかだが、奴もこの魔力を感じてぶるっているみたいだ。
べべは恐怖にかられ、必死に部下をけしかけている。だが、べべの部下の大部分は、その巨大な魔力に恐れおののき戦意の欠片もない。意識を保っている奴は、まだましなほうで、格下の魔族に至っては全員気絶してしまっている。カミーラの威圧はとんでもない。俺ですら気を抜くと意識を持っていかれそうだ。
治安部隊に至っては、ほぼ全滅である。幹部クラスが二、三人、意識をかろうじて保っているようだが、その足元はふらふらで倒れる寸前である。
「ええい、何を戸惑っておる! いけ、束になってたたみかけるのじゃ!」
べべは必死の形相で、部下の魔族達にはっぱをかけている。無駄だろうな。及び腰なのは目に見える。
「ふん、つくづく愚か者どもだ」
カミーラはそう言うや、魔弾を生成し周囲に放つ。カミーラの周囲にいた数十人が一瞬にして塵と化した。
「なっ!? わ、我ら治安部隊まで巻き込むなんて……」
「何をほざいておる。我が何故お前達、人間の味方をせねばならん!」
その言葉に治安部隊の隊員は、苦虫を噛み潰したようになった。カミーラの外見は幼気な美少女であり、魔族というより人間に近い。心のどこかでは、まだ人間側だと思っていたのだろう。
「そ、それでは魔族の味方ということですな……我らをお許しに?」
「たわけ! いいか、勘違いするでない。ここにいる全ての者は、偉大なるお姉様への贄にしかすぎぬ!」
カミーラはそう一喝すると、魔力を高めているようだ。カミーラを覆う魔力の渦が大幅に増加していく。
あれはまずい。さっきとは比べ物にならない魔弾が襲ってくる!
自身最大の防御魔法を構成する。防御魔法はあまり得意ではないが、そうも言ってられない。カミーラからとてつもない魔力の流動をびしばし感じるのだ。
くる!
覚悟を決めたと同時に数百もの魔弾が、カミーラの手から降り注がれた。
「ぐはっ!」
「ヒィィィ! し、防御魔法を突き破ってくる!?」
「う、腕が痛ぇえよ。ちぎれやがったぁ!」
カミーラの魔弾は、防御魔法を容赦なく突き破ったのである。カミーラの威圧で気絶していた者はもちろん、防御魔法を発動させていた者ですら、あっけなくその魔弾に命を奪われていった。
「こ、これが伝説といわれた最強魔法、超魔星魔弾なのか……」
「何を言っておる。お前達如きに我が奥義を出すとでも思うてか? これは只の連続魔弾にすぎぬわ」
な!? こ、これがただの連続魔弾だと……格が違いすぎる!
その魔弾は魔滅五芒星が誇る絶対防御魔法を難なく突き破り、俺に浅からずダメージを負わせている。防御魔法が苦手とはいえ、そんじょそこらの攻撃魔法ではびくともしなかった代物であるのに……。
ただ、防御魔法を展開していなければ、確実にやられていただろう。
はぁ、はぁ、ずきりと傷が痛む。
くそ、他はどうなったか?
周囲を見る。あれだけいた魔族が、影も形もなかった。ここにいた多くの者が、カミーラの魔弾によって跡形もなく消滅したようである。
かろうじて生き残っている者は、俺とベベと魔族が数人、治安部隊は全員消えていた。まぁ、奴らは治安部隊の中でも、クズの分類だ。掃除をしてくれたと思えばまだましか。
「とりあえず、あまりにひどい雑魚は消えたか」
「し、真祖様、大変申し訳ございません!」
べべの奴、今さら命乞いをしてやがる。あまりに巨大な力を前に恐怖に引きつり、カミーラの足元でひれ伏し許しを乞うていた。
「……まったく我は偽者ではなかったのか? それを今さら真祖様だと!」
「そ、そ、そんな滅相もございませぬ。ああ、あ、お、お許しを! ワシはどうかしておりました。これほどの魔力、古の時代以上のお力、まさに真祖様……」
「ふん、ちょっと魔力を解放したらこの有様だ。貴様も貴様が作った眷属も情けないにも程がある!」
「ははっ。真祖様のお力の前には、我らは虫けらも同然でございます。どうか、どうかお情けをもって再び真祖様の末席に加えてくだされ!」
……なんという小物。
戦士のプライドはないのか? 自身の命惜しさに這い蹲るその卑しさ。
俺は、いや魔滅五芒星は、こんな屑のために命をかけて戦ってきたのか! 魔滅五芒星が、数千年かけて戦ってきた相手が、こんな誇りもくそもない屑野郎だったとは……。
カミーラも俺と同じ気持ちを抱いているのか、べべを冷めた目で見つめていた。
「何を寝ぼけたことを言っておる! お姉様率いる邪神軍に脆弱な屑は不要。先ほどの魔弾程度で死ぬような輩は論外だが、生き残った程度ではまだまだだ。しかもこれまでの愚かな言動、貴様を始末するのにこれ以上理由はいるまい」
「ヒィィィィィィ! お、お許しを!」
ベベは必死に逃げ回る。それにしても、カミーラの言葉にいくつか疑問が残る。
お姉様? 邪神軍? カミーラは魔王軍ではなかったのか?
何よりカミーラの話から判断すると、カミーラ以上のとてつもない存在が、まだいるらしい。カミーラ以上の強敵、これは吸血鬼共の王都襲撃どころの騒ぎではない。王都、いや人類の存亡に関わる問題だ。一刻も早くここを離脱し、対策を考える必要がある。
「そうだ。そこの人間、貴様も生きたいか? 我の軍門に下れば、許してやらんでもないぞ」
「ふん、誰が魔族に尾をふるか! 腐っても俺は魔滅五芒星の勇士だ!」
「ふむ、脆弱な人間とはいえ、先ほどの攻撃には感じるものがあった。そこそこの力にその気概、面白い!」
そう言ってカミーラはその指から閃光を放ち、地面を削る。そして、数百メートルの円を作った。
なんだ? 何を考えてやがる?
「お前達、この円の中で殺しあいをするのだ」
「真祖様、どういうことですか?」
「ベベ、貴様に最後のチャンスを与えよう。始末するのはひとまず保留しておく」
「あ、ありがたき幸せ。このベベ、身命をかけて真祖様にお仕え――」
「勘違いするでない。我ら邪神軍に弱兵はいらぬ。この中で勝ち残った一人のみ我ら邪神軍の末席に入れてやろう」
「そ、そんなワシは真祖様の眷属なのに……」
「なんだ、奴は長年の宿敵だろ? そやつに勝たずして末席に入りたいなど虫が良すぎる。それとも何か? 今ここで我が引導を渡してやっても良いのだぞ?」
「め、滅相もございません。やります、やらせて頂きます」
「ふん、素直にそう言っておれば良いのだ」
それを合図にべべが闘志をむき出しにして俺に襲い掛かってきた。
「お前を殺して再び真祖様のもとに返り咲いてやる!」
ベベの凄まじいまでの闘志。これは余力を残している場合ではない。俺は魔滅五芒星の秘薬である瞬間強制向上薬を飲む。この秘薬を飲むと、一時的に魔力や身体能力が大幅に向上する効果を持っている。ただ、反動としてすさまじい副作用があるのだが、ここで死んでしまうよりはマシだ。
「うぉおお! 大海水大剣連撃!」
必殺奥義を連撃でベベとその軍団員にぶつける。俺の向上した必殺奥義の前にベベも防戦一方、他軍団員も確実に倒していく。
「くっ、こざかしい!」
「ひ、もう嫌だ! 助けてくれぇ!」
俺の剣技に怯えて一人の魔族が、円を飛び出して逃げだそうとする。だが、それを見逃すはずもなくカミーラが一閃、躊躇なくその逃げ出した魔族を始末した。
「言い忘れておった。円の外に出た者は、我自ら制裁を与える。そのつもりでな」
くっ、隙を見て離脱しようと思っていたが、カミーラが監視するのでは無理だ。