第十三話 「我はベベを成敗するのである」
魔滅五芒星の騎士レペスとエセ眷属であるベベとの戦いが始まった。両者、因縁があるようで闘志むき出しである。特に、レペスのほうは鬼気迫る表情だ。魔族殲滅に己の全てを賭けている感じである。ベベはそれをあざ笑うかのように対峙していた。
べべめ、大物ぶりおって。その程度の魔力しかないから、人間なんぞになめられるのだ。
レペスが咆哮し、剣でベベを切りつける。ベベはそれを魔弾で牽制、さらにベベの指先から黒い炎が立て続けに噴出された。その黒炎に触れた木々が瞬時に消滅してしまう。だが、レペスは剣を盾に人間とは思えぬ俊敏な動きでそれを避ける。
「まったくちょこまかと! こざかしいのぉ」
「だまれぇ。必ず貴様の息の根を止めてやるからな!」
レペスとベベは互いに罵り合いながら一騎打ちを続けていく。だが、経験の差が出てきたのか、徐々にレペスが押され始める。そして、ベベの闇魔法がレペスを捉えた。
「ぐふっ!」
レペスは闇魔法をくらい、バランスを崩す。ベベはレペスのその隙を見逃さず、高位魔法を唱える。
「ふぉふぉ、くらうが良い。業火の雄叫び!」
周囲一帯を火炎が包み込む。これにはさすがのレペスも防御のみとなり、その強烈な火炎から身を防ぐ。
「な、なんと、こ、これが魔族の力なのか……お、俺達とは桁が違う!」
「し、信じられぬ……あ、あの男の力、レミリア様以上だ」
その戦いを見ながら治安部隊の面々が口々に囃し立てる。
はぁ~。あの程度を魔族の力と誤解されるのはなんとも歯がゆいものだ。だが、あえて事実を述べて、人間共から油断を誘えなくなるのはお姉様の本意に逆らうことである。
さてさて、どうするべきか……。
人間共にはまだおおっぴらには正体をあかせられない。だが、エセ眷属には相応のお仕置きをしないと示しがつかぬ。こやつらだけこの場から引き離すか。そういえば、あのレペスとかいう人間が転移魔法を構築していた。
ふむ、術式はまだ途中だが、ここまで構築されておれば後は簡単だ。
どれ、使わせてもらうか。我は術式をのっとり、発動する。
「転移!」
我が転移魔法を発動すると、その場から魔方陣が浮き上がってきた。
「な!? 誰が術式を発動しやがったぁ!」
「ふぉふぉ、どうやら第三者が介入してきおったようじゃの」
「な、なんだ、なんだ? 急に魔法陣が……くっ、そ、総員退避――ぃ!」
転移魔法が発動……。
そして、転移先はベベの軍団駐屯地である。
ふん、ビンゴだ。術式をちょいといじり、転移先を避難場所からベベの魔力に近い存在の塊の場所に変更しておいたのだ。
ふむふむ、いるいる、失敗作の集まりが! 我の眼下にはざっと数百といったところか、雑魚がむらがっておる。こやつら皆、ベベの眷属のようだ。なんともまぁ、貧弱この上ない。
まったくべべの奴め、よくもまぁこんなにゴミを増やしおって!
「ちっ、誰だか知らねぇが、術式をいじりやがったな」
「な、なんだぁ! どうなってやがる! 敵地のど真ん中に転移とは……」
治安部隊までついてきた。おかしい。我はべべ達だけを転移させたつもりだ。我は、避難民達を避けるように転移陣を動かしたはず……。
なぜだ? 奴らを見る。
こいつらの顔……脆弱なのはもちろん、性根が卑しく感じる。
そうか。こいつらは、避難民警護をしてなかったな。治安部隊は、避難民を守るように陣形を作っていた。こいつらは、魔族襲撃で我先に逃げ出そうとしていたのだ。だから、転移陣の範囲外にいたはずなのにわざわざひっかかってきたのだ。
危険から逃げ出そうとして、危険地帯に突っ込むことになったのは皮肉だな。
観戦するのに邪魔がついてきたが、まぁ、良い。これくらいは許容範囲だろう。
「そ、総帥、こ、これはいったい?」
ベベの眷属達が、突然現れた集団に驚きの体を見せていた。
「ふぉふぉふぉ。渡りに船、お前達はこやつらが逃げぬように包囲するのじゃ」
「わ、わかりました」
べべの軍団員は、我らを包囲するように陣形を敷いていく。
「くそ、囲まれちまったか」
「レ、レペス殿、我らはどうすれば……」
「なんだ? 貴様ら巻き込まれたのか? 戦闘に邪魔だからさっさと退散してろ」
「で、ですが、逃げるにもこう囲まれていては無理です」
「知るか。仮にも治安部隊の隊員だろうが。情けないこと抜かすなら、この場で俺が叩き斬る」
「そ、そんな……」
治安部隊隊員達は、レペスに袖にされ、絶望の顔をしている。レペスはそんな脆弱な輩など眼中に入れず、大剣をかざす。どうやら一点突破を計る様子だ。
「ち、畜生! こうなれば破れかぶれだ。なんとか囲みの弱そうな箇所を探して突破するぞ」
「あぁ、化け物同士の戦いにつきあってられるか! さっさと逃げる」
「おい、銀髪少女が一人巻き込まれているぞ。どうするか?」
「それどころじゃないだろうが。俺達は貴族だ。ガキ一人の命とは比べられん」
「そうだな。それにちょうどいいじゃないか。ガキがぶっ殺されている間に俺達が逃走する時間稼ぎになる」
そう言って、治安部隊の面々は我先にと逃げ出そうとしている。
ふむ、頃合だな。
「うっとうしい、どくのだ!」
「な、何を――ぐはっ!」
「お、おい、ガキ、邪魔をするんじゃ――へぶっ!」
我の進行を塞いでいた人間共を突き飛ばし、ベベの前に対峙する。
「ふぉふぉふぁ何用かな、人間のお嬢ちゃん? 焦らずともこやつを殺した後じっくり遊んでやるからのぉ」
「ひひひ、総督。我らもおこぼれにあずかりたいものです!」
「その通りでさ。こいつなかなかの上玉だ。殺し食いつくしてやりますぜ!」
「はぁ、はぁ。そ、総督、お、おらぁ、もう我慢ができない。この娘っ子を」
我が登場すると、べべの軍団員が騒ぎ出す。なんとも下劣な奴らだ。こやつらが小なりとはいえ我の眷属に関係すると思うと、げんなりしてくる。不出来な失敗作はすぐにでも処分しないと気が済まぬわ。
「ベベ、数千年の間にえらそうになったの。敵前ですぐに震えて腰を抜かしていたあの頃がなつかしいぞ」
「ふぉふぉふぉ。藪から棒に何をぬかすかと思えば……人間、そのような口を利いてただですむと思わぬことだ。楽に死ねぬぞ!」
「魔力を抑えていてはわからぬか。自分の主を忘れるとは不届きにも程がある!」
「主じゃと?」
「ふ、我の顔を見忘れたか!」
「ま、ま、まさか!? その立ち振る舞い、お姿……カミーラ様であらせますか!」
「ほ、本当ですか?」
「あ、あれが俺達の真祖……様?」
ベベの軍団員達は狐につままれたような顔をしている。まぁ、実際に我に会ったことがないのだから、それも当然の反応であるか。ベベの奴に話ぐらい聞いていると思うが……。
「お、お前達ぃ――っ! ず、頭が高い。控えろ。真祖様だ。我らの主様だぞ!」
ベベの血相を変えた叫びに軍団員が一斉にひれふす。
「ふん、ようやく身の程を知ったか! まったく我が封印されている間によくもまぁ増長しおって!」
「そ、そんな……わ、我らはカミーラ様の眷属としてこの世に君臨すべきと……」
「それが増長と言っておるのだ。お前達如きが世に君臨する? 冗談も顔だけにしておけ!」
「し、しかし、我らはカミーラ様のため、そう真祖様の名を永遠にするため、大魔族の名を世に轟かせる為に――」
「そう、それだ。我がいつお前如きに家名を与えると言ったか! 身の程を知れ! 死んで詫びるが良い!」
「……」
「なんだ? その反抗的な目つきは? 我の家名を勝手に使う。そして、あまつさえ我らの領土であった王都に土足で踏み入る行為。ベベ、その罪状は許しがたし。このまま、全員自害せよ!」
「ぬぅうう! ワシはこの数千年、ちゃくちゃくと力をつけてきた。あ、あなたのようにただ封印されていただけとはち、違う!」
「暫く見ぬ間にずいぶんと生意気な口を利くようになったものだ」
我はべべを断罪しようと近づいていくと、急にベベが立ち上がり叫ぶ。
「ええぃ! このようなところにカミーラ様がおられるはずがない。こ、こやつは真祖様の名を騙る偽者だぁ! 無礼千万な輩じゃ、殺せぇ! 殺すのじゃ!」
「ほぉ~、我を偽者と言うか。ベベ、それが答えか?」
「こ、殺せぇ! 皆でかかるのじゃ!」
「し、しかし総督、真祖様に歯向かうなど……」
「ば、バカ者! あやつの魔力を測ってみよ。脆弱そのものではないか。こ、こやつは偽者だ!」
「た、確かに……よし皆、真祖様を騙る不届きなこの女を血祭りにあげるぞ!」
「「おぉ!」」
ベベの軍団員が我にじりじりと近づき、包囲網を縮ませていく。左から魔力七千、四千、五千、ふっ、数えるだけ無駄か。どいつもこいつも雑魚そのもの。十把一絡げである。
この戦闘力で我を倒す? 寝ぼけておるのか、狂うておるのか。
「くっくっ。なんだ、怒りを通り越して笑いがこみあげてくるぞ!」
我は、抑えていたその巨大な魔力をフルに放つ。堰を切ったように、解き放たれた魔力の奔流は瞬く間に周囲を荒れ狂うように侵食していった。