第十話 「ジェシカと規格外」
「まったくルールぐらいそらで覚えられないのか?」
「べ、別にいいでしょ。すぐに覚えるからちょっと待ってなさい」
「お前、さてはバカだろう! こんなバカと知力比べをしたら知の隊突撃隊長としてのプライドに関わってくる。ホルス様、この金髪の小娘はゲームに参加する資格がないようです。殺しましょう!」
「ち、ちょっと、ま、待ったぁ――っ! い、いくらなんでも記憶力と頭の良さは関係ないと思うけど。私は本当に頭いいよ。こ、殺すなんて……ゲームさせなさいよぉおお!」
「ゲス、良い。どちらにしろ我々の勝利はゆるぎない。次の学園の小娘は、もう少しまともな頭を持っていそうだ。そいつとの知力勝負で憂さを晴らせ。金髪の小娘は、ゲームに慣れるための贄だと思えばいい」
「わ、わかりました。ホルス様がそうおっしゃるのなら……が、我慢します」
あぁあぁティレアさん言われ放題だ。ティレアさんもムキになったらだめだよ。魔族に本性がばれちゃうから。もうばれているかもしれないけど……。
ホルス配下突撃隊長のゲスは知の隊の幹部としての誇りがあるのだろう。ティレアさんみたいなバ……コホン、純粋な人と勝負をするのは相当な屈辱みたいだ。ゲスはホルスの指示に不満を露わにし、苦々しげにティレアさんを睨みつける。
「はぁ~、なんで俺がお前のようなバカと勝負をしないといけないのだ。お前みたいなバカはさっさと最大優劣属性で殺してやるから覚悟しておけ!」
「……あ、あんた達、さっきから聞いていればバカバカと頭にくるわねぇ! ちょっとルールを覚えきれなかったからって、それがなんなのよ! こういう読み合いの勝負はね、記憶力というより総合的な知力がものを言うんだから」
「ふん、口だけは達者だな。それよりまだメモを見てるのか、さっさと覚えろ!」
「う、うるさいわね。わかっているよ。えぇと、火が水で木が風が相反……風と土だと相性が良く……ぶつぶつ」
「……おい、いい加減にしろ。いつまで待たせるのだ。もういい。メモを持ってても構わんからさっさと戦場に入るぞ」
ゲスとティレアさんが勝負をするため、ある特別仕様の小部屋へと向かう。勝負は一対一の形式であり、その小部屋には第三者は入れない。また、その小部屋は調査魔法不可の設定がされている。調査魔法が使えれば、相手がどの属性の武器を使っているかわかるのでゲームにならない。この勝負は、相手との純粋な読み合いが目的なのだ。鎧と兜の形状に区別はないし、相手の思考をいかに正確に予測できるかがカギとなるだろう。
その特別仕様の小部屋にティレアさんとゲスが入り、テーブルについたようだ。小部屋の様子はわからないが、ティレアさん達の声は聞こえてくる。
ティレアさん、頑張って! 私は祈るようにその小部屋を見つめる。
「ほら、お前から先攻でいいぞ。バカなお前に最後のあがきをさせてやろう!」
ゲスの傲慢な声が聞こえる。ティレアさんのだいたいの知力が予測できたのだろう。上から目線の物言いである。
「それじゃあ遠慮なく。えぇと最初はどれにしようか……よし、これだ!」
「その剣でいいんだな? それじゃあ、俺はこの兜をかぶろう」
「よ、よ――し、それじゃあ、最初の勝負! とりゃ――っ!」
「ふ、お前の魂胆は見え見えだ! 同属性もらっ――ぐふっ!」
「お、おわっ! 血しぶきすご……切れ味よすぎだよ。う、恨まないでね」
ティレアさんの勝利の声が聞こえた。やった。さすがはティレアさん。魔族相手に一撃なんて! 属性の優劣も運よく選べたみたいだし。
「ば、バカな!? ゲスともあろう者があんなバカそうな娘に読み負けるとは……」
「あぁ、それもいきなり最大優劣属性だぞ!」
魔族達が驚愕し、狼狽えている。
「次は俺だ! ゲスの奴、油断しやがって。ホルス隊の恥だ!」
さらに、他の魔族が勝負の舞台に上がる。ゲスよりも油断ならない顔をした男が小部屋へと移動した。
「いいか、小娘! 俺の知力はゲスの三倍だ。今から化けの皮をはいでやる!」
「の、望むところよ!」
「それじゃあ、次は俺が先攻だ。さっさと兜をかぶれ!」
「え!? 先攻は私からなんじゃ……」
「さきほどはゲスがお前に先攻を譲っただろ。次は魔族側が先攻だ」
「そ、そんな……ちょっと待って」
「いいからさっさとしろ! それとも兜なしでもいいんだぞ」
「わ、わかった。ちょっと待ちなさい。え、えぇと、どれに……よし、これだ!」
「くっく、お前の考えは手に取るようにわかる。最大優劣属性もらった」
「う、うわっ! ちょっと怖っ。こ、心の準備がまだ……って、痛くないぞ。ふふ、どうやら同属性のようね」
「あ、ありえぬ!? おかしい。俺の予測は完璧だった。お前の兜を見せてみろ!」
「ふ、往生際が悪いわよ。あんたはただ読み負けただけ。さぁ、さっさと兜をかぶりなさい。それとも兜なしでもいいんだよ」
「ほ、ほざけぇ! いいだろう。まぐれは二度も続かぬ。さぁ、叩き斬れるなら斬ってみせよ」
「よ、よし。それじゃあ、とりゃ――っ!」
「バカめ、見切った。それは火属――ぐはっ!」
「お、おぉ。一撃ということはまた最大優劣属性ね。ふふ、どうやら私には博才があったみたい。まさに異世界のアカギンね」
うん、小部屋からコントみたいな二人の会話が聞こえてきた。
さっきからティレアさんのセリフを考えるに……テ、ティレアさん、本当に最大優劣属性をだしているのだろうか?
もしかして属性関係なしの力技……。
あぁ、喜ぶべきなんだろうが、なんて規格外な人。
「そ、そんな我々知のエリートが連続で敗北だと……」
「どうしたの、次の相手は? ねぇ、次はこいつの三倍頭いい人を連れてきてよ」
「くっ、調子に乗りやがって……つ、次は俺だ」
「いいわ。かかってらっしゃい。アカギンの再来である私の相手が務まるかしら」
ティレアさんの挑発に乗り、魔族が戦場へ乗り込んでいく。
「次は私の番、とりゃ――っ!」
「バカめ、木属性と見た。防い――ぐはっ!」
……それから数人の魔族が勝負のために小部屋に入っていったが、全て初回のターンで決着がついた。
「ば、バカな。私が誇る知のエリート部隊が……まさか立て続けに敗れるとは」
「五連続で最大優劣属性など信じられん! い、いかさまだ。貴様、いかさまをしているだろ!」
とうとう現状にしびれを切らした魔族がティレアさんに詰め寄ってきた。その魔族が言うとおり、私の予測が正しければ、ティレアさん、ほぼいかさまみたいなものですね。
「藪から棒に何を言うかと思えば……私の世界ではこういう格言がある。いかさまをしても、ばれなければいかさまじゃない。いかさまだというならその証拠を見せてほしいものね。まぁ、今回本当にいかさまはしていないよ。これは単なる読み比べの結果、ただそれだけ」
「ま、まさか。くっ、本当なのか?」
「こ、小賢しいセリフを……」
魔族の面々が屈辱に顔をゆがませていた。
「ふふ、あんたら背中、すすけてるよ」
あぁ、ティレアさんが最高潮に調子にのっている。魔族が誇る知のエリート達に立て続けに勝利したもんだから、絶好調に浮かれている。まずい、またこのパターンなの。胃が痛くなってきた。魔族達もティレアさんをあまりのせないでほしい。