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第八話 「ジェシカと王都の希望」

「後方二キロの地点に吸血鬼の群れを発見。第七クラスは詠唱準備に入れ!」

「「はい」」

「第三クラスは負傷者の収容と治療を行え。何かあれば私のもとに伝令を出せ!」

「「了解です!」」


 会長の指示のもと私達学園の生徒は吸血鬼を撃退し、市民を指定の場所に避難させていく。市民達は恐れおののいている。当然だろう。昨日まで和気あいあいと話していた友人、大切な家族が突然牙を剥いて襲ってきたのだから。


 腕に覚えがある者は自慢の武器を振り回し吸血鬼に対抗するが、戦況は芳しくない。吸血鬼達は数が多い上に身体能力も上がっているから手ごわいのだ。会長の卓越した指示と学園生徒の奮戦がなければあっという間にやられていただろう。


 会長は私のような未熟で実践経験のない生徒まで駆り出して戦線を維持する。


 吸血鬼(テキ)に対し絶対的に数が足りないのだ。


 初めての実戦、これは演習ではない。


 初めは足が震えて緊張しっぱなしであった。だが、魔力が枯渇するたびにポーションを飲み、何度も戦場に出るとある程度の覚悟はできる。

 

 そうして戦闘を繰り返し、吸血鬼の襲撃に備えていると会長が近づいてきた。


「ニコル君、大丈夫か?」

「はい、初めより大分落ち着きました」

「無理はしなくていい。ポーションで体力、魔力は回復しても精神的な疲労は取れないものだ」

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です」

「知らずに疲弊しているものだよ。いいから君は少し休みなさい」

「わ、わかりました」


 会長から半ば強引に勧められ思わず頷いてしまう。


 まだ頑張りたかったが、疲弊していたのも事実である。会長のご厚意に甘え、本陣で休息を取ることにした。本陣は簡易的なベッドが置いてあり仮眠や簡単な食事もとれる。


 本陣に入り、周囲を観察する。皆、疲労でぐったりとしていた。

 

 無理もない。


 絶対的な守護者(レミリア)の不在……。


 終わりのない戦いが皆の希望を絶望に塗りつぶしているのだ。


 私はベッドに腰掛け目を閉じ、軽く休息する。


 あぁ、本当にこの先どうなるんだろう?


 エディムやリリスといった親友達の問題もあるし、何より魔族という巨大な存在がプレッシャーを与えてくる。


 魔族……。


 人族とは比較にならないほどの魔力、身体能力を持った種族だ。


 私達は奴らに勝てるの?


 倒せる可能性があるのは……。


 冒険者? 治安部隊? それとも魔族退治の専門家?


 ううん、私の勘だけどその誰もが小物は倒せても本物の魔族は倒せないと思う。このまま世界は魔族に征服されちゃうのかなぁ。精神的な疲れが溜まっているせいか負の思考で胸がいっぱいになる。


 あ!? そういえば魔族を倒すなんて常識を覆した人がいた。


 ティレアさん今頃どうしているかな? ティムちゃんは見つけたのかなぁ。


 ティレアさん、不思議な人……。


 ただの料理人って言ってたけど、とてもそうは思えない。あの信じられない力、きっと魔族だろうがなんだろうがティレアさんの前では敵ではない。


 ティレアさん、本当に何者なんだろう?


 ティレアさんは勇者の末裔(まつえい)ではないと言っていた。


 ならひょっとして魔族――ううん、ティレアさんからは負のオーラが出てない。単純というか純真というか陽のオーラで溢れている。アルキューネみたいな負の塊とは対極に位置する存在だ。


 そうだ! ティレアさんだ!


 太陽のように光を放つティレアさんなら、この閉塞した空気を吹き飛ばしてくれるにちがいない。


 ティレアさんを捜そう!


 私はベッドから立ちあがり、そのまま陣を出ようとしていたら、周囲から歓喜の声が湧くのを耳にした。


「レミリア様が戻られたぞぉ――っ!」

「おぉ、やった!」

「レミリア様がいれば魔族など恐れるに足らぬ!」


 レミリア様が帰還された!


 良かった。これで皆の士気が格段に上がるだろう。


「皆すまない。私の不在で迷惑をかけた。まんまと敵の罠にかかってしまった」


 レミリア様はそう言って本陣の皆の前で頭を下げた。レミリア様は唇を噛み、悔しそうな表情をしている。敵の罠にかかったことを屈辱に思われているのだろう。


「レミリア様のせいではございません。奴らの罠を見抜けなかった我々執行部の責任です」

「いや、最終的に判断したのは私だ。責任はこれからの働きで償わせてくれ」

「はっ。レミリア様がいればこれから挽回可能でございます」

「うむ。皆、協力を頼むぞ!」

「「はっ、お任せください!」」


 レミリア様のお言葉で治安部隊はもとより、ギルドのメンバーも喜色満面である。そうしてお互いに士気を鼓舞しているなか、会長がレミリア様のもとに近づいてきた。


「レミリア様。魔法学園生徒会長のムヴォーデリです。無事のご帰還何よりです」

「おぉ、君が噂の秀才君か。話はよく聞いている。私の不在のおり、皆を引っ張ってくれたそうだな。心より感謝する」

「いえ、身に過ぎたお言葉です」

「お世辞じゃないぞ。今後も期待している。頑張りたまえ」

「ありがとうございます。それで追跡した魔族は今回の騒動に――」

「あぁ、今思えば戦闘を極力避けていた節があった。やはり陽動だったのだろう」

「そうですか。敵の親玉はなかなかの策士みたいですね」

「うむ。今後は踊らされぬように気をつける。まずは状況の確認だ。現在の戦況を知りたい。どうなっている?」

「はっ。南方の砦の守備隊は全滅。ここはもう魔族に占拠されたと見て間違いないかと。他東西北については各守備隊、そして我々学園の生徒が陣を構築し防いでおります。また、治安部隊、ギルドの方々には避難民の保護、そして、吸血鬼の殲滅(せんめつ)を並行して実施して頂いております。ただ、どこも戦線を維持するのがやっとであり、厳しい状況が続いております」

「なるほど状況はわかった。ご苦労。後は私に任せたまえ」

「はい。それでは各機関の指揮系統はお返しします。私は皆にレミリア様のご帰還を伝えにいきますので」

「そうか、頼んだぞ」

「はっ」

「それでは戦える者は私に続けぇ――っ! これより魔族掃討を始める!」

「「はっ」」


 レミリア様の号令のもと、治安部隊、各ギルドの主だった者達が歓声をあげる。士気は最高潮に達しようとしていた。


「レミリアよ、待つのだ!」

「こ、これは国王様。このような戦場に足をお運びになるとは――」


 突然現れた王様の姿に皆がその場に片膝をつく。


「レミリアよ、安心しろ。すでに手はうってある」

「おぉ、それはどのような手でしょうか?」


 王様のお言葉にレミリア様が質問される。切れ者と名高い王様だ。他の皆も王様の打たれた手に期待を寄せているみたいである。


「魔族討伐は魔滅五芒星(デガラビア)に任せてある」

「失礼ですが魔滅五芒星(デガラビア)とは?」

「王都の秘密機関だ。これより治安部隊はその指揮下に入ってもらう。既に魔滅五芒星(デガラビア)の構成員にはその旨を通達しておる」

「し、しかし、突然そのような――」

「レミリアよ。これは既に決定事項である。何者にも反論は許さぬ。良いな!」

「は、はっ」


 レミリア様を始めその場にいた全員、初めて知ったその機関に戸惑いを隠せないようだ。私も事前に知っていなければ唖然としていただろう。


 リリスちゃん、あなたは一体……?


 王様が退出後、神父服を着た男が私達の前に現れた。歳は四十くらいだろうか、眼光鋭く偉丈夫である。そして、その男はリリスちゃんやヴェーラさんと同じ格好をしていた。


「ガバン・アレクだ。王から説明があったように今から俺が貴様らの上官だ。これより俺の指示には素直に従ってもらう」

「な、なんだと! 魔滅五芒星(デガラビア)など聞いたことがないぞ。いくら王のお言葉だからって何故我々があんたの指示に従わなければならないんだ!」

「そうだ、そうだ。我らのリーダはレミリア様だ!」


 治安部隊はもとより冒険者ギルドのメンバー、学園の生徒、皆が不満を爆発させている。


「ふむ、貴様らの無意味に膨れ上がった慢心に付き合っている暇はない。これより、俺の指示に従わない者は王に刃向う逆賊として処罰する」

「そ、それは……」

「ひ、ひきょうな」

「皆の者、アレク殿の言うとおりだ。王のお言葉に背く者は逆賊と言われても仕方がない。ここはアレク殿の指示に従うのだ」


 不満を顕にしている人達を前にレミリア様がそう言って(たしな)める。信頼を集めるレミリア様のお言葉だけに反対の声も小さくなっていった。


「レミリアだったか。よくぞ言った。お前たちには避難民の誘導とそれを襲撃する吸血鬼からの防衛を命ずる」

「はっ。ご指示には従いますが、我々が追っていた魔族が王都に舞い戻ってきているようです。今監視をつけていますが、そろそろ何かしら行動を起こす恐れがあります。その際には私も同行していたほうがよろしいかと」

「必要なし。魔族の戦闘力は計り知れず。正攻法で戦っても倒すのは不可能だ。魔族は我々魔滅五芒星(デガラビア)が殺すしかないのだ」

「し、しかし、少しでも戦力があったほうが良いのでは?」

「くどい。お前達では力量不足だ。足手まといになるのがオチだ」

「な、なんだと我ら王都守護を司る治安部隊を侮辱する気かぁ!」

「そうだ。いくらなんでもその言葉は許せぬ!」

「やめろ。お前達!」


 レミリア様は、声を張り上げ激昂する面々を抑える。皆、内心不満でいっぱいだ。ここにいる者は、歴戦の戦士達である。命がけで戦ってきて役立たずだと言われたのだ。激怒するのも当然。剣を抜く寸前の者もいる。レミリア様だからこそ、抑えられたと言えるだろう。


 悔しげにアレクを睨む面々。その剣呑な空気を察したのか、レミリア様は静かにアレクの前に向き直る。


「アレク殿、皆を挑発するのはよしてくだされ! 命がけで戦った者達に対し無礼ですぞ」

「挑発ではない。事実を言ったまでだ。何度でも言う。お前達は弱い。魔族を倒せるのは俺達だけだ」

「くっ。そこまでおっしゃるのならその腕前を見せてほしいものです。よろしければ不肖レミリアお相手いたす!」


 レミリア様は剣を抜き、アレクの眼前に剣を振りかざす。


「ふ~、なんだこりゃ。治安部隊とは名ばかり、血の気の多いだけの集団か。それに魔法もろくに使えないのに宮廷魔導師を名乗っている奴さえいる。極めつけは学園のお子ちゃまがわんさか騒いで戦場と祭りを勘違いしてやがる!」

「おのれぇ! その暴言許せん! レミリア様、構う事ありません。叩き斬ってくだされ。な~に、王も脆弱な男だとわかればお許しになることでしょう」

「そうだ。レミリア様が出るまでもありません。ここは私が――」


 あぁ、なんてこと!


 魔族を倒すため、私達は機関の垣根を越えて手を取り合う必要がある。なのにこの人達は仲間割れをしているのだ。ただでさえ人間と魔族では戦力差が激しいというのに……。


 この人達じゃだめだ。


 私はひそかに陣を抜け出し、ティレアさんを捜すことにした。王都の未来はティレアさんにかかっている。


 ティレアさん、ティレアさん、どこにいるの?


 大声を出しながらティレアさんの行方を捜す。だが、行けども行けども避難民か吸血鬼しか見当たらない。これだけの人数だ。もう捜すのは無理かもしれない。

 

 ううん、諦めちゃだめ。ティレアさんが王都の希望なんだから。私は決意を新たにティレアさんを捜す。ティレアさんの名を呼びながら、建物の中もくまなくチェックする。途中、吸血鬼に襲われるが、魔法でなんとか撃退する。


 ティレアさん、ティレアさん……。

 ジェシカちゃん、ジェシカちゃん……。


 ん!? なんか私の名が呼ばれたような……耳をすましてみる。


「ジェシカちゃん、ジェシカちゃん、どこにいるの? いたら返事をして!」


 ティレアさんの声だ!


 良かった。見つけたよ。それに私を捜しているってことはティムちゃんも見つかったのかな?


「ジェシカちゃん、ごめんね。ぐすっ、もう吸血鬼に襲われちゃったのかな?」

「ティレアさーん! ジェシカです、ここにいます!」


 ティレアさんに向けてせーいっぱい声を張り上げ、手を振る。ティレアさんも私を見つけたようでこちらに駆け寄ってくる。


 そして、私達はお互いの無事を確認するかのようにしばし抱き合っていた。


「ジェシカちゃん、良かった、良かった。無事だったんだね」

「ティレアさんこそ、ティムちゃん見つかったんですね、良かった」


 ティレアさんの話を聞くと、ティムちゃんは治安部隊に保護されているようだ。

そして安堵したティレアさんは私を置いてきたことを思い出し、捜してくれていたみたいである。ティレアさんとは昨夜会ったばかりなのに、ここまで心配してくれてなんだか嬉しい。ティレアさんは忘れてて申し訳ないって何度も謝ってくれた。だけど、そんなに謝る必要はないって言った。


 だって、大事な妹の安否を優先するに決まっている。ティレアさんがどんなにティムちゃんを大事にしているかすごく伝わってくるんだもの。


「はぁ~、でもジェシカちゃんが見つかって良かった。あとはティムと合流してこの騒ぎが治まるのを待ちましょう」

「え? ティレアさんは魔族と戦わないんですか?」

「う~確かに私は吸血鬼の弱点を知っているけど……私はただの一般人だよ。後は治安部隊に任せるべきだと思う」

「ティレアさんが一般人なわけないじゃないですか! お願いです。王都の未来のために立ち上がってください」

「そ、そんなこと言われても……いや、そ、そうね。一国民として吸血鬼の弱点を治安部隊の人に教えるぐらいはしないとね」

「い、いやそうじゃなくてですね。ティレアさんが率先して――」

「見――つ――け――たぞ! お前た――ち!」

「な!? エ、エディム!」


 振り返ると、幽鬼の顔をしたエディムがそこにいた。


「へっ、エディムって?」


 ティレアさんは、突然現れたエディムにわけがわからないって顔をしている。


「アルキューネ様の敵、死ねぇ――っ!」


 ま、まずい。エディムがティレアさんの血を啜ろうとしている。とっさに止めようとするが遅い。


 だ、だめ、もう間に合わない。


 エディムがティレアさんの首筋に牙を突き立てているのが見えた。


 あぁ、ティレアさんが魔族に操られてしまう。


 終わりだ。ティレアさんが吸血鬼になったらもう魔族を倒せる方法はない。私が絶望に打ちひしがれていると、


「この人ってジェシカちゃんのお友達?」


 超然としているティレアさんの姿があった。エディムの牙にやられている様子はまったくない。


「え、な、なんで?」

「いや、ジェシカちゃんが知っているみたいだから友達かなって思って」

「あ、はい、私の親友ですけど、あ、あのティレアさんはなんともないんですか? ほら首すじ――」

「どういうことって、うわっ! 吸血鬼! あ、私、刺されたの? あぁ、ジェシカちゃん、私が化け物になる前にクカノミをぶつけ――うん? 痛くないぞ?」

「な、何故だ? 何故牙が刺さらない!」


 ティレアさんの首筋にエディムは牙を突き立てようとするが、なにか分厚い壁みたいなものに阻まれているようだ。


 もしかして魔力の渦?


「ふふ、なるほどね」

「ティレアさん?」


 最初、吸血鬼に襲われたと思って怖がっていたティレアさんだが、今は不敵に笑みを浮かべている。何か確信を持っているみたいだ。うぅ、この顔をしたときのティレアさんは不安だよ。


「エディムとか言ったわね。あなたの牙が刺さらない理由を教えてあげる」

「な、なんで! 何故だ!」

「それはね、牙が刺さらないんじゃない。あなたが無意識に牙を刺そうとしていないだけ。ただ、それだけなの」

「バカな、そんなわけあるか!」

「そうなのよ。事実刺さってないでしょ」

「そ、それはそうだが、いったい何故……?」

「ふふ、無意識に牙を刺さない理由……それはエディム、あなたが人間の心を残しているからよ」


 そう言ってびしっと決めポーズでエディムを指差すティレアさん。


 エディムに人間の心が残っている……本当であればどれだけ救われたことか。だけど、ドヤ顔のティレアさんには悪いが、恐らくティレアさんの勘違いだろう。


「ったく真面目に聞いて損をした。人間の心? ふざけるな! 私はアルキューネ様、魔族に心を捧げている。見ておれぇ!」


 ティレアさんの言動が頭にきたのか、エディムはムキになってティレアさんの首筋から至る所に噛みつき攻撃をしかける。だが、ティレアさんには通じていないみたいだ。


「無駄よ。あなたは、親友のジェシカちゃんの前で化け物になりたくない。そんな気持ちが芽生えているんじゃない?」

「え、そうなの? エディム?」

「はは、何をバカなこと言っているの! あんた達、ムカついたわ。血の一滴残らず吸い尽くしてあげるから」

「ふふ、そう言っても心は正直ね。さっきから一滴も血を吸わないじゃない。さぁ、ジェシカちゃんもエディムに声をかけるの。友情を思い出すようにね」

「な、舐めるなぁ! 死ねぇ! な、何故刺さらない、なんなんだお前は……」


 エディムはさらに激しさを増して牙を突き立てている。だが、牙がティレアさんに突き刺さることはなく、ただその衝撃音だけが周囲に響いていく。


 ティレアさんはエディムが人間の心を残しているから躊躇していると言っている。だけど、これはどう見てもティレアさんの頑丈さのおかげだろう。


 そして……。


「ぐはっ、あぁぁあ!」


 叫び声があがる。とうとうエディムの牙が抜け落ちたようだ。吸血鬼の牙より硬いなんて……。


 はは、ティレアさん、すごすぎだよ。


「どうやらやっと自分の気持ちに素直になったようね」

「いやいやティレアさん、下、下を見てよ。エディムの牙が欠け落ちたせいだよ」

「下? 本当だ、牙がある。どういう……そうか! エディムとうとう吸血鬼の呪縛が解けたんだ」

「え? ティレアさん、それはちょっと違うと思います」

「いやいやこういう展開は漫画とかアニメでけっこうあるのよ。ジェシカちゃん、良かったね。親友が人間に戻れたみたいよ」


 まんが? あにめ? なんのことだろう?


 あいかわらず意味不明なティレアさんだ。


 ティレアさんは、エディムが人間に戻ったと手ばなしで喜んでいる。そうだったらどんなに嬉しいか。現実は非常である。牙が欠けても人間には戻れないだろう。


 ティレアさんのいつもの勘違いだ。エディムはもう私の親友じゃ……でも牙が欠け、泣いているエディムを見るとかわいそうに思えてくる。どんなになっても親友が悲しくしていたらせつなくなるものだ。


「うぅっ。ああ……うぅくっ……わひゃしの歯が……歯が……うぅ、ひひどい」

「そんなに泣かなくても良いのよ。ジェシカちゃんは許してくれるって。あなたはただ魔族に操られていただけなんだから。そんなに自分を責めないで」

「な……何をひゃけがひゃからないことを……うぅ、わひゃしの牙、牙」


 あぁ、ティレアさんの勘違いが止まらない。


「あのティレアさん、エディムを――」

「そうね、一人にさせておきましょう。今は自己嫌悪でいっぱいでしょうから。でも彼女なら立ち直ってくれるよ」

「は、はい。ティレアさん、エディムを止めてくれてありがとうございます」

「何言ってるの! 私は何もしていないよ。エディムが呪縛を解いたのは彼女自身の力であり、あなたとの友情のおかげなんだから」

「そ、そうですか」


 とにかくエディムはこのまま大人しくしていてほしい。過程はどうあれ結果的にティレアさんはエディムの凶行を止めてくれた。やっぱりティレアさんはすごい。


「ティレアさん、さっきの話の続きですが、魔族をた――」

「や、やばい。ジェシカちゃん、こっちに避難するよ」

「いきなりどうしたんですか?」

「見て! 赤い化け物みたいなのがうようよいる」

「ほ、本当だ。すごい数、魔族……ですかね?」

「きっとそうよ。早く見つからないうちに……あの廃屋に隠れましょう!」

「は、はい。でもティレアさんが倒してくれれば」

「何言っているの! 数が多すぎる。クカノミは少し拾って何個かあるけど、後はこの十字架しかないんだから」

「は、はぁ。で、でも……」

「とにかく中へ」


 私はティレアさんに促され廃屋の中へと入る。


「ふっはっはっはっはっ! 皆の衆、またもやお客さんだぞ」

「今度は骨のある輩だと良いんですが」


 なっ!? 魔族!


 廃屋の中には魔族が数人待機していた。


 待ち伏せ!


 私は踵を返し外に出ようとするが、


「あぁ、待ちたまえ。そのまま外に出てもつまらないことが起こるだけだ」


 背中越しに魔族のプレッシャーが押し寄せてきた。思わず足が止まる。


「ジェシカちゃん、悔しいけど奴らの言う通りにしよう。もう回り込まれている」


 ティレアさんの言う通り、出口は魔族達が固めている。強行突破しないと出られそうにない。


「ティレアさん、つっきりますか?」

「やめとこう。とりあえず警戒は怠らないで。はい、クカノミを渡しておくね」


 ティレアさんからクカノミを受け取り、奴らと対峙する。


「良い心がけだ。そのまま逃げでもしたらすぐにぶち殺すところだったよ」

「逃げなくても殺そうとするくせに、それでどうするの? このまま戦闘する?」

「まぁ、落ち着きたまえ。私は大魔族(マルフェランド)四騎士の一人、知の将ホルス。我々は大魔族(マルフェランド)の知を預かる者だ。君たちとゲームがしたい」

「ゲーム?」

「あぁ、ただし普通のゲームじゃない。生死のかかったゲームだ。もちろん、ゲームだからお前達だけでなく我々も死ぬ可能性がある」

「な、なんでそんなメリットのないことを?」

「ただ殺し合いをしても我々が勝つのは目に見えている。先ほどから人間共と戦いをしてきたのだが、一方的すぎで退屈そのものであった。それでお前達、人間にも勝機を与えてやろうと思ってな。ただし、我々は知の部隊。戦闘だけでなく知でもお前達は圧倒されるだろう」

「なるほど、魔族の退屈しのぎってやつね。ちょっと二人で話をさせてくれる?」

「良かろう。思う存分、戦略を練るといい。とりあえず逃げようとか不意打ちをしようとか考えるな。ゲームをぶち壊そうとするなら我々は容赦はせぬからな」


 ホルスからの恫喝。だが、裏を返せばゲームに準じていればすぐに死ぬことはない。ティレアさんと二人で魔族の提案に対して意見を交換していく。


「ジェシカちゃん、これはチャンスよ。ただの戦闘だといくらクカノミと十字架があるからといっても不安要素は大きい。でも、ゲームなら頭の問題。奴らを出しぬくことができる。ゲームに参加して奴らの数を減らしていこう!」

「で、でも、ゲームなんて奴らが何を考えているか――」

「ジェシカちゃん、確かに奴らがいかさまをする可能性はある。他にも負けそうになったら逆切れとかね。そんなことにならないようにジェシカちゃんには見張りをしていてほしい。何かあったらクカノミで対応、私も戦闘に切り替えるから」

「ティレアさん、それはゲームに勝つって前提で作戦を立ててます。だけど奴らに勝てる保証はないですよ」

「前にも言ったでしょう。私は特殊な知識を持っているって。アカギンや賭博人カイジンを読み漁った私に死角はない。魔族なんかにあんな細やかな思考ができるもんですか。ポーカでも麻雀でもなんでも来いって感じだ」

「あの、やっぱりティレアさんが普通に戦闘したほうが良いと思いますが」

「ふふ、ジェシカちゃん、ゲームは私の最も得意とするフィールドよ」


 あぁ、ティレアさんが暴走している。なんとかして止めないと! ティレアさんに頭を使わせちゃだめだ。


「話は済んだか?」

「えぇ、あなた達には人類の英知を教えてあげるわ」

「くっくっ、それは面白い。お手並み拝見といこう」


 知の将ホルスの指示のもと、その配下が私達に対峙する。最初はどんなゲームになるのか、ティレアさんにとって最も不得意とするフィールドでの戦いが始まろうとしていた。

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