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第六話 「吸血鬼殲滅作戦実行だよ」

「ティムどこ? どこに行ったの?」

 

 俺は無我夢中で辺りを捜し回る。途中、吸血鬼の群れが襲ってくるので、手当たり次第ぶん殴っていく。

 

「がぁああ!」

「うるせぇえ、邪魔だぁあ!」

 

 十字架をメリケンサックのように握り殴りつける。殴られた吸血鬼は吹っ飛び、ミンチのように弾けた。

 

「はぁ、はぁ、見つからない。やばい、やばいよ」

 

 心配で心配で血液が逆流しそうだ。捜索が遅れれば遅れるほどティムの生存率は低下する。気持ちは焦るばかり。捜せど捜せど見つかるのは吸血鬼か、逃げ惑う市民達だ。幸い今まで遭遇した吸血鬼の中にティムはいなかった。まだ襲われておらず、今もどこかで逃げ回っているのだろう。

 だが、いくらティムが魔法を使えるからといって、この数だ。多勢に無勢。吸血鬼にやられるのは時間の問題かもしれない。

 

 あぁ、どうしたら……。


 焦って思考がうまく働かない。


 だめだ。こんな時は、深呼吸だ。


 すぅはぁ~。


 落ち着け、落ち着け。一度、冷静になろう。


 俺は涙をぬぐい、少し頭を冷やす。


 正門から周囲数キロは探索したが、どこにもティムの姿は見えなかった。


 つまり、ティムはさらに遠くまで逃げたのか?


 いや、いくらティムの足が速いといっても俺のほうが速い。これ以上先に行っているとは考えがたい。


 それならどこかに隠れている?


 でも、どこに?


 王都は建物も多く、さらにこの騒ぎで崩れかけている家も多い。一軒一軒しらみつぶしに捜すとしても、かなりの時間がかかってしまう。


 あ~くそ! 八方塞がりな思考に俺が頭をかかえていると、

 

「ここにおられましたか、ティレア様」

 

 変態(ニールゼン)やミュー達親衛隊が駆けつけてくれたのだ。


 た、助かった。今は捜索するのに人手が一人でも多く欲しかったところだ。

 

「ミュー、ニール戻ってきたんだ。良かった」

「はっ。遅ればせながらオルティッシオ達と合流できやした」

「そう。それよりティムを捜すのを――」

「カミーラ様なら人間共と一緒におられました」

 

 変態(ニールゼン)が聞き捨てならないことを言った。


 ティムが誰かといる? もしかして王都の治安部隊に保護されたのかな?

 

「それってティムは治安部隊の人達といたの?」

「御意。お声をかけやしたが、ティレア様と合流するよう指示をうけやした」

「何やら思惑があられるようでしたな」

「そ、そう」

 

 よ、良かったぁ~。


 どうやらティムは保護されたみたいね。いや、もう寿命が縮んだよ。変態(ニールゼン)の報告だけならいまいち信用できないが、ミューも言っているから本当だろう。

 治安部隊ならレミリアさんがいる。王都最強の人だよ。下手に俺と一緒にいるよりずっと安全だ。


 ティムが無事だとわかりほっと胸をなでおろす。

 

「ティレア様、オルティッシオから報告があります」

「ん?」

「お初にお目にかかります。王都潜伏部隊隊長オルティッシオ・ボ・バッハです」

 

 なんだ? こいつ? 


 見た目はのっぽりとした普通の奴に見える。


 ……だが、潜伏部隊隊長だぁ?


 まったくこの非常時に。あなたも中二病なんだね。別にもう驚かないけど。

 

「それでオル、報告したいことって何?」

「はっ。まずは合流地点に間に合わなかったこと、謹んでお詫び申し上げます」

 

 ん!? そうだよ。元はと言えばあなた達が待ち合わせ場所に来てくれなかったから大変だったんだ。てっきり、変態(ニールゼン)が道を間違えたと思っていたけど。

 

「それでなんで待ち合わせ場所に来なかったの?」

「はっ。実は昨日から王都のレミリア率いる治安部隊に追跡されていました。できるだけ戦闘を回避しろとの指令でしたので、やむを得ずカノドの町まで撤退を余儀なくされた次第です」

 

 オルの仲間もオルの言葉に合わせて頷いている。


 はは、この中二的言い訳。こいつらも変態(ニールゼン)よりだな。実際のところは単に待ち合わせの約束を忘れていたんだろう。


 ふぅ~、自分のミスを他人のせいにしやがって……。


 それもよりにもよって、今、最も皆のために頑張っている治安部隊のせいにしちゃったよ。命懸けで仕事している人達にあまりに無礼だ。人間性を疑うぞ。


 そもそもあなた達が迎えにこなかったせいで、ミュー達が捜しにいくはめになったんだ。そのおかげで腕利きの護衛とはぐれ、ティムも俺もすごい怖い目にあったというのに。

 

「言い訳もここまでくると見苦しいわね」

「ま、まことに申し訳ありません」

「あなた達、三十人もいてこのザマなの?」

 

 まったく誰か覚えていなかったのかよ。それとも誰かが迎えに行くだろうと、しらばっくれていたか? どいつもこいつも人任せだったんだな。よくある話だ。

 

「そ、それが治安部隊自体はたいしたことないのですが、隊長であるレミリアが執拗に追跡してきまして。さすがにSランクの冒険者でもあり、振り切るのに時間をかけてしまいました」

 

 オル達は縮こまりながら言い訳を述べる。


 ――ったく別に忘れたら忘れたでいいさ。面倒くさくなったでもこの際いい。人間誰でもそういう時はあるからね。正直に謝れば許してあげたのだ。


 それを他人のせいにするって……こいつらどういう神経してるんだろう? 叱られるのが怖いからって情けなさすぎだ。

 

「はぁ~あなた達……情けないにも程がある!」

「ティレア様のおっしゃる通りです。オルティッシオ、たかが人間や耳長族ごときに遅れをとるなど魔族の恥だ、自害しろ!」

 

 変態(ニールゼン)が自分に甘く他人に厳しいセリフを吐く。しかも中二的にきちんと返事しているからね。もうつっこまない。

 

「で、ですが、レミリア率いる治安部隊だけではありません。魔滅五芒星(デガラビア)というより危険な機関も暗躍してまして……」

 

 またオルの奴、変な言い訳しだしたぞ。


 デガラビア? 何それ? どこぞの秘密結社ってか!


 この非常時にそういうこと言える根性だけは褒めてやるよ。

 

「オルティッシオ、ごたごた言い訳するではない。ティレア様に恥をかかせたのだ、全員自害しろ!」

「そ、そんな……ニールゼン隊長、せめて部下達だけでも――」

「くどい! もたもたするならこの私自ら引導を――」

「あぁ、もういいから。とりあえず、現状どうするか話し合いましょう」

 

 もうあなた達の三文芝居を見ている余裕はないの。周りを見てみろよ。吸血鬼達がうようよいるだろうが、のんきに遊んでいる暇はないんだよ。

 

「承知しました。ティレア様がお許しになるのであれば何も言いません。オルティッシオ、感謝するのだぞ」

「は、はっ。まことにありがたく、この汚名は必ず返上します」

「わかった、わかった。で、これからどうしようか?」

「そうですな。もう王都には戦略的価値は無さそうです。ティレア様、この際、焼け野原にしてしまうのも手ではないでしょうか?」

「はい、却下」

 

 変態(ニールゼン)がオルに触発されて中二言語を振りかざす。


 もうやめてくれ! まじで!


 こちとら本物の魔族と戦ってきたというのに。この能天気さ。この阿鼻叫喚の中でそのずぶとさだけは尊敬する。

 

「それともう一つ報告が……」

「オル、何?」

「はっ。レミリアをはじめとする治安部隊は撒いたのですが、王都に舞い戻った辺りから数人ほどこちらを監視している者がおります」

「え? それはどういう意味?」

「恐らく我らを逃がさぬように包囲陣を敷いているのではないかと」

 

 逃がさぬようにって――はっ!? そういうことか!


 こういうバイオハザアドで政府がよくやる手段、封鎖だ。これ以上、被害が出ないように周囲を封鎖して閉じ込めるのである。封鎖の中にいる者は国のための尊い犠牲という奴だ。


 くっ、上の奴らは自分さえ良ければそれでいいのか!


 器が小さすぎる。小物だよ。多分、そいつらは王都の外に逃げないようにオル達というより住民を監視しているのだろう。


 ま、まずい、まずいぞ。こんな物騒なところ、ティムを連れてさっさと逃げ出そうと思ってたのに。王都から逃げようとするとそいつらに殺される。これは下手に逃げられない。


 どうしよう? どうすれば助かる? 


 わからない。とりあえず情報を集めなければ……。

 

「その監視している奴らってどんな感じだった?」

「戦闘要員ではありません。魔力は千五百ほどです。おそらく諜報部隊でしょう」

 

 ……まだ中二言語なのね。


 まぁ、いいか。下手にパニックを起こされてもシャレにならない。俺だってアップアップしているんだから。映画やゲームと違ってリアルは生々しいね。でも、吐いて目を回すと思ったけどそこまでには至っていない。


 なんでだろう? 前世、ホラーゲームをやって耐性がついてたのかな? それとも転生特典で知らずに精神耐性がついてたとか……。

 

 とりあえず、その諜報部隊の正体だ。まず治安部隊ではないだろう。隊長であるレミリアさんが民を虐殺するはずがない。


 そうなると政府の特殊機関かな? 王都に危機が迫ったときに非常の手段を許される王直属の部隊とか?


 いかん、当たってそうだ。これは下手に手を出すわけにはいかない。


 でも、ミューは別として、こんな話こいつらに言うとびびっちゃうよね。今は中二的心情で強がっているけど、いつそのメッキが剥げるかわからない。びびってパニックを起こされるのだけは避けないと。


 よし。とりあえず、そいつらは大した奴ではない。でも手は出すなって感じで伝えてみるか。

 

「はぁ、千五百ねぇ。放っておいてもどうってことない奴らだけど、態度が気に食わないね。ミューこんど見つけたら消しておいて」

「はっ」

 

 皆には放っておいても良いとアピールしつつ、さりげなくミューにだけは、応戦するように言っておく。王都から逃げる時にはミューにそいつらを倒してもらわないといけないからね。

 

「それでティレア様、この後の方針はいかがなさいますか?」

「そうね。ティムと合流して王都から撤退しよう」

「我ら邪神軍の領地をかっさらった、エセ魔族共に鉄槌を与えなくてよろしいのですか?」

 

 エセ魔族はあなた達でしょうが! まったく相手は本物の魔族だよ。いくら弱点があるからといって危険な橋を渡ることはない。今までのような不良との喧嘩じゃないんだから。遊びではない。命のやりとりをするのよ。


 俺達にできることは限られている。魔族については治安部隊の皆さんにお任せしよう。俺達はどうにか王都からの撤退方法を考えないと。


 そう、王都にはもう未練はない。こうなったらティムも学園生活を送れないだろうし、ティムの友達にって思ってたジェシカちゃんも――


 ん!? ジェシカちゃん?


 すぅっと血の気が引く。


 あああああ、やばいやばい、忘れてた!

 

 ジェシカちゃんを放ってきてしまった……。


 まずい、まずい。確かジェシカちゃんもう走れないって言ってたよね? あんな状態のジェシカちゃんを吸血鬼の群れの中に置いてきてしまった。なんという鬼畜な振る舞い。いくらティムのことでパニクってたからって、中学生くらいの女の子を置き去りにするなんてありえない所業だ。


 早く捜しにいかないと!


 俺は駈け出そうとするが――


 待て待て。ミューがいるとはいえ、こいつらも置いていくわけにはいかない。何せ下手したらこいつら徒手空拳で吸血鬼に向かっていきかねないよ。ほっぽり出して死なれたら寝覚めが悪い。


 とりあえず、吸血鬼の弱点を教えておくか。戦うにしても逃げるにしてもこの情報は教えておかないと生死に関わってくる。


 えーと、まずはクカノミ……ってクカノミどこかに置いてきてしまったよ。十字架も一つだけだ。


 仕方がない。残るはあれしかないか。

 

「皆聞いて! 私はちょっとやることができたから、あなた達は先にティムのもとへ向かうこと。ミューあなたが陣頭指揮を執って皆を連れていってね」

「なっ!? ニールゼン隊長では?」

「あのね、これは遊びじゃないの。文句は言わせないから」

「「は、はっ」」

 

 返事はしたが変態(ニールゼン)が何やら不満そうだ。いつも魔王軍ごっこで隊長をしているからだな。なんだその不満そうな顔は! これは今までのような遊びじゃない。命がかかっているんだ。

 

「後これが重要よ。吸血鬼が襲ってきたら木の杭で心臓に刺しなさい」

「ティレア様のお言いつけなら従いまするが、それにいったいなんの意味があるのでしょうか?」

 

 ふふ、疑うのは当然ね。皆何故そこで木の杭が出てくるのって感じなんだろう。当然だ。吸血鬼の弱点なんて俺しか知らないからね。それじゃあ、その効果を見せてあげるとしますか。

 

「論より証拠。見てなさい!」

 

 変態(ニールゼン)を含めて親衛隊全員が注目する。俺は先の尖った木を探すため周辺を歩く。


 ん!? これがいいか。


 崩れ落ちた家の中からイメージにあった木を取り出した。後は獲物だけど、できるだけのそのそ歩いている奴がいいな。


 よし、あれにしよう。前方三百メートルにふらふらと彷徨(さまよ)う吸血鬼を見つけた。動作も鈍いし杭を刺すにはうってつけだ。

 

「皆、よく見ているのよ」

「「はっ」」

 

 俺は木の杭を突き出すように押し出す。

 

「ふぁああ、悪・即・突!」

「きしゃあああ!」

 

 押し出された木の杭は吸血鬼の心臓を貫通した。吸血鬼は雄叫びをあげると、そのまま霧のように消滅したのである。


 ……はは、予想通り。

 

「どう、わかった?」

「相変わらず、お見事な腕前です。それで何故、剣や拳でなく木の杭でなければいけないのですか?」

 

 こ、こいつら全然わかってねぇよ。こんなマネができたのは木の杭だからだ。普通に剣や拳をふるったって吸血鬼の鋼の肉体に傷なんてつきやしないんだから。

 

「剣や拳って……あのね、あなた自分がどれほどの者と思っているわけ? 自信過剰もいい加減にしなさい」

 

 俺は変態にびしっと文句を言ってやった。一度、きっちり言っとかないといけないからね。

 

「な、なるほどティレア様のお考えがわかりました」

「ようやくわかってくれたようね」

「はっ。わざわざ威力の劣る木を使い、しかも倒す部位まで指定されるのは正確さとパワーの特訓ということですな」

 

 はっ? また変態(ニールゼン)が勘違いをはじめた。


 もう一度説明するか? いや、もういいや。よく考えれば時間がなかったよ。ジェシカちゃんの捜索は一刻を争う。

 

「はいはい、そういうこと。私は行くから、ミュー後は頼んだわよ」

「はっ、お任せください」


 ミューが信頼の籠った声で応える。そして、そのまま親衛隊を連れてティムのもとへと向かった。


 さぁ、俺もジェシカちゃんのもとへ急ごう。



 人間、吸血鬼一族(マルフェランド)魔滅五芒星(デガラビア)の交錯する中、邪神軍による吸血鬼殲滅作戦が実行された。

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