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第五話 「ジェシカと王都襲撃」

 だめ、もう意識が飛ぶ。


 あぁ、私死ぬんだ……。


 すうっと意識が遠のいていく。もう抵抗する気力も体力もない。最後に親友の手にかかって死ぬなんて運命の神様を呪ってしまう。


 本当に最悪の一日だった。吸血鬼(バンパイア)となったゲイル先生に襲われ、伝承でしか知らなかった魔族と遭遇し、極めつけは今まさに親友から殺されかけている。


 つい二日前まではあんなに楽しく笑い合っていた。


 それなのに……。


 親友に怨嗟のこもったぞっとする目つきで睨まれ、背筋が凍るような冷たい言葉を何度もぶつけられた。思い出すだけで胸が締めつけられ悲しくなる。


 もう、どうでもいいや。こんな悲しい思いは二度とごめんだ。


 半ば生を諦め、このまま死への階段を上ろうとしていたが……。


「ぐはっ!」


 突然、エディムが悲鳴をあげたのだ。自然と私の首を絞めていた手の力も緩む。


「けほ、けほ、けほっ……はぁ、はぁ、はぁ」


 私は無我夢中で体に酸素を取り込んだ。


 いったい何が起きたの?


 うっすらと目を開けると、エディムがバランスを崩し、倒れていた。よく見るとエディムの横腹に大槌がぶち当たっている。見るに大型魔獣用の大槌だ。エディムが吸血鬼でなくただの人であったなら、肋骨が粉々に砕けていただろう。


「いったた、くそ!」


 エディムは大槌を振り払い、よろよろと立ちあがる。


「ちっ、誰か応援がきたようね」

「あ、まっ――」

「ジェシカ、必ず殺してやるから」


 エディムは呪いの言葉を放つと、この場から離れていった。


 一体、誰が助けてくれたの?


 疲労困憊(こんぱい)で意識が落ちそうになるのを必死に耐え、周囲を見回す。そして、私に近づいてくるシルエットに気づいた。


「リ……リスちゃん?」


 間違いない。私が憧れる強く頼もしい存在がそこにいた。


 あぁ、リリスちゃん、また私を助けてくれたんだね。


 レミ・リリス。アルクダス魔法学園の二年生。札付きの不良と噂され、学園でも知らない人はいない。最初は、私もちょっと怖い人だと思ってた。同じクラスだった時の彼女への印象は孤高の人。皆が雑談に花を咲かせていた時も、一人だけ誰とも口を利かず、近寄りがたいオーラを纏っていた。


 だけど……。


 ある日、事件に巻き込まれた私を助けてくれた。ただ泣いていただけの私を、見返りもなくただただリスクしかないのに助けてくれたのだ。


 ぶっきらぼうな口調だったが、私を労り心配しているのがわかった。彼女のその隠れた優しい一面に気づいたとき、彼女への見る目が変わったのだ。気づけばいつも目で追う存在となっていたのである。


 リリスちゃんがいる。それだけで勇気が湧いてくる。先ほどまでの自暴自棄な気持ちはなくなり、生きる活力が生まれた。

 

 リリスちゃんは傍にあった大槌を拾うと、私に立ち上がれとばかりに手を差し伸べてきた。


「ほら、立て」

「あ、ありがと」

「ここは危険だ。すぐに逃げろ!」

「で、でもエディムが……」

「忘れろ。もうあれは、お前の親友ではない」


 リリスちゃんの親友という言葉にずきりと胸が痛んだ。先ほどのエディムの言葉が頭をよぎる。親友とは私が思っていただけで本当は嫌われていたのだ。


「そ、そうだね。わ、私、もともと親友とは思われていなかったみたいだし」

「……吸血鬼化すると人間の負の感情が増大し、憎しみしか持てなくなる。だから、何を言われたか知らんが気にするな」

「そ、そうなの?」

「あぁ、少なくとも私の見るかぎりお前達は親友だったぞ」

「リリスちゃんありがと」

「ふん」


 リリスちゃんは照れたようにそっぽを向く。私を元気づけてくれたんだよね。相変わらず優しい。


「本当にありがとうね。リリスちゃんが来てくれなかったら私殺されていた」

「まったく、たまたま気づいたから良かったものを」

「やん、意地っ張りなんだから。本当はなかなか寮に戻らないジェシカちゃんが心配で捜し回っていたくせに」

「なっ!? ヴェーラ、てめぇ。余計なことを……」


 誰? それにその恰好は?


 さっきは気づかなかったけど、リリスちゃんもヴェーラさんも見慣れない服装をしている。学園の制服でもなければ王都の治安部隊のものでもない。強いて言えば教会の司祭服に似ている。黒で統一されたシンプルな長い服だ。


 教会の関係者なのかな?


 いや、リリスちゃんもヴェーラさんも大きな武器を持っている。リリスちゃんは大槌、ヴェーラさんは大槍だ。だから非戦を唱えている教会関係者にしてはチグハグな感じだ。


 ヴェーラさんって何者なの?


 大槍を軽く持ち、司祭服らしき衣装に身を包み、そして綺麗な顔立ちをしている大人の女性である。そのギャップといい、その怪しさといい、ティレアさんみたいな人だ。


 そんな人と何故リリスちゃんが一緒にいるんだろう?


「あ、あのリリスちゃんって――」

「あとは、奴らに保護してもらえ!」


 後ろを振り向くと、学園の仲間達がこちらに向かってきている。


「あ、どこに行くの?」

「ごめんねぇ、それは言えないのよ」

「それと、あいつらに伝えておけ。市民の避難を優先させて戦闘はするな」

「え? それって?」

「吸血鬼化した元人間ならまだいい。だが、魔族には手をだすな」

「そうよ。魔族がいたら逃げなさい。あなた達じゃ手に負えないから」


 ヴェーラさんもリリスちゃんもそう忠告してくる。確かに魔族の恐ろしさは嫌というほど実感した。まるで歯が立たなかった。私が未熟なのもあるが、根本的なレベルの違いを見せつけられたのだ。


 うん、二人の言う通りだ。魔族相手に学園の人達では荷が重いと思う。


「わかりました」

「餅は餅屋。魔族は私たち魔族討伐の専門集団『魔滅五芒星(デガラビア)』に任せろってこと」

魔滅五芒星(デガラビア)?」

「おい、しゃべりすぎだ!」

「この程度いいじゃない」

「まったく、お前はいつもいい加減な――まぁ、いい。とにかくジェシカ、魔族には気をつけろ!」

「それじゃあね、ジェシカちゃん」


 リリスちゃんとヴェーラさんは捨てゼリフを残して、闇へと消えていった。


 魔滅五芒星(デガラビア)って……。


 魔族討伐の専門集団?


 そんな機関が王都に存在するとは知らなかった。


 その上、リリスちゃんがそのメンバー?


 私の思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る。


 あぁ、だめだ。疲労で頭がうまく回らない。思わずその場に座り込んでいると、ムヴォーデリ生徒会長が駆けつけてくれた。


「ニコル君、大丈夫か?」

「会長、す、すみません」

「いいから。さ、逃げるぞ。この先に陣を敷いている」

「は、はい」

「ん? だいぶ衰弱しているようだな。これを飲みたまえ」

「ポーションですか?」

「あぁ、残り三分の一しか残っていない。薬草と混ぜて使いなさい」


 会長からポーションと薬草を受け取る。まず薬草を二、三枚ちぎって口に入れ、ポーションと一緒にこくこくとそれを飲み干す。


「ぷぅはぁ」


 に、苦ーい!


 ポーションを混ぜ合わせることで、薬草の苦みが格段に増していた。


 うぅ、舌が痺れる。


 でも、効果は抜群だった。魔力が体中を駆け巡るのがわかる。さすが王都自慢のポーションだ。体力全快とまではいかないが、八、九割がた回復できた。走ることも可能だ。すぐに会長と一緒に陣に向かう。


 それにしても他の皆はどうしているかな?


 人心地ついたところで、会長に聞いてみた。


「いったい何が起きたのですか?」

「魔族の侵攻だよ」


 やっぱりリリスちゃん達が言っていたように魔族の仕業なんだ。アルキューネだけじゃなかった。あんな恐ろしい奴がまだ他にもいるなんて……。


「それで迎撃のほうは?」

「王都の迎撃システムの大部分が機能していない。被害は各地でみるみる拡大していっている」

「そ、そんな……」

「やられたよ。治安部隊隊長のレミリア様をはじめ、有力な冒険者達が不在のときを狙って侵攻してきた」

「それじゃあマイラさんもロビンさんもいないんですか?」

「あぁ、そうだよ」


 レミリア様どころか、二つ名を持つギルドの二枚看板も不在なんて……。


 治安部隊隊長にAランクの冒険者が二人もいない。戦力低下は明白である。こんな状態では満足に戦えやしない。


「どうしてこんなことに?」

「レミリア様は昨日から不審者を追跡中。名だたる冒険者は現在、王都外にいる」

「王都の外にですか?」

「ほら、ちょっと前にベルガ平原で魔族が出るって噂が流れただろう?」


 その件なら知っている。レミリア様が不審な魔力の渦を感知し、数度、ベルガ平原に赴かれた。だが、調査にのりこんだものの確証が掴めず、そのまま迷宮入りとなったと聞いた。


「調査では確認できなかったとお聞きしましたが」

「あぁ、だけど疑念は残った。ベルガ平原には何かがいるんじゃないかってね」


 確かにレミリア様自ら調査に乗り出したと聞いて、皆、ベルガ平原に関心が高まっていた。


「そんな中今度は未確認の大型魔獣がベルガ平原に出たと訴えてくる者が現れた」

「そうか! 冒険者ならその信憑性を確かめたくなりますよね」

「あぁ、名のある冒険者達がこぞって討伐にのりだしたのさ」

「でも、あれはただの魔犬の群れだったんですよね? すぐに討伐は終わらなかったのですか?」

「うん、魔犬だったけど、ただ(・・)のじゃない。ギルド指定の魔犬なんかとは格段に違う獰猛な魔犬で、何度も遠征をするはめになった。その結果、王都からどんどん冒険者が流出してしまったんだよ」

「不審な魔力の渦、獰猛な魔犬の出現、そして今回の王都襲撃。こんな偶然あるんですか?」

「多分、今回の一連の事件は全て魔族による陽動だよ。自分たちの真の目的が王都襲撃だとばれないように巧妙に誘い出されたんだ」


 なんて事! 名のある冒険者も治安部隊もいない。いるのは治安部隊の見習い候補生に三流の冒険者。これじゃあ戦力は魔法学園ぐらいだ。ほとんど烏合の衆と変わらない。リリスちゃん達の助言どおり魔族と戦闘なんてとてもできないと思う。


「それじゃあ、王都にはほとんど戦力がないじゃないですか! 魔族との戦闘なんてできませんよ」

「わかっている。だけど、おいそれと手をこまねいているわけにはいかない」

「ですが、魔滅五芒星(デガラビア)という機関が魔族討伐に乗り出していると聞きましたが」

魔滅五芒星(デガラビア)? 聞いたことがないな」

「え? あ、や、やっぱりそうですよね。いったいリリスちゃんって……」

「ともかくレミリア様には急使を出している。レミリア様が戻られるまで我らアルクダス魔法学園が王都を死守しないといけない」


 会長は陣に戻るなり学園の生徒達をまとめていく。私は本陣後方三キロの地点で待機し、吸血鬼が近寄ったら撃退するように指示を受けた。

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