第四十二話 「ティレアの魔法講座だよ(前編)」
「もういい加減にしてほしいわ。人を馬鹿にして!」
妙齢の婦人がばたばたとお店のドアから出ていった。その足取りからかんかんに怒っている様子が窺える。
ふぅ~またか……これで何人目だ?
先週からティムの魔法修行のために王都から家庭教師を呼んでいる。皆、王都でも指折りの優秀な人達ばかりであった。だが、一日と保たない。
最近、ティムが「我が魔法体系を抜本から変える!」と意気込んで魔法の勉強をしていた。だから、俺はなんとか力になりたいと思って家庭教師を雇うことにしたのである。
ちなみに家庭教師はヘタレのツテで来てもらった。予算も奴持ちだ。
先週、ヘタレが引き籠りからようやく復活したと聞いたので、俺は文句の一つでも言ってやろうと奴の家に乗り込んでいった。
ここでのやりとりは省略するが、もう少しでヘタレを本気でぶん殴りそうになったよ。まぁ、ティムの件で頼みを聞いてもらうのでなんとか耐えてあげたのだ。
この前のお店への借金の件もあって、ヘタレは二つ返事でオッケイしてくれた。ただ、ヘタレは終始「俺が教えてあげるのに……」と不満を漏らしていたけどね。
はっ! 何が悲しくて大事な妹の先生に、ヘタレを雇わなければいけないのだ。ヘタレなんかに教わったらティムの能力が低下してしまうに決まっている。
だから、ヘタレのツテを頼って王都から魔法を教えてくれる、高名な先生を連れてきてもらったのだ。
だが、ティムは来る人来る人追い返していく始末……。
これじゃあ、そのうちに来てくれる人はいなくなるだろう。
はぁ~どうしようか?
俺が頭を抱えていると、ティムがのんきな顔で店から顔を出してきた。
「お姉様。あの人間もとるに足らん情報しか持ち合わせておりませんでしたので、いつものようにたたき出してやりました」
当のティムはいたってこの調子だ。
いやね。わかる。わかるよ。俺はティムの気持ちが十分にわかるのだ。俺だって前世、成績が良いわけじゃなかった。授業なんて蹴飛ばして出ていきたいと常々思っていたよ。
だけど、一日も保たないってちょっとこらえ性がないんじゃない?
これは叱るべきか?
う~ん、でもなぁ~絶対に反発するだろう。まぁ、頭ごなしに叱っても意味が無い。まずは会話をしよう。相互の理解が大切だ。
「ティム、やっぱり辛い?」
「うぅ、お姉様に泣き言を言いたくないのですが、奴らのあまりに稚拙で時代遅れな理論を聞いていると、頭がおかしくなりそうです」
ティムの物言いはまるで大学教授が、小学校低学年の授業に出てきたような言いぐさである。要するに授業が難しくてついていけなかったのをごまかしているのだ。そんな意地を張ってでも自分がわからないとは認めたくないのだろう。
ティム、わからなくても恥ではないんだよ。だって、ティムは独学だもの。勉強なんてしてこなかったんだからこの結果は当然なのに。まったく前世の俺と一緒だ。意地を張りたいのである。
「ティム、辛いのは十分にわかるよ。ティムは独学だし先生達の魔法理論を聞いたってわけわかんないよね」
「お姉様の仰る通りです。我は理解しがたい。奴らは我がせっかく緻密に体系づけた理論をわざわざ稚拙に編み込んでおるのですよ。数千年も試行する機会を持ちながら、なぜあれほど劣化させたのか! 我の理論の三割も伝わっていない!」
ティムはそう言って憤慨する。
そう……あくまで魔族カミーラの振りをして自分の無知をごまかす気ね。確かに魔族カミーラなら今みたいなセリフを言いそうだ。
今、ティムは初めて挫折を味わっている。独学で魔法を覚え、魔王軍ごっこでは大人達に交じって遊んできたのだ。多分、自分はもう一人前の魔法使いと過信していたんだろう。だが、家庭教師という本物の力を前に現実逃避をしているのだ。
これはいけない。これではティムの成長が止まってしまう。独学ではいずれ限界が見えてくる。先達に習うのは重要なのだ。
ティムには才能がある。姉の欲目抜きでティムは王都の優秀な魔導師になれると思っている。だが、それも努力をしなければ花は開かない。なんとかしてティムにやる気をおこさせないと。
「ティム、いつも言っているでしょ。そうやってなんでもかんでも否定していると成長なんてしないよ」
「で、ですがお姉様……奴らの魔法体系はあまりに酷すぎます。時代を逆行しているにもかかわらず、したり顔でうんちくを語るのですよ。我は何度奴らの脳髄を引きずり出してやろうかと思ったか!」
「ティム、いい加減にしなさい。あなたがなんと言おうとこれからも授業は受けてもらいます」
「そ、そんなぁ。お姉様が人間共の情報を集めたいのはわかります。ですが、これ以上は無駄と考えます。これまで王都で名高いと言われた者が何人も来ましたが、どいつもこいつもヘボ理論を振りかざす能がない奴らばかりでした」
「ヘボって……あなた何様のつもりなの! いいからそんなに否定から入らずにきちんと先生の話を聞いてみなさい」
「わ、我は、まだあのような原人共の遠吠えを聞かなければいけないのですか? お姉様、後生です。これ以上は気が狂いそうです。もういい加減人間共は全員やってしまいましょう!」
おぉ、ティムが荒れている。ティムは身を乗り出し鬼気迫る勢いだ。
ふむ。ティムのためとはいえあまり教育ママしてもかわいそうか。それにしても気が狂うって……やっぱり王都の魔法は相当難しかったようだ。王都でも権威のある先生達の授業だったからね。そうか難しいのか。前世、俺もティムのように暴れたい気持ちは幾度となく体験した。無理強いしてはいけない。
「わかった。そんなに嫌なら家庭教師はもうやめよう。でも、魔法の修行についてはどう考えているの? 独学でやるつもり?」
「お姉様に言われている空を斬る魔法ですが、さすがに独学では厳しいのも事実です。我はお姉様に魔法を教えていただきたいです」
「あのね、ティム、そもそも私は魔法を使えな――」
ま、待てよ。今までなんとなく感じていたが、魔法を使うのって意外とハードルが低いのかもしれない。だって、これまで会う人会う人魔法が使えるんだもの。案外、初期魔法ぐらいなら頑張れば誰でも使えるんじゃないのか?
そういえば素養があるものしか魔法を使えないって情報はヘタレから聞いたんだった。奴なら自分を優位に見せるためにそんな大ぼらを吹いたとしても不思議ではない。田舎者の俺なんて絶好のカモだっただろう。
そう考えると、魔法を使えないなんてティムに言おうものなら、
『ええぇ! お姉ちゃん、魔法が使えないの? 魔法が使えないのが許されるのは十二歳までだよね。きゃはは』
なんて女子中学生のようなあからさまな侮蔑を受けるかもしれない。
うぅ、それは嫌だなぁ。
ティムは中二病だが、尊敬はしてもらっている。これは姉としての威厳にかかわってくる。真実は言えない。
「そ、そうね。教えてもいいけど……あ、ほら私は邪神として前の世界の魔法体系しか知らないから、この世界の魔法体系と違うよ」
おぉ、なんかうまい言い訳を言えたぞ。
「それはぜひ『にほん』の魔法体系をお聞きしたいものです。このところ稚拙な理論ばかり聞いて辟易していたところです。お姉様の高尚な知識をご教授ください」
く、食い下がるな。そうね、ティムに勉強を押しつけておいて自分がそしらぬ顔をするのもいただけないか。
よし、それならぶっつけ本番で魔法を教えてみるか!
ただ、教えると言ってもそもそも魔法の出し方ってどうやるの? 基本中の基本すらわからないのだ。
……し、しょうがない。
うまい具合に話を誘導してティムに魔法の出し方を教えてもらおう。