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第四十一話 「ガルガン討伐隊だって(後編)」

 町長がギルドに依頼をしてから三週間後、討伐隊がベルガ平原に陣を敷くという情報が届いた。

 

「それじゃあ、行こうか?」

「はい、お姉様」

 

 俺とティムとミューは討伐隊のいるキャンプへと足を運ぶ。

 

「……」

「ミュー、どうしたの?」


 ミューの顔色は冴えない。今から討伐隊に話をつけにいくのだ。凄腕の剣士といえども緊張しているのかもしれない。


「いえ、隊長に悪いと思いやして」

「どうして?」

「本来、こういう時の護衛は近衛隊長の責務ですので」

「ふぅ、あなたが面倒見が良いのはわかっているわ。ニールもあなたに依存しているみたいだね。ミューってニールの友達?」

「そんな隊長に恐れ多いです。ただ、戦友なのは確かです。そのような感情を持っているのも否定はしやせん」

「うんうん、やっぱりね。ニールとはつき合い長いの?」

「はい、隊長とは幼馴染なんですよ」

 

 あのバカと幼馴染だと! ミューあなた相当苦労したんだね。

 

「ふぅん、そうなんだ」

「あっしとはランクが違いましたけどね」

 

 ランクって……どう見てもあなたのほうが上でしょう! ミューって日頃からあのバカの為に一歩身を引いていたのかな?


 本当に人がいいんだから。まぁ、そんな性格じゃないとあの変態(ニールゼン)の奇行に長くつき合えないのかもしれない。

 

「ミュー、いくら幼馴染だからって変な遠慮はしちゃだめだよ」

「ミュッヘン、お姉様のおっしゃる通りだ。遠慮はいらぬ。いつでも上を目指すが良い。馴れ合いを許したのは我の失態だ」

「はは、あっしごときに過分な評価ですよ」

 

 ミューは照れたような顔つきで頭を振るう。


 まったく謙遜しちゃって……。


 そんなとこも好感度アップだね。


 そうしてティムやミューとだべりながら歩いていると、討伐隊がいるキャンプが見えてきた。キャンプの周りには多くの軍馬が繋いであり、その物々しさが伝わってくる。

 

「ミュッヘン、ここはもう敵地だ。魔力を抑えるのだ!」


 突然、ティムがキャンプを間近に中二言語を発した。行き交う馬や冒険者達の姿を見て中二病(ほっさ)が出たのだろう。


「はっ……くっ!」

「どうした?」

「はぁ、はぁ、人間並みに魔力を落とす……なかなかきついものですね」

「最初は皆そうなる。だが、慣れれば簡単だ。むしろ抑えたほうが魔力調節の具合が良い」

「はっ……むぅう……ふ~なんとか抑えてみやした」

「うむ、よくやった」


 ミューもティムの言動にちゃんとつき合ってあげている。うん、そうだね。無理に(たしな)めても反発を招くだけだ。


「お姉様、我もミュッヘンも人間並みに魔力を抑えております。ご安心ください」

「そ、そう……くれぐれも言動には注意してね」

「もちろんです、お姉様」

 

 ティムは自信満々にそう答えるが……不安を隠せないのは気のせいかな?


 とりあえず、ティムは後ろに下がらせておこう。話は俺が前に出て進めたほうが良さそうだ。


 それでは……。


 コホン、気を取り直してキャンプの中に足を踏み入れる。

 

「こんにちは」

「誰だ?」

 

 (いか)つい面々が一斉にこちらに振り向いた。


 おぉ、まさに荒くれ共って感じだ。ヘタレ(ビセフ)とは違うオーラを感じる。さすがは本物の冒険者だ。

 

「ティレアといいます。ベルガの町で料理屋をやっています」

「ふん、町娘風情がなんのようだ?」

 

 一番手前にいた髭面の筋肉ダルマが傲慢に返事をした。


 むっ! なんて嫌な奴!


 だが、怒らせては水の泡である。


 笑顔、笑顔。俺はむかつく気持ちを押し殺し笑みを浮かべた。

 

「えへへ、ご苦労様です。実は、冒険者の皆さんに折り入って頼みたいことがありまして……」

「頼みだぁ? 俺達は魔獣討伐で忙しいんだ。帰れぇ!」

 

 むかぁ。この髭筋肉ダルマ、何様のつもりだ! 少しくらい話を聞いてくれてもいいだろうが!

 

「お姉様に対し無礼千万な態度、許してはおけぬ!」

「カミーラ様、お待ちください」

「ミュッヘン、止めるな!」

「ティレア様は覇業のために、あえてあのような道化を演じておられやす。そのお気持ちを無駄にしてはいけませぬ」

「わかっておる! だが、悔しいではないか。偉大なお姉様があのような取るに足らぬゴミに侮られるなど……」

「あっしもいい加減ぶち切れそうですが、抑えてください。ティレア様の作戦を邪魔してはなりません」

「む、そうであるな。ミュッヘン、よくぞ申した」

「はっ。カミーラ様の悔しさ、心中お察しします」

 

 なんか背後でティムが暴走しそうな会話をしている。でも、ミューがティムに話を合わせて止めてくれたようだ。


 これが変態(ニールゼン)だったら火に油を注ぐような会話しかできない。本当にミューを連れてきて良かったよ。幸い背後にいるティム達の会話は冒険者達に聞こえていないようだ。今のうちに話を進めよう。

 

「そんな冷たいこと言わないで。少しぐらい話を聞いてくださいよぉ~」

「うるさい。つべこべ抜かすなら叩きだして――」

「おい、とりあえず話ぐらい聞いてやろうぜ。それによく見ろ! かなり良い女じゃねぇか?」


 俺が髭筋肉ダルマへの説得に苦戦していると、ニヤけた顔をちらつかせて髭筋肉ダルマの仲間が横合いから話に入ってきた。


「ちっ。お前は相変わらずの女好きだな」

「へっ。抜かしやがれ。てめぇだって嫌いじゃないだろうが。こんな上玉を叩き出すなんてもったいないぜ」

「わかったよ。おい娘、手短に話してみろ」

 

 ちょっと釈然としないセリフだが、ここは我慢しよう。下心見え見えではあるが、一応、話を聞いてもらえるようだからな。

 

「それで、頼みというのはですね。皆さんが魔犬の群れを退治するときに子犬がいたら見逃してほしいんですよ」

「魔犬の群れだぁ? おい、ギルドで聞いていた話と違うじゃねえか。未確認の大型魔獣と聞いたからはりきっていたのによぉ!」

「確かにこんな田舎に新種の魔獣が出没するのも変な話だ。この辺の危機レベルはせいぜい魔犬の群れが関の山だろう」

「なんだよ。魔犬なんて町の警備で事足りるじゃねぇか。まったくこんなところまで来て無駄足だぜ」

 

 冒険者達が口ぐちに騒ぎ始めた。


 あぁ、この人達……。


 町長の無駄に大げさな訴えに騙された形になったんだね。治安がいいベルガの町周辺にギルドの討伐隊が出てくるなんてやっぱりおかしいもの。

 

「ふっ。ミュッヘン、お姉様のお言葉を聞いたか? お姉様にかかればガルガンも子犬同然ということだ」

「はい、さすがはティレア様です」

「それとどうやらお姉様はガルガン秘匿に魔犬を隠れ蓑にされるようだ」

「なるほど、それならムラムの奴に協力させましょう。奴の召喚術を使えばそこそこクラスの魔犬を人間共にあてがえます」

「うむ」

 

 あぁ、冒険者達は不平を言って話は進まない上に、さっきから背後の会話が気になってしょうがない。「ドラゴン」だの「召喚」だの「愚かな人間共を騙す」なんて言葉が聞こえてくる。きっとティムが暴走しているんだろう。


 しまったなぁ。やはりティムは置いてくるべきだった。ティムだって変態(ニールゼン)と同じ、重度の中二病なんだから。


 だけどねぇ~。


「それではお姉様参りましょう!」と言われて当然のようについてきてくれた妹を、袖にはできなかったんだよ。


 とにかくなんとか話を聞いてもらおう。ちんたらしているとティムが何を言い出すかわかんないからね。

 

「で、話の続きなんですけど、その子犬は妹が飼っているペットなんですよ。だから見つけたら殺さずに逃がしてくれませんか?」

「ったくこちとら目当ての獲物がなくイラついているのに子犬を見逃せだぁあ!」

「は、はい。できれば……お願いしたいんですけど……」

「子犬ねぇ~見逃してほしいなら何かしらの褒美が欲しいとこだぜ」

 

 髭筋肉ダルマの仲間の一人がそう言って俺の胸を指でつついてきた。他にもスケベ面の奴が数人にやにやとこちらを窺っている。


 ちっ。ゲス野郎が! 冒険者といっても無法者と変わらないじゃないか!


 これはさすがに我慢ならん。いくら頼みを聞いてもらうからといって、誰が体を許すかボケェ!

 

「おのれぇ。お姉様に触れるなど下賤なゴミの分際で八つ裂きにしてくれる!」

「カミーラ様、作戦継続中です」

「ミュッヘン、止めるな。今度ばかりは限度を超えておる。絶対に許せぬ!」

「はっ。確かにあれはやり過ぎですねぇ」

 

 俺が危機に陥っていると見てティムとミューが傍に近づいてきた。

 

「お姉様、やってしまいましょう!」

 

 ティム、そんなどこかのご老公みたいなセリフを言ってもだめ。嫌な奴らだけど、れっきとした冒険者達なんだから。逆らうと痛い目を見るよ。


 あっ……でも逆らわないと貞操の危機だ。それは嫌だ。冗談じゃない。


 どうしよう?


 俺が困惑していると、剣の柄に手をかけたミューが巍然(ぎぜん)とした態度でこちらに寄り添ってくるではないか。 


 た、頼もしい……。


 ミューと一緒で良かった。ミューなら冒険者相手でもなんとかなる気がする。

 

「ティムは下がってなさい。ミューこの人数行ける?」

 

 冒険者相手に無茶言っているとは思う。でもミューの剣技なら俺やティムが逃げ出すまでの時間を稼いでくれると期待しているのだ。

 

「確かにあのような輩、お姉様や我が手をだすのは牛刀で鶏を割くようなもの。ミュッヘンお前がせんめつするのだ」

「はっ。見た感じ大した奴はいやせん。ただ、一人二人骨のある奴がいやす。負けはしませんが取り逃がす危険はありやす。せめて体調が万全でしたらまた結果は違っていたのですが……」

「そうだった。お前はまだ魔力調整の修行中で万全ではなかったのだ。よし、我が代わりにゴミクズどもを殺そう」

「ゴミクズだとぉ? 何様のつもりだぁ!」

「小娘、吐いた言葉はもう戻せんぞ!」


 ティムの発言にキレた冒険者二人が座っていた椅子から立ち上がる。


 あぁ、あぁ、とうとう冒険者の面々にティムの中二言語を聞かれちゃったよ。こんな愛らしい子供が過激な発言をしたのだ。皆、面くらったよね?

 

「お姉様、魔力を解放します。情報を引き出すのに一人を残して後は殲滅(せんめつ)でよろしいですね?」

 

 よろしいですねって……よろしくないよ!


 冒険者達かんかんだよ。


 ど、どうしよう?

 

殲滅(せんめつ)だとよぉ? ひゃはっはは、命知らずなお嬢ちゃんだ」

「ひざまずいて詫びろ! 少しは手加減してやれるかもしれん」

「くっくっくっ。ゴミクズの癖に大層な態度だ。おぉ、そうか。魔力を抑えているから威圧が効かぬのだった。どうりでゴミクズが調子に乗るわけよ」


 冒険者達の恫喝にティムが火に油を注ぐ発言をする。


「こいつの生意気な態度はなんだ! どうする? 暇だし少し遊んでやるか?」

 

 髭筋肉ダルマとその仲間数人が俺達を取り囲むように近づいてきた。


 これはまずい……。


 ちょっとシャレにならない事態になってる。俺がこの状況に戸惑っていると、

 

「やめときな。まだ子供じゃないか。あんたらそれでも誇りある冒険者か!」

 

 奥から一本気な強い口調の声が響いたのだ。

 

「い、いや、でも、こいつが生意気な口を利きやがるから」

「何か言ったか? なんならあたいが遊んでやってもいいんだよ」

「そ、そんなマイラさん冗談ですよ」

「そ、そう、そう。ちょっとからかってただけですから」

 

 髭筋肉ダルマ達は、突然現れた女性の剣幕にすごすごとその場を引き返していったのである。


 やだ、素敵……。


 何、この姉御肌のお方……レミリアさん以来の胸キュンだよ。


「あたいはマイラ・イーギル。一応、この討伐隊をまとめている。こいつらが迷惑かけて悪かったね」

「い、いえ、そんな……」


 マイラさんかぁ、美人さんだ。赤髪で褐色肌の切れ長の目が印象的である。


 髭筋肉ダルマ達の横暴を謝罪したマイラさんがさらに俺達に近づいてきた。そして、ティムの前に移動して屈む。

 

「あいつらもタチが悪かったけど、お嬢ちゃん、あんたの態度も問題だ。大人をからかうもんじゃないよ」

「お嬢ちゃんだと? それは我のことか? 小童(こわっぱ)風情が……」

「はい、ストップ! そこまで」

 

 俺は背後からティムの口を塞ぐ。

 

「むぐぅ。む、むぐ、お、お姉さ……」

「すいません。妹は反抗期なんですよ」

「まったく小生意気なお嬢ちゃんだね。あまり甘やかしてばかりだとこの娘のためにならないよ」

「はは、そうなんですけどね。ついつい」

「あんまりお姉さんを困らせるものじゃないよ」

 

 そう言ってマイラさんはピンとティムの鼻を弾くと、そのまま元いた位置に戻っていった。

 

「お、おのれぇえ。無礼――むぐっ、お、お姉様、離して」

 

 交渉が終わるまでティムの口は塞いでおこう。せっかく助けてくれたマイラさんにまで喧嘩を吹っかけるなんて変態(ニールゼン)と変わらないぞ。

 

「それで子犬なんですけど……」

「いいじゃねぇえか。皆、あたいらの獲物はそんな小動物じゃないだろ!」

「そうですね。マイラさんがそう言うならわかりました」

 

 おぉ、マイラさんの鶴の一声で皆納得してくれたよ。さすがはマイラさん風格ある。魔犬討伐が終わったら、マイラさんには十分にお礼しないとね。

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