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第三十八話 「ティレアの剣術道場だよ(後編)」

 俺とミューが対峙する。俺はポキリと折れそうな小枝を持ち、ミューは切れ味が良さそうな真剣を構えている。


 やばいよ。やばいよ!


 どこかの芸人さんを彷彿させるシチュエーションだ。


 これなんて無理ゲー?


 親衛隊の皆はわくわくしているようだが、公開処刑もいいとこである。


 どうやってこの場を乗り切るか……。


 俺の心配をよそにミューは平然とした――いや、よく見るとミューの額からじんわり汗が出ている。


 なんだ。ミューも緊張してるじゃん。そりゃそうだよ。いくらお遊びでも真剣を持たされたらさ。


 どうやらミューも周りの雰囲気に乗せられた口のようである。俺と同じ被害者だ。ミューは中二病の奴らみたいにバカ騒ぎしているわけではない。


 よし、そういうことなら大丈夫。ミューは見るからに苦労人の顔をしているし、これからやるべきこともちゃんと予測しているにちがいない。


 そう、これからいわゆるプロレスショーをやるのだ。どちらが攻撃してどう受けとめるかを決めるのである。さりげなくミューに近づいて段取りを話し合おう。


 そうと決まれば早速行動に移す。俺はミューに近づこうとするが、


「それでは参りますぞ。とぉりやぁああ!」

「ちょ。ま、まずはだんどり――ってまじかぁ!」


 俺の思惑とは裏腹にミューはいきなり斬りつけてきたのだ。ミューの豪剣が眼前に迫る。俺は無我夢中でそれを小枝で受け止める。小枝と剣がぶつかりガキィンと衝撃が走った。


 ひぃえぇえ! 真っ二つ?


 い、いや、折れていない。


 小枝は無事に剣を支えていた。どうやらミューは俺の意図を察し、力を抜いてくれたようである。


 でも、こんな茶番をやって周囲はちょっとさめちゃったよね?


 横目で親衛隊の顔を見る。だが、予想に反して親衛隊の目が歓喜に満ちているのだ。まるでヒーローを見る子供の目だよ。


 ……どうして?


 俺の疑問は正面のミューを見ると氷解した。


「ぐぬぬぬうぅ!」


 ミューは顔を真っ赤にして必死な様子で打ちつけてくるのだ。


 こ、これは殺陣(たて)をやっている!?


 そう、ミューは映画や時代劇でお馴染みの殺陣(たて)、つまり、斬りあいの演技をしているのである。やはり俺の目に狂いはなかった。ミューはこの空気を壊さず、しかも俺に怪我をさせないように打ちつけているのだ。


 ミューはヒドラーさんと同じタイプだね。ティムの友達で初めてまともな人に出会えた気がする。


 それにしてもアカデミー賞ばりの演技だ。必死の形相が伝わってくる。うなりをあげる豪剣といった感じだ。


 これ、よく折れないよね?


 小枝を折らないようにパントマイムをしているんだろうけど、すごいの一言だ。だって俺にはほとんど負荷がかかっていないんだよ。それでいて小枝に剣をがんがん当てているようにも見える。多分、絶妙の感覚で寸止めしているのだろう。並みの技術じゃない。ミューが凄腕の剣士というのは、あながち嘘ではないのかもしれない。


「さすがはお姉様。ミュッヘンが攻めあぐねております!」

「まさに感服する腕前でござりまする」 

「それに見よ。ミュッヘンの刀のほうが悲鳴をあげておるわ」

「はっ。ティレア様の魔力で包まれれば、ただの小枝もオリハルコン並みの強度になるというわけですな」


 まったくミューの苦労も知らずにあなた達、中二言語全開ね。


 まぁ、いいや。あなた達に乗っかってあげよう。これほどの演技をしてくれているミューに悪いしね。さぁ、邪神らしいセリフの一つでも言ってみますか。


「ふふ、ミューどうしたの? 本気を出しなさい。これでは『ババン=ストレッシュ』どころか通常攻撃だけで終わってしまうわよ」

「はぁ、はぁ、なんて硬さですか。うぉおおお!」


 俺の挑発に触発されミューが気合の入った雄叫びをあげる。そして、さらに数回俺達は打ち合いを続ける。


「ニールゼン、我は驚愕しておる。お姉様はあれだけの豪剣を受けながらまったくその場から動いておらぬ」

「ティレア様はまだまだ余裕のご様子ですな」


 あんた達、さっきからミューの技術に対してひどいぞ。


 それに一歩も動いていないって……たまたまですよ。ただただ八百長しているから簡単なだけです。


 でも、そんなセリフを聞いちゃうと言わずにはおれないなぁ。まったくあなた達、俺の琴線に触れるような言葉ばかり言うもんだから……だめだ。やっぱり言わずにはおれない。


「ティム、よく気がついたね。これぞ邪神七百七十七の技の一つ、邪神ゾーンよ」

「邪神ゾーン!? それはどういった技なのでしょうか?」

「これはね、相手の攻撃を自分の思うままのところに攻撃させるの」

「素晴らしいです。どうりでお姉様が先ほどから一歩も動かなかったわけですね」

 

 ティムが納得し尊敬の眼差しで見つめてくる。親衛隊の皆も同様だ。やはり、中二病者にはそそる言葉だったらしい。


「はぁ、はぁ、ティレア様、想像以上です。あっしも本気の本気で行きますぞ!」

「その心意気や良し。私も少し本気になってあげるわ。今から剣技をだすから吹き飛ばされないように」

「それは是が非でも撥ね返して御覧に入れやす」

「本当よ。絶対に吹き飛ばされないでね。絶対よ。絶対だからね!」

「心得ました」


 よし、これだけフリをしておけば、空気の読めるミューならわかったはずだ。きっと俺の技に合わせてふっとんでくれるだろう。


 それじゃあ某漫画の剣士の技を使いましょうかね。「おにぎり」ではなくここは異世界風にしてみるか。異世界だと鬼ではなくゴブリンだから……


 よし、決めた。俺は持っている小枝を二つに折り、それを十字に交差させる。


「二刀流ですか?」

「正式には四刀流だけどね」

「それじゃあ、ミュー行くわよ」

「はっ。いつでもいいですぜ」

「出せば必ず吹き飛ぶ剣技よ」

「はぁあ、守備結界(ディフェンシングエイリア)!」


 そう言ってミューは腹の底から踏ん張った姿勢に変化させた。大岩になったかのようにどっしりと構えたのである。


 うん、堂に入っているね。剣を正面にかざし一流の剣士が結界を張っている様は見ていて惚れ惚れする。


 よし、俺も負けていられない。


 俺は小枝を交差させたまま、気合と共にミューに突進し斬りつける。


「二刀流――ゴ・ブ・ぎりぃいい!」

「がはぁあ!」


 ミューは俺の突進に合わせて後方に吹き飛んでいった。吹き飛び方も見事と言うほかない。本当に攻撃を受けて吹っ飛んだかのようなこれまた絶妙なタイミングなのである。


 もう、グッジョブだね。下手な芸人よりリアクション最高だったよ。


「つ、つよい……ティレア様、今のはわかっていても止められませんでした」

「あなたもなかなかよ。ゴブぎりをくらって立ち上がるんだからね」

「へっへ、なんとも恐ろしいお方だ。怖さもありやすが楽しみが勝りやす」

「ふふ、まだやる気みたいね。でもゴブぎりで吹っ飛ぶくらいじゃあ、さらに大技は出せないわね」

「さらに大技ですと!」

「えぇ、四刀流奥義『四千世界』ゴブぎりの数段上の大技よ」

「お姉様、それは『ババン=ストレッシュ』よりも上の技なのですか?」

「う~ん、それは仲間内でも論議を呼んだわ」

「それは『にぃと』のお仲間ですね?」

「う、うぐっ。そ、そうよ。私は『ババン=ストレッシュ』が上だと思うんだけど『四千世界』が上だと言う人もいたわね」

「そうなのですか」

「うん、どちらも熱狂的な信者がいたからねぇ~まぁ、どちらにしても私の剣技の中でも最上位の技だから」

「はっは。それは何がなんでも拝見したいですなぁ」

「そう、それなら私を殺す気で来なさい。それくらいの心構えじゃないとミュー、あなた死ぬわよ」

「御意。我が主であろうと遠慮はしやせん。一介の剣士として最強に挑みます!」


 ミューが覚悟を決めた表情になり、ブツブツと呪文らしきものを唱え始めた。そして、ミューが持っている剣が何やらうっすらと光始めたのである。


 もしかして魔法剣?


 ミューやるね。これは見た目的にかなりおいしい。


 ふふ、ミューは魔法剣まで使い演技をしているのだ。ミューの心意気を無駄にしてはいけない。このプロレスショーを絶対に成功させる。俺は腰を落とし、小枝を後方に移動させ「ババン=ストレッシュ」の構えを取った。


「おぉ! なんという神々しい構え……ニールゼン、片時も見逃すでない」

「ははっ。まさに深遠の極みですな」


 外野ではティムと変態(ニールゼン)がこれ見よがしなセリフを連発している。


 あ、あなた達ねぇ、ほっといたら調子に乗って言いたい放題だな。


 聞いている本人は超恥ずかしいんだからね! ティム達も中二病が治った時、身もだえするはめになるんだから。


「行きますぞぉ! ――超魔炎剣(ビッグファイヤーソード)!」


 ミューが刺突(つき)の構えから腰を落とす。そして、魔法剣の切っ先を俺に向けてすさまじいスピードでダッシュしてくる。


 ……さすがミューね。八百長でもおしっこちびりそうなくらい迫力があるよ。俺も負けてたまるかぁ。俺は後方の位置にあった小枝をすばやく引き戻す。


「邪神流刀殺法――ババン=ストレッシュ!」

「ぐはぁああ!」


 俺の小枝とミューの剣が激突し、ミューは構えた剣ごと空中に放り投げられ、すごい勢いで後ろの大木に叩きつけられたのである。


 おぉ、いくら俺が「超必殺技を繰り出す」と言ったからってちょっと転がりすぎじゃない?


 ってかそこまでサービスしなくても……。


 ほら頭から血が出ているよ。怪我をしている。まぁ、おかげで観客は大盛り上がりだけど……。


「うぉお! さすがはティレア様!」

「深遠なるお力万歳!」

「邪神軍は永遠に不滅だぁあ!」


 親衛隊から狂喜の雄叫びが巻き起こる。うん、エンターテインメント的には大成功だね。役柄とはいえミューには道化役を演じてもらった。本当いい奴だよ。


 俺が倒れているミューに感心していると、ティムが近づいてきた。


「お姉様、あいかわらずお見事なお力です」

「そう。ティムが楽しんでくれたなら、やった甲斐はあるわね」

「ところでお姉様、さきほどの大技はすさまじいまでの魔力放出でしたが、我には空ごと切ったようには見えませんでした」

「ティム、するどいね。そうよ、今のは不完全版の技。空ではなく大地しか斬っていないわね」

「やはりそうでしたか。ふふ、出し惜しみされた訳はミュッヘンのためですか?」

「え、えぇ。ミューを死なせるわけにはいかないでしょ」

「お姉様にそこまで思われてミュッヘンの奴も幸せでしょう。お姉様、次回こそは完全版で拝見したいです」


 ……ティム、いやに食い下がるな。空なんて斬れるわけがない。


 っていうか、あれで納得してもらわないと困る。はぁ~ティム、中二的遊び方がまだまだわかっていないわね。ここは周りが斬ったことにしないといけないのよ。

 

 どうやったら納得してくれるかな? それとも無理だと言っちゃうか?


 でも、ここまで盛り上がっているのに水を差すのもどうかなと思う。


 ……いや、待てよ。むしろ、ティムのほうが魔法を使えるんだから、ティムがやればそれらしいことができるんじゃないか!


 俺が何か適当な技を出してもごまかしにしかならない。ティムは才能がある。この方法ならティムは中二的遊びをしながら魔法の修行ができる。一挙両得だ。 

 ティムの中二病はそう簡単に治るものじゃない。それなら少しでも将来に役立つように方向を向けさせればいいんだ。この場合は魔法の修行だね。


「ティム、なんでもかんでも人に頼るのはだめ」

「はい」

「宿題よ。空はあなたが魔法で斬ってみなさい」

「わ、我が……?」

「そうあなたがやるの」

「し、しかし、お姉様、魔法で空を斬るなど古今東西聞いたことがありません」

「あらあら弱気ね。ティムは魔法を極めたんじゃなかったの? たしか閃光のカミーラじゃなかったっけ?」

「うぅ、お姉様は意地悪です」

「ふふ、ごめんごめん、空は言い過ぎだね。ただ、ティムには才能があるから色んなことに挑戦してもらいたいのよ」

「わかりました。我はお姉様のご期待に応えたいです。我が魔法体系を抜本から改革してごらんに入れます」

「そうそうその意気よ!」


 ティム、燃えているね。そうよ、難しい課題に取り組んでこそ練習になるというもの。でも、独学では限界があるのも事実だ。ティムに魔法の家庭教師でもつけてあげようかな?

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