第三十七話 「ティレアの剣術道場だよ(前編)」
うーん、いい天気だ。ピカーンと青空が広がってピクニック日和である。
今日、俺とティムはベルガ平原に来ていた。いつもは変態とかベルとかお馴染みのメンバーしかいないのだが、今回は大所帯、ティムの親衛隊総勢五百名が集まっていた。圧巻だね。
ティムの親衛隊と正式に会うのはこれが初めてだ。見たことがある奴もいればない奴もいる。歳は二十代から六十代まで。
さすがティム、幅広い層から人気を得ているよ。
俺がティムに感心していると、バタバタと数人駆け寄ってくる。
はぁ~またか……。
「ティレア様、お目にかかれて嬉しゅうござる!」
「ティレア様、我が雄姿をご覧ください」
「ティレア様にどこまでも付き従う所存です」
「はは……私も一度、あなた達に会ってみたかったのよね」
「「ははっ、もったいなきお言葉です!」」
さっきからこんなやり取りを何度も行っているのだ。
こいつらテンションが高すぎ!
親衛隊の皆が皆、俺を見るなりやんややんやと言葉をかけてくるのである。
どいつもこいつも中二病っぽい。まったくいい歳して恥ずかしいぞ。変態だけが特別と思ったが、違った。類は友を呼ぶらしい。皆、いい線いってやがる。
「ふふ、お姉様にお会いして皆、士気が高まっております」
「そうみたいね。よっぽど私の技に興味があるのね」
「お姉様、我もぜひ空を切る技を拝見しとうございます」
「うっ。や、やってはみるけど……」
「我も近衛も楽しみにしてます」
そう、今回ベルガ平原に集まった目的は、邪神技のお披露目だ。親衛隊の皆が俺の技、特に邪神流刀殺法「ババン=ストレッシュ」をいたく気に入ったみたいなのだ。俺がこの前のお茶会で話した黒歴史を、ティム達が親衛隊に暴露……
するとどうだ!
私めも拝見したいとあれよあれよと希望が集まったそうだ。ぜひ実演してほしいってよ!
前世の黒歴史を他人に知られたくなかったから断ろうと思った。だけど、ティムがどうしてもってお願いするもんだから承諾してしまったのだ。ティムの熱意にほだされちゃったよ。本当、俺はティムに甘いんだよね。
「それではお姉様、この辺にしませんか?」
「そうだね。この辺なら人に見つからないよね?」
恥ずかしい黒歴史を見せるのだ。中二病でない人には見られたくはない。だから町を出てベルガ平原まで来たのだ。
「はっ。周囲は偵察済みです。情報漏れはありません。ティレア様は存分にお力をお使いください」
そう言ってベルが太鼓判を押した。確かに周囲は木々で囲まれているし、人っ子一人いない。ここなら誰にも見つからずに済みそうだ。
「そうね。ここにしましょう」
ティムや変態、そして親衛隊の皆が目を輝かせながら俺を見ている。
そんなに中二的な技を見たいか? お前ら、本当にこういうの好きだな!
まるで子供がデパートの屋上でヒーローショーを楽しみにしている感じだ。聞いたところ、親衛隊全員が数日前から楽しみで夜も眠れなかったそうである。
はぁ~君達、平和でいいね。俺なんてここ数日生きた心地がしなかったよ。何せ借金地獄でお店は危急存亡の時だったのだ。レミリアさんがいなければ一家離散。下手すれば俺とティムは奴隷商人に売られていたかもしれないのに……。
まぁ、借金の件は解決したと言ってあるからティム達が気にしていないのは当然といえば当然か。ただ、どういう風に解決したかは具体的に話していない。
だって、ワルモンの巣窟に殴りこみして借用書をびりびり破いてきたなんて言えやしないよ。もう終わったことだ。そんな物騒な話をしてむやみに怖がらせる必要はないのだから。
真実は俺の胸の内にしまっておく。あの時、ティムは店ごと吹き飛ばすなんて強がっていたけど内心は怖かっただろうしね。レミリアさんが警備に突き出したおかげで、奴らは当分シャバには戻ってこられない。もうお店に脅威はないのだ。
あっ! それもティムに伝えないとね。もしかしたら奴らが戻ってくることを内心怯えているかもしれない。
「ティム言い忘れていたけど、この前の奴らはもう店には来ないから。安心していいからね」
「お姉様、奴らとは?」
「ほら、この前、借金の件でお店に来た嫌な奴らのことだよ」
「あぁ。お姉様に無礼を働いた奴らでしたらまとめてガルガンのエサにしてやりました。取り残しはありません」
「そ、そっか……ガルガンのエサね。ま、まぁ、ティムが気にしていないのならこの件は終わりにしましょう」
「いえ、一つだけ気にしています」
「やっぱり! ティム大丈夫だからね」
ティムが内心トラウマになっていたのなら、すぐにフォローしなければ。
「お姉様が大丈夫でも我は許せません。奴らの首魁を楽に殺してしまいました」
「へ、へぇ~どんな感じで?」
「奴はカミーラ様の魔弾で跡形もなく消え去りました」
変態がティムの中二言語に乗っかってくる。こういう会話でも素早く中二的フォローができるのはある意味尊敬するよ。
「跡形もなくねぇ~」
「はい。我は考えうる最大限の方法で残酷に殺してやるつもりでしたが、奴があまりに小賢しい真似をするので思わずやってしまったのです」
「まったく、死する時でも無礼な奴でしたな」
「うむ。奴は殺しても飽き足りぬ」
「よ、よし、問題ないわ。ティム」
ティムと変態は二人で口惜しそうに話す。なるほど、そんな強がりを言えるならトラウマにはなっていないようね。
良かった。良かった。良かった……よね?
うん、そうだ中二的言動は別問題だ。
「それじゃあ、始めるわよ」
「お姉様、実演にあたりぜひ立ちあわせたい者がいます。よろしいですか?」
「う、うん」
あぁそういえば親衛隊にも凄腕の剣士がいるとか言ってたね。
そいつか?
確か名前はミュッヘンで変態曰く、実直な剣士らしい。
「ミュッヘン、お許しが出たぞ!」
「はっ」
親衛隊の列から一人の男が進み出てきた。歳は六十代か。その顔に刻まれた皺は苦労人を思わせる。中二病には見えない。
「ティレア様、お初にお目にかかる。ミュッヘン・ボ・エレトと申します」
「あなたがミューね。なんでも親衛隊随一の剣士だとか?」
「いえ、あっしはそれほどの者ではございません」
おっ、謙虚な奴だ。親衛隊は中二病で大言壮語を吐く奴らしかいないと思っていた。いい意味で予想を裏切る展開である。これは好感が持てるぞ。
「それじゃあ、ちょっと手合わせしてみる?」
「はっ。精一杯相手を務めさせて頂きやす」
うん、言動が常識ある大人っぽい。中二病じゃない実はやり手の剣士とか?
ま、まさかね……。
所詮は変態の遊び仲間だ。期待を持つだけ損というもの。こいつも中二病と思っていたほうが良い。
中二病患者ならエセ剣士だ。素人同士、木の棒でちょこちょこっとお互いを打ち合えばいいだろう。たまに技名を言ってお茶をにごせばいいしね。
「ティレア様、それではこの得物をお使いください」
「は、はい?」
変態は刀身艶やかな見事な剣を渡してくる。
はは、やっぱり銃刀法違反がないから手軽に手に入るんだ。
ったく、この世界に竹刀があるとは思っていないが真剣はないだろぉお――ッ!
無理無理無理! お前、冗談じゃないぞ。死ぬからまじで! だから中二病が過ぎるのは嫌なんだ!
「ちょっとニール、こんなもの使ったらいくらなんでも死ぬわよ!」
「こ、これは考えが足らず申し訳ありません」
変態は恐縮して答える。いくら中二病だからってふざけすぎるのは問題だよ。でも、どうやらわかってはくれたようね。変態も少しは成長したようだ。
「それではこれをどうぞ」
「は、はい?」
変態はしらっと木刀を渡してくる。みるからに硬そうな材質だ。
樫の木か、これ?
叩かれたら頭がザクロになりそうだね。
「真剣などを渡してティレア様が大事な部下を殺してしまうところでした」
「あ、あのねぇ、あなたはふざけているの?」
「い、いえ、決してそのような……」
「いいや、ふざけてる!」
おい、木刀でもまともにくらえば死ぬこともあるんだぞ!
ってか相手は真剣のままじゃねぇかぁあ!
何故、俺だけ武器レベルを下げなきゃならない!
お前、本当に舐めてるね。もしかして日頃の恨みを晴らそうと思っているのか?
「ふふ、お姉様は木刀でもミュッヘンを殺してしまうとおっしゃっているのだ」
「そうでした。ティレア様はそれほどのお力でした」
いやいや何言っているのティム、お姉ちゃんを殺す気なの? 相手は真剣を持っているんだよ。
「どれ、これくらいが適当ではございませんか?」
ティムは適当な小枝を俺に渡してくる。
これ……今にもポキリと折れそうだよ。
え!? これでどうしろと?
ティムに抗議の目を向ける。だが、ティムは信じてやまない尊敬のまなざしで俺を見つめ返してくる。
き、期待している。ティムが期待の目で俺を見ている。この目は尊敬されているお姉ちゃんとして裏切れない。
「ふっ。これでも手加減しないといけないけどね」
「さすがです、お姉様。ミュッヘンは近衛隊随一の剣士。その剣技は六魔将ザンザにも引けを取りません。我は心躍っております!」
「くっあっはっはは。さすがは我が主でいらっしゃる。これほどのハンデをもらっちゃ、是が非でも一本とってみたいですなぁ」
あぁ、まったく俺って奴は全然成長していないよ。なんで調子にのるかねぇ。ティムに期待されると裏切れない。こうなればミューの良識に期待しよう。いくら中二病でも小枝持っている人に本気で斬りかからないよね? いや本当、命がかかっているから勘弁して欲しい。