第三十六話 「我は邪神軍総督カミーラである」★
「畜生がぁあ!」
そこは盗賊団の根城の一室。ジャコウは腹立たしげに叫び、そばにあった椅子を蹴飛ばす。蹴飛ばされた椅子が壁に叩きつけられ室内に大きな音が響く。
殴られて腫れた顔をさすりながらジャコウは昨日の忌まわしき記憶を思い出す。ジャコウ達は突然入ってきたエルフに殴られ、町の警備に突き出されたのだ。幸いにも金で鼻薬を効かせておいたおかげで釈放されたが、ジャコウにとって腸が煮えくり返る屈辱であった。
「か、かしら?」
ジャコウの怒声にジャコウの部下達は怯える。何せジャコウは気分屋で粗暴極まりない。ジャコウの気分を損ねたら殴られ蹴られるのは当たり前、ひどい時は半死半生の憂き目にあった奴もいるのだ。
「てめぇらぁ! レミリアとかいう化物エルフはもうこの町にはいないんだな?」
「へい。ベルガには何やら調査で来ていたみたいですが、もう出ていきましたぜ」
「そうか。あのエルフも許せねぇが、ティレアとかいう町娘はさらに許さねぇ!」
助っ人にエルフまで連れてきて借金を踏み倒したのだ。たかが町娘と侮っていた分、ジャコウを最大限に苛立たせていたのである。
「大人しく俺の女になっていれば良かったのによぉお!」
「かしら、その町娘をどうするんです?」
「俺を舐めたことを死ぬほど後悔させてやる。泣こうが叫ぼうが許しはしねぇ!」
「さ、さすが、かしらだ。女だろうと容赦しない。そこに痺れます」
「ふん、お世辞はいい。それより手下共は集まったか?」
「へい。かしらの号令を受けて総勢三百が集まっています」
「よし。あの町娘に受けた屈辱は町民全員で償ってもらう。野郎ども出撃だぁ!」
「「おぉ!」」
ジャコウはベルガの町を襲うべく手下に号令をかけた。ジャコウは盗賊団の頭目という裏の顔を見せており、その眼は獰猛に変貌していた。総勢三百の手勢がベルガ平原をひた走る。
「かしらぁ~久しぶりの本業感謝します。普段の役所仕事なんてうんざりですぜ」
「馬鹿野郎! 普段の金貸しはな、本業の良いカモフラージュになってるんだ」
「わかっています。略奪なんて楽な本業を覚えてしまったんで、あんな辛気臭い仕事がどうにも憂鬱でして……」
ジャコウの部下達は口ぐちに同意する。もともと放火や強盗といった略奪を好む連中なのだ。本能のままに生きる彼らにとって、書類仕事のようなチマチマした仕事は不満が溜まってしょうがなかったのである。
「ちっ。まったく口のへらねぇ奴らだぜ。てめぇら、ベルガの町はしけた町で警備もろくにいない。一気に攻めこむぞ」
「「へい」」
「町に入ったら男は殺して女は生け捕ってこい。最後はいつも通り町に火を放っておさらばだ。金目の物は根こそぎ奪っておけよ」
「「わかりました」」
ジャコウ率いる盗賊団はベルガの町にある、女や金の分配を話しながら行進していく。時折、女の所有について話しているのか下卑た笑い声が飛び交う。
「ったくお前ら、他の女は早い者勝ちでいいが、あの町娘は俺の物だからな!」
ジャコウはお目当ての獲物を横取りされないように部下達に念を押す。生意気なムカつく女だが魅力的な身体をしてやがった。あの豊満な肉体はまず俺が貪りつくしてやる。飽きたら部下達におすそわけだ。へっへっへ、ジャコウが暗い情念を燃やしていると、
「ニールゼン、何やら許しがたい不愉快な雑音が聞こえたぞ!」
「はっ。まことに由々しき奴らでございます」
突然、聞こえた不審な声にジャコウ率いる盗賊団の足が止まった。声は近い。つまりそれだけ接近されたということである。油断もあったと思うが、荒事に慣れた連中が誰ひとり気づかず接近を許したのだ。周囲に緊張が走る。
「誰だ! どこにいやがる!」
ジャコウは周囲に首をふり、辺りを観察する。岩や木々が密集していて隠れるところは多々ある。伏兵には持って来いの場所だ。
待ち伏せか……?
ジャコウはすぐさま剣を抜き、敵の襲撃に備える。ジャコウの部下達も手慣れた様子で陣形を作ると辺りに注意の眼を光らせた。
……
…………
………………
辺りに一瞬静寂が生まれ、突然、けたたましい鳴き声が響く。そして、巨大な何かが盗賊団の前に現れた。
「な、何だ? あれは?」
「わ、翼竜だ! い、いや違う。あんなにでかい翼竜など見たことがない!」
「はっは。こいつらドラゴンを翼竜なんてトカゲと一緒にしてやがる。ギャング、間抜けなバカ共を食い殺せ!」
親衛隊幹部のムラムがギャングに盗賊団員達を殺すように命令する。ギャングは六魔将ガルムが手塩にかけて育てたドラゴンだ。オリハルコンと同等の硬さに加え、その巨体にあるまじきスピードも兼ね備えている。みるみるうちに盗賊団員達を捕らえ、その鋭い爪で引き裂き食い殺していく。
「ひぃい。な、なんだあの化け物は!」
盗賊団員達は必死にギャングの咆哮から逃れようとする。他の団員が食われている隙に我先にと逃げ出すのだ。そこに連係も何もない。ただただ自分かわいさの行動である。
「ひぃ。ま、待て。こっちにも化け物がいやがるぞぉ!」
だが、そうやって必死に逃げた先にも圧倒的な存在が立ち塞がった。その存在もドラゴン。色こそ違うがギャングと同等の強さ、残虐さで団員達を恐怖のどん底に陥れる。
「うぁあ! こっちもだめだ。に、逃げろ!」
「ば、ばか野郎! 落ち着け。陣形を乱すんじゃない!」
盗賊団員達に動揺が広がっていく。ジャコウが部下達を叱咤し、落ち着かせようとするが、パニックになった部下達は右往左往して静まらない。
さらに、突然、手下、二、三十人がバタバタと地面に倒れていく。敵に攻撃された訳ではない。弓矢や魔法弾で被弾したわけでもないのに気絶したのである。ジャコウの経験上、こんなおかしな現象は見たことも聞いたこともなかった。ジャコウの頭は混乱でおかしくなりそうになる。
「な、なんだ? 何が起きた? 何をしやがったぁあ!」
ジャコウが冷や汗を流していると、ドラゴンに乗っている少女がおもむろに手をかざす。そして手を振るうと一閃――
部下達が真っ二つに引き裂かれたのだ。荒事に慣れた部下達、警備隊にも同業の奴らにも狙われたことは幾度とあった。その度に乗り越えてきた屈強の兵士、そう思っていたが……。
その少女が怒りの形相で自慢の部下達をなで斬りにしていくのだ。少女が手を振るうたびに部下達の悲鳴がこだまする。
「な、なんだ。アレは……?」
ジャコウは震撼していた。気づかれることなく周囲に溶け込み、突然現れ部下達を殺していく。まるで死神、古につたわる魔族を彷彿させる。特に、あの翼竜に跨っている少女から出ている殺気が尋常ではない。
あの少女? 確かティムとかいった町娘だ!
なぜ、町娘にこれほどのことができる? 姿は小柄で少女そのものなのに、その姿からは想像もつかないほどの殺気が感じられる。
こ、こいつは正真正銘の化物だ。ジャコウは生まれて初めて恐怖にさらされた。こいつはやばい。こんな化物を敵に回すわけにはいかない。
「テ、ティムちゃんだっけ? 許してくれ。もう悪いことはしないから」
「ニールゼン、また奴の罪が増えたぞ。お姉様と我をつなぐ神聖な名を人間如きが口にした」
「まことに許しがたき行為でございます。極刑にしても飽き足りませぬ」
な、何を言ってやがる? 反省したふりをしてごまかそうと思ったが、話が通じない。何が神聖な名だ、お前はただの庶民だろうが!
意味不明な言動で荒事で鳴らした部下達を簡単に屠り、平然としている。三百人いた部下達も残り二十人を切ってしまった。ジャコウは目の前で繰り広げられる光景に頭が追いつかない。ただ、このままでいると間違いなく死より恐ろしい現実が待ち受けているのは明白だった。やるしかない。もしものときの奥の手だ。
「てめぇら。このままじゃ化け物どもに殺されてしまう。いちかばちか全員で一気に畳みかけるぞ!」
「で、でもあんな化物共に……」
「馬鹿野郎! 座していても死ぬだけだ。お前ら、腹をくくれ!」
「わ、わかりました」
「よし。今だ、行け!」
ジャコウの合図とともに盗賊団員十数人がカミーラ達に突進する。後がない、背水の陣と思わせ遮二無二突撃をさせたのだ。
へっ、ばかめ! ジャコウは部下につけていた爆発魔法を発動させる。カミーラと接触する寸前の部下達が次々と爆発していく。
「はは、あばよ。化け物どもぉ!」
ジャコウはもしもの時を考え、手下全員に爆発魔法を内蔵させていたのである。爆発魔法は、本来ならば魔法陣を構築し多大な労力を使って発動させるのが基本だ。だが、ジャコウは日頃から部下達に特訓と称する実験を行なっていた。少しずつ気づかれないように、爆発魔法の呪文を埋め込んでいったのである。
単体でも強力な爆発魔法。それが連鎖的に爆発し、もうもうと土煙が巻き起こった。その間にジャコウはその場から撤退する。
へっへ、最後まで使える手下共で助かった。手駒はまた集めればいい。自分の命は無くなればおしまいなのだ。ジャコウは笑みをうかべると、身体強化魔法を使って全力で逃げ出していく。
■ ◇ ■ ◇
お姉様から留守を任され、ニールゼン達を周囲の警戒にあたらせていた。すると、ベルナンデスから賊兵が三百余りこちらに押し寄せてくると情報が入ったのである。それも首魁は、昨日お姉様に無礼を働いた奴というではないか! 願ってもない。昨日は計画続行中であったので、奴への怒りは抑えた。だが、あちらから攻めてくるのであれば迎え撃たぬ道理はない。早速近衛隊を引き連れ討伐に向かう。
ガルガンに跨り、ベルナンデスから報告があった場所に着くと……いた! 昨日の不遜極まりない男が有象無象を引き連れベルガ平原を進軍中であった。
ふん、殲滅してくれるわ! 先回りし、近衛隊を四方に伏せる。逃がしはせぬ。お姉様に無礼を働いた輩は全員皆殺しだ!
ニールゼンを傍らに待機させ、奴らが罠にかかるのを待っていると、首魁の男がお姉様に対しまた無礼千万な言葉を放つではないか!
「ニールゼン、何やら許しがたい不愉快な雑音が聞こえたぞ!」
「はっ、まことに由々しき奴らでございます」
我の言葉にやっと接近に気づいた盗賊団員達。お前達がどれほど愚かな行為をしたか思い知るが良い。
我は伏せていた近衛隊に指示を出す。四方から飛び出す近衛隊員達、次々に愚か者共を八つ裂きにしていく。また、ギャングも所狭しと爪を出し大口を開けて大暴れする。
ふっ、脆い奴らだ。弱すぎで大した抵抗もせずに殺されていく愚か者共。それにしてもこんな脆弱な輩が、偉大なお姉様を侮辱するとは言語道断にも程がある。我は湧き上がる怒りで腸が煮えくり返りそうになった。
「カミーラ様、威圧を抑えて下さい。こいつらではショック死しかねません。すでに数十人がカミーラ様の威圧で気絶しております」
「なんと! これほど抑えていてもか! 人間とはなんと脆弱であるか」
抑えていたつもりの魔力が怒りで少し溢れたらしい。溢れた魔力による我の威圧で数十人が気絶してしまったようだ。なんという脆さか。このままでは我が手を下すまでもなく部下達だけでことが終わってしまう。
まずい。我も急いで参戦せねば!
ガルガンに跨りながら盗賊団員達を睥睨する。そして、おもむろに上から下に手を振るう。それに合わせ、数十人の盗賊団員の体が真っ二つになった。切り裂かれた身体から血が噴き出していく。
「うぎゃああ! 俺の腕がぁああ!」
「ひぃいい。な、仲間が一瞬で……ま、真っ二つにな、なっ……」
「もろい。もろすぎる! こんなに簡単に死におって……これでは慈悲と変わらぬではないか! お姉様を侮辱されたこの気持ちはどうしたら良い。どこに向かえば良いのだぁあああ!」
我は怒りの赴くまま盗賊団員達を魔線でなで斬りにする。辺りは血の海。魔線でバラバラにされた死体が次々とでき上がっていく。我がそうして盗賊団員達を掃除していると首魁の男が引きつった顔をしながら声をかけてきた。
「テ、ティムちゃんだっけ? 許してくれ。もう悪いことはしないから」
「ニールゼン、また奴の罪が増えたぞ。お姉様と我をつなぐ神聖な名を人間ごときが口にした」
「まことに許しがたき行為でございます。極刑にしても飽き足りませぬ」
この男はどれだけ我を怒らせたら気が済むのか。怒りは最高潮に達する。どう殺すか? どう苦しませるか? 我が処刑方法を考えていると、盗賊団員達が一斉に我に向かって襲いかかってくる。
ふん、ニッチもサッチもいかなくなっての玉砕か……芸がない。
我が迎撃しようとする瞬間、奴らが次々と爆発していく。連鎖的に弾け飛ぶ盗賊団員達。爆発魔法による自爆だ。人間にとっては強力な一撃となったであろうが、魔族にとっては取るに足らぬ威力でしかない。無駄な足掻きだ。ただ、土煙で視界は悪くなっている。この隙をついて何か仕掛けてくるか……?
「はは、あばよ。化け物どもぉ!」
だが、仕掛けてきたのはただの逃走であった。下らぬ。下らなすぎる!
「ふん、小ざかしいことをしおって!」
「カミーラ様、どうやら奴は速力増加の身体強化魔法を使用しているようですな」
首魁の男は身体強化魔法を使い、ぐんぐんとその距離を広げていく。身体強化魔法はその効果にもよるが、だいたい通常の二から三倍の力を得ると言われている。首魁の男はそれを足に特化して使い、野生の獣並みの速さで走り抜けていた。
「まったく逃げられると思うてか?」
我慢の限界、逃げ出していく首魁の男に向けて手をかざす。手に魔力を集中させ魔弾を生成していく。黒く禍々しい闇魔法の塊。魔法弾の数十倍の威力である魔弾を生成し、首魁の男に照準を合わせる。
「消えろ!」
首魁の男に向けて魔弾を放つ。首魁の男とは距離にして数キロほど離れており、ここからでは米粒ほどの大きさにしか見えない。だが、放たれた魔弾は正確に首魁の男を捉える。
「ぐぼぉああ! こ、この距離だぞ。ば、化け物がぁああ!」
魔弾に被弾し肉体がよじれていく首魁の男の絶叫がけたたましく周囲に響いた。
今回、挿絵第二弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です