第三十二話 「お茶会をしよう(中編)」
「はは、私はクズだ。クズ野郎さ。どうせニートの中二病でしたよぉ~」
ティム達の精神攻撃を受け落ち込む。ティム達は無自覚なようだが、的確に俺の急所を狙い撃ちした口撃であった。前世の傷をごっそり抉られた気分である。
もうね。お姉ちゃん、ライフ回復のためにしばらく殻に篭っちゃうから。それからブツブツと欝な気持ちで愚痴っていると、
「お姉様、聞いておられますか? お姉様!」
はっ!? ティムの声に我に返る。
いかん、いかん。前世の記憶に引きずられてどうする!
俺の名はティレア。前世ニートでクズな生き方をしてきた塩田とは違う。料理屋「ベルム」の看板娘であり、今は一端の料理人だ。
しっかりするんだ!
「ティムごめん。聞いていなかった。で、何が訊きたいの?」
「はい。お姉様の神技の数々を伺いたく『殺人ぬんちゃく』の他にも素晴らしい技をお持ちでしたよね? 確か全部で七百七十七あるとか……」
「うっ!? ティムよく覚えていたね」
「私も大いに関心があります。魔邪三人衆を打ち砕いた拳技も素晴らしかったと伺っております」
それは「ペプシー・ロール」ね。ティムがドキュンを倒した状況をあまりにしつこく訊いてくるから、つい技を実演して説明したんだよね。仕方が無かったとはいえ暴力沙汰をおこした褒められない行為だというのに。喧嘩の状況をつぶさに実演してしまった。我ながらお調子者にもほどがある。
まぁ、ティムは目を輝かせて見ていたけど……。
ふぅ、また技を聞きたいのか。ティム達は中二病だから俺が出す技にくずぐられるところがあるんだろう。
わかるよ。前世、俺が中二病が過ぎてはまっていた技の数々だからね。世界が異なっても共通の思考なのだ。
しょうがない。こんなに二人から期待された目を向けられたらやらないわけにはいかない。今日のお茶会の趣旨は話すことだしね。
「しかたがないわね。それじゃあ少しだけだよ」
「ありがとうございます!」
ティム達は前回と同様、目を輝かせて見つめてくる。そこまで期待されたら逆にこっちが恥ずかしくなる。ティム達も中二病が治ったら身悶えして後悔するのに。
「え~おほん。まず中二病な奴が必ず通る道がある。それは『はめまめ波』『ババン=ストレッシュ』『五重のキワミ』よ」
「むむむ。興味をそそられます。その技はなんなのですか?」
「前世、中二病だった人なら必ず練習していたといっていいほどの大技ね」
「お伺いするだけで強力な技に思いまする」
「かくいう私も邪神七百七十七の技に含めているわ。中二病の必須スキルと言ってもいい。特に、『はめまめ波』なんて日本の男子なら全員やった経験があるんじゃないかな」
「『はめまめ波』とはどのような技なのですか?」
「そうね~魔法じゃなくて気弾と言えばいいのかな。それを放つの」
「気弾の類であれば先の戦いでよく人間共が使っておりました。ただ魔人の障壁を越えてくるほどではありませんでした」
「ふ、ふ『はめまめ波』はマックスで使えば月すら破壊できるんだから」
「な、なんと! 大魔法を行使したとしても『星を壊す』といった離れ業など聞いたことがありません。それを魔法よりも格段に威力の落ちる気弾で行うなんて……」
「すごいでしょ。驚いた?」
「は、はい、驚愕しました。そ、それでお姉様はこの技を……」
「えぇ、練習したわ。もう皆ひくくらいに……」
俺は遠い目をして過去を振り返る。そう、あれは小学生の時、どうしても波動を出したくてお年玉も小遣いも全部使い、足りない分は親に頼んでまで申し込んだ気功通信講座十二回コース。
優良で卒業したのに……。
へのつっぱりにもなりやしない。
周囲は「何をバカやってんだ!」って感じだったねぇ。あぁ、そうだよ。どうしても気を放ちたかったんだよ!
「それでは『ババン=ストレッシュ』というのは?」
「それは剣技ね。剣から剣気みたいなものを出す技よ」
「それなら人間にも使えるものがおりました。それに六魔将ザンザは魔剣使いですが、奴は周囲数十メートル内にいる敵全員を切り刻むことができます。そのような感じの技なのですか?」
ティム、なかなかやるわね。魔将軍ネタで吹いてきたか。だけど、まだまだよ。前世、お姉ちゃんの中二病っぷりは半端じゃなかったんだから。
「ふ、ふ『ババン=ストレッシュ』のすごいところは普通に斬るんじゃないの。固体、液体だけでなく気体つまり空気まで切り裂くことができるんだから」
「な、なんと! 大岩や海を切り裂いたという話なら掃いて捨てるほどあります。ですが、空までも切り裂くといった話は古今東西聞いたことがありません」
「すごいでしょ。固体、液体、気体を同時に斬るんだからね」
「もちろんお姉様はこの技を……」
「えぇ、練習したわ。もう皆ひくくらいに……」
学校で掃除をするときの箒はもちろん、雨の日の傘は鉄板だったね。はまっていた時は一日数時間はやっていたよ。やり過ぎで肘が腱鞘炎になったのは俺ぐらいかもしれない。いや、広い日本何人かはいるはずだ。
「それでは『五重のキワミ』というのは?」
「それは拳技よ。素早く拳を連打することで対象を破壊する技ね」
「それでしたらニールゼンの奥義である超魔爆炎撃に似てますね」
「ち、ち、ち、甘いよ。『五重のキワミ』のすごいところはね、どんなものでも粉々にできるのよ」
「そのようなことが! そ、それはどういう原理ですか?」
「え~と、まず拳で対象を叩く。そして、その振動が伝わっている最中にすかさずもう一度叩く。これを五連続で行うのよ」
「なるほど理に適っております。振動の連鎖反応というわけですね? さすがはティレア様、私もぜひ実践しとうございまする!」
「ふ、ニールゼン、先ほどお姉様に言われたばかりであろう。『ちゅうにびょう』が過ぎるぞ。まったくお前は戦いとなると熱くなり過ぎだ」
「お恥ずかしいかぎりです。ティレア様からあまりに素晴らしき技をお聞かせ頂けるので戦士の血が高ぶってしまいました」
「まぁ、いいんじゃない。私も気持ちはわかるよ。そんな技を聞いたら中二病だとどうしてもやってみたくなるもの」
「ふふ、お姉様も前世、その口だったのですね?」
「うぐっ、そうよ。この技を知ったら試したくなるのは当然ね」
「まさに……」
変態はそう言って今にも技を試したくてうずうずしているみたいだ。これは発散させたほうがいいだろう。ストレスは良くない。中二病は強制してやめさせてもやめられないのだ。ぜひ「五重のキワミ!」と叫んでパンチを繰り出してもらいたい。たまには童心に返るのもって――違う違う。変態はいつも童心のままだ。
「ニール、やりたいなら我慢せずにやってみればいい」
「はっ。それでは失礼して」
変態は席を立つとポケットから何か固形物を取り出す。もしかして空手家の瓦割りみたいなことをするのかな? 用意のいいことだ。それから変態はその固形物を地面に置くと、
「はあっ!」
気合とともにそれに拳を打ち込む。グシャンと何かが壊れた音が部屋に響いた。
おい、掛け声はどうした?
「五重のキワミィ――ッ!」と叫びながら打つのが醍醐味なのに……
まぁ、でも楽しみ方は人それぞれだ。掛け声はなかったが、パンチに集中していたら声が出ないよね。それに、その雰囲気に成りきっていればいいわけだし。
「な、なんと素晴らしい技ですか! ティレア様のおかげで私の奥義が格段に飛躍しました。見てください!」
変態が差し出した手の中を見てみる。
ん!? 何やら金属っぽいものが粉々に砕けていた。さっき変態が取り出した固形物だろうけど……
何これ? まぁ、変態の拳で砕けたのだ。金属ではないのだろう。金属にみせかけた木材ってところかな。
「ニールゼン、やるではないか。これはあれか?」
「はっ。オリハルコンでございます。私の奥義にティレア様の原理が加わり絶大な威力を持つ技に生まれ変わりました」
「うむ。オリハルコンが見事に砕けておるわ。この威力、我の魔法障壁も超えてくるだろう」
「恐れ入ります」
お~お~楽しそうにしちゃって。俺もこんな感じで遊んでいたよ。適当な腐った木材に「五重のキワミ」ってパンチしていたなぁ。中二病患者って行動がまるっきし一緒だね。まぁ、今は楽しいティータイム。話の腰を折るほど無粋ではない。
「ニール、やるじゃない。一発で会得するなんて、免許皆伝よ。どれ、試しに私に打ってみなさい」
俺は手のひらを変態にかざし、ここへ打ってみろとコーチばりに言ってみる。家族サービスならぬ従業員サービスだ。俺もその話に乗って遊んでやるよ。
「し、しかし、これほどの大技をティレア様にぶつけるなど……」
「ニールゼン、無用の心配だ。お姉様がオリハルコンより劣るとでも?」
「そうだぞ。私はオリハルコンより硬いぞ」
「確かに。ではティレア様、胸をお借りいたします。全力でぶつけますので、ご容赦を」
いや、ちょっと待て! そんな全力なんてムキにならなくても良いぞ――ってお前、俺の話を聞くつもりないな。
変態は恍惚とした表情で俺を見ている。すでに武人ニールゼンというキャラクターができあがっているのだろう。
はぁ、しょうがない。
変態が本気を出しても、たかがしれている。
俺は余裕綽々で手のひらを掲げた。すると、変態が拳を握り全体重を乗せる形でパンチを放ってきた。
「とぁああ! 超魔爆炎撃改!」
金属と金属がぶつかったかのような衝撃音が周囲に響く。変態の拳が俺の手のひらに全力でぶつかったのだ。
「おぉお、痛ぇえ! お前、痛いじゃないかぁあ――ッ!」
変態の後頭部に容赦なく拳でガツンとツッコミを入れる。変態はふっとばされ地面に転がった。
これは痛い。なんか骨に響いたぞ。お前、だから空気読めって!
この流れで全力で殴るなんて……
あいた、たた。変態のくせにやるじゃない。覚醒したか? まったく骨にひびが入ってないだろうな。