第三十一話 「お茶会をしよう(前編)」
俺が叱ってからというもの、ティムと変態は熱心に働くようになった。叱ったかいがあったというものだね。ティムは若干、笑顔がひきつるもののお店でお客さんの相手ができるまでに成長したのだ。まぁ、ティムは中二病にかかる前は明るい性格だったし、本気になれば接客なんて軽くこなせると思っていたよ。
そして、意外だったのは変態だ。お客さんに対して横柄な態度が見え隠れしていたのだが、俺に叱られてから物腰が柔らかくなったのである。それに、慣れてきたのか仕事もすんなりこなせるようになったのだ。
その結果……
「ティレアちゃん、ニールゼンさんはまだ来ないの?」
「もうそろそろだと思いますよ」
「あぁ、なんて素敵なの! うちの亭主と交換したいぐらいだわ」
「ほんと、ほんとよ。あの涼やかな目で誘われたらダメ亭主なんてすぐにでも離縁してやるんだから」
変態は最近、近所のおばちゃん達の間で人気急上昇中なのだ。確かに変態はダンディなおじ様といった感じで見た目だけは良い。
韓流ブームならぬ変態ブームが今、ベルガの町で巻き起こっているのである。
「ねぇ、やっぱりニールゼンさんって独身じゃないよね?」
「きっとそうよ。素敵な奥様がいらっしゃるんでしょ!」
「その人、ちょっと見てみたいわ」
いやいや、奥様方、期待を裏切るようですが彼は童貞ですよ。
「ティレアちゃん、ニールゼンさんってどこに住んでいるのかしら?」
「すみません。一応個人情報ですので気軽に教えたりできないんです」
「個人情報? 何言っているの? 固いこと言わないで教えてちょうだいよ」
そ、そうか……。
こんな世界では個人情報なんて言ってもわからないよね。
それなら別に教えてもいいか――ってよくよく考えたら俺も変態の住所なんて知らないぞ。以前、変態との面接で変態があまりにもふざけた態度だったから頭にきてそのままうやむやにしていたんだった。
「実は私も知らないんです。今度、聞いておきますね」
「「お願い」」
ふ~なんで俺が変態のマネージャーをやらなくちゃいけないんだ? 知りたいなら自分で訊けよって言いたいが、お店のお客さんだし角は立てたくない。
それに変態にもようやくモテ期が到来したのだ。少しくらい協力してやってもいいだろう。どこに縁があるかわからないしね。変態も身を固めて落ち着いたら中二病も治るかもしれない。
俺がそう物思いに耽っていると、店のドアが開いた。
噂の色男の登場である。
「ニール、おはよう。今日も早いわね」
「ティレア様もご機嫌麗しゅうございます」
「キャー、ニールゼンさん今日も素敵!」
「本当なんて渋いお声なの!」
変態の登場におばちゃん達が色めき立つ。おばちゃん達は一斉に席を立ち変態を取り囲む。総立ちによるお出迎えだ。
「奥様方も相変わらずお美しい。今後も料理屋『ベルム』をよしなに」
「もう、美しいなんてやだわ♪」
「ニールゼンさんにそんなことを言われたらどうにかなっちゃいそう」
はぁ~なんともまぁ黄色い声を送るものだ。お客さんが増えたのは嬉しいが、他の常連さんに迷惑がかからないか心配である。
それに変態が本当は変態で中二病なじいさんだっておばちゃん達にばれたらどうなることやら……
「ふぅ、知らないとは恐ろしいものだ」
変態とおばちゃん達のやりとりを見ながらついぼそりと本音を漏らしてしまう。
「まったくです」
俺の独り言を聞いたのか、ティムが同意のあいづちを打ってきた。
おぉ、ティムもやっぱりそう思うか!
そうだよね。仲が良いから変態の正体もちゃんとわかっているよね。
「おばちゃん達もニールの正体を知ったらびっくり仰天するだろうね」
「お姉様の仰るとおりです。ニールゼンの本質を知らず上辺だけの演技に騙されている愚かな連中です」
ティム、なかなか毒舌じゃない。ティムの言うとおり旦那さんがいるのにあんな変態にうつつを抜かすなんてどうかしていると思う。
その有様はまるで前世、韓流スターにはまったおばちゃん達を彷彿させる。
まぁ、でもこの世界にはテレビや週刊誌があるわけでもない。突然現れたダンディな老紳士に色めき立つのも無理ない話である。要するに主婦が芸能人にキャーキャー言っているようなものだ。
「この町は娯楽が少ないから、おばちゃん達にしたらニールはちょっとした刺激になっているんだろうね」
「お姉様。我とニールゼンはいつでも出撃可能です。お姉様がゴーサインを出して下さったら、すぐさま偽りの仮面をはぎとり無礼千万な輩に強烈な刺激を与えてご覧にいれます」
「そ、そう。おばちゃん達に不満なのはわかるけど本人の前では抑えてね」
「もちろんです。正体がばれるような軽率な行動は致しません」
ティムは誇らしげにエヘンと答える。
……ティム相変わらず中二病全開ね。良いんだけど、そろそろ何かしらの対応を考えたほうがいいのかな?
まぁ、中二病は焦っても完治はしないし、おいおい考えていこう。今は変態のモテっぷりの件だ。
おぉ、変態の奴、花束までもらっているよ。これはもう芸能人と言っても過言ではないね。
そうして朝の開店から変態のファンが入れ替わり立ち替わりやってくる。変態はその一人一人に丁寧に応対していた。変態も料理屋「ベルム」の看板を気にしてくれている。変態もようやく従業員としての自覚がでてきたみたいだ。
よし、ここは上司として褒めておこう。休憩時に一言労いの言葉をかければ変態のモチベーションも上がるだろうしね。
そして、朝の繁忙期も過ぎ、お客が途切れてきた。そろそろ休憩しても良い時間帯である。
「ティム、ニール、そろそろ休憩しようか?」
「「はっ」」
俺はティムと変態に休憩するように声をかけた。すると変態は俺とティムをテーブルに案内し、素早くお茶と茶菓子を持ってきたのだ。
おぉ、やるじゃない!
「ニールも大分、様になってきたね」
「ははっ。恐れ入ります」
うんうん、ニートだったわりに良くやっているよ。これは教育してきたかいがあったというものだ。
「ニールゼンは近衛の職だけでなく我の執事も務めておりました。このような雑事も得意なのです」
「へぇ~そうなの。それはすごい」
確かに変態は見た目だけは執事っぽい。ティム、その着眼点はいいと思うよ。ただちょっと腐女子っぽいぞ。中二病に「腐」まで入ったらお姉ちゃん、ティムを治すのに苦戦しちゃう。ティムの中二病は相変わらずだ。どうしたものかな?
そういえば、よくよく考えればティム達の中二的妄想を詳しく聞いたことがなかった。中二病を治すきっかけを掴むかもしれない。妄想の内容を訊いてみよう。
「ティムってたしか魔王軍の六魔将だったよね?」
「はい。元六魔将であり今は邪神軍の一将です」
ぐほっ! そ、そういえばそうだった……。
今のティムの位置づけは魔王軍を裏切って邪神軍に入った裏切り者だ。ちなみに俺が邪神になっているんだっけ?
どうやらティムの奴、俺から前世の話を聞き「邪神」ってフレーズを気に入ったらしい。前世、俺も気に入ってたからね。その気持ちはすごくわかる。やはりティムの中二病は根が深い。これはちょっと話を聞いたぐらいでは解決しないだろう。
……よし、この際だ。ティムの妄想内容も含め今日は腹を割って話す。姉妹でコミュニケーションを図り解決策を探る。まずは何事も話さないと始まらない。
「ティム、お姉ちゃんに訊きたいことはない? 今日はなんでも答えてあげるよ」
「そうですね。我はお姉様に一度お伺いしたいことがありました」
「うんうん。言ってみて」
「お姉様がダークマター様としてご活躍されていた頃のお話を伺いたいです」
がふっ! テ、ティム、藪から棒に何を言い出すかと思えば……
だが、なんでも答えてあげると言ったのだ。信頼には応えないといけない。それがどんなに黒歴史であろうとも……。
「ティム、前世の話は前に少し話したよね?」
「はい。お話を伺った時は衝撃を受けました。ぜひその辺を詳しく知りたいです」
「詳しくかぁ~どこから話せばよいやら」
「それではお姉様が過ごされた『にほん』とはどのような国だったのですか?」
「そうね~今の世界と比べると生きていくのに厳しい国だったかな」
何せここベルガの町はいたって平和、町の皆は俺に良くしてくれるし、温かい家族までいるんだ。近代的だったとはいえ前世の日本では受験やら就職やらありとあらゆるプレッシャーが俺につきまとってよっぽど住みにくいところだった。
「やはり戦いが渦巻く混沌とした世界だったのですね」
戦いって……。
まぁ、生きていくのは戦いみたいなものか。特に、無職童貞引きこもりの俺は人生ハードモードだったしね。
「うん。それに私の生まれた所は『修羅の国』って言われて特に酷かったよ」
「なんと! 我が生まれた魔界とは比べ物にならぬほどの恐ろしさを感じまする」
「そうよ~魔界より恐ろしかったんだから。ドキュンはわんさか湧いてくるし」
「『どきゅん』ですと! たしか魔邪三人衆と同質の力を持つ者をそう呼ぶとか」
「えぇ、奴らみたいな感じよ。前にも言ったけどそこらじゅう湧いちゃって手に負えなかったわ。加えて手榴弾という恐ろしい爆発兵器まで流布していたんだから」
「お話から察するに『しゅりゅうだん』とは爆発魔法のようなものですか?」
「ニールゼン、お姉様が恐ろしいと仰ったのだ。たんなる爆発魔法ではあるまい」
「はっ。確かに爆発魔法ではドラゴンに傷を負わせる程度、ティレア様ほどの御方には何ら脅威ではありませんな」
「うむ。『しゅりゅうだん』とはお姉様にダメージを与えるほどの禁呪法的な兵器と考えられる。お姉様、違いますか?」
「はは。ダメージどころか手榴弾に巻き込まれたら一発で死んじゃうよ」
「なっ!? お姉様ほどの御方を一撃で葬る兵器などにわかに信じられません!」
「うん。実は私も『手榴弾注意!』のビラを見たとき信じられなかったよ。まじですか! えっ!? ギャグなんじゃないの? と思ったんだけど……事実なのよね。しかも道端にそれが落ちてたりするんだよ」
ティム達が驚愕の表情を浮かべている。
うん、気持ちは十分にわかるよ。俺もそれを聞いた時はしばらく怖かったもん。ドキュンのポケットにそれが入ってて面白半分で投げつけられるんじゃないかって無用の心配をしてたから。
俺は転生しちゃったけど修羅の国の人達は今頃どうしているかな? 住民は外出するときは「防弾チョッキ常備」とかなってたりして……。
「それでお姉様は『しゅりゅうだん』にどう対処されていたのですか?」
「幸か不幸か私は手榴弾にはお目にかからずに転生しちゃったからね」
「そうですか。なんとも恐ろしい。そのような兵器がはびこる国でお姉様は戦い抜かれた。お姉様の力の源がわかった気がします」
「ふふ、そうよ。大変だったんだから。他に訊きたいことはある?」
「はい。確かお姉様は『にぃと』に所属されていましたよね?」
げふっ! テ、ティム、いいジャブよ。意識をもっていかれそうな一撃だった。
ちゃんと覚えてたのね。その言葉、忘れてくれてもいいのに……。
「え、えぇ。ニートだったね……」
「『にぃと』のお仲間もお姉様みたいなお力を持った方達だったのですか?」
「力って――まぁ似たような集まりだったのは確かよ。私の周りには中二病な奴らが集まってきたけどね」
「お姉様『ちゅうにびょう』とはどういった意味なのですか?」
「平たく言えば、ティム、あなたやニールみたいな思考や行動を取る人達を総称してそう言うの」
「はぁ。我やニールゼンに共通する……つまり『ちゅうにびょう』とは武辺者を指して言う言葉なのですね?」
「う~ん、まぁかっこよく言えばそうなるかな。でもね褒め言葉ではないのよ」
「武だけに突出すると周りが見えず足元を掬われることがあります。我やニールゼンも熱くなるとその傾向が顕著になります。そのような解釈で宜しいですか?」
「そんな感じかな。そう中二病が過ぎると周りが見えなくなる。前世、私はそんな奴だったのよ。中二病が過ぎていつも暴走してたんだから」
「まさか。いつも冷静沈着なお姉様にそんな過去がおありだったとは……」
「ふふ、信じられないでしょうけど事実よ。でもね、前世の失敗があったからこそ、今はその反省を活かしているわ」
「さすがお姉様です。大いなるお力を持ちながら細心の注意を怠らないのはそういった経験がおありだったからなのですね?」
「そうよ。中二病が過ぎると大変なんだから」
「お姉様は『ちゅうにびょう』は長く続けられたのですか?」
「うっ。そ、そうなのよ。だからね、ティムには早く治って欲しいの」
「そうですか。ただお姉様の技の多くはその時に編み出されたのですよね?」
「えぇ、前にも言ったけど殆どの人は会社に就職するからね。ニートじゃないと技を編み出す暇はないのよ」
「そうであれば我は愚か者と言われようともお姉様と同じ生き方をしたいです。我も『にぃと』となり武を極めとうございます」
な、何言っているの? ティム、家族にいきなりニート宣言はやめて!
あぁ、なんてこと!
ニートは愚かだと説明しているのに。ティムはなんかニートに憧れているような雰囲気なのだ。
「ティム、何度も言うけど中二病もニートも褒め言葉じゃない。前世では会社に入って働くのが一般的だったのよ」
「そうでした。確か『にほん』では『かいしゃ』に隷属するのが普通でした」
「そうそう、話を覚えててくれたようね」
「お姉様。愚直と言われようが『ちゅうにびょう』で良いではありませんか? 我はお姉様の前世を否定しません。お姉様は後悔なされているようですが、我は誇りに思いまする。普通の輩は『かいしゃ』に隷属していたのでしょう? 一度も『かいしゃ』に隷属なさらなかったお姉様を心から尊敬します!」
「私も同感にございます。ティレア様の素晴らしい神技の数々、それは生涯にわたって『にぃと』に所属されたティレア様の汗の結晶でございまする」
ぐっはぁあ――っ! 痛恨の一撃よぉおお!
あ、あなた達、やっぱり魔族なんじゃない?
的確に急所を狙ってくる。
今のはお姉ちゃん、ライフをごっそり持っていかれたわ。
「そ、そうね。その通り。私は会社にも行かずひたすらニートしてた」
「ニールゼン、お姉様の姿勢を見習うのだ。大衆に迎合せずひたすら我が道を行かれたのだ。特に修羅の国でそれを行われたのは並大抵のご苦労ではあるまい」
「まさにティレア様は『ちゅうにびょう』の鑑にございまする」
は、は、は、休憩のつもりが大ダメージを喰らったよ。もうね勘弁して下さい。