ティレアの悩み事～異世界邪神転生綺譚～

1章

第二十四話 「とうとう私を怒らせたわね」

　ドキュン共が何やら移動を始めた。炎ドキュンが後方に下がり、竜ドキュンと虎ドキュンが左右から俺を取り囲む。

　なんだ？　なんだ？　何が始まる？

　奴ら陣形を作り始めたぞ。

　な、なんか嫌な予感がする……。

「お姉様！」

　ティムも奴らがこれから行う何かに異常を感じ取ったようだ。心配そうに駆け寄ってくる。

「ティム、危険だから下がって！」

　ティムを危険にさらせない。俺はティムが近づいてくるのを制止した。奴らは何か企んでいる。だが、それがなんなのかわからない。

　であればここは先手必勝だ。もう一度ヌンチャクを喰らわせてやるか！

　ただ、このヌンチャク威力がありすぎる。竜ドキュンが再生能力を持っていなかったら大きな事件になるところだった。

　ヘタレ(ビセフ)め。こういう時だけ変に力を入れやがって！

　この武器、当てどころを間違えると人殺しになってしまう。そう考えるとドキュンへの攻撃に二の足を踏む。

「邪神、この技を使うはめになるとは思わなかったぞ！」

「えぇ、対魔王の切り札です」

　ドキュン共がぶつぶつと呪文を唱えていく。

　ま、まさか……。

　こいつら全員魔法が使えるのか？

　前世の時もそうだったが、不良って意外にスペック高い奴が多いのだ。この世界でもその法則は成立するみたいである。

　まったくそれだけの能力があるなら少しくらい社会に貢献しろっての！

　俺の不満をよそにドキュン共は着実に魔法を完成させていく。

　そして……。

「「「魔邪最大封殺呪文(トライアングルヘルスアタック)！」」」

　ドキュン共が呪文を唱え終わった途端、左右上下の空間から幾百もの魔法の矢が放たれたのだ。全ての矢が俺に向かって突き進む。

「ちょ、しゃれにならな――いてぇ！」

　い、痛い。死ぬほど痛い！

　無情にも俺の体に数十の矢が突き刺さったのだ。

　矢が刺さった!?

　俺は死ぬのか？

　でも、ち、血は出ていない……？

　――ただ、黒光りしている矢からキラキラと光の粒子が流れているだけだ。　　

　ど、どういうこと？

　とにかく矢を抜かないと！

　あ、あれ？　なんか力が入らないぞ。

　刺さっている魔法の矢を掴み、引き抜こうとするが、力が抜けるのだ。

「がっはっはは！　邪神、気分はどうだ？　力が入るまい？」

「くっくっくっ。その黒い矢は特別製でな。魔力吸収の特性を持っている。ひとかすりするだけで並の魔人十人分の魔力を持っていくぞ」

「ふふ。魔王との良い前哨戦になりました」

　ドキュン共は愉悦の笑みを浮かべている。

　魔力吸収？

　ロールプレイングでよくあるドレイン系の呪文みたいなものか！　

　な、なんて酷いことをしやがる。俺はただの一般人だぞ！

　体のパワーを吸い取るなんて危険な呪文、本来魔獣に使うべきものだ。

　なるほど、この呪文なら人を殺さずに、体力が失われてあたふたする姿を笑って楽しむことができる。ゲスなドキュンが考えそうだ。しかし、こいつら全然わかっていない。いくら殺傷する矢じゃないからって、こんな呪文を一般人に使ったら死ぬときもあるんだ。

　前世でもドキュンが悪ふざげで人を殺した事件はいくつもあった。俺はドキュンの悪ふざけで死ぬつもりは毛頭ない。

　再度、力を振り絞り刺さっている魔法の矢を抜こうとする。だが、やはり力が入らない。矢を持つ手が震えてしまうのだ。

　まずい。力が抜ける。全然力が入らない。やばい。やばい。目に見えて体から力が抜けていく。

「お姉様、今行きます！」

「だ、だめ。く、来るんじゃ……」

「おっと、カミーラ、通さねぇぜ」

「黙って見物しててください」

　炎ドキュンは俺とティムの間を火炎の幕で遮った。その幕は天まで届きそうなくらい轟々と燃え上がっている。

　うぉお、なんてすごい火炎柱!?　あなた普通に魔法で飯を食っていけるよ。不良なんてやらずにまっとうに生きてくれ。

「くっ、おのれ！」

　ティムはなんとか侵入を試みようとするが、火炎の幕がそれを妨害する――ってやめなさい。そんなところに突っ込んだら火傷どころじゃ済まされない。

「へっへ、それじゃあ邪神よ。この腕の借りを何倍にもして返してやるぜ」

　竜ドキュンは狂気の眼で刀を振り回してくる。俺は必死にヌンチャクと篭手でそれを防ぐ。

　俺は先ほどドキュン共に怪我させてはいけないと遠慮していたというのに……。

　ドキュン共は俺が弱ったのを幸いとばかりにいたぶってきたのである。

　ここまでされて遠慮している場合ではない。先ほどの逡巡を捨てヌンチャクで攻撃する。だが、ドキュン共は攻撃しようとすれば、巧みに躱してヒットアンドウェイ戦法を取ってきた。時折、時間差攻撃も混ぜてくる。見事な連係プレーだ。これは、はまっている状態だよ。

　くっ、体力のあるうちに倒さないと！

　焦る気持ちは募るが、打開策は見つからない。やはり体力を吸われ続けているのが一番の問題だ。攻撃しようにも全然力が入らず当たらない。このままじゃあジリ貧である。

「はっはっはっ。そーれ！」

「がっはっはっは！　咆哮を喰らえ！」

「ふ、ふ、どこを見ているんですか？　焼け死にますよ」

　はぁ、はぁ、ドキュン共の攻撃を三者三様に受け続けた。竜ドキュンは青龍偃月刀をぶんぶん振り回してくる。虎ドキュンは魔法なのか獣人の特殊能力なのか知らないが、雄叫びの闘気弾をぶつけてくる。さらには炎ドキュンがメラゾンマ級の火炎魔法を使ってくるのだ……。

　これ、ヘタレ(ビセフ)からレア防具を借りてなかったら死んでたんじゃないか？　

　そして、遂にレア防具にピシッと亀裂が入ってしまった。さすがにレア防具といえども、こんなに攻撃を受けたら壊れるに決まっている。

　ん!?　ということは次からは自身の防御力だけで防がないといけないのか？

　まずい、まずい。こ、これ絶対にやばいって！

　こ、怖い。怖いよぉ……。

　やっぱりドキュンと喧嘩するんじゃなかった。奴らは平気で一線を越えてくる。

　……土下座して泣いて謝れば許してくれるかな？

　ドキュン共の顔を窺う。どいつもこいつも愉悦で顔が歪んでいる。暴力に酔っているのだ。

　この顔は見覚えがある。

　前世、俺はドキュン共に囲まれ、こんな風にぼこられた経験があるのだ。その記憶のドキュン共と合致する。奴らは恐怖におびえる俺を楽しそうに眺めていた。

　一緒だ！

　こういう人種は許しを乞うてもますます調子にのるだけだ。前世の時は有り金を渡し、必死に謝って難を逃れた。

　だが、今回それは通用しない。

　奴らの目的は金？

　違う。奴らの目的は女だ。まだ、俺だけならいい。だが、奴らはティムまでその毒牙にかけるつもりなのだ。それだけはなんとしても阻止しなければならない。

　前世の時とは違う。俺は絶対に負けるわけにはいかないのだ！

「うぉおお！　せいっ！　やぁ！」

　　再度闘志を燃やし、ヌンチャクを振るう。身体は全身鉛のように重く今にも倒れそうであったが、気力を振り絞りヌンチャク攻撃を繰り返す。

「おっと、危ない。危ない。まだそんな力を残していたのか！」

「驚愕ものです。上位魔人ですらでとっくに魔力を吸い取られ死んでいます」

「へっ、これは預かっておくぜ！」

　竜ドキュンは俺の攻撃を青龍偃月刀で受けると、そのままヌンチャクをひっかけ取り上げた。

　くそ、避けられた！

　目は霞んでくる。しかも、最悪なことに武器まで奴らの手に渡ってしまった。あれを取り上げられたら為す術がない。とにかく動き続けないと奴らの的になる。俺は縦横無尽に走り回った。

「はっはっは、まだそんなに動けるのか？　こいつの魔力は底なしか！」

「でもじきに底をつくはずです。そのときが楽しみです」

　ドキュン共がじりじりと間合いを詰めてくる。奴らは俺を逃がさないようにその陣形を崩さず慎重に連係を取っていた。このままでは奴らの思う壺である。

「お姉様！」

　その時、ティムが炎の中を強行突破してきた。ティムの服はところどころ炎で焦げている。服だけではない。きっとどこか火傷もしているだろう。

「ティム、なんて危険な真似をするの！」

「お姉様、申し訳ありません。奴の炎を突破するだけの防御魔法を発動させるのに時間をかけてしまいました」

　ティム、防御魔法まで使えるんだ……。

　すごい。誇りに思うよ。でも、ここは危険だ。ドキュン共は俺達が大怪我しても平気でいたぶってくるゲス野郎なのだから。

「ティム、早くここから逃げるのよ」

「お姉様、すぐにその矢を取り除きます」

「ティム、いいから早く――」

「お姉様、暫く我慢してください。超魔星魔弾(スターフライヤー)を当てます」

　あのときの呪文ね。ティムの手から魔法弾が放たれ刺さっていた矢にぶつかっていく。矢は丈夫なようで数十発ほど当てないと消滅しない。

「そうはさせんぞ！」

　ドキュン共がティムの存在に気づき、攻撃の態勢を示す。虎ドキュンが咆哮の姿勢となった。まずい。あの咆哮弾が襲ってくる！

「ま、待て。やめろ！　ティム、私はいいから早く逃げなさい！」

　無我夢中でティムに叫ぶ。虎ドキュンの咆哮弾はかなりの威力だ。俺はレア防具をつけていたからあの程度で済んだ。仮に生身で直撃を受けたなら頑健な大の大人でも大怪我をすると思う。

「も、もう少しです」

　ティムは俺の言を無視し、矢を取り除いていく。そうだよね、姉思いのティムがこのピンチを放っておくはずがないよ。

　俺はティムを庇おうとするが、うまく力がはいらない。

「カミーラ、死ねぇ！」

　虎ドキュンの咆哮弾がティムに襲いかかる。けたたましい響きを持ったその咆哮弾が、吸い込まれるようにティムへと向かっていく。

「ぐはっ！」

「ティム！」

　な、なんてこと……。

　虎ドキュンの咆哮弾がティムに直撃してしまった。大怪我したかもしれない。俺は素早くティムのもとへ駆け寄る。

「はぁ、はぁ、お、お姉さ、様……よ、良かった。呪縛は解けた……ようです」

「えぇ、ティムのおかげよ。もうなんともない。普通に力が出せるわ」

「わ、我はお姉様の……お、お役に立てたことが……嬉しいです」

「ティム、ごめん。私が不甲斐ないばかりに無理させちゃったね。そこで休んでて。後は私に任せなさい」

　ティムはコクリと頷き、その場に倒れ込んだ。呼吸は正常にしている。幸いにして命には別状ないみたいだ。

　ふ〜良かった。

　ホッと安堵の溜息を漏らす。防御魔法で体を覆ったと言っていたからそのおかげであろう。しかし、怪我をさせて怖い思いをさせてしまった。トラウマにならなければいいが……。

　くそ、こんなことならティムにも防具を装備させておくべきであった。痛恨のミスである。防具を借りる時、ティムは直接戦闘に参加させるつもりはなかったから考慮していなかったのだ。やはり俺は甘ちゃんである。後方に待機していても、今回みたいに戦況によっては攻撃が当たる可能性は十分にあった。

「ぐはっはっはは！　まずは一匹だ！」

　虎ドキュンは愉快そうに大笑いする。

　なんて奴だ！　人に怪我をさせておいて罪悪感の欠片もない。しかも、相手は子供だぞ！

　もう許さん。愛する家族を傷つけられて黙っていられるほど大人じゃない。

　俺はダッシュで気絶しているヘタレ(ビセフ)のもとに行き、ポケットからあるものを拝借した。そうヘタレ(ビセフ)が俺の力でも魔獣を殺せると言っていた、危険な武器「バーストアースの鉄甲」である。

　奴はヘタレで信用できないが、こと武器に関してだけは信用してもいい。これを使えば、ヌンチャクが無くても十分だ。

　ドキュンめ！　咆哮弾を直撃させるなんてよくもそんな非道な真似を！

　お前らはただの遊びのつもりだろうが、下手したらティムは死んでいたかもしれないんだぞ！　他人を傷つける行為がどういうものかわからせてやる。俺もゲームのつもりでとことんやってやるよ。死んで後悔するな！

　俺は鉄甲を装着し、虎ドキュンとの間合いを一気につめる。

「邪神!?　貴様、何を――」

「喰らいやがれ！」

　ティムに怪我をさせた償いだ。虎ドキュンのどてっぱらに渾身の右ストレートを喰らわす。

「げほっおおお！」

　虎ドキュンは山々にこだまするくらいの絶叫を上げ、血反吐を吐き倒れた。体がぴくぴく痙攣している。

　……し、死んだ？

「ぐ……ぎ……が……」

　いや、かろうじて生きているようだ。重傷なのは確実であるが……いや知らん。ここまでいいようにやられて頭に来ている。ここから先は俺のターンだ。