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第二十話 「戦う前に作戦は重要だね」

 俺は作戦その二の準備のため、ヘタレ(ビセフ)のいる詰所に向かった。


 ヘタレ(ビセフ)にはガルムの件で恩を売っている。というのもガルム騒動時、俺は気絶したヘタレ(ビセフ)を詰所まで運んでやったのだ。まぁ、あやうく忘れてもう少しでヘタレ(ビセフ)を放置して帰るところだったが……。


 まったくヘタレ(ビセフ)の奴「ガルムに注意してやる!」と息巻いていたのに全然役に立たなかった。本当にただのお荷物だったよ。今度こそ、ドキュン退治をして元冒険者らしいところを見せてもらいたいものだ。


 そう淡い期待を持ちながら詰所近くまで移動すると何やら喧噪が聞こえてきた。


 ――ん!? 何だろう?


 詰所に勤務している人達がガヤガヤと騒いでいる。俺は詰所の書類係をしているジョージさんに何事か訊いてみることにした。


「ジョージさん、何かあったんですか?」

「あっ、ティレアちゃん、いいところに来てくれた」

「へっ? 私に何か用事でもあるんですか?」

「ティレアちゃんからも止めて欲しいんだ。ビセフさんがドラゴンが町の近くにいるから、王都から救援を呼ぶって聞かないんだよ」 


 はぁ? ヘタレ(ビセフ)の奴、何やってんだ!


 ヘタレ(ビセフ)を詰所まで運んできた際、詰所の人達にことの真相を大まかにではあるが説明していたはずなのに。ドラゴンじゃなくただの子犬だったのだ。ヘタレ(ビセフ)はちゃんと詰所の人達から説明を聞いたのかよ。


 ヘタレ(ビセフ)は今にも王都に向けて出発しようとしている。旅装に身をつつみ颯爽と馬に乗る姿は冒険者らしいのに。やっていることときたら……。


 詰所の人達は、そんなヘタレ(ビセフ)の暴挙を止めるため必死の説得をしていた。ヘタレ(ビセフ)と皆の会話が聞こえてくる。


「ビセフさん、やめてください。町の男達で捜索しましたけど、ビセフさんが言っていた辺りにはドラゴンなんかいませんでしたよ」

「そうそう、あの辺にいるのはせいぜい小動物ぐらいでした」


 皆で捜索って……。


 詰所の仕事もあるだろうにとんだガセ情報にふりまわされちゃったね。ヘタレ(ビセフ)のせいで本当にご苦労なことだ。


「だから言ってるだろ! それならどこかに移動したんだ。早く対応しないと国中に犠牲者が出る!」

「移動って……足跡もなければ目撃情報もないんですよ」

「目撃なら俺がしたと何度言ったらわかる!」


 ヘタレ(ビセフ)が半分キレ気味で声をあげる。詰所の人達はヘタレ(ビセフ)が元冒険者だから遠慮して強く反論できないようだ。


「さっきからビセフさんこの調子で……俺達の言うこと全然聞かないんだよ」

「そうみたいですね」

「本当に困ってるんだ。王都に緊急招集なんて出して、誤報だとわかったら町にどんな罰が与えられるか」

「わかりました。ジョージさん私に任せてください」


 ジョージさんの心配はもっともだ。ヘタレ(ビセフ)のせいで町に迷惑がかかったらたまらない。もう一度説明しよう。


 俺は興奮気味のヘタレ(ビセフ)の正面に回り込む。


「ビセフさん、やめてください!」

「ティレアちゃん、来てくれたんだ。この前はごめん。君を信用してやれなくて。あれはやっぱりドラゴンだよ。ドラゴンとドラゴンを使役する者、きっと魔族が現れたにちがいない。だから、あのとき俺は魔族の瘴気で気絶したんだ。早く国中に緊急発令しないと!」


 ふぅ、何が魔族の瘴気だ! 元冒険者が幻影魔法にひきずられてどうすんの?


「ビ〜セ〜フさん、あれは幻影魔法でしたよ」

「ティレアちゃん、俺は一応元冒険者だよ。幻影魔法なんてそうそうかからない。だからきっとあれは本物のドラゴン、魔族に決まっている」


 あ〜もうヘタレ (ビセフ)の奴、田舎に来てへんに自信がついちゃっているよ。元冒険者ってことで周りからちやほやされていたからね。自分は絶対に幻影魔法にかかっていないと自信満々である。まったくたいした実力じゃないくせに。


「あれはドラゴンなんかじゃありません。現に私達、無事に生きて帰ってこられたじゃないですか!」

「そ、それはそうだけど……た、たまたま運が良かったんだよ」


 おいおい、ドラゴンと魔族に狙われ逃げられるなんてどんだけ運が良いんだ! 


 ヘタレ(ビセフ)の奴、論理破綻しかけているのわかってる?


「魔族に狙われて生き残れるわけないでしょ。それにティム達もあれはドラゴンじゃないって証明してくれます」

「えっ! ティムちゃんもあの場所に来ていたの?」

「えぇ、前にも言いましたよね? あの人はティムの遊び仲間だって。ビセフさんが気絶した後、愛犬連れてきて一緒に遊んでました」

「そ、そんな……本当に?」

「本当です。嘘なんて言いません」

「は、はは。お、おかしいなぁ? 俺も腕がにぶったみたいだ。幻影魔法にかかり気絶までするなんて……」


 ヘタレ(ビセフ)が苦笑して頭をかく。しどろもどろなその態度はとても元冒険者とは思えない。あんたは町の警備長なんだからね。町の治安が不安になってくるよ。本当にしっかりして欲しい。


 俺は冷たい視線をヘタレ(ビセフ)に浴びせる。ジョージさんを含め詰所の皆も呆れ顔だ。


「はっはっは。みんな騒がせてすまない。どうやら俺の勘違いみたいだ」

「ビセフさん、これっきりにしてください」

「寝ぼけるのもたいがいにしないと」

「本当、本当、朝から酔っぱらわないでくださいよ」 


 詰所の皆から非難の声が続く。当然だ。詰所総出でドラゴンでなく子犬を捜索していたんだからね。夜通しの捜索は疲れたと思うよ。特に、無意味な労力を使ったとわかっちゃったから。


 そして、ひとおとり文句を言い終わると、皆やれやれといった表情で仕事に戻っていった。


 本当にお疲れ様。今度、皆には何か差し入れを持っていってあげよう。


「いや〜昔の古傷が痛んだのかな?」


 早速の言い訳。何が昔の古傷だ!


 それ、はっきり言ってヘタレのフラグだから。


「そ、それにあの時は魔法耐性の防具も着けてなかった。ティレアちゃんに悪戯した人も、きっと名のある冒険者にちがいない。うん、そうに決まっている」

「そ〜うですね。きっと名のある冒険者なんでしょう。魔獣討伐や研究よりもティム達との遊びを優先するぐらい優秀なんでしょうね」

「うっ!? だ、だからそういう子供との遊びから研究のヒントを得たり」


 ヘタレ(ビセフ)が言い訳を次から次へと言ってくる。


 これは作戦その二の成功は怪しくなってきた。作戦その三への移行を念頭に入れておいたほうがいい。


「テ、ティレアちゃん、そんな疑いの眼を向けないで。あぁ、そういえば気絶した俺を運んでくれたんだってね、ありがとう」

「い〜え、そのくらい気にしないでください。それよりヘタ――じゃなかったビセフさんに頼みがあるんです」

「ティレアちゃん、今、なんて言おうとした? もしかしてヘタレって――」

「あ〜もうそんなことより聞いてください。ティムが遊んでいる会の中に不良がいて、そいつらが絡みにくるみたいなんです」

「本当かい? それは許せないね。任せて。きっちり俺が守ってあげる」

「本当に頼みますよ。それと今度は必ず防具をつけてきてくださいね」

「防具って……たかが不良に防具なんていらないから」

「ビセフさん、万が一ってことがあるでしょう。また幻影魔法を使われたらどうするんですか!」

「わ、わかったよ。大げさすぎだけどね」

「あと、もう一つお願いがあります。私にも防具を貸してください」

「え、ティレアちゃんには防具は必要無いよ。俺がいるんだから」

「お・ね・が・いします」


 話をして確信した。もうヘタレ(ビセフ)は信用できない。俺が戦うことも念頭に入れておいたほうが無難だ。だから、なんとしても防具が必要である。


「し、しょうがないな。ティレアちゃんには借りがあるし、防具をつけるって経験をさせてあげる」


 ヘタレ(ビセフ)がしぶしぶ承諾したので、気が変わらないうちに奴の家に案内してもらうことにした。


 ヘタレ(ビセフ)は元冒険者だけあり、色々な武器・防具を持っている。そしてその数々は家の倉庫に保管してあるのだ。


 ヘタレ(ビセフ)の自慢話を聞きながらその倉庫に入ってみると、


「す、すごい。いっぱいありますね」 


 驚愕した……。


 倉庫には剣、槍、斧から鎧、兜等、多種にわたって飾ってあった。それも色違いから異なる形状まで様々である。さらにマネキン人形みたいにでんと立っているものまであった。


 おぉ、これなんてプレート一式じゃないか? こいつ冒険者じゃなくてただの武器マニアだったんじゃないか?


 この品揃えは趣味の域を完全に超えている。警備長よりいっそ武器屋にでもなったらいいのに。


「ふ、ふ、ティレアちゃん、驚いたかい? 冒険者だった頃の思い出の品ばかりだからどうにも手放せなくてね。いつのまにかこんなに集まっちゃったんだ」


 あぁ、驚いたよ。大したコレクターぶりだ。きっと冒険そっちぬけで買いあさっていたんだろう。


 まぁ、今回はそのおかげで助かった。やはり防具の有無は戦闘に雲泥の差が出るだろう。俺はただの一般人だ。ステータスは装備でカバーするしかない。


 よし、どうせならできるだけ高そうなものを借りてやるか!


 う〜ん、どれがいいかな?


 あっ!? なんか良さそうなものを発見したかも……。


 部屋奥に台が設置されているのだが、そこに陳列してある品々はケースに入れてあるのだ。綺麗に汚れを拭き取られたガラスケースに大事そうにはめ込んである。完全に他と区別してあった。レアものの匂いがぷんぷんする。


「ビセフさん、それじゃあこの『籠手』と『鎖帷子』を貸してください」

「そ、それはちょっと無理だよ。『レギウスの籠手』に『マギマデスの鎖帷子』、どちらもレアものなんだ」

「やっぱりそうなんですね。じゃあこれがいいです。これ貸してください」

「テ、ティレアちゃん、これは鑑賞用で実際に使うものじゃないんだ」


 やはりヘタレ(ビセフ)の奴、コレクターだ。鑑賞用ってなんだよ。武器は使うものだ。使って汚れて価値が上がるのさ。


「ビセフさん、私が戦うことはないって言ってましたよね? それなら実際に使うこともないですし貸してください」

「で、でも、汚されたら困るし……」

「ひ、ひどい……私が汚いとでも言うんですか!」


 俺はうるうるとヘタレ(ビセフ)の眼に訴えかける。女の子にデリカシーの無いことを言ったら嫌われるぞといった勢いでだ。


「わ、わかったよ。戦闘になんてならないし貸してあげる」

「ありがとうございます」


 よし、最強防具げっと!


 ふふ、これでひとまずは安心だ。


「まったくティレアちゃんにはかなわないなぁ。たかが不良程度にレア防具をつけていくなんて」

「じゃあ、これ装備してたら不良の攻撃なんて効かないですか?」

「効かない。効かない。むしろ攻撃した不良のほうがダメージをこうむるよ」

「それはすごいです」


 ヘタレ(ビセフ)の話が本当ならドキュンの攻撃を受けてもびくともしない。勝機は確実に上が――ちょっと待てよ。


 確かに防御力は上がったけど、攻撃はどうしよう?


 俺は他にレアものがないか探してみる。


 ん!? 良さそうなのがあったぞ。


 ひときわ大事そうにケースに入れてある鉄甲を見つけた。ガラスケースは二重にしてあり綺麗に布で包んである。これはかなりの値打物だと推測できた。


「ビセフさん、ついでにこの『鉄甲』も貸してください」

「テ、ティレアちゃん、冒険に行くんじゃないんだから。いくらティレアちゃんでもその鉄甲をはめて殴ったらその人死んじゃうよ」

「えぇ!? 私なんかの力で殴ってもですか!」

「うん、その鉄甲は『バーストアースの鉄甲』といって魔法付与がついている。自分の力にプラスして魔法の力が加わるんだ。だからティレアちゃんの力がいくら弱くても、魔法の力そのものが強いからかなりの攻撃力になる」

「どれくらいの攻撃力になるんですか?」

「う〜んそうだね、その鉄甲をつけたらティレアちゃんでも小さな魔獣くらいなら倒せるかもしれない」

「そんなにすごい武器なんですか!」

「うん、俺が持つ武器の中でもトップスリーに入るぐらい貴重なものだよ。俺はこれを購入するために、その時貯めていた貯金を全部使っちゃったぐらいだからね」

「はは、それは聞くだけですごいってわかります。確かにそんな武器を使ったら不良なんて一発でノックアウト、殺しちゃいそうですね」

「そうだよ。まぁ防具は貸してあげるから。この危険な鉄甲は預かっておくね」


 それじゃあ仕方がないか。殺人者になるのは勘弁だ。でも、鉄甲はヘタレ(ビセフ)に装備してもらう。ヘタレ(ビセフ)には最強装備で来てもらわないと不安でしょうがない。


「それじゃあ、不良が来たらお呼びしますから宜しくお願いします」

「あぁ、まかせてよ」


 俺はヘタレ(ビセフ)と約束し、お店に戻ることにした。


 とりあえず、不安は残るが作戦その二の準備は整った。作戦その三の仕上げにとりかかろう。


 まず、ヘタレ(ビセフ)に防具を借りて防御力だけは上がった。これでドキュン共の攻撃は効かないだろう。


 あと攻撃はどうするか?


 ヘタレ(ビセフ)所有の武器は、さすがにどれも攻撃力がありすぎて相手を殺しかねなく、借りられなかった。というより防具ならともかく武器の場合、それを扱う技量が必要だ。俺はどの武器も使いこなすことはできない。


 当たり前だ。俺は冒険者ではない一介の料理人なんだぞ!


 ――仕方ない。ここは黒歴史を解放するしかないだろう。


 今こそ封印を解く。


 俺はお店の倉庫から適当な金属の棒を二本探し、その二本を適当な長さの紐で結んでいく。そう所謂「ヌンチャク」である。


 前世、引きこもりのニート時代に俺はヌンチャクにはまっていた時期があった。学校にも行かず働きもせず、ひたすら通販で買ったヌンチャクの練習をしていたのである。ブルゥスリーのヌンチャク講座を見てひたすらハチャー、オチャーと修行に励んでいたのだ。


 ふっ、異世界ではこんな技なんて見たことないだろう。きっとドキュン共もびびるに違いない。名のある武術家と思われればもうけものだ。


 ……多分、ヌンチャク見たことないよね?


 ちょっと実験してみるか。俺は変態(ニールゼン)を呼びだし実演してみせることにした。


「ティレア様、お召しにより参上しました」

「お姉様、いったい何をなされるのです?」


 あっ、変態(ニールゼン)だけでなくティムも来たのか。俺の黒歴史だからギャラリーは少ないほうがいいんだけど……。

 まぁ、いいか。愛する妹を追い出すわけにはいかない。


「ニール、ティム、見てなさい。今からある技を繰り出すから感想を聞かせて」

「ははっ」

「わかりました」


 よし、思い出せ。ブルゥスさんのヌンチャクさばきを!


 俺は前世の記憶を思い浮かべていく。


 そして……。


「ふぉ――っ、はい、はい、はい、はい、ふぉ、ハチャー、オチャー!」


 良かった。前世の感覚を忘れていなかった。イメージどおりにヌンチャクを振り回すことができた。


 打ちおろし。側面うち。右脇差構え。右袈裟打ち。次々に技を繰り出していく。イメージは映画『燃えてまえ! ドラゴォーン!』でのワンシーンだ。


「す、すばらしいです。お姉様! なんという技なのでしょうか?」

「さ、殺人ヌンチャクよ」


 あっ、やば……つい前世に命名した中二的な技名を言ってしまった。


「偉大なる技を拝見でき感激にございます! 『殺人ぬんちゃく』まさに攻防一体の武術とお見受けしました」

「我もニールゼンと同様です。感激でいっぱいです。それでお姉様、その『殺人ぬんちゃく』でいかほどの敵をお倒しになられたのですか?」

「さ、さぁ……どのくらいかしらね」

「さすがはお姉様。その『殺人ぬんちゃく』で数え切れぬほどの敵を打ち破ってこられたと」

「『殺人ぬんちゃく』これほどの技を私は見たことがありません。編み出されたティレア様にあらためて敬意を表します」


 や、やめて。それ以上その名を言わないで。俺の精神がその名を連呼されるたびに抉られていくから。


 それからしばらくティムと変態(ニールゼン)の会話で俺の精神は削られたが、どうやらこの世界ではヌンチャクが見知らぬ武器ということがわかった。感想を言ったのが変態(ニールゼン)なのが少し自信ないけどね。


 とりあえず準備は整った。


 いざ、来い。魔邪三人衆!

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