第十七話 「幻影魔法おそるべし!」
魔王軍襲来!
変態からその情報を聞くや、すぐさま現地へと向かった。ティム達には後から来るように伝えてある。とりあえず、俺の口から一言、話をしておきたいのだ。「ティムは悪くない。俺が無理やり抜けさせた」と言うつもりである。
今度、ティムに文句を言いにきたのはガルムって人らしい。この人も六魔将を担当しているみたいだ。やっぱりティムが抜けて五魔将になっちゃったから文句があるのかな?
とにかく俺の役目は後から来るティムが謝りやすいように、ガルムさんの態度を少しでも軟化させておくことだ。
よし、愛する妹のため、日頃の接客業で鍛えた弁舌をフルに活用してやる!
俺は意気揚々と走り、ベルガの町を抜けミシンガ山の麓まで辿り着いた。
え〜と変態の情報だとこの辺りにいるはずだが……。
周囲を見渡す。視界には生い茂った森林や小動物しか入ってこない。人の気配はしない。
いないなぁ?
変態の話だからあまり信用できない。暫くあたりを探していると、
「クゥ……グクェ……グワゥ……フシュルー!」
――ん!? 何か獣の声が聞こえてきたぞ!
振り返ると一人の男が巨大な騎獣に乗って現れたのである。その騎獣は緑色の強固な鱗と巨大な翼を持っていた。
こ、これって……。
「お前が邪神か? 俺は六魔将ガルム、貴様の命もらいうける!」
「……」
「ん、どこを見ておる? ――ふっ、俺の騎獣がそんなに珍しいか。これなるは魔竜ギャング、貴様には人竜一体の攻撃を味合わせてやる」
「ど」
「『ど』だと?」
……
…………
………………
「ドラゴンだぁああ――――っ!」
脱兎のごとく来た道を戻る。
え? え? 何? 何? どうしてドラゴンがいるの?
話し合いに来てみれば……なんと、そこにはゲームや小説でお馴染みの西洋ドラゴンがいました。
も、文句を言いにくるのにドラゴンを連れてくる?
どう考えてもやりすぎでしょ! あんた俺やティムを殺す気か!
ど、ど、どうしよう? どうしよう? なんとかしないと! あんなのを連れてこられたら町が消し飛んでしまう!
け、警察? いやいやいや、自衛隊からロケットランチャーでも借りないと――じゃなくて、ビ、ビセフさ〜ん、助けてぇええ!
俺はこの町で警備をしている唯一の詰所に駆け込んだ。
「ビセフさん! ビセフさん! ビセフさ〜ん!」
「ティレアちゃんじゃないか。血相を変えてどうしたんだい?」
「と、とんでもないことが起きました。じ、事件です。大事件ですよ!」
「事件?」
「は、はい。ド、ドラゴンを使って襲ってきたんです。これから町を襲ってくるんですよ!」
「ドラゴンだって? ……ぷっ、はっはっははは!」
「ビセフさん、笑いごとではないです。早く町の皆を避難させないと!」
「ティレアちゃん、落ち着いて。安心していい。この時代にドラゴンを使役できる者なんていないから」
「へっ、そうなんですか?」
「そうとも。普通の魔獣を使役するのもそうとうな熟練が必要なんだよ。それをドラゴンみたいな神獣を使役しようものなら途方もない魔力が必要になる」
「な、なるほど」
「そもそもドラゴンそのものがこの世に存在しない」
「え!? ドラゴンってこの世界にいないんですか?」
「古の時代にいたそうだが滅んでいる。この時代には小さな翼竜の一種か、ドラゴンの血をひいている竜人がいるぐらいだよ」
「え? え? で、でも確かにドラゴンを見て……あれ?」
「恐らく幻影魔法の一種だろうね」
「幻影魔法?」
「そう、幻影魔法を使えば人を惑わすことができる。大方、そいつはティレアちゃんに幻影魔法をかけて犬か猫をドラゴンに見せていたんだよ」
「そうだったんですか!」
「多分ね。幻影魔法は術者と対象者の実力差がないとかからない。冒険者でもないティレアちゃんみたいな普通の子にはうってつけだったと思うよ」
確かに俺の魔法抵抗力はゼロに等しいだろう。幻影魔法なんて使われたら一発でかかってしまう。
くそっ、脅かしやがって!
「むぅぅ、それじゃ私はまんまと騙されたというわけですね?」
「ふふ、そうだね。しかし、幻影魔法を使うとはいたずらにしても度がすぎる。ちょっとそいつに注意しておこう。ティレアちゃん、その魔法をかけた人のところまで案内してくれるかい?」
「わかりました」
俺はビセフさんを先ほどの場所まで案内することにした。
ふ〜そういうことか……。
さすがはビセフさん、C級の冒険者だっただけある。的確なアドバイスをくれた。俺一人だったらパニクってたよ。
でも、ガルムさんも人が悪いよね。文句を言うのにあんなイタズラをしかけてくるなんて。今頃「ドッキリ大成功!」とか思っているのだろう。何しろ俺は見事なリアクションを取ったからなぁ、悔しい!
あ〜ちょっと待てよ。今の俺ってテレビでドッキリしかけられて、本気で警察呼びにいったようなものだよね。それは大人げないというか空気を読んでいない行動だ。このままビセフさんを連れていけばガルムさんにとって逆ドッキリにはなるけど、これはシャレにならないだろう。
「あの〜ビセフさん、穏便にお願いしますね。たちの悪いいたずらでしたが、一応、ティムの遊び仲間みたいな人で逮捕とかそういうのはやめて欲しいです」
「わかっているよ。注意するだけで逮捕はしない。ただね、魔法をこんな風に使うのは問題だよ。同じ魔法を使える者としてマナーを教えないとね」
「わかりました」
うん、注意くらいなら大丈夫だろう。というかそれぐらいはしてもらわないと騙された溜飲が下がらないよ。
そして、ビセフさんを案内すること数刻、ミシンガ山の麓までまた戻ってきた。
え〜と、この辺りだったはず。ガルムさん、まだいるかな?
周囲を探すと、
「クゥ……グクェ……グワゥ……フシュルー!」
獣の声が聞こえてきた。さっき聞いた鳴き声と同じである。これはもしや!
振り返ると……いた!
そこには先ほどと同じで、ドラゴンに乗ったガルムさんがこちらを睨んでいた。
それにしてもこの圧倒的な巨体、存在感、やっぱりどこからどう見てもドラゴンにしか見えない。これが本当に単なるチワワなのだろうか……。
「ビ、ビセフさん、出番ですよ。ビシッと注意してやってください!」
隣にいるだろうビセフさんの肩をつつく。
つん、つん、つん。あれ、いない?
キョロキョロ――どこに行きました?
左右を見てみる、いない。
では、下を向いてみる……いた!
倒れている。うん……。
――って気絶してんじゃねぇええよ!
そこには白目をむいて地面に突っ伏し気絶しているヘタレがいた。
え? 何気絶しているの? あんた元C級の冒険者でしょ。昔、どっかの有名な魔獣を倒したって自慢していたよね? あれ嘘だったの? C級って肩書だけ? それにもしかして幻影魔法にかかっちゃった?
元冒険者が幻影のドラゴンにビビッてんじゃねぇええよ!
ふ〜ふ〜まさかこいつがこんなにヘタレだとは思わなかった。今までこのヘタレの冒険話を目を輝かせて聞いてきたが、感動を返してもらいたい。
「俺の威圧で気絶したか。脆弱な人間よ」
はい、そこの中二病のお前、これ見よがしなセリフを言ってんじゃない。覇気でも使ったって言いたいのか?
もうこのヘタレは頼りにできない。俺がこいつに注意をしないとね。俺はヘタレの代わりにガルムと対峙する。
「邪神、さっきは逃げ足だけは速かったな。貴様がゾルグ様と匹敵する? 総督も御眼鏡がくもったようだ。もう興味は失せた。魔竜ギャング、食い殺せ!」
ガルムの指令のもとドラゴンが俺に襲いかかってきた。大きな口を開け、鋭い牙を向けてくる。ギザギザの牙が痛そうだ。人間の腕なんてあっというまに食いちぎられそうである。
うへぇ! ネタはわかっているが怖い!
そして、そのドラゴンが俺に喰らいつく。がぶりとその尖った牙が俺の肩に突き刺さった。
ぐはっ、か、噛まれた。し、死んだぁああ!
――って痛くない!?
ふっ、やはり幻影魔法か。もう見た目に騙されないぞ。視覚的にはドラゴンが俺に噛みついたり、尻尾をぶつけたり、突進してきたりしている。だが、痛みの感覚は「チワワ」みたいな小動物にじゃれつかれている感じだ。
ふふ、なんか変なの。視覚的にはリアルジュラシックパークみたいなのに、ノーダメージなのだ。それも当然、現実にはチワワが俺にじゃれついてきているだけなのだから。
それならば……。
「ほら、ほら、ポチ。いい子、いい子♪」
俺は襲ってくるドラゴンを小動物と思ってあやそうとする。ドラゴンの頭や腹を撫でたりしてみた。
だが、ドラゴンは噛みついたりしっぽをぶつけたりしてなかなか懐かない。
う~ん、だめだ。やはりペットを飼った経験がない俺にはちょっと難しい。
「な、なんだと!? ギャングの攻撃が効かないとは……」
「そうだね。なかなか懐かないよ」
「くっ、戯言を。ならば奥義、超魔魔竜撃!」
――ん、何?
俺にじゃれてきていたドラゴンが一旦、後ろに下がる。
そして……。
どひぇええ!
なんとドラゴンが分身するかのごとく三方向から大口を開けて突進してくるではないか! 某犬アニメの抜刀牙ですかい!
さすがにチワワとはいえこれは怖い。俺はとっさに避ける。
「バカめ、俺の奥義からは逃れられぬ! 追撃しろ、ギャング!」
おぉ、避けたと思ったら不規則に軌道を変えて俺を追いかけてくるよ。追尾式なのね。追尾してきたドラゴンの大口が俺の手に襲いかかる。
い、痛ぇ、痛ぁああい!
俺は避けきれず、噛まれてしまった。
「そ、そんな馬鹿な……俺の奥義を喰らって無傷だと……」
いやいや無傷じゃない。手を怪我したよ。
ポタリ、ポタリと手から血が垂れる。どうやらドラゴンに手を噛まれたらしい。手から血が出ている。幻影魔法のせいですさまじい映像であったが、要するに俺はガルムから犬をけしかけられて噛まれたということだ。
あ〜くそ、料理人の手を噛みやがって! そんなに大した傷ではないが、料理人として手に怪我を負わされるとさすがに頭にくる。
もう怒った、怒ったぞ。こちらが悪いと思って下手に出ていたらつけあがりやがって!
まずはこのドラゴン。飼い主の命令だからといって、やたらと人を襲う癖がつくのは問題だ。子犬だからといって甘やかさないぞ。
「ポチ、人を噛んじゃだめでしょ! このお座りぃいい!」
俺はドラゴンの首あたりを掴むとそのまま地面にたたきつける。ドラゴンは苦悶の声を上げて倒れ込んだ。天が落ちてきたような轟音が辺りに鳴り響く。
すごい大振動だ。これは聴覚までもが幻影魔法にかかっているね。
とにかく俺はドラゴンの押さえ込みに成功した。だが、ドラゴンは俺の手の中で暴れ、逃れようともがく。なかなか言うことを聞かない。
どうしたらしつけられるのだろう……そうか! 確か犬には順位制というものがあって、その順位の上にあたる人の命令しか聞かないって話を聞いたことがある。要するに犬をけしかけた飼い主より上だと示さないといけないわけだ。
うむ。人様のペットだが、ペットをけしかけるような悪い飼い主ならいいよね。俺はドラゴンを睨む。そして、凄みをきかせてドラゴンを掴んでいる手にぐっと力を込めた。
「ポチ、いい加減にしなさい。本気で怒るわよ!」
ギュウウウとドラゴンの首に圧力がかかり、軋む。ミシミシとドラゴンの首の骨が折れそうな気配だ。
「キューン! キューン!」
俺の脅しが効いたのか。あるいは首の骨を折られるとでも思ったのかドラゴンは腹ばいになって服従の姿勢を見せる。
はは、やりすぎたかな?
ちょっとした動物虐待をしてしまった、反省。
「あ、ありえぬ。俺の騎獣が……伝説の魔竜が……」
はい、はい、伝説の魔竜ね。なかなか可愛い子犬だったよ。とりあえずドラゴンは俺を飼い主より上と思ったみたいだ。あとはガルムにおしおきしないとね。
おしおき、おしおき、どうしようか……そうだ!
子犬とはいえ、けしかけられると怪我をする。それをガルムはわかっていない。だから平気でああいういたずらをするのだ。
よし、ガルムにも同じ目に遭ってもらおう。やっぱり自分が痛い目に遭わないと反省しないもんね。
「ポチ、命令よ。飼い主とじゃれてきなさい」
「な、なんだと! き、貴様ぁあああ!」
俺が命令するやポチは勢いよく飼い主にじゃれついていく。ポチは大口を開けてガルムに噛みついたり、爪でガリガリと引っ掻いたりしている。
「よ、よせ。ギャング、お、俺だ、ガルムだ。ま、待――ぐぇ!」
う〜幻影魔法のせいでじゃれついているというより、ガルムがドラゴンに襲われているように見えてしまう。これは視覚的にきつい。
俺が目の前の光景に苦悩していると、
「お姉様!」
ティムの声が聞こえてきた。
そうだ、忘れてた。後からティム達も来るんだった。でも、今はティムの謝罪とかそういう状況ではなくなっている。
「あ、ティム。今ね、ちょっと取り込んでて――って、げぇ! そ、それ、もしかしてガルガンなの?」
「そうです、お姉様」
振り向くと、ガルムのペットと種類は違うが、また見事なドラゴンをティムが連れてきているではないか。やはり俺は犬か猫をドラゴンに見せる幻影魔法にかかっているみたいだ。
幻影魔法恐るべし!
あぁ、なんてこと……ティムが飼っているガルガンまでドラゴンに見えちゃっているよ。これちょっとシュールすぎ。この魔法ちゃんと解けるよね? いつまでもかかっていると身がもたんぞ。
「お姉様、面白い状況になっていますね」
「うん――色々あってガルムに自分のペットとじゃれてもらっているんだ。それにしてもティム、ガルガンを連れてきたのね」
「はい。ガルムは魔竜使い、我の騎獣も必要になるのではと思いまして」
うん? そっか!
ガルムはなんだかんだでペット好き。チワワを連れているくらいだからな。ティムもペットを連れて親睦をはかろうと思ったのか。ペット交流すると飼い主同士仲良くなるというからね。
「ティム、えらいぞ。なかなか考えているじゃない」
「お褒めにあずかり光栄です。それではガルガンも奴と遊ばせて宜しいですか?」
う〜ん、大丈夫だろうか?
ただでさえガルムは自分のペットを持て余している感じだが……。
いや、杞憂だな。ガルムはペット好きだし、子犬が二匹になってもうまくあしらえるよね。
「うん、いいよ」
「お許しありがとうございます。行け、ガルガン。奴の首に喰らいつけ!」
おいおい、ティム。子犬とはいえそんな命令したらガルムの奴死んじゃうよ。
まぁ、ティムは中二病だ。「遊んできなさい」がそんなセリフになるのは仕方がない。それにしてもすごい光景だ。まるでガルムの奴が二匹のドラゴンにいたぶられているような感じなのである。
「ウォーン、ガッ、ガガッ!」
「ギャン、ギャガァアアン!」
「はぁ、はぁ、む!? ガルガンまでもが。く、くそ、はぁ、はぁ、ぎゃぁああ!」
………………。
周囲に響く轟音。もくもくと出てくる土煙。そして、時折響くガルムの悲鳴。
――なんという惨劇!
こ、これ、本当にドラゴンじゃないの? なんかあまりにリアルな光景に幻影とは信じがたくなってきたよ。
ちょっと誰かに確認してみよう。
「テ、ティ〜ム。あ、あれってどういう風に見える?」
ティムにガルムが二匹のドラゴンにいいようにいたぶられている光景を指差す。
「ふ、ふ、お姉様。ガルガンめ、よっぽど奴が気にいったみたいです。あんなに楽しそうに遊んで」
む、ティムがそう言うならやっぱりそうなんだ。周囲のティム親衛隊の皆さんも、にやにやしているだけだしね。やはり、イメージとしては二匹のチワワがじゃれついているんだな。俺の五感だけがおかしいのだろう。
きっと実際の光景は、
『わん、わん。ご主人様、わん』
『ちょっとやめろ。くすぐったい、パトラッシュ!』
『こっちにもかまって。わん』
『こら、いたずらがすぎるぞ。ラッシー』
とか言っているんだな。しかし、幻影魔法にかかっている俺からするとこれはあまり見たくない光景だ。だって本当に二匹のドラゴンにガルムがいたぶられているみたいなんだもの。
と、とりあえず、今日は早めに帰ろう。帰って寝れば朝には幻影魔法も解けているよね。
「それじゃあ、私は帰るから。ティム、後は任せるね」
「承知しました。後始末はお任せください」
うんうん動物好きに芯から悪い人はいない。どうやら今回も仲直りできそうね。