第十五話 「犬の教育はしっかりやらなきゃね」
ふ〜どないしよ?
ここ数週間、変態の指導をしてきた。変態がどんな中二的行動を起こしても大概は大目に見てやろうと思っていたが、変態は越えてはいけない線を越えつつあるようだ。
今朝のことである。変態が腕を庇うようにして店に入ってきたのだ。なんかうっすらと血が出ているようにも見えたのでどうしたのか訊いてみた。
すると、変態は「お恥ずかしいかぎりです。キラー隊の残党にやられました」と言うのだ。
そう、この前ティムに抗議にきたキラーさん、彼とはケリをつけたらしい。ティムは「我と奴とは長いこと因縁がありましたが、とうとうケリをつけました。お姉様の修行のおかげです」と可愛いことを言ってきたのだ。
俺の修行のおかげ?
ちょっと悩んだが、すぐに理解した。ティムはお店を手伝う中で俺のお客に対する真摯な姿勢を学び、真心を込めることの重要性に気づいたのだ。それを理解したティムは誠心誠意謝ったのだろう、キラーさんも許してくれたという次第だ。
ふふ、さすが俺の自慢の妹である、理解が早い。
問題なのは変態だ!
変態はキラー隊、つまりキラーさんの一派とここ数日、話をつけに行っていたみたいだが、今朝は腕を怪我して戻ってきたのである。キラーさんがティムを許してくれたのだ、キラーさんの友達もその時点で許してくれていると思う。だが、変態はさもケンカをしてきたとばかりに傷を見せるのである。
つまり、変態はとうとう自傷行為までやらかしたのだ。自作自演である。
俺は真相がわかっている。キラーさんの友達ともそうそうに話し合いで決着はついたと思う。だが、変態は中二病、中二的行動を取ってしまうのだ。多分、変態の脳内では単なる話し合いが、キラー隊を殲滅駆逐していくイメージになっているのだろう。そしてさも戦ってきましたとばかりに自分で傷を作って戻ってきたのだ。
案の定、ティムは「ニールゼン、大事ないか?」と言っていたし、変態は変態で「ふ、かすり傷でございます」とのたまいやがった。
お前! 絶対にそれが言いたいが為だろ! まったく前世の俺も大概にしろって感じだったがお前には負けそうだよ。
こんな奴、やっぱりクビかな――俺の中での天秤がそちらに傾こうとする。
だが、この数週間でわかったことがある。ティムの変態に対する信頼が半端ないのだ。まるで長年苦楽を共にしてきた主従のような感じなのである。
なぜだ? あんな中二病で初老ニートなろくでなしをなぜなんだ!
――はっ!? まさか!
ティム、変態に恋をしているんじゃないのか?
だめだ、だめだ! お姉ちゃんは許しませんよ!
あんな変態なんかに大事な妹をやるわけにはいかない。
「ティレア様、いえ、お義姉様とお呼びしたほうが良いですか?」
なんて変態から言われてみろ?
ふ、ふ、その時は変態をこの星ごと消してやる!
いかん、いかん、考えが中二病っぽくなっている。変態の中二病に引きずられてどうする。とりあえず、一人で悩んでいてもしょうがない。本人に訊いてみるのが一番、俺はティムがいる部屋へと向かった。
「ティ〜ム、ちょっといい? 訊きたいことがあるんだけど……」
「お姉様、なんでしょう?」
「変態じゃなくてニールをどう思っている?」
「ニールゼンですか。奴は我が最も信頼する部下です」
ふむ。どうやら恋愛感情は無さそうだな。ひとまずは安心。だが、やはり信頼感が半端ない。
まさか! 俺よりも信頼しているとかそんな訳ないよね?
この前はお仕置きしちゃったし、お姉ちゃんの事嫌いになったりしてないよね?
――負けん、負けんぞ。ティムの姉として変態にだけは負けたくない。
「そ、それじゃあ、お姉ちゃんをどう思っている?」
内心びくびくもので訊いてみる。もし、ティムに信頼されていなかったら俺は嫉妬で変態を殺ってしまうかもしれん。
「お姉様は至高にして偉大なる存在。我が身も心も捧げて忠義を尽くすお方です」
「……そ、そう、えへへ」
か、勝ったのかな?
え〜ティムは中二病だ。つまり訳すと「尊敬しているよ。お姉ちゃん♪」ってところか……。
まぁ、ティムの中二病はまた別な問題なので置いておく。とりあえず変態とティムの関係はよくわかった。やはり以前も思ったとおり、犬と主人の関係が一番しっくりくるかな。恋愛関係ではない、ない。
さてさてそうなると、あの自傷犬はどうするべきか?
ティムは変態を気に入っている。だが、変態の中二病はMAXに近づきつつあると言ってもいい。これはまずい状況である。
前世、中二病がMAXだった俺は中二病をふりかざすことで辛いこと、苦しいことからすべて逃げてきた。家族に暴力をふるう。まともに働かず屑のような生活をする。要するに周囲に大迷惑をかけて生きてきたのである。
変態もそのうち同じ道を歩むと思う。普通はそんな危ない奴は身近にいさせたくはない。大切な家族がいれば猶更だ。
だが、このまま変態を見捨てていいのだろうか?
今はティムが懐いてくれているみたいだが、近い将来きっとティムも変態を見捨てるだろう。中二病が過ぎるとはそういうことだ。
その時になって変態は気づく。そして後悔するだろう。なぜ自分は辛いことから逃げてきたのか、どうして真面目に働き家族を大事にしなかったのかと、まさに前世の俺状態である。
これも贖罪か……。
前世、散々周囲に迷惑をかけて生きてきたのである。自分がまともに頑張るだけでは足りない。転生した理由は後悔しない人生を歩むためだけではない。きっと同じような境遇の人を助けろって意味もあるのだろう。
――よし! 変態のため、ティムが可愛がっている犬のため頑張るとするか! 重度の中二病である変態でも社会復帰できるように指導マニュアルを考えてみる。
まずは、社会常識を教える。次に言葉遣い――やることは山ほどある。
そうして、いろいろ模索していると、
「ティレア様! ティレア様!」
犬の声が聞こえてきた。
その切羽詰まった雰囲気、また何かやらかしたか……?
「今度はな〜に? 魔王軍が攻めてきたの?」
「はっ。その通りでございます」
その通りなんかい!
どうせキラーさん関係だろう。まったくどこまでも口調は変わらないね。
「ふ〜ん、またティムが抜けた件で?」
「御意。攻め込むは六魔将ガルム。どうやらヒドラーは人間を掃討するよりこちらを重要視しているようです。もともと魔王軍は裏切り者には容赦しませんので」
そっか。ティムに文句があるのはキラーさんだけじゃなかったんだね。いくらティムのせいだからって、またティムだけに謝らせるのはちょっと可哀そうかな。クレーム対応ってけっこう神経使っちゃうしね。
ここは愛する妹のため、ティムのサポートを決意する。
「ニール、わかったわ。次は私が出る!」