第十四話 「エルフに会っちゃった」
「い、いきなりスピードを上げてんじゃ――むにゃ、むにゃ」
「誰か、誰かいないのか!」
ドンドンとドアをノックする音と突然かけられた声に目を覚ます。
はっ!? いかん、いかん。うたた寝をしていたようだ。
それにしても嫌な夢を見ていたなぁ。久しぶりに前世での黒歴史がフラッシュバックしていた。
今日はお店の定休日、父さんと母さんは市場に材料の買い出しに出かけている。妹のティムは変態と遊びに出掛けたようだ。店には俺が一人留守番をしている。
そんな休日の昼下がりに突然、来訪者が現れたのだ。
誰だろう?
お店が休みなのは常連さんは知っている。定休日を知らないお客さんだとしても休みの看板を外に出しているから気づくはずなんだが……。
不思議に思いながらも起き上がり扉へと向かう。
ドアを開けるとそこには……。
芸術品のような整った顔立ち。透き通るような白い肌。黄金に輝く長髪。一流のモデルも真っ青なプロポーションをした完璧な美女がいた。
そして、何より目を引いたのはその特徴的な尖った耳……。
そうファンタジーでお馴染みのエルフがいたのである。
「エ、エルフ……」
「いかにも私はエルフで名をレミリアという。ちと尋ねたいことがあってな……」
「エルフ、キタァァ――アア!」
俺は興奮冷めやらぬまま瞬速でレミリアたんに抱きつくと、その体をペタリペタリと遠慮なしに触っていく。
あぁ〜これがエルフの体か、すっごいやわらかい!
手、足、腰、胸を丹念に揉みしだいていく。
「お、おい。い、いきなり何をするか!」
俺はレミリアたんの言を無視し、さらに密着しながらそのまま匂いをかぐ。
クンカ、クンカ〜。
こ、これがエルフの匂い……何という芳醇な香り!
たまらない。止まらない。
はぁ、はぁ、エルフ。はぁ、はぁ、エルフ。
「お、おい、やめろ! 何を考えておる!」
「はぁ、はぁ、レミリアたん。いい匂い……」
「いい加減にしろ。放せ! ……む! お前、見かけによらず力があるな」
はぁ、はぁ、レミリアたん。最高!
俺の興奮はさらにエスカレートしていき、そのままペロッとその尖った形の良い耳を舐める。
「ひ、ひやぁん! き、貴様!」
「ひゃっほぉおおお!」
ひととおり堪能しレミリアたんから離れるとそのままダッシュで店の外へ出る。そして、上空を見上げ前世の日本を思い浮かべる。この空が前世日本の空と繋がっていると信じ大きく息を吸う。
そして……。
「ざっまぁあぁあ! 井上、あんなにエルフを恋しがっていただろ? 私はエルフを抱きしめたぞ。匂いを嗅いだぞ。そして耳をかみかみしてやったもんね。お前はエルフの耳の味を知っているか? えへへ、エルフの耳はエルフ味♪ 何が就職しろだ。就職したらエルフに会えたか? 触れられたか? 嗅げたのか? 私の勝ちだ! ひゃっほほぉおう! 勝ち組いぇええい!」
「こ、この痴れ者が!」
俺が上空に向かって高らかに叫んでいると、レミリアたんが腰に帯びていた剣をつきつけてくる。刺すような殺気が俺の意識を揺さぶっていく。
――はっ!? 俺は一体何をしていた……。
我に返ると、顔を真っ赤にしたレミリアさんと眼前に突き付けられた剣先に気がついたのである。
「ひえっ、ご、ごめんなさい。すみません、ちょ、ちょっと刺さないで!」
その剣は黒光りしていてよく切れそうだ。名のある剣なのだろうか?
エ、エルフなのに弓じゃないのね。なんて考えていると、その剣の切っ先がだんだんと俺に近づいてくる。
「うぁあ! ち、ちょっと待って、待って。刺さるってば!」
「ふん、無礼者が。死んで償え!」
「ひ、ふ、ふぇええん、ごめんなさい。ごめんなさい。ふぇ、ば、馬鹿は死ななきゃ治らないって嘘だったね。死んでも治らなかったよぉ。ひ、ふぇ、ふぇん、ひっく、ご、ごめんね。ティム、あなたをおいて旅立つ不幸なお姉ちゃんを許してぇ。ひっく、ええん、ひっ、ふぇえん、刺さないでぇ!」
なりふり構わず目から涙をぼろぼろ流して哀願する。すると、レミリアさんに私の必死さが伝わったのかその目から殺気が薄れていく。
「――ちっ。次は命が無いぞ!」
「は、はい。すみません。すみません」
な、なんとか許してもらえたようだ。レミリアさん怖すぎ。
あ〜それにしても昔の病気が再発しちゃったよ。治ったと思っていたのに――
恐ろしい。これがエルフの魅力というやつか。前世、トラックに突っ込んで死んで今度はエルフにセクハラして死ぬなんて間抜けにもほどがある。
「それで尋ねたいことってなんです?」
気を取り直して店の中にレミリアさんを招き、本来の目的を尋ねてみる。
「うむ。実はな先月、私は王都で治安部隊の長に就任し周囲を警戒していたのだが、ここ数日王都より西北の方角で禍々しい魔力の渦を感知したのだ」
「禍々しい魔力ですか……」
「そうだ。まるで古の大戦で猛威を振るったとされる魔族のような魔力であった。そして、ここベルガの町近辺で最も強い魔力を感じたのだ。もし、魔族が復活したのなら大いに危険だ。この辺でそういう噂を聞かないか?」
「ぷっ、あっはっはは。レミリアさん、こんな田舎でそんな血なまぐさい話なんて聞いたことがないですよ」
「そ、そんなことはないはずだ! 少なくとも昨日、この辺りで大きな魔力がぶつかりあったところまではサーチできている。何か情報があるはずだ。町民で消息不明な者はいないか? 残虐な殺され方をした者が出たとか」
「いえ、そんな死人どころか怪我人も出ていませんよ」
「それでは怪しげな者や集団をこの辺りで見かけなかったか? ここへ来る途中、村民から見知らぬ集団を見たという目撃情報を得ている」
「だから、そんな人はいませんって。この辺りはのどかですよ。多分、その目撃情報もイベントのために遠くから集まってきた人達を言っているのでしょう」
「イベントとはなんだ?」
「そのコスプレパーティーじゃわからないですよね? えっと、魔王軍を組織して遊ぶといいますか――」
「魔王軍だと!」
「いえいえ、違います。本当の魔王軍じゃなくて魔王軍になったつもりで遊ぶイベントです」
「なんでそれが遊びなのだ? 意味がわからん。説明しろ!」
「――えっと、つまりですね。魔王軍になったつもりで戦いごっこをするんです。例えば超魔星魔弾とか言って魔法をぶつけたり」
「超魔星魔弾! それは魔人カミーラのみが扱えたとされる古の最強呪文だぞ!」
「いえいえ、初期魔法を最強魔法という設定で遊ぶっていいますか――う~ん説明が難しいなぁ」
「ええい、埒があかん。そのイベントの責任者を知っているか? 詳しい話はそいつに聞く」
「イベントをまとめているのはヒドラーさんです」
「ヒドラーだと! その名は魔王の右腕であり懐刀と恐れられた魔人の名だぞ!」
「いえ、ですから名前もなりきっているんですよ。実際の名前は違います。本名はなんだろう……知りません」
それにしてもあのイベント本格的だったんだね。ヒドラーさんの名前ってちゃんと古の戦いの魔人名をつけていたんだ。そういえばティムもカミーラと名乗ってたし、ヒドラーって名前は本名じゃないに決まっているじゃないか。
「もう良い。それじゃあそのイベントをしている場所まで案内してくれないか?」
「え!? レミリアさん、もしかして参加者を逮捕する気ですか?」
「そいつらが魔族でないか確認するだけだ。本当に遊んでいるだけなら逮捕はしない。ただ不謹慎な者共だから厳重注意はするかもしれないがな」
あ〜さっきからレミリアさん、魔王とか魔人とかいもしないものになんでそんなにやっきになっているんだろう……。
――はっ!? これは、あれだ!
そう、前世でいう刑事ドラマを見て憧れて刑事になった新米刑事を彷彿させる。そうドラマではやたら犯人と銃で撃ち合いになったり、テロリストに占拠されたりするが、実際にそんなことはない。
きっと、レミリアさんも王都の治安部隊に入ったばかりと言ってたから、ちょっと熱血入っちゃっているのだろう。犯罪者の魔力を「魔王が復活する」とか「魔人が悪さをしている」とか勘違いしてるんだな。そんなことは現実ではないのに。
ティムたちが遊んでいるところを見せれば、レミリアさんもそれが遊びだと納得するだろう。
だけど……。
レミリアさん、見るからに杓子定規な性格をしている。なんか「世の中を騒がせた罰だ」とか「王家に対し不敬である」とか言ってヒドラーさん以下、働くお父さん達を逮捕しそうだ。
つまり、レミリアさんを連れていった場合の光景がこうだ。
『貴様ら! そんなふざけた行為をして王家への不敬罪で逮捕する!』
『ま、待ってください。これは単なる遊びで――』
『遊びで王家を愚弄したのか! ますますけしからぬ。重罪だ。極刑だ!』
『そんな! あなた、なんでこんなことを……』
『うぇーん、パパ、逮捕されちゃうの?』
『ま、まさか社長がそんなことを……』
『社長がいなくなったら私達社員はどうすれば……』
う〜ん、考えただけでもヒドラーさん、関係者、家族に大迷惑がかかるぞ!
それに、今イベントにティムが参加して遊んでいる。このままではティムまで逮捕されて前科がついてしまうかもしれん。これはなんとしてもレミリアさんを止めないといけない。
「あ〜レミリアさん、そういえば思い出しました。お店で怪しいお客さんを見かけたことがあるんです。なんか魔族っぽい人」
「な、なんだと! そいつの特徴は?」
「え、え~と、フードをかぶっていたから顔まではわかりませんでした。けど、王都に潜伏するって言っていたのを聞きましたよ」
「そうか、協力感謝する。すぐに王都に戻って調査しよう」
うんうん、そうして。多分、王都だから探せば怪しい盗賊や犯罪人がそれなりにいるだろう。魔王や魔人よりそいつらを取り締まってくれたほうが世の中のためである。頑張ってね〜。