第十二話 「この犬、筋金入りのニートだよ」
変態を雇って一週間が経過した。いまだ変態はまともに働いた例がない。というより営業時間お店にいることすらできない。
ベルナンデスと言ったっけ……?
変態の無職仲間なんだろう、奴が頻繁に店に来て変態を連れ出す。
変態は「ティレア様。どうやら魔王軍の斥候が近くに潜んでいるようです。ふ、ご安心めされい。すぐに片づけてまいります」とほざいて抜け出していくのだ。
俺はその度に変態の後始末をしなければならない。父さんに頭を下げ、変態のために準備した仕事を代わりにこなすのである。俺は変態の上司であり変態を指導できないのは上司たる俺の責任なのだ。
厳しく叱ろうかとも思った。
当たり前だ! 誰がほいほい勤務中に仕事を抜け出す従業員を放置するか!
だが、変態が働くのは人生初めてのことだ。豆腐メンタルは間違いない。叱ればほぼ百パーセント辞めるだろう。なんたって変態は六十歳近くまで働いたことがない筋金入りのニートだからな。そう長い目で見て変態を育てなければならないのである。叱るのではなく褒めて伸ばさなければならない。これは変態を雇うと決めたときから覚悟はしていた。
――よし、話をしよう。変態のなけなしの良いところを探し、そこを褒めて仕事のやる気を出させることから始めるか!
「ニール、ちょっと話を――」
「む!? また斥候が現れたようです。それでは掃討してまいります」
変態はまたもや店を飛び出していった。
ふふふ、初めてですよ――ここまで俺をコケにしたおバカさんは……。
それから店に戻ってきた変態にはきちんと折檻しておきました。
数日後、いまだ成長を見せない変態に頭を悩ませていると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。声の主は最近の悩みのタネ、変態である。
「ティレア様! ティレア様!」
「今度はな〜に? 魔王でも復活したの?」
「いえ、それはまだ大丈夫です」
「じゃあ何?」
「はっ。キラー隊の攻勢が厳しく近々前線で指揮を執る必要が出て参りました。それで本陣をしばらく離れることをお許しください」
ふ〜つまり休みが欲しいということね。あれだけさぼっときながらまだ働くのは辛いのか。ここでだめだと言ってもやる気がなくなって逆効果だよな。
――しょうがない。とりあえず自分のペースでどのくらい働けるか訊いてみよう。
「じゃあ店にはどのくらい来られるの?」
「はっ。戦の経過にもよりますが、週に一日くらいは本陣に戻れそうです」
はい、来ました。週休六日制、お前仕事舐めているだろう! どこの世界に週に六日も従業員を休ませる会社があるか!
しかもお前、魔王軍と戦うって……。
遊びに行くから働けないって言っているようなものだぞ!
ふ〜ふ〜落ち着け。落ち着くのだティレア!
俺の中にあるすべての母性本能を引き出すのだ。子供を見守る母親のような気持ちになれば落ち着くことができる。
……
…………
………………
――よし、落ち着いた。そうまだ慌てる時期では無い。週に一日とは言え変態にはまだ働く意思があるのだから。これから変態に社会人としての常識を育てていけば良いのだ。
しかし、まだあのイベント続いていたのか……。
鎧男さんじゃなくてヒドラーさんもご活躍中みたいだ。変態に聞いたけど、鎧男さん、ヒドラーって名前みたいだね。どこぞの魔王みたいな名前で雰囲気合ってる、合ってる。
それにしても、キラー隊の攻勢?
魔王復活イベントでは無くなっている。
「キラーって?」
「はっ。カミーラ様が魔王軍を脱退し、慎重なヒドラーはともかく、好戦的な魔将軍が動き出すと予想しておりました。そのうちの一人がキラーです。奴はもともとカミーラ様を快く思っておらず衝突の機会を狙っておりましたので」
……さっきからお前ねぇ、それで会話が成立すると思っているの?
中二病に理解がある俺にしか通じないよ。本当に俺が転生体で良かったな。
つまり、変態が言いたいことはこうだ!
『なぁなぁ。ヒドラーさん。カミーラちゃん辞めちゃったって本当?』
『本当だよ。お姉さんが来て連れて帰っちゃった』
『え〜まじか。それじゃあ六魔将から五魔将になるじゃないか! ごろ悪いよ』
『まったく、俺なんてこのイベントの為、休み返上で仕事頑張ってきたんだぜ!』
『そうだ、そうだ。今さらメンバーチェンジできねぇぞ!』
『まぁ、まぁ。ご家族にはご迷惑かけられないよ』
『ヒドラーさんは甘いよ! 突然入ってきたと思ったらいきなり辞めるなんて。俺ちょっと抗議してくる!』
なんて会話が成されていたのだろう。
キラーさんは突然辞めちゃったティムに一言、文句を言いにきているってところか、そう考えると変態もただただ遊びたくて休みたいと言っているわけじゃないんだね。キラーさんと話をつけてくるのだし。
「わかったわニール。その件は任せるからね」
「ははっ。身命を賭して務めさせて頂きます」
「お姉様。奴とは前々から因縁があるのです。我にも出陣の許可を頂きたいです」
おぉ! ティム、あなたも話を聞いていたのね。突然、ティムが俺と変態との話の輪に加わってきた。まぁ、中二病なティムが変態の中二話にのっからないはずはない。
でも、ティムが行って大丈夫かな? 中二病なティムがきちんと謝罪できるだろうか? 下手したら話がこじれるかも……。
いや、甘やかすばかりが愛情ではない。今回の件はティム自身が謝りに行くべきである。ティム自身が遊びに行った中で迷惑をかけたのだから。迷惑をかけた人にはきちんと謝らないとね。
「そうね、ティムも行ってきなさい。きちんとけじめをつけてくるのよ」
「もちろんです。お姉様」
うんうん、いつのまにかティムも逞しくなっているね。