第九話 「この犬は面接舐めてるね」
今日、変態が店にやってくる予定だ。
変態についてはティムに任せてあったが大丈夫かな? まぁ、なんだかんだでティムと変態は仲良しみたいだからなんとかなると信じたい。
俺と変態は殴り合っただけに気まずい。その辺を解消しているといいのだが……。
一緒に働くなら気まずいのは嫌だしね。でも、殴り合いは変態のせい。俺の行為は正当防衛だから変態が頭を下げるべきである。ただ、変態を殴って気絶させたのは俺だ。被害的には変態が上なんだよな〜。
そうしてしばらく椅子に座り悩んでいると扉の開く音が聞こえた。
――ん? 来たようだな。
俺は変態を出迎えるため椅子から立ち上がる。
「お姉様、連れて参りました」
「ティム、ご苦労様」
妹を労い、しばらくぶりに変態を見る。
あいかわらず見た目だけはダンディな老紳士だ。綺麗に整えられた髭にパリッとした執事服が映えるね。中身を知らないと本当に騙されそうだ。
そうして変態を観察していると、変態が一歩前に進み出てくる。
「先日はカミーラ様の姉君であられるティレア様に対し、無礼な振る舞いお許し下さい。この命ご所望であればいつでも捨てる覚悟であります!」
変態は地べたにこすりつけんとばかりに頭を下げてきた。
うんうん、向こうから謝ってくれたなら許してあげよう。大げさすぎるのは中二病だから仕方がない。
でも、さすがティムね。俺を殺さんかのごとく、憤怒の顔で殴りかかってきたのが嘘のような態度である。
一体何を言ったらこうなるのだ?
まぁ、いいや。とりあえず何も気にしていないと伝えよう。
「別に気にしていないからいいよ」
「お許し頂き恐悦至極にございます!」
「それよりも殴ったけど大丈夫だった?」
「はっ。身体は万全であります。それにしてもティレア様の重厚な拳、深淵なる力を実感でき感激しております!」
えっ!? 何それ! それって殴られて興奮したってこと? そういう趣味の人?
少女に殴られて「はぁはぁ」してたってか!
お前ドMでもあったのかよぉ――っ!
どおりでわだかまりがないはずだよ。殴り合いをしてもこいつにとってはご褒美なんだから。まったく、こっちは一応殴って気絶させちゃったから色々お詫びも考えたりしていたというのに……。
ふ〜どっと力が抜けた。とりあえず今日の目的を果たそう。一応、父さんには話をつけており、従業員を一人雇えることになっている。
「変た――じゃなくニールだっけ? 少し話をしたいからこっちに来てくれる?」
変態を部屋に呼び寄せ、椅子に座らせた。
そう、これから面接をしようと思っている。一応、雇用者と従業員の契約をするのだから必要最低限の情報は知っておかないといけない。ただ、ティムには雇うと約束しているから形式的なだけになっちゃうけどね。
「じゃあ、ニール今からいくつか質問するから」
「ははっ」
うん、元気はよろしい。接客業には欠かせない要素だね。
「それじゃあ、名前と歳はいくつ?」
「名はニールゼン・ボ・クラシカルと申します。歳は四千六百五十三歳、ただ封印されていた数千年は除外しております」
はい、中二病乙!
名はニールゼン、歳は~適当に六十っと……。
俺は変態の為に用意した履歴書に、つらつらと記載していく。
「次、特技は何?」
「はっ。主に近接戦闘を得意とします。また、隊を率いて将としての活躍もできると自負しております」
え〜特技は無しっと……。
「次、出身、生まれはどこかな?」
「生まれはエルラード地方のシレナでございます。ただ、元魔王領であったところなので現在もそう呼ばれているかはわかりません」
え〜住所不定っと……。
「それじゃあ、職れ――じゃなくて、今までやってきたことをざっくりとでいいので説明してくれる?」
このバカは職歴なんてないだろうから、こう訊かないとね!
俺はだんだんと募ってくるいらだちを抑えながらそう尋ねる。
「はっ。私が新兵として初めて戦に参加したのがミラノ大戦であります。この大戦では数百の首を討ち取り、その功績を称えられカミーラ様の近衛に入隊しました。それから大小様々な戦に参加しましたが、やはり記憶に残るのはヴェラードでの撤退戦でしょうな。その時我が軍は寡兵五百あまり、数万の大軍に囲まれながらも無事魔都ベンズに撤退することができました。あの時は将兵皆、死を覚悟していましたが、まさに奇跡でした」
「おぉ、その話なら我も聞いておる。その戦いで『鉄壁のニールゼン』の異名が付けられたとか。そんな男を我の近衛隊長に抜擢できたのだ。鼻が高かったぞ!」
「恐れ入ります」
はい、はい、鉄壁のニールゼンね。それはすごい。ぜひ店の門番にしようか!
なんて言うと思ったのかバカかこいつ!
あとティムもね、話を合わせない。バカが調子にのるでしょう。
ふ〜そろそろ俺の堪忍袋が限界なのだが、話を続ける。
「あ〜もうそういうのはいいから、日常生活でがんばっていることはないの?」
もう何でもいいから。毎日掃除を頑張っているとか、お片付けがきちんとできるとかでもいいよ。贅沢は言わないから、何かまともなことを言って欲しい。
「はっ。日々の鍛練は欠かさずこなしております。特に魔力向上には力を注いでおり、現在私の最大魔力は四万二千ほどでございます」
「そう、四万二千なの。それじゃあ私は五十三万ってところかしら」
まじ、そろそろいい加減にして欲しい。こいつ左腕だけででもやってやろうか!
「ふふ、お姉様。嘘はいけませんよ。少なくともお姉様のお力なら百万以上は確実でしょう」
いやいやティムそれは言いすぎでしょう。いくら変態でも怒るのじゃないかな?
「そ、それほどまでのお力を……」
ってお前、何陶酔した顔を見せているの? 今、バカにされたんだよ。十四歳と十七歳の小娘に虫けらと一緒だって言われたのと同じなんだよ。
――ったく、お前はどこまでドMなんだ!
思わず変態の後頭部をはたきそうになったが我慢だ。これ以上面接しても無駄だと思うが、俺も乗りかかった船だ。最後まで続けよう。
それから幾つか質問をしたが、変態の調子は変わらない。まともな回答は一つも返ってこなかった。
「じゃあ最後に家族構成教えてくれる? 両親とかの?」
やっぱりニートだから両親に養ってもらっているのだろう。せめてこのバカの身元引受人の情報だけでも知りたい。
「両親ですか。私はカミーラ様の眷属、正確にはカミーラ様の母君にあたられるマミラ様の魔力によって生まれし存在です。親と言われればマミラ様です。ただ眷属ですので親というより主といったほうが正しいのですが……」
ふ〜ん、なるほどそれはティムと兄妹って言っているのかなぁ〜。
それじゃあ俺とも兄妹になるの? お兄ちゃん♪
――マジで殺すぞ!
お前ティムの忠実なる下僕とか言っておきながら、何ちゃっかり兄妹しようとしているわけ? お前の脳内には下僕プレイだけで飽き足らず兄妹プレイもあるのか?
お前はどこまで変態なんだよ――っ!
……
…………
………………
ふ〜ふ〜いかんいかん。あやうくぶち切れるところだった。
こいつは中二病、わかっていたじゃないか。こいつに悪気があるわけではない。そういう病気なのだ。
それにしても変態を父さんに説明するのは苦労した。まず、父さんが変態を信じない。六十歳近くまで仕事をせず、ただただ遊びほうけている人間がいるのかと。父さんは仕事一本な人だからなおさらそう思っているのだ。
それをあの手この手で話をつけ、それならお前が監督指導しろと言われたから、履歴書も作って変態にもできそうな仕事も考えてやって万全の準備を調えてやったのにこれだ。
……もうこいつ無理っしょ。力仕事以前にお客の前に出せない。店の信用問題に関わってくるもの。ティムには悪いけど、断ろう。
「お姉様。ニールゼンにはやはり同じ近衛隊長を任せたいと思います」
断ろうと思っていた矢先、ティムが変態の今後について話してくる。
「ティレア様。不肖の身ながら全力でお仕えする所存です!」
さらに変態までもが、もう雇われているかのような発言をするのだ。
お前、あの受け答えで大丈夫だって思っているの? 普通は面接中断だよ。
だが、ティムは「また宜しく頼むぞ。鉄壁のニールゼン」と言っているし、変態も「ははっ」と言って二人で盛り上がっている。
い、言いづらい。やっぱり雇えないとは言いづらい。だって、変態はともかくティムが嬉しそうなのだ。
まるで「え!? 家で犬飼ってもいいの! 嬉しい。お姉ちゃん、大好き!」といった感じで、この犬使えないからやっぱり捨ててきてとは言えないのである。
……
…………
………………
しょうがない。一度は飼っていいと言ったのだ。俺も腹をくくろう。
「ニール、こっちへ」
「はっ」
変態が俺の前に片膝をつき、頭を垂れてくる。
あのな、その変にかしこまった態度はやめてくれ。もう正体は知れているんだから滑稽すぎるぞ。変態には教えるべきことが多々ありそうだ。
「ニール、あなたを正式に雇うわ。これからの活躍に期待しているから」
「もったいなきお言葉。我ら近衛隊総勢五百名ティレア様に忠誠を誓います!」
ほ、ほわっと? 五百名って?
どうやら俺の悩み事はクラスアップしたらしい。