第七話 「我の姉は邪神様である」
我が王都殲滅という下知を受け愉悦に浸っておる時に、その人間は突然現れ見当違いな言葉を発し続けた。
あの人間、まだ我を妹と思っておるのか。勘違いにもほどがあるわ。我が今日、情けで命を助けてやったというのに愚かすぎる!
これだから卑小な人間は救いようがない。だが、かりそめとはいえ十数年共に暮らしてきたのだ。痛みもなく一瞬で首を狩ってやろう。慈悲にも等しい感情で手に魔力を集める。
「人間、仮とはいえ我の姉だったのだ。せめて痛みも無く殺してやろう」
我はその人間の首筋に閃光の速さで手刀を放った。
衝撃音が部屋に響く――
切った。
だが、何か手ごたえがおかしい。ぶ厚い魔力の壁を叩いた感じだ。
ま、まさか、そんな……。
あろうことかその人間は傷一つ負っていないのである。
ありえぬ!?
我が魔力を籠めれば、世界一硬いと言われるドラゴンですらバターの如く切り裂くことができる。
「よもや、情けをかけたのではなかろうな?」
総督も手を抜いたと思ったのだろう、我を問いただす。
「総督、それは我への侮辱よ。ドラゴンですら両断する力を込めたのだぞ!」
総督の疑問はわかる。だが、我は力を抜いてはおらぬ。あらぬ疑いをかけられ心外だ。すると、周囲から我への侮辱が飛び交い始めたのである。
貴様ら外野は口だけは減らぬ。これは何かがおかしいのだ。こやつは本当に人間なのか?
我が驚愕していると総督が皆を連れて外に出ていく。後は任せたということだ。
くっ、悩んでいても仕方がない。先ほどはたかが人間と無意識に油断があったのだろう。今度は本気で行く。我が闘志を燃やしていると、
「カミーラ様、ここは私にお任せください」
そう言って近衛のニールゼンが我の前に進み出てきたのである。
ニールゼンはいつもそうだ。心配性なのか、このようなイレギュラーな危機には率先して危険を引き受けてくれるのだ。
だが、我も舐められたままでは沽券にかかわる!
「ニールゼン、お前が出る必要はない。我が命を受けたのだ」
「いえ、カミーラ様は覚醒されたばかりです。お力も万全ではないでしょう。ここは近衛隊長である私の務めでございます」
頑として譲らない。昔からこういう時は頑固で融通が利かないのだ。確かにまだ覚醒したばかりであり、本調子ではないのも事実である。ここは近衛隊長の顔を立てておくか、我は任せるという意味で後方に下がった。
我が後方に下がるのを見るやニールゼンは拳を握り、殺気を放つ。気合は十分、みるみる闘気が膨れ上がる。
ふ、ふ、こうなった時のニールゼンは我でも手こずる。
さぁ、人間どうする?
「――いちおう訊くけど、本気なのかな?」
その人間はニールゼンの威圧を気にもせず「本気を出せ」と挑発する。
面白い。その実力、見せてもらおうか!
そして、ニールゼンとその人間との戦いが始まった。ニールゼンは挑発を受け、最初から本気だ。奥の手を出す。
超魔爆炎撃……。
まともに喰らえば六魔将といえども無事ではすまない。先の大戦では多くの強者を葬ってきた大技だ。ニールゼンがすさまじい闘気を放ち飛び出す。
うむ、先の大戦以上の魔力を感じる。人間など一瞬でミンチとなるだろう。勝負は決まったな。
だが、我の予測を上回る事態が発生した……。
あやつは一体なんなのだ?
まともにニールゼンの拳を喰らっている。なのに、あやつはまるで子供をあしらうかのように意に介さない様子なのだ。
我も加勢するか?
ニールゼンの騎士道を汚すようで心苦しいが、我の最も信頼する部下がやられるのを、ただ黙って見過ごすわけにはいかぬ。
そっと魔力を解放し、反撃の隙を探る。ところが、我が攻撃のそぶりを見せた途端、あやつは我のほうを垣間見たのだ。
わ、我の殺気を感知したとでもいうのか?
ニールゼンの攻撃を受けながら我への警戒も全く怠らない。
なんという使い手だ……。
このままではニールゼンがやられる!
だが、攻撃する隙がない。我はただ茫然とその戦いを見守るしかなかった。
そして、戦いの終局……。
あやつは何かを叫ぶと、三発、たった三発で我が眷属の中で最も信頼する部下を葬ったのだ。
我がニールゼンの敗退に驚愕していると、
「ティム、何か言うことは?」
あやつは大胆にも我に近づき、そう挑発してくる。
ふん、賞賛しろとでも? 傲慢な物言いに腹立たしさが募ったが、強さは本物。これほどの使い手は先の戦いでも見受けられなかった。
「人間、いや、その力人間であるわけがない。貴様は一体何者だ?」
ただの人間なわけなかろう、ニールゼンは近接戦闘だけでいえば六魔将に匹敵する強さだ。それをいとも簡単に撃破したのだ。正体が気になってしかたがない。だが、あやつは我の問いに答えず、さらに近づいてくる。
「次は我を仕留める気か! だが、我も閃光のカミーラと言われし者、臆するわけにはいかぬ」
そう、我は六魔将閃光のカミーラ、強者に背を向けることなどできぬ。全力で貴様を倒す。
さて、どうするか?
どうやら近接戦闘においてはあやつに分がある。
だが、魔法ならどうだ? 物理耐性に強化している者はえてして、魔法攻撃に弱いものだ。
我は自身が持つ最大の魔法を放つことにする。
「ふ、我の最大奥義よ。魔弾よ幾許の星となれ! 超魔星魔弾!」
超魔星魔弾……。
我の最大奥義にして放出系最強の魔法だ。幾千もの魔弾が目標に向かって自動追尾し降り注ぐ。逃げることは不可能。しかも魔弾の一つ一つだけでも下位の魔人くらいなら一瞬で消し去ることができるのだ。
「肉片となるがよい!」
無駄弾は撃たぬ。一瞬で塵となるが良い。
幾千もの魔弾があやつに命中していく。古の強者達でも、ここまで魔弾をぶつけられて生きていられた者などただ一人としていない。我の奥義を破るには発動前に防ぐしかないのだ。
だが、またもや我の予想は覆る――
そ、そんなことがありうるのか?
そう命中はしている。全弾命中はしているが効いていない。時折、痛そうにはしているが、ただ、それだけである。
一体、あやつの体はどうなっているのだ?
我が驚愕し固まっていたら、突然、あやつはダッシュし我の背後を取った。
し、しまった!
我は羽交い絞めにされ身体を持ち上げられたのだ。
「な!? わ、我に何をする気だ? は、放せ! う、動けぬ!?」
な、なぜ、ふりほどけぬのだ?
我が全力で力を振り絞っているにもかかわらず、あやつの束縛から抜け出せないのだ。溶接した箱ですらこじ開けられる我の力でなぜ?
我が驚愕しもがいていると、あやつは我に平手で攻撃の意思を示してくる。
「ふ、我にそうそう物理攻撃は通じぬぞ! 我の体には魔法障――ぐはっ!」
な、何が起きた?
バシィと音が響いた瞬間、体内が焼切れるような痛みが全身を襲ったのだ。我の体は常に魔法障壁を張っている。
生半可な攻撃ではびくともしないはずなのだが……。
「ティム! 反省しなさい!」
あやつの平手が我の臀部を襲う。我の障壁などあってないかの如く叩いてくるのだ。しかも、あやつは大量の魔力を帯びて平手を打ちつけてくるのでたまらない。
「はぁ、はぁ、ば、ばかな! 我の魔法障壁を軽々と――し、しかもそのような巨大な魔力を注ぎおって」
我の魔法障壁を軽々と超えていく、その巨大な魔力、一体貴様は何者なのだ!
それからもあやつは意味不明な言葉をほざき、我の臀部を執拗に攻撃してくる。
はぁ、はぁ、攻撃を受けるたびに体内の魔力が逆流していく。すさまじい魔力が体内を駆け巡り暴れるのだ。
くっ、なんなのだ? だが、負けぬ! 我は魔将軍、閃光のカミーラだ!
気力は負けまいと叫ぶが、叩かれるたびに魂が削られていくようである。
「はぁ、はぁ、殺すなら殺せ!」
……だが、あやつは殺すこともせず、ひたすら我に攻撃を繰り返すだけだ。
このまま弄る気か?
はぁ、はぁ、ありうる話だ。我ら魔王軍は人間共に絶大な恨みを抱かれている。
――そういうことか!
一向にやまない攻撃、しかも我が意識を失わない絶妙の力加減で叩いてくるのだ。この拷問はいつまで続くのか……。
恐ろしい。もしや、我の心が壊れるまで続ける気か?
その考えに至った瞬間、我の心にはりつめていた糸が切れてしまった。
「う、うっうっ――わ、我が悪かった。もうやめてくれぇ!」
もう殺してくれ!
我は魔将軍として魔人としてのプライドを捨てて哀願した。これ以上、敗者を貶めるでない。だが、あやつは一向に我を殺そうとしないのだ。
「う、うぅ……こ、殺せ! こ、このような屈辱を受けて生き恥はさらさぬ!」
一体、あやつはどうしたい? 我は恨めし気に見つめる。
「ティム、聞きなさい」
「な、何を……」
あやつは真剣な眼差しで我に自身のことを話してきた。
話を聞き我は愕然とした……。
なんと我の姉であったティレアとは転生体であり、もともとは邪神ダークマター様だというではないか!
転生前、邪神様は「にほん」という国に住んでいたらしい。「にほん」では生まれて二十数年で親許を離れ、独立するそうだ。
なんということだ!
普通、魔人は生まれて数百年は親の保護下にいる。子供のうちは外敵に襲われ、すぐに命を落としてしまうからだ。魔人は親許で魔力を蓄え、戦い方を学ぶのだ。「にほん」では二十数年で独立し「かいしゃ」なるものに所属して糧を得るために働く者がほとんどだとか。だが、あまりの過酷な環境に「にほん」では年間数万もの自殺者が出るそうだ。
信じられぬ!?
苛烈を極めた我ら魔王軍ですらこのような数の死者を出したことは無い。しかも戦争ではなく、自ら命を絶つほどの環境とは一体どれほどのものなのか? だが、ほとんどの者が「かいしゃ」に隷属し、命を削り取られながら働いているそうだ。
不満はないのか? 反乱は起きないのか?
疑問に思ったが、やはりそれはあるらしい。そのような風潮に反旗を翻したのが「にぃと」なる集団だ。「働いたら負け」を旗印に親や周囲との軋轢に耐えながら戦う集団であり、邪神様もまだ「邪神」ではなくこの集団に所属し毎日親と戦ってきたそうだ。
なんということだ!
邪神様の親であるならそうとうな実力者だろう。その方達と毎日戦ってきたのなら、そこはとてつもない戦場だったにちがいない。邪神様はその戦いの中で邪神にクラスアップされたとか。
我は千年が過ぎてからやっと親の魔力を超えたというのに。邪神様は生まれてたった数十年で親を超えようとしていたのだ。
そして、邪神様にも戦う仲間がいたそうだが、年を追うごとに一人、また一人と負けを認め「かいしゃ」に隷属していったと。
だが、邪神様は「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」をモットーに頑として負けを認めず、戦い続けたそうだ。
なんとりりしいことよ!
そして、運命の日「なまぽ」なる最後の糧を取られた邪神様は最終決戦を決意し、最後には「とらっく」による攻撃をうけ壮絶なる戦死を遂げたとか――
それにしても「とらっく」とはいかなるものか! 我の最大奥義すらものともしない邪神様だ。そんな邪神様の命を絶った攻撃である。ラグナロク級の禁呪文。とんでもない破壊力であったにちがいない。
「そ、そのような事が――わ、我はなんてことを!」
最後まで話を聞き、我はとんでもない方に無礼を働いたことに気づいた。こんな御方を人間如きと一緒にするなんて愚かにもほどがある。偉大な御方への非礼に後悔が押し寄せてきた。我はこのまま殺されるだろう。仕方がない。それだけのことをしたのだから。だが、邪神様は我を罰せず、弱き我を強く導いてくれるとおっしゃったのだ。
我が感動に打ち震えていると、邪神様はそっと我を抱きしめてくださり、温情の言葉も賜った。
思えば魔王直属配下六魔将といっても、ゾルグ様は我を六将の一人としか見てくれなかった。そこには果てしなく遠い距離があったように思える。だが、ゾルグ様、いやそれ以上に偉大なこの御方は、我を、弱き我をまるで本当の妹のように扱ってくださるのだ。
このような過分の期待を頂き、何をもってご恩をお返ししたら良いか――
そう身も心も捧げて忠誠を尽くすしかない。だから我は心のまま邪神様に気持ちをお伝えしたのである。